表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

『僕らはハッピーエンドを知らない』 / 常 紫衣

――とある雑誌のコーナー――


『あなたの質問、お答えします!』


 普段から疑問に思っている事がある。とりあえず誰かに聞いてみたい事がある。でも、誰に尋ねよう……?そんな「あなた」の何気ない質問に、モニター五十名がお答えします!

 本日も、悩める「あなた」から素朴な質問が届いています。


「質問:あなたの人生がたった今、唐突に終わってしまいました。あなたの人生、ハッピーエンドですか?」(質問者:梶井幸希)

 

 ※質問者の希望により、この質問に対して「バッドエンド」または「どちらとも言えない」と回答したモニターの中から、無作為に抽出した四名に更にお話を伺いました。以下、回答者氏名の五十音順にそれらをまとめ、最後に質問者自身の見解を添えたいと思います。



〈新井さん(女性・五十二歳)の話〉回答:どちらとも言えない

 報われない人生だとしても、時折ほんの些細な幸せがあれば、充分良かったと思えるわ。終わり良ければ全て良し、なんて言葉もあるけれど人生そうそう上手くいくとも思っていないし。別に自分の人生を諦めている訳じゃなくて、いつも最悪の場合を想定して、時折の小さな幸せに感謝しなくちゃね。

 ただ、人生の終わりくらいは幸せな事があっても良いかな、と期待はしてしまうかしらね。過程より結果が大事、という言葉もあるもの。人生の終わり方がその人の価値というのは言いすぎかもしれないけれど、有終の美を飾る事が出来れば生き様も素敵だったのかしらと思ってもらえそうよね。まあ何を「幸せ」として人生の最後に持ってくるかは考え物ね。頭の良い人は幸せとは何かを自分で決められるって聞いた事があるわ。私もその程度には頭が良ければいいけれど……。最後までどうなるか分からないわ。


〈宇都見さん(女性・四十三歳)の話〉回答:バッドエンド

 当然バッドエンド、アンハッピーよ。だって死んじゃうのでしょう?幸せな訳ないじゃない。私、思うのよ。生きている事こそ一番の幸せ、かけがえのない幸せなのよ。

 近頃ね、自殺しちゃう人が増えているでしょう。学校のいじめだとか職場の人間関係だとか、年齢も理由も様々な人たちが自ら死を選んでいる。私ね、彼らを可哀想に思うのよ。だって自分で命を絶つって事は、自分で幸せを手放しているって事になるのよ?生きていれば必ず良い事があるでしょうに……。まあこうして時に死は望まれるものかもしれないけれど、私なら生きる方を選びたいと思うわ。必ず、ね。だって生きていれば何でも出来るもの。死んでしまえば、それでおしまい。ね、単純過ぎるバッドエンドでしょう?死なない限り、私たちはハッピーでいられるのよ。


〈内藤さん(女性・二十六歳)の話〉回答:どちらとも言えない

 あの、ものすごく私事なのですけど……。この質問に答えさせて頂いたのは、五年間お付き合いしていた方と別れた後でして。色々考えながら回答させて頂きました。

 当初の気持ちとしては、バッドエンドに極めて近かったです。それこそ私の人生終わっちゃったと思いました。彼とは上手くやっていける気がしていましたし、実際幸せに過ごしていましたから。冗談交じりではあっても結婚の話をしたりもして、年齢的にも適齢期ですから本当にそうなればと何度も思いました。でもそうやって浮かれているのは、どうやら私だけだったみたいです。……彼に「幸せにしたい人が出来た」と言われまして。何の冗談かと思って問い詰めてみたら、「彼女には君みたいに強い心がない。誰かが支えてあげなくちゃいけないんだ」ですって。良い様に言ったつもりなのでしょうけれど、私の気持ちなんて一つも汲み取ろうとせず適当に寂しそうな顔を残して、彼は私から離れていきました。もう悔しくって仕方なくて、でもその時は驚きすぎて何の言葉も出てきませんでした。

 とは言え、とても幸せだったのかなと思ったりもしているんです。彼と出会えたからあの幸せな時間があったのですし。それに、今でもなお、私は彼が好きなのです。だから、彼の幸せを優先したいという気持ちが少なからずあって。私といない方が彼にとって幸せなら、この別れも仕方ないかなって思います。彼の為なら、私、何でもします。自分への弁解というか、他の人には言い訳がましく聞こえるかもですけれど、彼の幸せは私の幸せでもあるので、ここで私の人生が終わっても彼が幸せなら私も幸せかもな、と考えたりした結果「どちらとも言えない」を選ばせて頂きました。


〈三嶋さん(男性・四十四歳)の話〉回答:どちらとも言えない

 正直な所、終わりの事はあまり考えて生きていないです。うん。だからこの質問の意図が今一つ僕には分からないと言うか。ハッピーかどうだったかなんて、グリコのおまけに付いてくるおもちゃみたいなもんですよ。欲しい物だったら嬉しいし、そうでなかったら残念。おもちゃごときで、グリコ本体の味は変わりませんし。それに、貰って嬉しいおもちゃだって人それぞれでしょう。あの子は車が良いかもだし、あの子は人形が良いかもしれない。つまり、迎えた人生の終わりをハッピーと捉えるかアンハッピーと捉えるかは人それぞれ。そして人生本体の価値は、どれも一様に変わらないんです。

 そもそも、何をハッピーの定義にするかですよね。うん。人生を用いて例えるならば、頭脳明晰・容姿端麗で金持ちで人望も高く成功ばかりの、それはそれは順風満帆な誰もが羨む人生の事か?それとも、昔話のおじいさん・おばあさんじみた質素に無難に慎ましく、身の丈に合って安定した人生の事か?それとも、波乱万丈・天涯孤独でも道端の花の美しさに心を震わせることが出来る、叙情的で感性に満ちた人生の事か?どの人生も、見方によれば幸せで不幸せでしょう。Aさんにとってハッピーエンドな人生も、Bさんにとってはバッドエンドかもしれない。そういう事ですよ。うん。


〈梶井幸希(男性・二十二歳)の見解〉回答:バッドエンド

 まずはモニターの皆さん、僕の粗末な質問への回答にご協力下さりありがとうございます。とりわけお話を伺った四名の方々には、格別のご協力を頂き心から感謝申し上げます。

 さて、僕自身の回答は「バッドエンド」としたいと思います。ここには単純に「質問者がどちらとも言えないというのは、甘えているのでは」という考えも含まれますが、僕はとにかくハッピーエンドを迎えられる気がしないのです。

 皆さんにも経験があるかと思いますが、小学生の頃、自分の名前の由来を調べて来なさいと先生に課題を出されまして。親に尋ねてみた所、「あなたの人生がいつも幸せにのぞまれる様に」という意味があると言われました。しかしながら、これは僕の性格が作用してしまっているのでしょうけれど、あまり幸せを感じた事がないのです。なんだか名前負けしているな、とつくづく感じています。もちろん、美味しいものを食べた時や自分の好きな事をしている時間は幸せなのですが、これまでの人生を総じて見れば幸せだと言い切る自信がありません。その点では、新井さんのお考えには共感する所が多々あります。小さな幸せがあればそれで良い。その通りかと思います。

 先程述べました僕の性格というのは、簡単に言えば小心者の性格です。他人の不幸を見れば明日は我が身と恐れ、幸せを素直に喜べず次の不幸ばかり案じ、いっそ少し不幸なくらいが幸せなのだと考え始め……。こんな、幸せを不幸せと取り違えても気付かない様な奴ですから、ね、初めからハッピーエンドを望むなんておこがましいのかも知れませんが。知り合いには、生き辛そうだとよく言われます。けれども、そうやってずっと生きてきたので僕にはこれが普通なのです。

 さて、ハッピーの定義がないというお話もございました。確かに、幸せのあり方に決まりはありません。しかし僕らはこの答えのない状態に甘えているのではないか。四名それぞれのお話を聞いて、そう感じました。結局の所は皆さんも僕も強がっているのです。自分が不幸せだなんて信じたくないけれど幸せとも言い切れないから「どちらとも言えない」と言ってみたり、いっその事「バッドエンド」と言って人生が終わる事を悲しんでみたり、自己犠牲という形の幸せに囚われ本当に望む結末を決められなかったり。本当の所は「ハッピーエンドだと良いな」と思っているのに。そりゃ誰だって、惨めなバッドエンドよりも充実したハッピーエンドの方が、人生に心置きなくケリを付けられるでしょうからね。ここで疑問になるのが「ハッピーエンド」と答えた方の事です。彼らは何を以てハッピーなのか。僕は、そんな事分かりません。でも「自分は幸せに人生を終えられる」と言い切る自信があるのは羨ましい事です。すごい事だと思います。脳内お天気お花畑なのでしょうよ。あ、いや、これは嫌味とかではなくて「幸せで良かったですね」とある種の肯定的な考えなのですよ。……小心者にも関わらず、自分と相対する事象には辛辣な言葉を放つ、ともよく言われます。どうしたものか。お気を悪くされましたら、申し訳ございません。

 長くなってきましたので、そろそろまとめに入りましょう。「ハッピーエンド」と回答しなかった、もっと言えばしたくても出来なかった僕たちは、本心では望んでいるそれに少しでも近づく為にどうすれば良いのでしょうか。バッドエンドだとは出来るだけ認めたくないのだけれど、ハッピーエンドを迎える自信もなく、ただただ無駄なプライドを拗らせてしまった僕らは。自分で幸せとは何かを決める事も出来ないのに、幸せの定義がないだのどうだのと負け惜しみの様に言い続けている僕らは。

 認めるしかないのかもしれませんね。教えて下さい、僕らはハッピーエンドを知りません、って。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ