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マージナル・マン  作者: 長芦ゆう
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緑コートの男

作品を書き始めたばかりで、粗削りなところがございますが、読んで頂けると嬉しいです。

「やあ、久しぶりだね。そして、相変わらず、うだうだと悩んでいるようだ」


 パソコンのモニターから右に目を逸らすと、そこには緑色のコートを着た男が立っていた。

 男は緑色の帽子を被っており、茶色の手袋、茶色のブーツという身なりであった。

 ここは外国ではないので、土足は勘弁してくれという気持ちが、心に湧き上がってきたが、ひとまずは、しかるべき質問を投げかけた。


「……あの、あなたは誰ですか?」

「ふむ。その質問に対して、私は自分の名前ではなく、こう答えたほうがいいだろう」


 年齢は二十代くらいと思われる優男やさおとこは、そのような前置きをした後、このように続けた。


「私は『マージナル・マン』。厳密には、マージナル・マンの一人、ということになるね」

「マージナル・マン……。それは確か、現代社会の授業か何かで聞いたことのある用語だ。しかし、どうやら意味が違っているようです。いったい、何者だというのですか?」


 唐突に訪れた未知との遭遇という事態は、当然のことではあるが、僕を警戒させた。

 そのせいか、口調も少し強めになっていた。

 

「詳しいことは次第にわかってくるだろう。いや、わかってくるかもしれないし、謎のままかもしれない」

「それで、マージナル・マンが、僕に何の用があるというのですか?」

「君の心の起こす『波』が、私を呼んだのだ。君は今、何をしていたのかな。教えてほしい」


 そういえば、僕はパソコンに向かって、何をしていたのだろう。

 マージナル・マンと名乗る緑コートの男との唐突な出会いは、僕の記憶を混濁させてしまったようだ。


・・・


 眼鏡をかけた、短髪の青年は、少しうつむきながら、思い出す。


「僕は、何かを始めたかった。特にこれといった趣味が無かったからね。もう大人だというのに、趣味のひとつも無いなんて、って思ったんだ」


 青年は、今年で二十六になる。いわゆる『アラサー』というものだ。

 彼はパソコンを使う仕事をしているが、あまり給料は高くないらしい。


「最初はゲームをつくろうと思った。ゲーム制作で、プログラミングのスキルとかも上がると思ったんだ。活動を通じて、サイトとかも立ち上げて、HTMLとかWEBの勉強をする足がかりにもなるんじゃないかと思ったよ」

「なるほど、勉強も兼ねて、何か作品をつくりたかった、と」

「でも、ストーリーが無かった。僕はRPGに憧れがあったからね。単にパズルとかリズムとかのゲームではなくて、キャラクターや世界観のあるものがつくりたかったんだ」


 青年の言葉は、次第に熱を帯びていくようだった。彼の心から溢れてくるものは、抱いていた警戒心を忘れさせていた。


「そこで、まずはシナリオをつくろうと思った。それで、小説というものを書こうと思ったんだ。『小説というものは、単なる文字データだ。画像や動画のように、サイズも重くないし、比較的簡単だろう』と、そう思っていた。そう思っていたんだ……」


 机に置かれていた青年の両手は、拳を握っていた。

 青年の声は、その拳と同様に、少し震えているようだった。


「どうして、こんなに、奥深いんだろう!さらさらと、流れるように、どこまでも書けると思っていた。でも、全然、そんなことなかった!一筋縄じゃ、いかなかったんだ!」

「『百聞は一見に如かず』というからね。映像無しに情景を伝えるためには、多くの言葉が必要なんだ。そして、それらをつなぎ合わせて、ひとつの物語にしなければならない。あらゆる組み合わせがあり、順序があるなかで、君だけの文章が出来上がるんだ。迷ってもおかしくないよ」

「そうだね。でも、どうして僕は、こんな『当たり前のこと』を知らなかったんだろう。学校では基本的な文法は習っていた。でも、長い文章なんて、研究論文で、ぎこちなく書いたことしかなかったっけ。読書感想文で本を読んだことはあった。あっ、そういえば、物語を書くなんて授業、一度も無かったんだ!」


 青年は声を張りながら、興奮を抑えられずに椅子から腰を上げた。

 

「どうした、大丈夫かい?」

「……ああ、すまない。大丈夫だ。ただ、授業でないにしても、文芸部とかに入っていれば、って少し後悔してるかな」


 それから目を閉じ、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた後、青年は話を続けた。

 

「まあ、そうだな。過去のことは今更どうにかなるわけでもない。大事なのは『いま』だ。僕は、この自由な休日に、何をしたらいいのか、わからなかったんだ。いや、そもそも、自分は何をしたいのだろうか、何が好きなのか、ということさえ、空っぽだった。なんだろうな、君に出会えて、何かを掴めた気がするよ。ありがとう」

「いやいや、礼には及ばないよ。私はただ、君の話を聞いていただけだ。それで、少しでも君の役に立てたというのなら、嬉しいよ」


・・・


「……行ってしまうのですね」

「うん。もう私の用は済んだみたいだ」

「また来ますか?」

「また会える気がするよ。それより、ほら、時計を見てごらん?」

 

 青年はモニターの右下に表示されている時刻を見た。

 

「まいったな、もうこんな時間だ。早く寝ないと」


 青年がモニターの右側へ視線を戻したとき、そこには既に緑コートの男の姿は無かった。


・・・


 開かれた部屋の窓からは、遠くにいる虫たちの鳴き声が、少し冷たい風とともに、秋の夜を奏でていた。





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