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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Konatsu
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第93話『平和な時間』

「……転校初日から濃い一日を過ごした気がする」


放課後になる頃には、俺たち兄妹の名前は全校に知れ渡ることになっていた。

理由は単純かつ明確。転校生である俺が女の子五人(もちろん小夏を含む)をはべらせて登校してきたのだからこうなることは当然と言えば当然のことだった。


自己紹介をする前にはクラス全員が俺の名前を知っており、休み時間になるや朝の五人との関係性をひっきりなしに聞かれるや、昼休みはひよりがクラスで昨日の擽り事件のことをうっかり喋ってしまったらしくて誤解は誤解を産み、瞬く間に二年、三年の間に俺が引越し初日に年下の女の子を襲った挙句、従順に飼い慣らしたとの噂が立った。


「まぁいいじゃん。みんなもう気にしていないみたいなんだしさ?」


そう。理由は分からないのだが、俺の悪い噂は放課後になった途端ピタリと止んだのだ。まるで始めからそんな話は無かったように、誰一人としてその話題に触れてくる者はいなかった。

むしろみんな好意的に……と言ったら何か違うな。有り触れた転校生の扱い? アニメとかで見るようなやり取りが行われた。貶むような目線で見られなくなったのは大変ありがたかったのだが、あれほどの噂が立っておきながら一瞬で鎮火したのは正直なところ、嬉しさよりも恐怖の方が勝る。


「なんかどっと疲れたわ。質問攻めって案外体力勝負なんだな。今後一切経験したくない……」


などとボヤいていると、隣の巡の机にドサッと誰かが突っ伏す。粉雪のように舞った白い髪がふわりと背中に流れた。死んだように突っ伏したのは葵雪だった。


「はぁ……あたしも疲れたわ……」


「……なんで傍から見てたお前が疲れるんだよ、意味わかんねーよ」


右手を伸ばして頭にチョップを叩き込む――


「あんたの知らないところであたしは全力を尽くしていたのよ」


――その寸前で葵雪はパシリと俺の手を払った。

……よく動きを見ないでそんなことできるな。エスパーか……?


「ひよりも疲れましたよ……。けど、どうして噂が消えたんですかね? いやまぁ……そっちの方がひよりの精神的にもありがたいことなんですけど」


俺と同じく、噂に振り回されていたひよりも疲弊しきっていた。

ひよりは全開まで開け放たれた窓枠に腕を敷き、その上に頭を乗せてから目を瞑る。そよそよと吹く春風を堪能して疲れた心を癒しているようだ。


「それはそうと、水ノ瀬さん随分お疲れみたいですね。何があったんですか?」


「……ぶっ殺すわよ」


「マジトーンで言うのやめてくれません? わりとビビるんですけど」


「誰のせいでこんなに疲れていると思っているのよ……」


恨めしそうにボヤく葵雪。それに対して小夏は無言の笑顔を返していた。二人の間で何があったのか知らないが、立場的には小夏の方が上にいるようだ。


上下関係が社会を形成している今、このような図はなかなか珍しいと言えるのではないだろうか?

社会はもちろん、学校という限られた範囲であれ、生徒や教師、部活動、委員会など、何もかもで上下関係が重要であり、年上が偉いというクソみたいな理論が主流になっている。


年上の言うことは何もかも正しいのか。答えは否だ。

年上というのは偉そうなことを言っているだけであり、何も知らない下の人間はそれが正しいのだと認識してしまっているだけ。要するに、嘘を教えこまれているのだ。

その嘘が広がっていき、やがてはそれが当たり前となってしまう。当たり前となってしまえば、その嘘は次の世代へ、次の世代へと引き継がれて浸透する。

そうするとどうなるか。簡単だ。誰もそのことを疑問に思わなくなってしまう。


良い組織と悪い組織の違いはそこにある。

年上が権力を振りかざしているだけの組織は言うまでもなく悪い組織だ。そういうところに限って、責任という概念が発生した時、自分の立場を守るために下の人間にその責任を擦り付ける。どれだけ理不尽だと分かっていても、下の人間はそれに従うことしかできず、積もりに積もった怒りの矛先は次の世代の年下の人間に向けられる。悪循環としか言いようがない。


ならば良い組織とは何なのか?

良い組織にももちろん上下関係はある。当たり前だ。今はそういう社会なのだから。なら悪い組織と何も変わらないのではと思うかもしれない。しかし、良い組織というのは年上の在り方が悪い組織とは根本的に違うのだ。

年上が年上だという自覚と責任を持ち、下の人間を引っ張っていくことができる組織こそ理想であり、社会が本来目指すべきところ。もしそんな夢に書いたような組織で社会が満ちていれば、年間で約三万人の自殺者なんて出るはずがない。


「……はぁ、全く、嫌な社会だ」


俺は大きなため息を吐いて、窓から見える青空を見上げた。この空を自由に羽ばたく鳥のように、俺たちも自由に生きられないものか。


「……何を考えているのか知らないけど、あたし達の会話からどうしてそこまで深刻に何かを考えられるのかしらね?」


「それがお兄ちゃんクオリティなんです。生あたたかい目で見守ってあげてください」


「あんたのお兄ちゃんはほんと想像力が豊かね」


「馬鹿なだけです」


悪びれることなく淡々と告げる小夏。

俺はあえて反論することなく無言を貫き通したが、内心ではもちろん泣いていた。


「ねね、みんな。そろそろ隣町行こうよ。今から出れば電車の時間に丁度いいはずだから」


「行こう行こう〜」


巡の言葉に椛は『おー!』っと片手を挙げる。

これ以上教室に残る理由も無く、俺たちは荷物をまとめて廊下に出た。


時間的に低めになった太陽が影を廊下に映す。

白い床はスクリーンのようで、俺たちの影はまるで影絵のように映し出されている。


「……?」


その影の一つがピタリと止まり、俺たちから離れていく。振り返ると、小夏が窓の外を眺めながら立ち止まっていた。

小夏に習って窓の側により、下の方を見下ろしてみると、そこには部活動中の生徒がランニングをしていた。少し前まで、自分もあんな風にランニングしていたなぁと思い出していると、誰かが俺の隣に立って隣に立ち、興味無さげに呟く。


「――あれはバスケ部ね」


半分空いた窓の隙間から入ってくる風に揺らされる雪のように白い髪を抑えながら葵雪はフッと鼻で笑う。

何故そんな態度を取ったのか分からず首を傾げると、葵雪は俺の視線に気づき、何でもないわと言うように首を横に振った。


「ここのバスケ部はどうなんだ?元バスケ部としてちょっと気になる」


全国大会で名前を聞いたことがないから正直聞くまでもないような気がするが――


「雑魚よ」


「言い切りやがった……。まぁ素人目から見て雑魚って言われるようなところなら本当に弱いんだろ」


「言い方が悪かったわ。実力うんぬんはともかく、あたしはね、ここのバスケ部が嫌いなのよ。正直、あまり関わりたくないわ」


言いながら葵雪は窓の外から視線を外し、一人廊下を歩き始める。椛は首を傾げながら葵雪の後を追いかけ始め、巡は何か事情を知っているのか、苦笑いをしていた。


「巡、葵雪がバスケ部嫌う理由何か知っているのか?」


「知らないって言ったら嘘になるね」


「話す気は無いってことか」


「うん。まぁ大した理由じゃないから、修平くんが気にする必要は無いと思うよ」


「ふーん?」


まぁ笑っているあたり、巡の言う通り大した理由では無いのだろう。ならば俺が深く考える必要も無い。

とりあえずここで立ち止まっていては電車に乗り遅れる。田舎の交通網は一本でも逃したら何十分も待つ羽目になると聞いたことがあるし、そろそろ移動を開始しなければ。


「小夏、そろそろ行くぞ」


「あ、うん。そうだね」


駆け足で寄ってきた小夏と並んで歩き始める。

放課後になってからそれなりに時間が経っているからか、廊下には俺たち以外の人影は見えない。しかし、時折聞こえてくる吹奏楽部の楽器の音色や、運動部の掛け声などがこの学校を活気づけていた。


下駄箱で靴に履き替えて校舎の外に出ると、バラバラに歩いていた俺たちは再び固まって駅に向かって歩き出す。

道にそれなりに広がって歩いても、都会と違って人通りが少ないから咎める人はいない。ほとんど人とすれ違うことなく駅まで辿り着いた俺たちは、タイミング良く駅のホームに滑り込んできた電車に揺られながら隣町を目指す。


他愛ない会話を紡ぎながら、窓の外を流れていく変わらない景色を眺める。虹ヶ丘より活気のある町だと聞いていたが、見える景色は本当に何も変わらない。

本当に学生が楽しめるようなところになっているのだろうかと疑問に思ったが、そんな些細な疑問は辿り着いた駅のホームに立った瞬間消え去っていた。


「人が……いる、だと?」


虹ヶ丘の駅のホームには誰一人として人の姿が無かったのに、この駅にはそれなりに人の姿があり、しかも現代って感じの駅の形をしていた。


「いやそりゃいますよ。田舎=人がいないって考えはあまりにも失礼じゃないですか修平さん」


「これは少しくらい期待しても良さそうだな」


「無視!? 無視はやめてくれませんか!?」


「よっしゃ行くぞ小夏!!」


「おー!!」


「修平さーーーん!? 無視は!! 無視だけはやめてくれませんかーーー!?」


後ろでひよりが叫んでいるが、俺はガン無視を決め込んで改札を抜ける。


「おーーー!! なんじゃここはーーー!!」


「すごい!! すごいよお兄ちゃん!! 活気がある!!」


目の前に飛び込んできた光景は虹ヶ丘とは大違いで、俺たち兄妹は周りの人のことなんかお構い無しに歓声を上げた。

そんな俺たちを見て、巡と椛はなんとも言えない笑顔を浮かべ、葵雪は呆れたようにため息を吐く。ひよりに至っては暗いオーラを漂わせながらしょぼくれていた。


「修平はともかく、小夏も大変ね……。いちいちそういう反応するの面倒くさくないの?」


「水ノ瀬さんもノッてください」


「えっ」


「ほら、早く」


「……」


葵雪はしばし考えた末、どんな結論に至ったのか唐突に右手を天に向かって大きく突き出した。そして深呼吸を一つ。込み上げてくる羞恥を歓声に変換させて葵雪は叫んだ。


「いえーーーーーい!! 隣町にぃ! 来てやったわよーーー!!」


「キモ」


「小夏。あんたはやっぱり殺す。今すぐ殺す」


「……」


キャラ崩壊ってレベルじゃなかった。もはや別人だ。キモいとかそんな幼稚な感想すら思いつかない。誰だよお前。

巡も、椛も、そしてひよりも。完全に言葉を失って葵雪のことを見つめていた。その目は絶対零度と例えるのが正解で、それ以外の形容の仕方が無い。


『いえーーーーーい!! 隣町にぃ! 来てやったわよーーー!!』


「…………は?」


そして再び葵雪の叫びが響き渡った。

しかしもちろん、今のは葵雪がリピートしたわけではない。声がしたのは葵雪の方からではなく、俺の隣に立つ小夏の方からだった。


「……」


俺たち全員の視線を真っ向から受けながら、小夏は無言でスマホを操作し、最後に勢いよく画面をタップした。


『いえーーーーーい!! 隣町にぃ! 来てやったわよーーー!!』


「録音してんじゃないわよ!!」


『い! い! い! いえーーーーーい!! 隣町にぃ! 来てやったったわいえーーーーーい!!』


「殺す!! 絶対に殺すッ!!」


……よくこんな短時間で編集できたな。お兄ちゃん、お前のその無駄な技術力に関心してるわ、うん。


「ま、まぁ葵雪ちゃん〜? 怒りはごもっともだけど、そろそろ抑えておかないと周りの視線が痛いんだよ〜?」


葵雪の叫びは周囲の視線を集めるのに十分な効力を発揮しており、尚且つ叫んでいる内容が不穏だから訝しげな目で俺たちは見られていた。

が、しかし、椛の優しい言葉に諭されたところで葵雪の怒りが収まるわけもなく、腰にしがみついて止めようとしている椛を引きずりながら小夏との距離をジリジリと詰めていく。


「いい椛。人はね、時には戦いを避けられない時があるの。今がその時なのよ。だからあんたは黙ってみていなさい」


『いえいえいえーーーーーい!! 隣町にぃ! 隣町に! 来て来て来て来ていえーーーーーい!!』


「小夏ちゃんはこれ以上葵雪ちゃんを煽らないで欲しいんだよ!? 馬鹿なの!? アホなの!? 死にたいのかな!? ……ひぃ!?」


一通り叫んだ椛が葵雪の元へ視線を戻した瞬間、恐怖のみで構成されたそんな声が椛の口から漏れる。

無理もない。あれは般若だ。人の皮を被っているだけの鬼でもいい。そう例えてもおかしくないほど、今の葵雪は恐ろしかった。


電線に止まってこちらの様子を伺っていたスズメは身の危険を察知して一斉に飛び立ち、脇道で眠っていた猫は本能的に何かを感じ取ってものすごい速度で何処かへ走り去っていく。面白半分、そして興味半分で俺たちを見ていた野次馬は完全に無関係を装っており、俺たちの周りを漂う空気は最悪以外の言葉では形容できない。


「――小夏。Dead or Death?」


「うわ、めっちゃ発音流暢……すみません、今はツッコミを入れるタイミングじゃありませんでした」


思わず敬語になって俺は全力で頭を下げた。

怖すぎる。あまりにも怖すぎる……。


「私を殺せると思っているんですか?」


「思っているわよ。それはあんたが一番理解しているんじゃないのかしら?」


「……さぁ、皆さん。こんなところで立ち止まっているより何処か行きませんか?」


「逃げたー。小夏ちゃん逃げたー……」


巡が煽るが小夏はスルーして足を動かす。

その瞬間にはもう俺たちの周りに漂っていた不穏な空気は消え去っており、元の和やかな空気に包まれていた。


「とりあえず何処行きます?」


「適当にぶらぶらしていればいいんじゃないかな?」


「投げやりですねー。まぁひよりはそういうの大好きですけどね!」


笑いながら俺たちは道を歩いていく。

楽しくて、平和な俺たちの時間。こんな時間がいつまでも続くといいなと、俺は何処までも続く青い空に願うのだった。



to be continued

心音です、こんばんは!

さぁやってきました隣町!そう言えば隣町の名前が無いんですよね!!

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