8話 サイドロト
「おかしい」
なんの脈絡もなくロトがそう言いだしたので、ルルゥは肩をあげて驚いてしまった。手に持っていた朝食をテーブルの上に置いてロトへ向き直る。
「急にどうしたってんだよ。何か、気にかかることでもあったのかい?」
「気にかかることがなけりゃ、おかしいだなんてそもそも言わねえよ」
ここ数日ですっかり仲良くなって、二人は旧来の仲のような口調に変わっていた。ずんと腕を組むロト。その眉間には三本もの皺がよる。
「ずっと変なんだよ。なんか未来を見てるっていうか。過去を再現してるっていうか。ここ数日なんかずっとそんな調子なんだよ」
「そりゃお疲れなこった。でもロト、残念ながら俺としてはそんな感覚一切ないし、いつも通りと言って間違いないのだけれど」
「なら僕がおかしいのか。いや、本当にそれならなんの心配もいらないのだけれど。でも、でもやっぱり、どこかしらに違和感を覚えるなー」
そう唸る顔は兜牛のようだった。あほらしくなってきたので、机上のパンを掴んで口に放り込む。いつもならここで「自分にも食べ物を」なんてがなるロトなのだが、今日はそんなことそっちのけで唸り続けていた。
「なあ、流石に朝食は食べておこうぜ。お腹減ってるんだろ?」
おずおずと乾燥したパンのキレを牢の前に持っていった。ロトは相変わらずそんな物には目もくれずに首を右へ左へ傾げ続ける。
呆れた。率直にそう思ったルルゥ。開けられた窓からどんより鉛色に広がる空に眠いまなこをスライドさせた。
「今日も今日とて曇り空。ここんとこずっと曇りでそろそろ嫌になる。雨が降るなら降ればいいのに」
「そう言えば、今日もまた曖昧な天気だな。昨日も僕は「一雨来るぞ」なんて言ったのに結局曇りのままだったし」
のっそりと顔を上げたロトは、次の瞬間戦慄した。
「ちょっと待て、あれ雲じゃない」
「へ?」
「雲じゃなんだ。ほらよく見てみろよ、雲にしては黒すぎるぜこりゃ。蒸気機関の廃棄煙見てえな色してら。今まで長く生きてきたつもりだったが、どうやらまだまだ知らないことは多いらしい」
ニヤリと笑うロト。しかしルルゥは全く信じていない様子で、
「まさかそんな、ホラ見てみろよ。じきに晴れ間が見えるって」
言うと晴れ間が指した。都合のいいタイミングだ。ルルゥは思わず「わ、ほら、言った通り」と誇らしげになる。自分の手柄でもないのに。
しかしやっぱりそれもまた自然由来のものではなかった。指した光は徐々にその強さを増していった。
「なんだ!? ま、眩しい!」
目が眩んだのは致し方なかっただろう。意識を失いかけるロト。シュウウウという音と、夕焼けの匂いで我に返った。
「な、なんで夕方になってるんだ? さっきまで朝だったのに、ついさっきまで朝の牢にいたのに! なんで今僕は、瓦礫の山の上にいる?」
背後でガラガラと音がした。「いててて」なんて間の抜けた声とともにルルゥがひょっこり顔を出す。
「あれ? なんで夕方に?」
「それについてはもう僕が驚いたから置いておこう。それより、なんでこんな瓦礫の山に」
「あいちちち…………。リリが、爆発した?」
聞き覚えのある声が、ロトの斜め正面から聞こえた。クーだ。
「クー! なんでここに!?」
「ロト!? そっちこそ。あ、なるほど、リリのあの白い光は水晶の力を無効化していたのか」
「は、何言ってるんだよ。そんな事より今の状況を」
言いかけて止めた。衝撃が走ったからだ。
「なぜ、ここにいる」
右腕が疼いた。ロトの右腕を奪った張本人が目の前で立っていたから
「魔女! ここであったが百年目!」
「む、なんだお前は」
不機嫌そうに答える魔女。睨むその視線は氷河よりも冷たく感じた。ロトは渾身の魔力を左手に溜める。
「行くぞ。くらえ!」
「ま、待て今は体力が」
それが魔女の最後の言葉だった。激しい閃光と爆音が轟く。ロトの最後の一撃によって魔女は討ち取られ、ロトの右腕は元どおりに戻った。




