10話 仲間
辺りがすっかり暗くなったころ、鉄兜による拷問が終わった。洞穴に響いていた残酷な悲鳴が止んで、代わりにそこから出てきたのはボロボロの衣服を身にまとった神官の成れの果てだった。
彼はロトを見ると「ヒイイッ! 命だけは勘弁してくれ〜!」と一目散に木々の奥へと逃げ去って行った。しばらくして洞穴の中から鉄兜が顔を出す。彼女はやけに清々しい顔をしていた。
「……ふぅ、で、どうだった?」
「どうもこうもない。何を聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りでな、おかげで爪を十枚とも剥がす羽目になった。とんでもない徒労だね。こんな事はもう懲り懲りだ」
「だろうね」と付け加えてロトは再び岩壁に寄りかかった。開始してそうそうに外に出たロトには推し量ることは出来ないが、きっと想像もできないほどの鬼畜な所業が行われていたのだろう。
ロトは神官がヒョコヒョコ逃げて行った方向に手をそっと合わせた。叶うなら、彼に平穏と幸福を与えてやってください、と。
「ん? 合掌なんかしてどうした? 何か食べられるものでも見つかったか?」
不思議そうに訊ねる鉄兜がロトへ向かって歩を進めてきた。それを横目にやりながらわずかな嘲笑をその顔に浮かべる。彼女が今しがた自分が行った残酷な所行をてんで覚えていないように感じられたからだ。
「見つかっていない、けど、どうやら君のその口ぶりからすると食糧は各自調達という訳なんだな」
「え? 宿には帰らないのか? きっとあの人たち優しいから心配していることだろうさ。早く帰った方がいい」
予想外の言葉に驚く。彼女の口からこのような言葉が出るなんて思っても見なかった。なんせ彼女にとってロトは格好の標的であり、自身の最終目的のための重大な手がかりであることはもはや誰の目にも明らかなのだから。
闇夜に浮かぶ少女の顔——鉄兜が鉄兜を脱ぐと、年端もいかぬ少女に見えるのである——が妙に艶やかでロトの神経を逆なでした。目をそらして瞑る。深く息を吸ってからロトは鉄兜に向き直った。
「今日のところはおとなしく引き下がろう。ただし、明日の朝もう一度ここへきてほしい」
「いやだ」
鉄兜は冷たくあしらった。鬱陶しい夏の虫を手で払いのけるように、顔の前を平手が何度も行き来する。ロトはめげずに食い下がってもう一度。
「明日ここで」
「いやです」
無事返答も敬語に格上げ——あるいは格下げ——されたところで、ロトが反撃を試みた。
「なんでいやなんだ。別段困るわけでもないだろう。それ俺はほら……、君にとって重大な手がかりだし」
「あら、自意識過剰も大概にしてほしいな。お前ごときが私の重大な手がかりになれるとでも思っているとは思い違いもここまでくると芸術の域だな……。ここから立ち去れ屑」
ここまで容赦がないと一周回って清々しく思えてきたロト。頭をぽりぽりと掻きむしった。どうやら先ほどの眷属発言から彼女はかなり動揺しているらしい。顔面蒼白で指が震えていた。
「…………キャラが定まってないぞ」
「……ど、動揺なんて、しししししし、してないんだからねっ」
どうやら鉄兜は豆腐並みのメンタルの持ち主らしく、先ほどの眷属云々の話以降ずっとこの調子なのだ。ロトとしては放って置くわけにもいかぬまいと、帰るに帰れない状況に陥っているわけだが。
と、そこでとある名案が浮かんだ。鉄兜にこいこいと手招きをして耳打ちをする。鉄兜は「はあ? そんな事できるわけないだろ? 大体、店の人に迷惑だ」と心配そうな声をあげる。
「大丈夫だよ。これなら今晩も話せるし名案だと思ったんだが」
言い切ったロトをじっと見つめる鉄兜。やがて観念したのかカクンと膝を折ってその場を倒れた。交渉成立である。
「そんじゃ、俺はのんびり麓まで降りるから、後からついてきてよ」
そう言い残してロトは歩き出した。後ろを鉄兜が付いてきているかどうかは全くもって定かではない。
※ ※ ※ ※ ※
昨夜と同じように温かく迎え入れられたロトはその足でそのまま部屋まで歩いて行った。軋む床は今にも底が抜けそうで、わずかなスリルを感じながらドアノブを回す。
入ってすぐに、南側についている窓の鍵を開けた。すると、窓の淵の方から銀のヘルムが見えた。それは顔を上げて、するりと体を室内に滑り込ませる。案の定、鉄兜だ。
「入れてくれてすまなかった。礼を言う」
「どうって事ないよ。それよりも話したいことがあったんだ」
ロトがそう切り出すと「奇遇だな」と鉄兜も付け加えた。どうやら彼女もまたロトに何か用事があるらしい。
「ま、私のはどうって事ない戯れの一環に過ぎないのだから、お先にどうぞ」
勧められたので先に話してしまうことにした。
「単刀直入に言う。俺は君とこの後も旅がしたい」
それがロトの狙いであり願いだった。彼の人生を狂わせた憎むべき魔女。彼女を追っている人間が、その上強靭な肉体を持ち類稀なる戦いの才を持っている少女が目の前にいるんだ。利用しない手はないだろう。
鉄兜は月光を背中に浴びてこちらを向く。不敵な笑みをその顔に湛えて言った。
「奇遇だな。私もおんなじことを言おうとしてた」
目を大きく見開くロト。すっと手を差し出すと彼女もまたゆっくりとそれを握った。




