第95話『みんなで回転寿司』
「――豪華賞品がまさか現ナマとは思わなかったね」
小夏が三十本連続でフリースローを決めた後、イベント会場は大歓声に包まれた。
俺は小夏が失敗することなんて万が一でも有り得ないと思っていたから軽い拍手を送るだけだったが、ひよりと椛は子どもみたいに大はしゃぎ。巡と葵雪は興奮のあまり小夏に抱きついたひよりと椛を苦笑しながら見ていた。
イベントのお姉さんはというと、まさか本当に三十本決められるとは思っていたかったらしく、慌てた様子でどこかに電話をかけていた。おそらく、誰も達成できないと見込んで賞品を用意していなかったのだろう。
「賞品というより賞金だよな。まぁ馬鹿みたいにデカいテレビとか渡されたらそれもそれで困るが」
「とりあえずこのお金でご飯食べに行こうよ。言うまでもなく私がお金は出すよ」
イベントのお姉さんに渡された封筒の中には諭吉さんが十枚入っていた。みんなで焼肉を食べに行っても余裕でお釣りが出るほどの額。
それにしてもイベントの人は運が悪い。この分だと当面の間、今日みたいなイベントは行えないだろう。仮に行ったとしても、フリースローだけはもう二度とやらないに違いない。
「皆さん何食べたいですか?」
小夏がそう訊ねると、全員が全員同時に口を開く。
「カレーかな?」
「麺類がいいです!!」
「和菓子〜」
「強いて言うなら肉かしら」
「魚」
「物の見事に意見がバラけましたね? あと小此木さん、和菓子は夕飯にならないので却下です」
小夏は腕を組んで、うーんと唸る。
ここまで意見がバラけると流石に判断が難しい。誰かの意見をはぶけばワンあるだろうが、全員の意見を取り入れようとすると条件に一致する店が思いつか――いや待てよ?
「なぁ小夏。回転寿司なんてどうだ? 回転寿司なら麺類もカレーもあるし、肉を使ったネタもある。デザートに餡蜜とかあるだろうからわりと完璧だと思うんだが」
意見を述べると、小夏はそれだ! と言うようにパチンと指を鳴らした。
回転寿司ならみんなでわいわいしながら食事や会話を楽しめる。俺たちの仲をより深くするにも絶好の場所と言えるだろう。
「いいわね、回転寿司。機械がシャリを握って、人はネタを乗っけて流すだけの庶民的な店も悪くないわ」
「お前は全国の回転寿司店に謝れ」
なんてことを話しながら俺たちはちょうど近くにあった回転寿司の店に入る。時間的に夕食の客が中でたくさん並んでいるだろうと思いきや、店内は想像以上に空いており、この町も俺が元住んでいた場所と比べると田舎なんだなと実感する。
広めのテーブル席に案内された俺たちは微かに漂ってくる磯の香りを楽しみながらレーンを眺め始める。
客が少ないからか、レーンを眺める寿司も少なめで品揃えも微妙な感じだ。これならば食べたいのが流れてくるのを待つより注文した方が早いだろう。
「あ、そうですそうです小夏さん」
「はいはい、なになに花澤さん」
テーブルに設置されている端末を操作しながら俺は話し始めた二人の会話に耳を傾ける。
は? この店サーモンに玉ねぎ乗ってるじゃねーかふざけんなよ……。文句を心の中で言いながらも俺は邪道サーモンを注文した。
「小夏さんってもしかしてバスケやっていたんです? 今日のこともそうですけど、昨日ボールを持ってましたよね!」
「そうだよ。中高共にバスケ部。私だけじゃなくてお兄ちゃんもね。あ、お兄ちゃん。私の分のサーモンは?」
「もち注文しておいた。玉ねぎ乗っていたけどな」
小夏も、俺も、回転寿司の初手はサーモンと決まっている。炙っても、飾ってもいない純粋なサーモンのみがシャリに乗っているのを食うのがいつものパターンなのだが、この店はどうやらトッピング無しのサーモンを置いていないらしい。
はっきり言おう。クソだ。この店は俺たちに喧嘩を売っている。
「わたしバスケってやったことがないんだよね〜。練習すれば小夏ちゃんみたいにビューン、シュパッ! みたいなシュート決められるものなの〜?」
「無理ね」
一喝したのは小夏ではなく、一人先にレーンを流れていた炙りえんがわを食べていた葵雪だった。
三皿目のそれを一口で口の中に運び、もぐもぐと咀嚼した葵雪は、巡の用意してくれたお茶で喉に流し込んでから口を開く。
「やっぱりお寿司はえんがわね」
「いや、無理な原因を話してほしいんだよ。誰も葵雪ちゃんの好みなんて聞いていないんだよ」
椛はほんわかさの抜けた声で、じとーっと葵雪のことを睨みつける。
「……ようは努力では補えない部分――分かりやすく言うなら才能ね」
話をしながら葵雪は再びレーンに手を伸ばす。
取ったのは炙りえんがわで、嬉しそうに嬉しそうに醤油を垂らし始めた。
というか、なんでさっきから炙りえんがわしか流れないんだこの回転寿司……。
「努力をすればもちろん人は成長するわ。けれどいつか必ず、努力ではどうしようもない壁にぶち当たる。生まれ持っての才能が無い人はそこで終わり。どれだけ足掻こうとも才能のある人には絶対に勝てない」
「絶対って言い切っちゃうのが葵雪ちゃんらしいところだよね〜。まぁそれはさておき、小夏ちゃんのは才能だから、努力で得られる領域じゃないってことかな?」
お茶を啜りながら椛は質問を投げかける。
葵雪はふふっと唇を吊り上げて笑うと、ちょうどレーンを流れてきた俺と小夏のサーモンの皿を手に取る。
「小夏は才能がありながら努力を怠らなかった。だから椛がどれだけ頑張ろうと、小夏並にバスケが上手くなることなんてありえないわ」
葵雪の伸ばした手から俺たちはサーモンを受け取る。
俺はそのまま皿をテーブルに置いたが、小夏は受け取ったままの体勢で固まり、葵雪のことをジッと見つめていた。
「どうしたの? 食べないの? ならあたしが食べちゃうけど?」
「水ノ瀬さんはえんがわ以外食べないことを私は知っています」
「あら? 随分とあたしのことを知っているみたいね?」
「あははっ。それはお互い様じゃないですか?」
「ふふふ。ええ、そうね」
……何故だろうか。二人の笑顔が怖かった。
ただ笑っているだけのはずなのに、どうして冷や汗が止まらないのだろう。巡も、椛もひよりも、目の前で繰り広げられる異質な雰囲気に何一つ言葉を発することができない。
だから俺は目の前の事から目を背け、サーモンを食べることに徹することにした。玉ねぎを避け、醤油を垂らして口の中に放り込む。
ほんのりと乗った脂が舌に溶け込んで旨味が広がっていく。玉ねぎを乗せたことだけは許せないが、味だけは許してやってもいいかもしれない。
「ねね、修平くん。小夏ちゃんが試合出てる動画とか持ってないのかな〜?」
「あー、探せばあるかも。なんだ? 今日の小夏の姿を見てバスケに興味でも出てきたか?」
「まぁそんなところかな〜。わたしね、元陸上部だからスタミナには自信があるんだよ〜」
言われて何気なく椛の足元に視線を移す。陸上をやっていたとは思えないほどほっそりとした足。正直、筋肉が付いているようには見えない。
そんなことを考えていると、椛は唐突に俺の手を取り、そのまま自分のふくらはぎの方へ持っていく。
「お、おい椛?」
「ほら、触ってみるんだよ」
触れた椛とふくらはぎはすべすべしていて、まるでシルクに触れているような感覚だった。でも柔肌を押してみると、確かにそこには椛の努力の証があった。
思えば小夏以外の女の子の足に触れるなんて初めてだなと気づく。何故か妙に気恥しくなり、慌てて手を離そうとしたその瞬間――
「……お兄ちゃん? 何してんの?」
「……」
――とてつもなく冷たい声が落ちてきた。
テーブルを挟んで前の席に座っている小夏から見れば、今の俺は椛のスカートの中を覗き込んでいるような格好。俺が何を言ったところで小夏は信用しないに違いない。ならば椛に弁解してもらうしか俺には生きる術が残されていなかった。
「……」
俺は期待を込めて、未だ掴まれたままの手で椛に合図を送る。椛は察しがいいようですぐに俺の意図を汲み取ってくれたらしく、任せてほしいんだよ〜。と、言うように手をにぎにぎと握ってくれた。
俺は安堵の息を吐いて、どうか平穏に事が済みますようにと、今後の成り行きを見守る――いや、顔は椛の足に向けたままだから聞き守る? ことに決めた。
「小夏ちゃん、修平くんはわたしの足に触っているだけだから、やましいことは何もないんだよ〜」
「ちょっと待って椛さん??」
フォローする気皆無な発言に俺は唖然とした。
こいつもしかして天然か? そうなのか? 頭のネジ数本抜けているからこんなにも馬鹿な発言ができるのか?
「……へぇ? 小此木さんの足を、ねぇ?」
コキュートスの底から響いてくる絶対零度の声色に全身がカタカタと震え始める。
恐る恐る顔を上げると、満面の笑みを浮かべた小夏と目が合った。
「小此木さんの足、どうでしたか?」
何故に敬語なんだマイシスター……?
どう答えたところでまともな結果は見えない。かと言って、何も喋らないでいるのは自分の死を早めるだけになる。
「わたしの足どうだったかな〜? あ、もしかして……期待に添えなかったかな〜……?」
な ん で !! お前まで追い討ちかけてくるんだよ!?
心の中で絶叫しながら俺は思考の海に潜る。
小夏の怒りを最小限に抑え且つ、椛を傷つけずに済む言い訳は何かないのか!? 否、そんな便利な回答は存在しない。
上手く嘘を吐こうにも、椛が傷つくか、小夏がキレるかの二択は絶対に避けられない。本音ではもちろん最高だったと声を大にして言い放ちたいが、やはり命が惜しい。
「……ここ本当に小夏の世界なのかしら」
葵雪が呆れ気味に何か呟いたような気がしたが、切羽詰まっている俺には聞き取れなかった。
巡とひよりは関わらないことに決めたのか、無言を貫いて寿司を食べ始めている。もはや自分以外に信じられるものは何も無い。
というか巡ぃ!? お前椛の隣に座ってるんだから俺の状況分かっているよな!? なんでフォローしてくれないんだよ!?
「で? どうなの、お兄ちゃん。私、エスパーじゃないから、言葉にしてくれないと分からないなぁ?」
「……」
というか、なんでこいつこんなに怒ってるんだ?
ここまであからさまに女の子に触れたことはないが、この町に引っ越してくる前は、友達の女の子とボディタッチでのスキンシップを取り合っていた。それに対して小夏が今まで何か言ってきたことはない。
考えられる可能性としては……定番どころで言えば嫉妬か? いやいや……小夏に限ってそれは無い。
確かに小夏はブラコンだが、こんなことで嫉妬するような奴ではない。ブラコン度合いが上がったと言えば納得出来る見解かもしれないが、正直無理がある。
「……」
考えに考えた末俺は――
「めっちゃくちゃ良かった!!」
――考えることをやめて正直な気持ちを打ち明けた。
親指をグッと立て、満面の笑みで小夏に俺の喜びを伝える。
さぁ、生か死の賽は投げられた。引き戻すことはもうできない。神様は俺を生かすのか殺すのか。
「そっか」
小夏は素っ気なくそう答えると、サーモンの上に乗っていた玉ねぎを葵雪の湯のみの中に移し始めた。
「……あ、れ? それだけ?」
それだけでいいはずなのに、どうも展開に納得行かなかった俺はそう口にしていた。
小夏は綺麗になったサーモンをもぐもぐと食べながらコクリと頷く。いつも通りの小夏の姿がそこにはある。
俺のことをからかっていただけ? 怒っているように見えたのは気の所為だったのか……?
「……ちょっと小夏。あんた死にたいの?」
「マヨネーズは避けたことを考慮して、もう一度今の気持ちを言ってみてください」
「殺す」
「……はぁ。まったく、血の気の多い人は早死しますよ」
「あたしを怒らせてる原因は主にあんたにあるんだけど?」
葵雪に握られた湯のみがミシミシと軋んでいた。
微かな振動でお茶の上に添えられた玉ねぎの山が少しずつ崩していき、深緑の底へと沈んでいく。
触らぬ神に祟りなし。俺はレーンを流れてきた炙りえんがわを手に取りながら、手元のサーモンを食べ始める。
てかマジで厨房何やってんだ。炙りえんがわ以外を流してくれよ。
「そうです! いいことを思いつきました!」
黙々と食べ進めていたひよりが唐突に大声を上げたかと思うと、パンっと手を叩いて立ち上がった。
俺たちの視線だけではなく、店内の視線という視線の全てを集めたひよりは、それを全く気にする様子もなく自慢げに無い胸を張る。
「……」
その一瞬で俺はひよりの湯のみに玉ねぎを盛った。
「今度の休みに皆さんでバスケしませんか!」
自分のお茶が悲惨な状態になっていることに全く気づいていないひよりは意気揚々と話を始める。
「……」
その隙を狙って葵雪がテーブルに隅に置かれた四角いケースを小夏に渡し、小夏はそのケースの中身――ガリを玉ねぎの上に添えた。
「小夏さんの姿を見ていたら無性にやりたくなったんですよ! 皆さんもそうなんじゃなですか!」
熱く語るひよりは何も気づかない。
それをいいことに巡がお茶の粉を一掴み舞わせた。空調から来る風の動きを完璧に計算されて舞ったお茶の粉は多少外れるも、そのほとんどが着弾し、緑色のコーティングを施した。
「……って!? ちょっと何やってるんですか!!?」
悲惨な状態になっている自分の湯のみを見たひよりは絶叫。俺たちは揃って目を背けたのだった。
ちなみに、なんやかんやで週末にバスケをすることに決まった。
to be continued
心音です。こんばんは!
次回はバスケします!!お楽しみに!、




