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ダークウィッチファンタジー   作者: 新木一天
1章 グリモア
4/22

3話 夜の襲撃

世界観の補足

金貨一枚=銀貨十枚

銀貨一枚=銅貨百枚

銅貨一枚=鉄貨十枚と言う感じです。

「————ッ!!」


「————ちっ!」


 激しい金属音とわずかな火花が、ロトの命の危険を端的に表していた。腰のナイフを取り出していなければ、今頃生きてはいなかっただろう。舌打ちをした相手は軽やかなステップで体制を整える。


 間髪入れずに敵は飛びかかって来た。とっさにナイフで顔をガードする。ところが、


「————フェイントか!」


 ロトは勢いだけの刃を受ける。敵はそのまま体をひねり側頭部に裏拳を入れてきた。


 勢いで体が開く。流れるように脇腹を蹴られた。フラフラとよろめく頭を抱えられる。それが力任せにグッと引きつけられたかと思ったら、顔面に膝が綺麗に入った。


「フグゥ!」


 情けない声とともに体が後ろへ飛ばされた。いけない、このままでは敵にいいようにトドメをさされてしまう。立て直そうにもこの体勢から戻すのは至難の技だ。


 これは不可能、無理難題。そう悟った瞬間にロトの頭は驚くほど早く回転し始めた。生きるために、生き抜くための算段を立てる。それは何よりも精密でそれが何よりも繊細なことも、ロトは当然のごとく知っているのだった。


 追撃をしに近づく敵にロトは左手を突きだして、


「『メガルフラッシュ』プラス『フルノイズ』!」


 それは神秘にも近い術式。限られたものに恩恵を与える呪いの技術。最高ゆえに邪道と恐れられた魔法。その詠唱だった。


 敵は瞬間身を小さくし来る衝撃に備えて、しかし突進は止めない。ロトはそれを見、ニヤリと笑った。


「魔法なんぞ大した事ないってか!? 甘いよ」


 怒りとともに出来上がった魔法を全力で相手にぶつけた。


「『閃光発音弾(スタングレネード)!』」


 カッと光ると思ったら、辺り一面に不快な音が鳴り響き始めた。上級閃光魔法『ギガルフラッシュ』と、中級音響魔法『フルノイズ』の合わせ技。回避不可能のロトの奥の手である。


 これを正面から食らった敵はフラフラと頭を震わせる。こんなものを食らって平気な奴はいないだろう。おかげでゆっくりとそこにいるやつを観察できた。


 そこにいたのは、昼間の鉄兜だった。


「…………は?」


 頭に「どうして?」が過ぎる。この人とロトにはてんで面識がない。町でチラリと姿を見たくらいだ。しかしこうして襲ってくるとなると、何か因縁めいたものがあると思わざるを得ない。


 拘束してやろうかとも思ったが、ロトの体はボロボロでうまく動きもしなかった。


 魔法の閃光と雑音のおかげで、通りがソワソワとしてきた。敵——鉄兜はキョロキョロと辺りを見回して、


「クソッ!」


 負け惜しみに似た舌打ちを残して去っていった。それは軽やかなステップだったが、魔法の衝撃からか足元がおば付いていなかった。


「おい、にいちゃん大丈夫か!?」


 満身創痍のロトの元に住民たちが駆け寄ってくる。皆んなが皆んな険しい表情をロトに向けていた。


「にいちゃん、どこの人間だ?」


 明らかな訝しみ。平穏な暮らしを阻害した害虫への不快感を感じた。ロトは消え行く意識の中で「カギュー」と言ったつもりだったが、果たして言えているかは定かではない。


 ロトの意識は闇に落ちた。


※ ※ ※ ※ ※


「——さん。……客さん。お客さん。起きてください。朝ごはんの時間ですよ」


 枕元の声にロトが起こされたのは、日もすっかり昇った朝のことだった。


 ムクリと体を起こす。寝付けが悪くスッキリはしていない。と、不意に鼻のあたりに激痛が走った。


 ロトは思わず鼻頭を抑える。そこにはガーゼが当てられていて、それでようやく昨夜の死闘を思い出した。


「お客さん、あんまり無理しないでくださいよ。こう見えて体もボロボロなんだし」


 声はベットの隣の机の方向からだった。そこにいたのは昨夜ロトに門限を教えてくれた店員さんだった。


「……看病しててくれたんですか?」


「看病もなにも、お客さん別に病気してるわけじゃないでしょう」


 それはそうかと思う。同時に、ならばなぜこの部屋にいるのだろうか。ロトには見当がつかなかった。思い切って訊いてみると、


「いや、若女将がお客さんの様子を見てこいって言うんで、渋々見にきてあげたんですよ。全く昨日は驚きました。傷だらけのお客さんがご近所さんに担がれてきたんだから」


 店員さんはケラケラと笑う。それを聞いてロトはようやく納得した。あの後ここまで運んでもらえたのか。なんて幸運なのだろうとまで思った。


「ま、そう言うわけだから。今から朝ごはんなので早めに下りてくることをオススメします」


 店員さんは言いながら腰を浮かす。エプロンの裾を揺らしながら開けっ放しの扉へと進んだ。


 その後ろ姿に「ありがとうございます」と小さく呟いて、ロトは視線を自らに向けた。


「あ、そうそう、お客さんって——」


 半裸に近い体はその全貌を見やすくしており、すなわち右腕の状態も明らかであった。ロトは自分の今の格好を見てロトは絶句した。


「——右腕ないんですね」


「包帯を!!」


 喉が張り裂けんばかりに叫んだ。驚いた店員さんは、目を白黒させながら彼の方を振り返り見る。その表情はとても穏やかとは言えず、彼女は何か触れてはいけないものに触れてしまったと直感した。


 咄嗟に声を出したので鼻頭が痛い。しかしロトにはその程度のことを気にする余裕はなくなっていた。急かすように続ける。


「包帯の下を……、包帯をとりましたか?」


 核心を言いかけて、踏みとどまり言い換える。言ってはならないところを避けて。彼女は「いいえ、見ていません」と答えた。ロトはそれを聞いて、深い安堵の息をついた。


「すみません、急に大きな声を出してしまって。今僕も下りるのでお構いなく。先に行っててください」


 シドロモドロになりながらそそくさと部屋を後にした店員さんを目で追って、ロトは先のない右腕をさすった。


「危ないな……。もし見られてたら……」


 そう呟き、ロトは忌々しい右腕をにらんだ。ズキリと痛む。今のやりとりでさえも、この忌々しい腕は、その力を行使するのか。ロトは鋭い眼差しで腕を睨んだ。


 椅子の上に畳んで置いてあったマントを羽織り、店員さんの後を追う。人気のない廊下を抜けて、今にも落ちそうな階段も下りて、ロトはフロアに顔を出した。


 キョロキョロ辺りを見回す。若女将の姿は見えない。おそらく厨房だろう。


 厨房はフロアに面しており、覗くと中で若女将が一人せっせと働いていた。


「すみません、おはようございます。朝食お願いできますか?」


「ああん? こんな時間に起き出して朝ごはんだと? ……って、傷の子か。ま、それなら仕方ないね。適当なところに座ってな」


「すみません、ありがとうございます」


 ロトは厨房を後にして、言われた通りに適当なところに座った。そこへ先ほどの店員さんがやってくる。


 なにやら店員さんの足取りが重そうだ。先ほどのことでショックを受けているなら、なんとか謝罪しなければ。


 店員さんがフロアをゆっくりと進み、やがてロトの近くに来たので手を上げて彼女を呼んだ。


「はい、なんでしょう」


「いや、さっきはごめんなさい。ついカッとなっちゃいました」


 頭をかいてニコリと微笑む。薄っぺらなその笑みで、店員さんはホッとしてくれたようだった。


「いえ、こちらこそ昨夜のことがありながらお客さんの琴線に触れることを言ってしまいました。配慮が足りなかったです。申し訳ない」


 何がために激しい叱責を受けたのか。彼女は知らない。だがあっさりと謝った彼女にロトは再び申し訳なくなる。


「いや、店員さんが頭を下げるようなことじゃないですよ。そうです、全てはあの鉄兜が悪いんです。いきなり襲いかかってくるから、結果僕らがこうなったんです」


「それに関しては不運だったとしか言えませんね。まさかお客さんが狙われるとは」


 狙う、との響きに違和感を感じる。ロトは「どう言うことですか?」と訊き返した。


「あの鉄兜はですね、数日前に、ほら、この先の丘に神殿が建ってるじゃないですか。あそこを襲撃したんです。まあ、神官様の結界で事なきを得ましたが、次はどうなることやら」


「警察はなにをしているんです?」


 口をついて出た言葉。しかしロト自身、こんな田舎の警察をあてにするほど、彼らの働きを信頼しているわけではない。店員さんが答える。


「一応ここらの警備を強化してるらしいんですが、なにぶんすばしっこいらしくてですね……」


 忌々しげにそう言ってジッと玄関先を見つめると、パッと表情を明るく変えて笑った。


「すみません。私だけ興奮してるみたいです。お客さんは今日はどのようにお過ごしで?」


 話題を転換しようとしたのだろう。しかし彼の返答は会話を変えるようなものではない。ロトは静かに、


「今日は神官様の街頭パレードがあると聞きました。それを見に行こうかと」


「へえ、いいですね。私も行きたいです。ま、仕事があるんですけどね」


 羨ましげにロトを見る店員さん。厨房の奥の方から「おい、サボってるなよ!!」と若女将の喝が聞こえた。


 店員さんは悪戯っぽく笑ってこう言った。


「今日一日があなたにとって素晴らしい日になりますように。それじゃあ!」


 眩しすぎるその笑顔は、やがて厨房へと吸い込まれていった。

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