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ダークウィッチファンタジー   作者: 新木一天
1章 グリモア
2/22

1話 途切れた右腕

感想、アドバイスを貰えたら嬉しいです。

 山間の道から街に差し掛かると、騒がしさが幾重にも増した。その喧騒はここが田舎であると感じさせないほどのものだったので、男は少々驚きを隠せずにいた。


 列車の時間と被ったが、駅から人は出てこなかった。そもそもこの町が廃れているからだろう。退屈そうに欠伸をしている駅長が、グッと背伸びをしているのが伺えた。


「お客さん、着いたよ」


 ここ数時間ですっかり無愛想になった御者が振り返り言った。そもそもこれは話しかけられるたびに素っ気ない返事しかしなかった男が悪いのだが。


 麻布のローブに身を包んだこんなにも怪しい男を乗せてくれただけで、この御者の人の良さは分かりきっている。代金は先に払ってあったので、男は黙って馬車を降りた。


 辺境の地テイクは、その外装とは裏腹に活気に満ち満ちていた。とても廃れた地方の街とは思えないほどに。大きく息を吸い込む。清々しい風が遠くから花の香りを運んできた。


 男は何処へ行こうか数秒迷い、町人たちが盛んに行き来する道をフラフラっと歩きだした。早めに目的地に向かう事にしたのだ。


 数メートル直進すると露店がいくつも連なる商店街が現れた。小さな町の朝市と言った様子のそれは、人々の活気と熱気によって実際よりも賑やかに感じられる。


 「いらっしゃい! 今日はキャベツがお買い得だよ!」「奥さん、今日は一段とお美しい。やっぱりうちの魚が良かったんですよ。どうです、今夜も?」と言った商人たちの勇ましい呼び声を横目に、人の間を縫って男は歩く。


 と、そこで一軒の店を見つけた。店先の様子からどうやら雑貨屋らしいと思われたが、店主の呼びかけもないし一つだけ活気の輪から外れて存在しているように感じられた。男はそれが気に入って、少し立ち寄ってみることにした。


「いらっしゃい。好きなもん買っていきな」


 ぶっきらぼうにそう言う老店主。少し老けた顔に似合わない屈強そうな体が少し可笑しい。着ているものはそんなにキチンとした物ではないから、儲かってなさそうだと思った。


 視線を店主から目の前の陳列棚にむける。確かに綺麗なアクセサリなどはあったが、特に希少な鉱石や魔石が売っているわけではなかった。田舎の露店だ。仕方ないだろう。


「店主さん。一つお尋ねしたいのですが、この町の神殿はどこにあります?」


 適当なアクセサリを持ち上げながら店主に言う。眼鏡の奥の目を瞬いて店主は首をかしげると「ちょっと待ってな」と店の奥に入って行った。どうやら奥が居住スペースらしい。


 しばらくすると店主は地図らしきものを小脇に挟んで戻って来た。ガラスのショーケースの上にそれを広げる。


「えっとねぇ……。そうそう、ハルル通り……この正面の道のことな。これを北にまっすぐ向かうだろ」


 そう言って男が今来た道の反対側を指差した。直進でどうやら合っていたらしい。


 と、偶然にもその方向が騒がしくなり始めた。人々の悲鳴とどよめきが事の重要性を男に伝えてくれる。雷のような鋭い声が通りに響いた。


「待て! そこのマントを羽織った銀兜の小僧! 止まるんだ!」


 そこに見えたのは人の群れをピョコピョコ飛び越えて風のように走る銀兜と、それをエッチラホッチラ追いかける警吏たちの姿だった。


 鉄兜が男の前を通り過ぎる。背丈は男よりもやや低く、マントの下に見えた肉体は筋肉質だった。頭をすっぽりと覆った兜の隙間に見える目が男を見た気がして、男は思わず後ずさりしてしまった。


 フッと笑う。なぜかはわからないが、鉄兜は男に微笑を湛えた。あっという間に鉄兜は男の前を通り過ぎていった。続いて警吏たちが目の前を喧しく通る。


「…………なんだありゃ」


 通り過ぎて、しばらくして店主が重々しく口を開いた。呆気にとられていたのは言うまでもない。男もまた店主のその言葉のおかげで口をようやく開けられた。


「なんでしょうね。犯罪者でしょうか?」


「知らねえや。ま、ここはやけに罪に厳しいからな。加えてあの鉄兜、目をつけられるのが順当ってもんだよ。全くアホなことするもんだあの小娘も」


 感慨深く三人が向かった先に目をやる。遠くを見るような目はやけに懐かしそうに思えた。男は閑話休題とばかりに店主に話の先を促した。


「お、おうおう、そうだったな。えーっと、ハルルをまっすぐ行くとだな右手にボロ鍛冶屋が見えるはずだ。そこを曲がって突き当たりだ」


 存外簡単な道のりそうだ。アクセサリは銅貨三枚だったが素人目でもそれ以上の価値があると思ったし、道案内のチップも兼ねて多めに銀貨一枚を払うことにした。


 男は店を去ろうと背を向ける。そこに店主が声をかけた。


「あんた、今日止まるとこあんのかい? ないのなら知り合いの宿をとってやるが……」


 多めに払ったのが良かったのだろうか。男は野宿するつもりだったが、せっかくの好意だと話を受けることにした。


「そうか。なら話を通しておく。神殿近くのカギューって名の宿だ。場所は……。ま、神殿行く途中だからわかるだろう」


 一人で呟くように店主は早口で言って、そして男を見た。「大事なことを聞かなきゃならねえ」と前置きして言うことには、


「あんたの名前、聞いてなかったな。教えてくれねえか?」


 名前……。そうか、そうだなと納得。宿を取るのに確かに名前は必要だ。男はローブのフードをとって店主に向かい直った。


「ロトです。ロトフニル。ご好意感謝いたします」


 ここらでは珍しい黒髪黒目がキラリと輝いた。


※ ※ ※ ※ ※


 トマトよりも赤く染まった夕焼けに背を向けて、男——ロトはジッと目の前の建物を見ていた。ここは神殿への道のりの中腹にある、下宿カギュー。


 カギューはくたびれた宿だった。いや、田舎らしいといえば田舎らしくはあるが。しかしそれでも、古き良きとは我のためにありと言わんばかりのオンボロさだった。


 開放されているドアから中を覗く。夕闇に包まれた店内では、店員と思しき人物がランプを点けようと右往左往していた。


「すみません。あの、すみません」


 申し訳なさげに店員を呼ぶロト。ワタワタとしている彼——もしくは彼女——はクルリとこちらに向くと、


「若女将ー。お客だよー」


 存外元気そうな声がフロアに響いた。奥の方からそれに応えるように「はーい」と聞こえる。やがてドタドタと荒い足音を立てながら、若女将らしき人物が姿を現した。


「はいはい、どうもお客さん。ご予約は?」


 ニッコリ笑顔で接客モード。前掛けで手を拭いているところを見ると、どうやら水仕事していたらしい。ロトは先ほどの店主の事を話した。


「ああ、あんたがメメメの言ってたロトか。魔話で連絡が来たよ。ふうん、あいつの言った通り珍しい髪と目の色してるね。あんた人外かい?」


「若女将、人外がこんなとこにいるわけないでしょ。それにこんなに人に近い人外種なんて聞いた事ないよ。ウェアウルフのあれが、今の最高なんだよ」


 「わかってる」と反論する若女将は少し頬を染めていた。口を挟んだ店員はため息をついて、ついでにフロア最後のランプを点けて次の仕事へ向かった。


 若女将は垂れた首をゆっくりと起こして、そのやりとりをジッと見ていたロトに向き直る。


「部屋は今ちょうど用意し終わったところだよ。そこの階段上がって突き当たりの部屋だ。ホレ、これが鍵ね」


 早口にそう言って鍵を渡してきた。鍵は少し錆びていて、先につけられたプレートには203の文字が。


 ロトは受け取った鍵を握りしめて、失意の若女将と店員に向かって一礼し階段を上った。


「あ、そうそう。お客さん、晩御飯つけるかい? 別料金にはなってるんだけど」


「晩御飯はいいです。明日の朝食、お願いできますか?」


 申し訳なさげに頼むロトに、若女将は「あいよ」と一言だけ返した。


 ギギギと軋む扉を開くと、目に飛び込んできたのは真っ赤な夕日の光だった。部屋は西側に窓が一つ付いていて、そこから差し込む夕焼けが部屋を灼熱で包むようだった。遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。


 ボロい机にベットが置いてあるだけの簡素な部屋。しかし掃除はキチンとされていた。清潔感があって好ましい。


 ロトは後ろ手で扉を閉めると、ベットの上に座った。窓の向こうでは列車が濛々と煙を上げて北へ向かって走っていく。


 ロトはそれを遠目で眺めてため息をつくと、ローブを脱ぎおもむろに自分の右腕を撫でた。


「……やっとここまで来たんだ。あるはずなんだ、」


 ポツリとそう呟く。ロトは自分の腕のあまりに悲惨な状況を見、胸を痛めた。彼の腕は——


「ここに魔女の手がかりが」


 ——肘から先が、プッツリと途切れていた。

魔話とは日本でいう電話のことです

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