「100人束になってもあなたでは勇者に勝てない」と寝取られた婚約者に言われたので、100億人の俺と復讐しに行くことにしました
「100人束になってもあなたでは勇者に勝てない」
血塗れの俺に対して。
かつての婚約者——エルザは涼しげな目を俺に向けていた。
「……エ、エルザ……どうして、勇者のところなんかに……」
声を出すごとに、腹から血が昇ってきて、今にも気を失ってしまいそうになる。
俺の問いかけに、エルザはクスクスと笑う。
「当たり前ですわ。あなたみたいな弱い人と婚約していた自分が、今となってはバカみたい。勇者様は素晴らしい人ですわ。強いだけではなく、心も優しい。そんな勇者様にわたしが惹かれるのは当たり前でしょう?」
嘘だ。
いや、正しくは嘘が交じっている。
確かに勇者強い。エルザがその『強さ』に惹かれたというのも、あながち間違いじゃないだろう。
このまま勇者が王都から出発し、魔王退治に出掛ければ世界は平和になるに違いない。
そして魔王を倒した勇者は次の『王』として祭り上げられる。
そうすれば、ただの田舎娘だったエルザは一気に女王様である。
贅沢の限りを尽くし、田舎では有り得なかった『素晴らしい人生』というのを謳歌出来るのだ。
頭の良いエルザはそんな先のことまで考えて、俺を捨て勇者と共になることにしたのだろう。
「し、しかしエルザ……俺達は将来結婚を誓い合った仲じゃないか。昔、『なにがあっても、わたしはあなたのことを愛しています』と言ったのは嘘だったのか?」
「あの時のわたしはどうかしていましたわ。今となっては、そんな風にわたしを誑かしたあなたを恨みすらしています」
「そ、そんな……」
エルザは勇者の方をチラチラと見ながら、そう言い放った。
俺のことなんてどうでもいい。勇者の機嫌さえ取っておけば正解、と思っているんだろう。
「エ、エルザ——もう一度考え直——」
「君もしつこいなあ」
俺がエルザを引き留めようとしたところ、勇者——クラウスがそう言葉を挟んだ。
「心配しないでくれ。田舎出でなんの取り柄もない君なんかより、エルザは僕といる方が良いに違いないんだ」
とクラウスがエルザの肩を抱く。
恍惚とし、同時に勝ち誇ったようなエルザの表情。
その光景を見て、俺は地獄の業火に焼かれるような苦しみを覚えた。
「もし君が望めば、お城の掃除係くらいにはしてあげてもいいけど? 城内は広いからね。一日中走り回っても、業務を終えることが出来ないと思うけどね」
どこまでこいつは俺のことを見下せば気が済むんだ。
「く、くそっ……! うがぁああああああ!」
俺は最後の力を振り絞って、勇者に剣を振り上げた。
「ふんっ」
しかし、その剣は勇者に届くことすらかなわない。
勇者が虫を払うように手を動かした瞬間、突風が発生し俺は壁に叩きつけられていた。
「ははは! 弱い弱い。エルザの言った通り、君が100人いたとしても僕に辿り着くことも出来ないだろう」
「そうですわ。さっさと諦めた方がいいのに」
「ではエルザ。僕達はもう寝させてもらうとしよう」
「そうですわね。今日もあなたと一緒に良い夢を見させていただきますわ」
クラウスがエルザの肩を抱いたまま、広間から出て行く。
「ま、待て……!」
俺の声は二人には届かなかった。
——あれから俺は、城から出て王都の路地裏で膝を抱えていた。
こうしている間にも、今頃クラウスはエルザと熱い夜を過ごしているに違いない。
『ああ、クラウス! あの男は比べものにならないですわっ! もっと、もっとわたしを天国まで連れて行って!』
エルザがクラウスの上で腰を振りながら、獣のように叫んでいる情景を思い浮かべてしまう。
「エルザ……」
強く噛みしめたせいで、歯の隙間から血が地面に滴り落ちる。
あれ程、俺のことをバカにしたエルザに、もう情みたいなものは消えていた。
エルザの言った通り、勇者とあがめられたクラウスに対し、俺は一点をのぞけばどこにでもいるただの村人だ。
100束になっても——いや、1000人でも1万でも、クラウスに剣を届かせることすらかなわないだろう。
「俺は本当にこのままでいいのか?」
ぽつり呟く。
このまま、クラウスとエルザが一緒になる未来。
お腹を膨らませたエルザが邪悪な顔をして「ああ、やっぱりハンスなんかと一緒にならなければよかった」と声にする。
「——ああ、もう良い。全部壊したくなった」
もしかしたら、エルザは俺のところに戻ってくれるかもしれない、と思っていた。
しかし、今回でその可能性は潰えたといっても過言ではないだろう。
そう思えば、あれ程痛かった体に活力が沸いてきた。
「よっと」
俺は立ち上がって城を見上げる。
100人束になっても、勇者に勝てないなら——。
「100億人だ」
その瞬間。
俺は【増殖】スキルを使い、俺を100億人まで増殖させた。
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俺がこの【増殖】スキルに気付いたのは、まだ田舎村にいる時であった。
『自分と全く同じ人間を、いくらでも増やすことが出来る』
スキルを開眼した瞬間、そのような情報が頭に流れ込んできたのだ。
「な、なんというチートスキル……!」
俺はその事実を知り、飛び跳ねるくらい嬉しかった。
——これだったら、俺は勇者にすらなれるかもしれない。
しかしその考えは甘かった。
俺は『自分と全く同じ人間』という意味を、甘く見過ぎていたのだ。
俺は早速、【増殖】スキルを使い試しに一人だけ俺を増やしてみた。
「お前は俺の分身だ! 俺のためにせっせと働け!」
「はあ? どうして、俺がお前の言うことなんか聞かねえといけないんだ?」
そうなのだ。
【増殖】スキルによって増やした俺には、俺と全く同じ人格が容れられている。
それならば、果たして俺は俺の二番煎じとして甘んじ、奴隷のように俺の言うことを聞くだろうか?
誰だって、自分が主人公になりたい。
俺もそう思ったんだろう。
俺は近くにあった丸太を持って、俺に襲いかかってきた。
俺を亡き者にし、自分が主人公になるため——。
ただ俺も黙って殺されるわけにはいかない。
家に置いてあった剣やらで対抗して、なんとか俺を殺すこと出来たのだ。
自分もボロボロになりながら、死体の俺を見て俺はこう誓うのであった。
「もう二度とこのスキルを使うのは止めておこう」
この世に神様と悪魔がいるとするならば、【増殖】スキルは間違いなく悪魔が作ったものだろう。
俺と俺を殺し合わせて、どこかで「ははは、あいつ等自分同士で殺し合ってるぜ」と腹を抱えて笑っているに違いない。
バーカ。お前の思う通りにいくかよ。
それから俺は【増殖】スキルを封印し、一度も使ったことがなかった。
そんな俺には婚約者がいる。
同じ田舎村で時を過ごし、幼い頃に結婚を誓い合ったエルザである。
エルザはとても美しい女であった。
太陽の光に当たると金色の髪から宝石がこぼれ落ちているように見えた。雪のような白い肌は吸い込まれてしまうくらいキレイだった。
「ハンス。絶対に結婚しましょうね? 浮気しちゃダメですわよ?」
「もちろんさ」
そう微笑むエルザには、村のみんなが嫉妬し見とれてしまっていった。
そして俺達は十六歳になった。
そんな時、エルザは突然こんなことを言い出した。
「王都の学校に行き、魔法の技術を学びたい。それでその力を、村のために役立たせたい」
エルザにはそんな夢があった。
実際、エルザには俺とは違い魔法の才能があった。
俺もそりゃあ最初は心配になったさ。でも、エルザのそんな夢を応援してあげたかった。
「ああ、行っておいで。でも戻ってきてくれよ」
「当たり前じゃないですか。あなたがこの村にいる限り、わたしは戻ってきますよ」
「浮気しないでくれよ」
「それはこちらのセリフですわ」
クスクスとエルザは小さく笑った。
少し不安もあったが、多分大丈夫だろうとたかをくくっていた。
だってエルザとは、この小さな村で十六年も一緒に過ごしてきたのだ。
今更、華やかな王都に行こうがエルザは俺から心変わりしない。
今思えば、甘い考えだったんだろう。
王都の魔法学校は四年制である。
つまり四年経てば、エルザは村に戻ってきてくれるということ。
最初は頻繁に手紙でやり取りをしていたが、徐々にエルザからの手紙がほとんど返ってこなくなった。
この時だって俺は心配していなかった。
王都で頑張っているんだろう。忙しいんだろう。大丈夫。エルザは夢を叶えるために、精一杯努力しているはずだって。
しかし四年後。
エルザは村に戻ってこなかった。
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もう一度城内へと戻り、先ほどの広間でこう叫ぶ。
「クラウス! エルザ! 出てこい! 全てぶっ壊してやる!」
本来なら警備の兵士が俺を止めにきてもおかしくないが、そいつ等は100億人の俺に手間取っている。
叫んだ後、
「君もなかなかしつこいねえ。何度やっても、僕には勝てないのに」
「そうですわ。わたしとクラウスの楽しい時間を邪魔するなんて。覚悟は出来ていますわよね?」
クラウスとエルザが現れた。
きっと、ついさっきまで二人で愛し合っていたのだろう。
服や髪は乱れ、汗を流した痕跡もある。
そんな二人を見ていたら、怒りに身が震え、今すぐ立ち向かいたい衝動に駆られてしまった。
しかし、それではダメなのだ。
俺はグッと感情を抑え、
「——エルザ、最後にもう一度だけ聞く。俺のところに戻ってくる気はないか?」
「まだ諦めていないんですか? 何度聞かれても、あなたのところに戻るつもりはありません。わたしの体は彼のものなのですから」
「そうか——ありがとう」
「はい?」
「これでお前を心置きなくぶっ殺せるよ」
そう言って、俺は剣を構えた。
地面を蹴ろうかとした時、
「——動かないでください」
エルザが手を前に出す。
すると——見えにくいが——虹色で半透明の壁が、クラウスとエルザの前に現れた。
「【絶対守護】か」
「あら、知っていますの?」
「当たり前だ」
村にいた頃から、王都に行ったエルザのことは耳に入っていた。
王立魔法学園でもめきめきとその実力を伸ばし、成績はいつも一番。
その実力を見込まれ、モンスター退治や戦争の時にも応援として駆り出される、って。
たかが学生が? いくら魔法の才能があっても、危険なんじゃないか?
そんな声もあったが、彼女の一番得意とする魔法【絶対守護】のことを知れば口を閉じるしかなくなってしまうだろう。
「【絶対守護】。何人たりとも近付けない強固な壁を出現させる。どんな攻撃すらも【絶対守護】は壊すことが出来ず、さらに魔法の壁に当たっただけでも神の光によって体が滅殺されてしまう」
「ふふふ、そこまで分かっていて、まだわたしに勝つつもりですか? わたしに勝たなければ、クラウスと戦うことすら出来ないですよ?」
エルザの余裕に満ちた表情。
彼女の【絶対守護】に対して、100万人の大勢で攻撃を仕掛けても、傷一つ付けられることが出来なかったという逸話もあった。
醜い彼女を守る絶対的な壁。
これがあるからこそ、エルザは学生の間であっても、飄々(ひょうひょう)と戦場に赴いていたのだ。
「100万人でも【絶対守護】には傷一つ付けることも出来ない。だがな、エルザ。これだったらどうだ?」
「はい?」
俺はさっと手を上げ、合図をする。
「100万人の100倍——1億人の俺が攻撃を仕掛けた場合は?」
次の瞬間。
今か今かと外で発射を待ちわびていた俺が、一気に広間へと流れ込んできたのだ。
「え? え? これはどういう——」
【増殖】スキルのことは、俺だけの秘密にしていた。
故に——エルザは【増殖】スキルのことを知らず、突如現れた1億人の俺に目を丸くしている。
「いけ。1億人の俺よ。絶対的な壁を壊すのだ」
「「「「「「「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」
1億人の俺——とはいっても、さすがにこれだけの人数が広間に入れないので、順番に次から次へと入っていき【絶対守護】に特攻していく。
「くっ……無駄ですわ! なにが起こっているか分かりませんが、少々の人数ではわたしの魔力は切れません!」
つまりそれは『魔力が切れれば、【絶対守護】は無効化する』と言っているのも同然なのだ——。
次から次へと俺が【絶対守護】へぶつかっていく。
無論、増殖させた俺はなんの取り柄もない俺だ。
【絶対守護】に当たるたびに、神の光によって滅殺されていき、チリ一つ残らずこの世から消滅する。
しかしいくら殺されても、俺達は特攻を止めない。
一人一人が大切な俺であり、同時に捨て玉でもあった。
5000万人分の俺が【絶対守護】に当たり、死んだくらいであろうか。
「はあっ、はあっ……どういうこと? いくら出てくるんですかっ!」
【絶対守護】の向こうで、エルザが汗を流して顔に焦りの色を滲ませている。
100万人の大勢くらいなら、エルザは楽勝だっただろう。
しかし今回はその100倍の1億人。
いくら『底なしの魔力』と言われたエルザであっても、骨の折れる状況らしい。
やがて……。
「くはあっ!」
8000万番目くらいの俺が【絶対守護】に当たった時、壁は脆くも音を立てて破壊された。
その衝撃によって、エルザは後ろに吹っ飛ばされる。
「こんなもんか。まだ2000万人分くらいは用意してたんだけどな」
無論、この2000万人がいなくなっても、まだ99億人の俺が控えているので楽勝であった。
「はあっ、はあっ……わたしの魔法が! わたしの魔法が、こんな訳の分からないものにっ! ただ数を用意しただけの……か、数の暴力に負けるなんてっ!」
エルザが顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
相当、悔しいんだろう。
当たり前だ。
エルザは魔法の才能もあったものの、今まで必死に努力もしていたんだろう。
その努力が一瞬にして——ただの頭を使わない数の暴力に敗北したのだから。
今すぐこいつの胸に剣を突き刺したいが、いつでも殺せるので後に置いておくとしよう。
「クラウス——次はお前の番だな」
広間でぎゅうぎゅうになっている俺の顔が、一斉に勇者の方を振り向いた。
万単位の敵意にさらされながらも、クラウスは余裕の表情を崩さず、
「ククク……まさかそれで僕に勝てるとでも? 婚約者を寝取られた哀れな君が、勇者である僕に勝てるとでも思っているのかい?」
と言った。
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約束の通りエルザが学校を卒業した後に村に戻ってこなかったので——俺は王都に向かった。
「きっと、まだ王都で忙しいに違いない。俺が迎えに行ったら『ハンス! 逢いたかった!』と抱きしめてくれるはずだ」
この時の俺、まだそんな甘い考えを頭に浮かべ、知らず知らずのうちに笑っていた。
しかし王都に着くと——どうやら、風向きがおかしい。
いわく『勇者クラウスが田舎娘と一緒になって、各地の魔王配下を倒している』ということだ。
いわく『その田舎娘はエルザという美しい女性で、どうやら彼女は勇者に魅入られている』らしい。
そんなバカな。
エルザは俺の婚約者なのだ。
そんなポッと出の勇者なんかに寝取られるわけがない。
それを確かめるために、俺は勇者がいるらしい城へと向かった。
普通なら俺みたいな一介の村人が、城なんかに入れないと思うが、クラウスかエルザが許可してくれたらしい。
そして誰もいない広間。
そこでエルザがクラウスに寝取られたという事実を知って、逆上のままクラウスへと挑んだ。
しかし結果は見るも無惨な敗北。
そこで一度敗走し、【増殖】スキルを使って城に戻ってきた——ということなのだ。
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エルザを倒し、残り数億人の俺がクラウスへと向かっていく。
「ふんっ! 君が1億だろうが2億だろうが、僕には勝てないさっ!」
涼しい顔をして、クラウスが剣を振り回す。
クラウスが持っているのは、勇者だけが持つのを許されている聖剣で、一振りするごとに周囲にいた100人の俺が吹っ飛び消滅した。
その光景を見て、一度目の襲撃の時、クラウスは手加減していたことを知る。
「ははは! そろそろ諦めたらどうかな? まだ僕に傷一つ付けていないんだけど?」
1億人目の俺が死んだ時、クラウスはまだ余裕の笑みを崩していなかった。
それを見て、さすがに大勢とはいえ数億人の俺が一斉に尻込みをし、愚直に進むのを止める。
「みんな——諦めるな。ここで諦めたら、クラウスは笑いながらまたエルザを抱くだけだ」
やっぱり君の元婚約者は弱かったね。
そう言いながら、ベッドの上でエルザを思う存分味わうに違いない。
「大丈夫だ。いつか勝機はくる。みんな俺なんだから、クラウスの弱点には気付いているだろ?」
ハッパをかけると、数億人の俺は「うぉぉぉおおおお!」と雄叫びを上げて、またクラウスに向かっていった。
「ははは、無駄無駄!」
クラウスは高笑いをしながら、剣を振り回す。
その光景はまるで虫けらが一人の巨人に挑み、意味もなく踏みつぶされているようにも見えた。
しかし——虫けらにも意志というのはあるんだ!
クラウスをぶっ潰すという強い意志がな!
——本来、【増殖】スキルは完全な俺を増やすため、どうしても仲間割れを生んでしまう。
しかし今の俺達は『勇者クラウスと寝取られたエルザをぶっ潰す』という一つの目標があった。
「俺が死んでも、他の誰かがヤツ等をぶっ潰してくれればいい」
殊勝な考えだろうか。
いや、違う。
今の俺達にあるのは、胸が切り割かれる程のどす黒い恨みである。
なにがってもクラウスを倒す、という目標を抱えた俺達は、オリジナルの俺をリーダーとして定めた。
今、俺は少し離れたところで戦いを見ているが、もし最後の一人である俺が倒されれば、この身をもってヤツに特攻するだろう。
「チッ……君はしつこすぎる。いくらやっても僕には勝てないのに。エルザもベッドの上で言ってたよ? 彼女が嫌がっても、君はエルザにキスをしようとしたらしいね。そんなんだから、キスの一つも出来なかったんだよ」
挑発してくるクラウス。
その言葉を聞いて、冷静さを失いそうになってしまうが、寸前のところで思いとどまる。
——挑発してくる、ということはクラウスも焦っているということだ。
「もう少しだ、みんな! もう少しでクラウスは崩れる!」
「はっ! なに的外れなことを言ってるんだい!」
クラウスは変わらず剣を振り続けている。
しかし——俺はその微妙な変化を見逃さなかった。
だんだんと、クラウスの動きは鈍くなってきているのを。
「はあっ、はあっ……本当にしつこい」
10億人目の俺がクラウスに殺された時。
とうとう余裕そうだったクラウスの顔が歪み、肩で息をし出したのだ。
そのような状況になっても、俺達は攻撃の手を緩めない。
20億人目の俺が死んだ時、クラウスの額に汗が浮かんできた。
30億人目の俺が死んだ時、クラウスは上半身の服を脱ぎ捨てた。
40億人目の俺が死んだ時、とうとうクラウスの体に擦り傷を付けることが出来た。
50億人目の俺が死んだ時、最早クラウスの体には無数の切り傷が付けられていた。
60億人目も70億人目も80億人目も——諦めず、クラウスに攻撃を続ける。
そして90億人目の俺が死んだ時、変化が現れた。
「ぜえっ、ぜえっ……バ、バカな……僕が……こんな数の暴力に、打ち負けるなんて……」
クラウスの顔や体はボロボロになっている。
髪が半分なくなり、左腕は消え、膝立ちのまま——それでも右手で剣を持っていた。
こんな状況になっても、まだヤツを倒せないのは、さすが勇者の力といったところだろうか。
「ぼ、僕はぁぁああああああああ! 魔王を倒すんだぁぁああああ! 魔王を倒し、王となり世界中の女を抱きまくる! そして嫉妬しているエルザを捨てて、絶望にうちひしがれている彼女を見ながら、絶品の女達を抱きまくるんだぁぁああああああああ!」
「えっ、へ? ゆ、勇者様?」
隣で付き添っているエルザが目を丸くする。
「とうとう本性を現しやがったな」
エルザもこんな男に惹かれていたなんて。今更ながらつくづく薄っぺらい女であった。
「うわぁぁぁああああああ!」
顔は涙でぐしゃぐしゃ。
ボロボロになりながらも、クラウスはメチャクチャに剣を振り回す。
しかし——六時間にも及ぶ死闘の末、クラウスの右手からとうとう聖剣がこぼれ落ちた。
「あっ……ぼ、僕のせいけん……」
もう剣を握る握力もないのだ。
そうなのだ。
勇者クラウスは今まで滅多なことで、ここまで長期戦になったことがない。
つまり、俺に比べてスタミナと根性がないのである。
「トドメだ。クラウスをぶっ潰せ」
「や、止めろぉぉぉぉおおおおおお!」
城内に響き渡る断末魔。
何人もの俺がクラウスに直行し、その体にのし掛かる。
俺達にのし掛かられたクラウスの姿見えなくなり、絶叫が聞こえなくなった時——俺は勝利を確信したのであった。
勇者の死因:圧死
◆ ◆
——という結末でも面白かったのだが、俺がクラウスをそんな楽な死に方で終わらせるわけもない。
半殺しにしたクラウスを城の牢屋に閉じ込め、その世話をエルザにやらせることにした。
「ぼ、ぼくはゆうしゃなんだあ。もんくあるやつは、ぜんいんぶっとばす」
「ク、クラウス止めて!」
俺達との戦いによって、クラウスの精神は完全に崩壊してしまった。
幼児退行というのだろうか。
左腕をなくし、右目には光が宿っていない。おそらく見えていないんだろう。
エルザにはそんなクラウスのお世話をやらせている。
「クラウスから逃げるな。クラウスのことをちゃんと受け入れてやれ。そうしないと、今すぐ殺す」
クラウスはエルザをエルザだと認識していないのか、毎日のように暴力を振るっている。
「許して……許して……ハンス。わたしが悪かったの……」
クラウスに殴られながら、泣いて許しを請うエルザであるが、俺の心には全く響かない。
そんなエルザが自殺しないよう、1000人くらい彼女のことを監視させているので、しばらくは楽しませてくれるだろう。
「さて——暇潰しにこれから魔王を倒してみるのもいいかもしれない」
クラウスの戦いによって、90億人の俺が犠牲になってしまった。
しかし、【増殖】スキルによって何人でも俺を増やすことが出来る。
「それにしても……俺は本当にオリジナルなんだろうか?」
もうそのことも分からない。
俺はオリジナルじゃなくて、クラウスに復讐した後、俺は俺によって殺されてしまったかもしれない。
オリジナルの俺じゃなくても、【増殖】スキルを使い、俺を増やすことが可能だからだ。
しかし——クラウスとエルザに復讐を果たした今となっては、どうでもいいことであった。
お読みいただきありがとうございました!
人気があれば、連載としてもう少し長く書くかもしれませんのでご了承くださいませm(_ _)m