第97話『勝負の行方』
「――ルールを再確認しよう。2:2で15点先取した方が勝ち。コートはハーフでいいよね? スリーポイントのラインもちゃんとあるし」
「それで構わないが、お前ら仮にも俺は年上だぞ。部活で習わなかったのか? 先輩には敬語で接しろ」
態度といい言葉遣いといい、こいつら完全に俺たちのことを舐めてる。それが余計に腹立たしい。
小夏のクラスメイトだから多少は大目に見てやろうと少しくらい考えてはいたが、遠慮する気が完全に失せた。楽しむには楽しませてもらうが、絶対に容赦しない。
「やめてきなよお兄ちゃん。あいつらに何を言っても無駄なんだからさ」
小夏は拳を固く握りしめていた。怒りによって微かに震えている拳。口調はまだ落ち着いているが、全身から滲み出てるどす黒い雰囲気が怒りの度合いを示していた。長年付き添っていた俺だから分かる。今の小夏はこれまでの人生で三本の指に入るほど怒っている。
俺たちを心配そうに見守るひよりは、今となって止めるべきかどうするか悩むように、おろおろとした様子で視線をさ迷わせている。
まぁひよりのことは葵雪あたりに任せておけば問題は無いだろう。あいつは俺たちのことを止める気なんてさらさら無さそうだしな。
「小夏、どういう作戦でいく?」
話の内容がバレないように小声で耳打ちする。
向こうさんも作戦会議を始めている様子。こちらの会話は気にしていないと思われるが警戒しておくに越したことはない。
「最初はあいつらにいい顔させておこうよ。次のシュートで勝負が決まるまで適当に流す。こっちはその間一本も入れないで、初心者丸出しの動きをして警戒を緩める」
「おっけ。んで、最後に潰すと。ははっ、お相手さんはお顔真っ赤になりそうだな?」
「そうさせるのが目的だからね。あいつら、水ノ瀬さんも言ってた通り表面は真面目だけど、蓋を開けてみればクズもいいところだから」
吐き捨てるように言うと、小夏は女子生徒たちを睨みつける。
血のように紅い瞳に宿っているのは一遍の曇りもない明確な敵意――いや、殺意と言っても過言ではないかもしれない。それほどまで小夏はあいつらのことを嫌っている。
神聖なる体育館に立ち込めるのは熱気でもなんでもない。今この空間を支配しているのはただ純粋な悪意だけ。俺と小夏も、女子生徒たちも、お互いのことを潰すことしか考えていない。
悪意と悪意がぶつかり合えば、その悪意はより強固な悪意へと変化する。そうなってしまえば言葉での和解なんて有り得ない。どちらかが潰れるまで永遠にぶつかり合いが続くのだ。
「――こっちは準備出来たけど、佐々木さん達はまだ話してるの?」
へぇ、あのタメ口女の名前は佐々木って言うのか。平凡すぎて明日には忘れてそうな名前だな。
「どうやってあんた達を嬲ってやろうか相談していたから遅くなった。こっちは私と佐藤でいく。私たちに喧嘩売ったこと後悔させてやる」
「あっそ」
つまんなさそうに言葉を返すと、佐々木は舌打ちをしてこちらを睨みつけてくる。
あの強気な瞳が絶望に染まる瞬間が楽しみで仕方ない俺は、向こうにバレないように唇を吊り上げながら小夏と共にバスケットシューズに履き替えた。
俺たちが立ち上がるのと同時に佐々木たちはコートの中心まで歩いていく。その顔は余裕綽々な態度でいる俺と小夏に対して酷く苛立ってるようだ。
そんな彼女らの表情に、俺の中の黒い感情が沸騰したお湯の気泡のようにプツプツと浮かんでくる。それを表に出さないようにポーカーフェイスを決め込み彼女らの前に対峙した。
「最初の攻撃権は譲ってあげる。せいぜい自分の愚かさを実感しな。あんた達の未来は、敗北して私たちに土下座するんだから」
「……」
「はっ。だんまりかよ。さっきまでの勢いは何処に行ったんですかー? せーんぱい?」
あまりにも酷い誤解に、俺は笑いをこらえるのが大変だった。
言葉を返さなかったのではない。込み上げてくる笑いを耐えるのに必死で返せなかっただけ。それに気づかず俺のことを煽り続ける佐々木は本当に哀れだ。
「――始めるか」
佐々木の煽りを完全にスルーすることに決めた俺は、後ろで待機していた小夏にボールをパスをした。
「んじゃまぁ、とりあえず――っ!!」
ボールを受け取った小夏は下手投げでボールを天井スレスレまで打ち上げる。無論、シュートをミスった訳ではなく高さの調整なわけだが、小夏のシュートの特性を知らない佐々木たちはそれを見て声を上げて笑い始める。
まったく、試合中だというのに愉快な連中だ。真剣に取り組むという気持ちがこれっぽっちも感じられない。完全に舐め腐っている。
「転校生さーん? バスケは天井に向かって投げるスポーツじゃなくて、ゴールに向かって投げるスポーツなんだけど理解してるのかなー?」
「……」
小夏は無言を返すと、落下してきたボールをわざと取り落として佐々木たちの元へと転がした。
ボールを拾い上げた佐藤は素早くドリブルをついてゴールを目指す。もちろん俺たちはワンテンポ遅れて反応したように見せかけ、その後ろをのんびりと追う。
「まずは一本」
そのままレイアップを決めた佐藤はこちらに振り返ると、ざまぁみろとでも言うように嘲笑してくる。
こいつらマジで煽ることしか脳にないんじゃないかとそろそろ本気で思い始めてきた。
キレそうになるのをぐっと堪えた俺は、スローインをする為にコートの外に出る。
まだだ。まだ爆発させるのは早すぎる。小夏の言う通りあいつらがあと一回のシュートで勝ちが決まるまでは耐えなければならない。
「……覚悟してろよ」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いて、ボールを適当に小夏に投げ渡した。
※
Another View 葵雪
「……小夏さん達、大丈夫なんですか……」
11-0という圧倒的な点差を見せられているひよりは心配そうにそう呟いた。微かに声が震えており、泣いているのを必死に我慢しているのだろう。
この子は優しい子だから、自分のせいでこんな状況になっているのが許せないのかもしれない。まぁ初めに喧嘩をふっかけてきたのはあのクズ共だけど。
「さ、流石にまずい気がするんだよ……。このままだと負けちゃうんだよ……っ」
椛も椛で泣きそうになってるし……はぁ、冷静さを保っているのは巡だけね。
「……」
巡の静かさは正直不気味なところがある。普段と何も変わらない表情でコートを見つめるその瞳には不安という感情が一切宿っていないようにも見える。
この世界が繰り返す度に思っていることがあった。
巡はどの世界でも冷静で、感情的になることが無い。それが巡の性格だと言ってしまえばそれで済んでしまう話なのだが、あたしには巡はあたし達が見ているものと違う何かを見ているような気がしてならない。
「……あ!! そ、そんな……!!」
そんなことを考えているうちにクズ達がシュートを入れたらしい。これで点差は13点。あと一回シュートを決められたら勝負は終わってしまう。
自信満々に勝負を挑んできてこのザマ。あいつらはきっと馬鹿みたいに笑っているんでしょうね。まぁでも、本当の試合はここから始まるってあたしは知っている。
あの兄妹の性質上、最初はいい顔させておいて後から絶望に叩き落とすつもりなのだ。ほんと、性格が悪すぎる。……あたしが言えたことじゃないか。
とりあえず本気で泣きそうになってるひよりと椛をなだめるために、あたしは二人の体をぐっと引き寄せて顔と顔の間に自分の顔を入れた。
「忘れたのあんた達。あの二人は――特に小夏は最強クラスのバスケットプレイヤーなのよ」
こっから始まる大逆転劇。見てるとこっちとしては楽しいだろうけど、やられた側はたまったもんじゃないわね。まぁ自業自得なんだけど。
修平がラインの外に出てボールを投げる姿勢を取る。コート全体を見渡す修平の目付きは、先程とは比べ物にならないくらい真剣で、見てるこっちまで思わず息を飲んでしまう。
「小夏――行くぞ」
「いいよ、お兄ちゃん。思う存分潰そう」
小夏がそう言うのと同時に修平がボールを投げ込んだ。さっきまではやる気の感じられない山なりのスローインだったのに、今回のはかなり直線的で、小夏に少し離れた位置に投げ込まれた。
「――――」
佐藤のディフェンスを容易に剥がした小夏はそのままボールを取り、刹那ドリブルを始めてゴールに向かった。
つい一瞬前とは違う洗練された動きに、佐藤たちの反応は当然のように遅れ、易々と小夏はレイアップを決める。
佐藤たちだけではなく、その取り巻きたちも何が起きたのか理解出来ずにただ呆然と小夏のことを見つめていた。
音も無くコートに着地した小夏はくるりと振り返る。いつも楽しげな表情に貼り付けられた悪魔のような仮面はどの世界で見ても恐ろしい。
あの顔で人を殺したことがないなんて驚いたものね。まぁ前の世界であたしのことを殺そうとしたみたいだけど。
「ま、まぐれまぐれ。ただの偶然の結果」
佐々木が焦りを見せながら佐藤にスローインでボールを渡す。佐藤の手にボールが渡ろうとしたその瞬間、そのボールが忽然と姿を消す。
「……は?」
否、消えたのではない。目にも止まらぬ速さで小夏が奪い去ったのだ。状況が理解しきれていない佐々木たちはもはやボールの位置すら掴めていない。
「――よっと」
そんな中、佐々木のマークから外れていた修平がスリーポイントシュートを決めた。
バックボードにもリングにも当たらない綺麗なスリーポイント。それを見た佐々木たちはここでようやく事態の危うさに気づいたらしい。
でもそれはあまりにも遅すぎる。本来なら最初っから気づいていないといけない事実に気づけなかったあいつらの自業自得なのだから。
「……く、くそ!! あんた達実力を隠していたな!?」
「だから何?」
佐々木の叫びに小夏は冷たく返す。
怒りの感情を封じ込めた絶対零度の言葉に、佐々木たちはあからさまに顔を青ざめさせる。
「実力を隠しちゃいけないってルールは無かった。後悔させてやるだっけ? 後悔するのはどっちなんだろうね」
「くっそぉ……!!」
佐々木が佐藤にがむしゃらにパスをする。
そんな見え切ったパスがあの兄妹に通用するはずがなく、呆気なくカットされてそのままシュートを決められてしまう佐々木たち。バカとしか言いようがない。
それでも懲りずに同じことをやるもんだから、今度は小夏がノーマークの状態でジャンプシュートを決める。というより、2:2でやっているのにどうしてノーマークなんかになるのか不思議で仕方ない。
とりあえずこれで点数は9-13。ものの一分も経たないうちにこんな悲惨な状況になっているんだから、最初っから本気を出していたらカップ麺を作っているうちに勝負が決していたかもしれない。
「弱い。そんな実力でよく私たちの勝負に乗れたね。初心者の私たちをズタボロにするんじゃなかったの? ズタボロになってるけど大丈夫?」
「大口叩いたわりには大したことない奴らだな。真面目に練習やっていたのか? あ、やってないか。さっきの風景見てたら分かることだったわ、悪い悪い」
ここぞとばかりに煽り始める修平と小夏。相手の顔は恥ずかしさのあまり真っ赤になっていた。
ざまぁみろ。と、あたしは鼻で笑って踵を返す。そしてそのまま体育館から出ようとすると、それに気づいた椛が声を掛けてくる。
「あ、葵雪ちゃん? 何処に行くんだよ……?」
「これ以上ここにいる必要は無いわ」
それだけ言葉を返してあたしは外に出る。
体育館の中に立ち込めていた悪意に満ちた空気が外に出たことによって浄化されていく。心地のいい風に身を委ねながらあたしはのんびりと歩いていく。
それなりに歩いたところで体育館の方から佐々木と思われる奴の絶叫が聞こえてきたが、あたしはスルーしてスマホを取り出した。
「……」
このスマホにはあたしの力が働いている。だから記録として残されたメモ帳の記憶は世界を繰り返しても残り続けていた。
「……巡のことを調べてみる必要があるかもしれないわね」
これまで溜めてきた情報を見ながら、あたしは口元に手を当てて考え込んだ。
これまでの傾向を見ても巡に不審点は無い。けど、何も無いからこそ、何かあると考えてしまう。
「さて……どうしようかしらね……」
ここはあたしの世界じゃないから融通が効かない。小夏に協力を仰ぐのが最善の策かなと考えながらあたしはスマホを閉じた。
to be continued
心音ですこんばんは!
仕事が忙しくてアップが遅れてる日々……本当に申し訳ないです……。なるべく遅くならないうちにアップしていきますのでよろしくお願いします!、




