第94話『独壇場』
「――いやそれにしても、電車で10分程度移動しただけでここまで変わってくるか。マジで虹ヶ丘とは大違いだな」
人の人数も、店の数も、何に関しても桁違いの賑やかさに、俺は遠足中の子どものようにはしゃぎながらキョロキョロと辺りを見渡していた。
俺が住んでいた場所と比べたら規模は小さいが、それでも虹ヶ丘よりは断然住みやすいところだろう。
ただ何故だろうか? 生活面ではこちらの方が圧倒的に良いのは明確な事実なのだが、どうも住む気にはなれない。愛着が湧かないのだ。この町には俺たちに必要な何かが欠けている。
そもそも俺たちの関係はぶっちゃけ謎だ。
仲良しなのは良いことだが、俺たちはあまりにも仲が良すぎる。絵に書いたような交友関係。まるであらかじめこうなるように定められていたかのように俺たちは巡り会った。
もう一度言うが、別に嫌でも何でもない。良いことだとは思う。ただなんて表現すればいいのだろうか……敷かれたレールに沿って進んでいる? そんな感じがしてならないのだ。
「とりあえず何処行きます? ひより小腹が空いちゃってるので何か食べたいです!」
「夕飯にするにはまだ早いよな。この辺りの地理は分からんから、分かるメンツに任せる。ちなみに俺も小腹が空いてる」
「なら美味しい和菓――」
「却下よ」
「何でなんだよ!?」
最後まで言うことを許されなかった椛は涙目になって叫んだ。葵雪は椛の悲しげな視線から目を背け、盛大にため息を吐くと、スマホを操作して何かの写真を表示させる。
「修平、ひより。これを見てどう思う?」
「?」
ひよりと揃って画面を覗き込む。
「は?」
「え″?」
その瞬間俺たちは凍りついた。それほどまでに葵雪に見せられた写真は衝撃的なものだった。
映っていたのは、テーブルにひれ伏している巡とその隣で幸せそうな表情で団子を頬張っている椛の二人だった。何故巡がひれ伏しているのか――その答えは二人の前に置かれた空き皿が答えだろう。
「……ちょっと待ってください葵雪さん? なんです? この異様な状況は?」
「簡単に説明すると、巡と椛のどちらが団子をたくさん食べられるかっていう勝負をしていたのよ。その結果がこれ」
巡の前に積まれた皿は8皿。まだ団子が乗っている皿を見るに一皿二本。巡は計16本の団子を食べていることになり、その時点で頑張ったなと声を掛けてもいいレベルなのだが……問題はそこではない。
椛の前に積み重ねられた皿の量は巡の空き皿を遥かに凌駕していた。見える範囲を数えるだけでも50皿以上はある。つまりだ、100本以上の団子を食っていることになる。しかもそれだけの量を食っておきながら椛は苦しげな表情一つすることなく、両手に団子を持ってこの幸せそうな表情だ。
「……え? 二人ともどうしてそんな化け物を見るような目でわたしを見るんだよ?」
気づけば俺とひよりは揃って椛を見ていた。どんな目で見ているのか自覚は無かったが、椛自身が言うことが全てなのだろう。
「……椛、お前……この量の団子を何処に詰めたんだよ」
「お腹なんだよ。それ以外の場所が何処にあるって言うんだよ?」
「いや待ってください、修平さん。椛さんの胸を見てください」
言われてハッとした。制服越しからでも分かる豊満な胸。その場所に詰まっているのは男の夢やロマンではなく、団子に対する愛ということなのか……!?
女の子の胸は男の愛情で成長するという俺の妄想は、今この瞬間にヒビの入った鏡のように亀裂が走り、バラバラと砕け散ってしまった。
「……お兄ちゃん。考えていることがあまりにも馬鹿らしいよ」
小夏の呆れのため息が澄んだ空気に溶け込んでいく。
妹に呆れられたことにショックを受けてガックリと肩を落とすが、そこでふと疑問に思い俺は顔を上げて首を傾げる。
「あれ? 俺今声に出していたか?」
そう訊ねると小夏はもう一度ため息を吐いた。
「出してなくてもそれくらい分かるよ……。あと、女の子の胸に詰まっているのは夢でもロマンでも団子でもなく、脂肪の塊だよ」
「……」
何気ない小夏のその言葉が、俺の夢を――俺たち全人類の男たちの夢を傷つけた。
込み上げてくる悲しみを怒りに変換し、俺は満面の笑みを小夏に向けた。さぁ、全面戦争の始まりだ。
「はっはっはー。お前の胸には夢も希望も脂肪も詰まっていないな!」
小夏の胸を指差して俺は笑う。
「あははー。お兄ちゃん、死にたいのかな?」
その指を小夏は瞬時に掴み、曲げてはいけない報告に力を込め……痛い痛い痛いっ!? こいつ本気で折りに掛かってきてやがる!?
けど!! ここで意思すらも折ってしまえば負けを認めたようなもの。それだけは俺のプライドが許さない。だから――煽るッ!!
「……くっ、はっはっは。図星を突かれて怒りで胸いっぱいってか? その割には全然膨らんでいないなぁ!」
「あははは!! 面白いジョークだねお兄ちゃん。折る寸前で止めておくつもりだったけど――やっぱりこのままへし折る」
「ぐぁぁぁぁぁあああああ!!」
曲がる角度が90度を越えたあたりから指からミシミシと骨が軋むような音が聞こえ始める。あまりの痛みに、指だけではなく心まで折れそうだった。
「……椛。責任取ってあの二人を止めなさい。あんたのその胸が招いた結果よ」
「理不尽なんだよ。大体、胸の大きさで言えばわたしより葵雪ちゃんの方が大きいんだよ。何を食べたらそんなに成長するのかな?」
「さぁ? 気づいたら大きくなっていたわ。そういう椛は何を食べていたのよ?」
「強いて言うなら和菓子なんだよ」
「まぁ言うと思っていたわ」
隣で生死を賭けた戦いが起きているというのに、椛と葵雪は和やかに会話を始めた。
今にも折れそうな俺の指。空いてる反対の手を使って拘束から逃れようとするが何故かビクともしない。つまりだ。俺が抵抗を止めた瞬間にポッキリと逝ってしまうということになる。
「……ひよりの胸も小夏さんと同じサイズ……。ひよりの胸には夢が詰まってない。ひよりの胸には希望も詰まってない。ひよりの胸には何も……詰まって……ぐすん」
「あああ! ひよりちゃん泣かないで。胸が女の子の全てじゃないんだからね?」
「……巡さん」
「胸だけで女の子の価値が決まる訳じゃない。ひよりちゃんにはひよりちゃんの良いところがいっぱいあるんだから、そっちでアピールしていこうよ? それにほら、貧乳はステータスって言うでしょ?」
「……ああ。ひよりより胸の大きい人なんて滅びてしまえばいいのに」
胸囲の格差社会を目の前にしたひよりは虚ろな瞳でそうぼやいた。巡は何故その言葉がフォローになると思ったのか今一度考え直した方がいい。
日が沈みかけた街中に俺たち六人の異なった声が響いていた。
笑って怒って、悲しんで泣いて――神様がくれた喜怒哀楽の感情は今日も色んな形をして、俺たちの心を魅せてくれている。そしてそれは、絆となって俺たちを結んでくれた。
たまたま偶然知り合ったかけがえのない仲間たち。
もしも神様が俺たちを巡り合わせてくれたというのであれば、神様に感謝せずにはいられない。
こんな素敵な出会いをありがとう――。
こんな素敵な仲間をありがとう――。
こんな素敵な時間をありがとう――。
「……」
俺たちはずっと、それこそ永遠に一緒。運命共同体と言っても過言ではない。
ははっ。大袈裟だって? 大袈裟なわけあるか。だってそうだろ? でなければこの既視感が何なのか説明がつかない。そう、俺は――
――俺は――この事象を一度経験している。
いや、おそらく、これはあくまでも俺の予想だから確証があるわけではないが、一度だけではないかもしれない。何度も繰り返し経験している。
見たこともないはずの街の光景を――。
通ったこともなかったはずの学校を――。
昨日初めて出会った仲間たちを――。
それらが既視感として記憶にぼんやりと残っている。
それは夜の川辺でゆらゆらと漂う蛍の光のように、少しでも意識を外してしまえば忘れてしまいそうなほど朧気なもの。
だからこそ、この既視感がはっきりと記憶に残っているうちに、俺の身に何が起きているのかを知らねばならない。
「……修平さん? どうかしたんです?」
「……んー」
小夏の拘束から何とか逃れた俺は、ひよりの方へ振り返ろうとして思いとどまる。本能がひよりと目を合わせてはいけないと訴えかけていた。
「――夕焼けが綺麗だなと思っていただけだ」
だから俺は今までの思考を切り捨て、心から夕焼けが綺麗だと強く思いながらひよりの方へ顔を向けた。
ひよりと目が合ったその刹那、瞳を通じて頭の中を覗かれるような感覚が駆け巡る。
「そうですね。本当に綺麗です」
顔を上げて夕焼けを見つめるひより。どうやら危機は乗り切ったらしい。安堵の息を吐きながら俺はもう一度夕焼けを眺めた。
山の向こうにゆっくりと沈み始める太陽。あと数十分もしないうちにその姿は完全に消え、夜の世界が訪れることになるだろう。
虹ヶ丘の夜は早い。この場合の早いというのは人がいなくなるのが早いということだ。日が沈む頃には商店街は閉める準備を始め、辺りが完全に暗くなれば誰もいなくなる。
たった一日しかいないくせにどうしてそれが分かるのかって? 簡単だ。既視感として記憶に残っているから――そうとしか言いようがない。
「とりあえずそろそろ動こうよ。軽食する暇無くなっちゃうよ?」
「風見さんの言う通りです。お兄ちゃんの指を折り損ねたし、この鬱憤を……」
「? どうした小夏?」
言葉を止めて小夏は明後日の方向を見つめていた。
何があるのかと小夏の視線の先を追っていくと、何やらイベントを行っているようで、大勢の人が盛り上がりを見せていた。
「何やってるんだろうね?」
「さぁ? 行ってみるか」
特に反対する人もなく、俺たちは人混みをかき分けて突き進んでいく。中心に向かうにつれて盛り上がりは大きくなる。
「これは……フリースローをしているのか」
屋内に設置されたバスケットゴール目掛けてシュートを放つ人たちの姿が見えた。
フリースローというのはバスケ界の用語であり、簡単に説明するなら相手が反則を行った時に得られるシュート権のこと。フリースローサークルからフリースローラインと呼ばれる線の間からならばどこからでもシュートを打つことができ、相手はそれを防御することができない。シュートが決まれば一点が貰える仕組みになっている。
「お。若い集団がやってきてくれました!! そこの少年少女! フリースローやってみない!?」
イベント……のお姉さんと思われる人は俺たちに断りを入れることなく話を始める。
「ルールは簡単! バスケのフリースローと同じです! 連続で何本入るかで貰える景品が変わってきます! とは言っても最低でも五回は連続で入れないと景品は無し! 30本連続で決めれば豪華賞品をプレゼント!」
テンションMAXなお姉さんに若干引き気味になる俺たちだが、イベント内容自体は面白そうだ。
「小夏、やってこいよ」
「ええ? 私がやるの? お兄ちゃんでいいじゃん」
「俺はさっきお前に指を折られかけて痛いから無理」
「仕方ないなぁ……」
何だかんだ言いながら小夏は乗り気のようで、お姉さんに案内されながら俺たちはゴールの前まで案内される。
「ちなみに今現在の最大記録は八連続! 二桁にすら届かないなんて最近の若者どうしたー!!」
……煽り性能高いなこのお姉さん。
「というわけで次の挑戦者はこちらの女の子!! 時間的にもこれがラストになります!! 皆さん彼女の勇姿をとくとご覧あれ!!」
イベントに参加していた人、興味本位で覗いていた人、大勢の人の視線に晒されながら小夏はバスケットボールを受け取った。
「試し打ちしてもいいですか?」
「どうぞどうぞ! ただし一回だけですからね!」
「それは分かってますよ……っと」
「……はい?」
その拍子抜けしたような声はハイテンションお姉さんから。まぁ無理もない。両手で、しかも下投げで天井ギリギリまで放たれたボールは当然のようにゴールに届くことはなくそのまま床に落下したのだから。
観客も流石に呆れたのか、苦笑をしながらヒソヒソと話を始める。
「……なるほど。感覚は掴んだよ。じゃあ始めてもいい?」
しかし、小夏は満足げにバウンドを終えて床に転がったボールを拾い上げると、自信ありげにお姉さんに問いかけながらシュートの構えを取る。
「え? あ、はい。どうぞ?」
「ありがとうございます」
「ほえ?」
そして次の瞬間には小夏の手からボールが消えていた。
「――まずは一本」
否、消えたのではない。目にも止まらぬ速度で遥か上空に放たれたのだ。その証拠に小夏はシュートフォームを崩さずにトンと床に降り、時間差で落ちてきたボールはシュパッと鮮やかな音を立ててゴールネットを揺らした。
あまりにも衝撃的な出来事に、お姉さんも、観客たちも、そしてひよりと椛も唖然としていた。
そうこれが小夏の実力。
全国でもトップクラスの圧倒的な力――。
「静かでいいね。これなら集中できる」
そして再び放たれた異様なまでに高いボールは、先程と同じように静かにゴールネットを揺らす。
もはやこの空間は小夏に支配されているも同然だった。誰も一言も発することなく小夏の放つシュートに目を奪われ続けていた。
それから三十本連続でシュートが決まるまで、イベント会場は静寂に包まれて続けたのだった。
to be continued




