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ダークウィッチファンタジー   作者: 新木一天
2章 未開の地
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3話 リリとヘク

ロトが捕まってるころ、クーはと言えば。

 静かで殺伐とした森の中。鳥達の囀りや木々のざわめきが容易に聞こえる昼下がり。森ではあることが起こっていた。


 ボウボウと生えた木々の群れの隙間を、縫うように飛ぶ二つの影がそれである。一つは少年の、一つは鉄兜を被った、奇妙な人間だった。


 少年が振り返るとそこにはニヤニヤと気持ち悪い顔の——鉄兜を被っているので本当に気持ち悪いかは判断しかねる——少女が迫ってきていた。


 少女に積極的に迫られる男。一見いいように聞こえるが、その実態は悍ましいものである。


「し、しつこい!」


 たまらずに少年が口走った。しかし鉄兜の方はその言葉に耳を貸さずに、腰の短剣を抜き投げた。銀の光を放ってまっすぐ少年の方へ飛び、そして慌てて引っ込めた少年の顔をかすめて空を切る。


「危ない!」


 よろけながらも形成を立て直すために、少年は攻勢に転じようとした。


 体を宙で半回転。木の幹に体重を乗せてその反動で飛んだ。鉄兜に突撃する。が、鉄兜——もといクーはそれを平気な顔して避ける。


 ドスンとかにぶつかる音がした。軽やかなステップでクーが方向を変えると、そこにいるはずの少年が消えている。


「姿が見えないってことは、下か」


 見ると案の定そこで蹲っていた。どうやらクーがわざと彼が木にぶつかるように避けたのが、どんぴしゃり効いたらしい。


 スタッと飛び降りる。屈みこんで様子を見てみたら。


「隙あり!」


 少年の裏拳が飛んだ。体を逸らして紙一重でかわす。勿論敢えて紙一重なのは言わない約束だ。少年は裏拳の回転そのままに左の回し蹴りを放ったが。


「見えてるから、そういう攻撃は効かないんだ」


 ヒラリと躱されて足を掴まれた挙句、関節を曲げられて身動きが取れなくなっていた。なんとも屈辱的なセリフを言われながらだったので、余計に腹がたつ。


「離せよ。痛いから、やめろ」


「ダメダメ動いちゃ。折れる折れる。今でさえ普通の人(、、、、)なら折れる極め方してるのに。お前は頑丈だから、手加減のしようがないんだ」


「なっ……!」


「じゃあ強めるからな」


 グググッと、力が込められていく。思わず「痛い痛い」と声をあげていた。それには目を丸くするクー。


「おいおい、まだ折れないのか? 呆れた丈夫さだ。もうすでに150度は曲がってるよ」


 言い終わって後、しばらく考えたクーはパッと極めていた両手を外した。少年がホッと安堵の息を着く。


「君の家に案内してもらおうか」


「なんでそうなるんだ!」


「交換条件だぜ? 折るのをやめる代わりに、家に案内してもらう」


 「当然だろ?」と付け加えたクーが、あんまりにも図々しかったので、少年は深いため息を吐いた。顔を抑えたまま観念したようにか細い声を出す。


「ついて来い」


「やった」


 とても乾いた「やった」が、少年には気味が悪くてしようがなった。


※ ※ ※ ※ ※


 少年に連れられるがまま、路地——といっても、ゴミや死体があちこちに散乱している汚い獣道となんら変わりのないところだ——を縫っていく。まもなく、薄汚いこぢんまりとした民家に辿り着いた。


「ただいま。具合はどうだ?」


 少年が家に入って早々誰かに問いかけた。どうやら一人暮らしではないらしい。クーも遠慮なくお邪魔する。


「大丈夫だよ。なんだかいつもよりも調子がちょっぴり良いみたい」


 少年の声に返事が来た。若い女性の声だ。廊下を進んでいく。


「リリは無理するからな。心配なんだよ」


 どうやら話している相手はリリと言うらしい。廊下の突き当たりにはドアがなかったので、すぐにその姿が見えた。


 雪のように白い肌。しかし痩せこけた顔は土色。身につけている衣服は心許なく、肉の落ちた四肢がむごたらしかった。なによりクーを驚かせたのは、その髪である。


「真っ白…………」


 白髪と言うには、彼女の髪は白すぎた。何かが抜け落ちたように、そこのない白が髪に写っていた。


 少年がゆっくりと歩み寄っていく。


「ほら朝の分の薬、飲んでないじゃんか。早く飲め」


「嫌よ。だってお薬だって希少なんだから、ホイホイ飲んでたらまたお兄ちゃんに出てもらわなくちゃならないじゃない」


 駄々をこねる彼女は頰を膨らませてそっぽを向いた。膨らんだ頰は、肉がやはり落ちている。


「ダメだ。飲め。お前の命に代えられる物なんてないんだから」


 嫌がるリリに半ば強引に薬を飲ませて、少年は満足げに頷いた。


「——ん、もう。ヘクは強引なんだから。……ってあれ、お客さん?」


 そこでようやくクーの存在に気づくリリ。その表情には恐怖が宿っている。なぜだろう。考えて鉄兜のせいだと気がついた。クーは恐怖の元凶を脱ぎ捨てる。


「どうも、さっき道端で偶然出会った旅人です。彼——ヘク? には随分とお世話になったものです」


 調子がいいな、と少年——ヘクは悪態をついた。リリはくすくすと笑っている。表情がしょっちゅう変わっている。変わった子だ。


「あなた面白いんですね」


「そうですか? 普通だと思います。ね、ヘク」


「俺にはタメ口か。……普通ではない」


 半目で笑い飛ばした。クーにとっては心外である。


「今昼飯作るから、待ってろ」


「あ、お庭のお野菜採ってきて。もういい時期だろうし」


 リリの言葉にヘクは家を飛び出した。部屋に残されたクーは、ポリポリと頭を掻きながらリリに訊く。


「さっきあの子は病がどうとか言っていたけれど、君はなんの病気だい?」


「魔力欠損病、って病気らしいよ。街にお医者様がいないから詳しいことはさっぱりわからないけど。お兄ちゃんがそう言ってし」


 とても幸せそうに遠くを見つめるリリ。クーはその横顔を見ながら、彼女の不幸を思っていた。


「お待たせ、今から作るよ」


 言うが早いか戻ってきたヘクは早速キャベツの千切りを始めた。クーはその後ろ姿を見て、ベットの上のリリを見て、路地の死体の山を思い出して、この町の不自然の正体を考えていた。

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