第91話『確定された世界』
Another View 巡
「……」
風巡丘から降りた私はため息を一つ吐いて夜空を見上げた。
宝石を散りばめたような夜空。無数の星が煌めく空にぽつんと浮かぶ月を見つめて、私はすぐにまたため息を吐いた。独りでぽつんとそこに在る月と、今の自分が重なって見えたからだ。
「修平くんに会えなかったなぁ……」
別に期待していたわけじゃないから修平くんが来なかったのは構わないのだけど、お昼から待機して、常にぽかぽかとした陽気に包まれていたせいで眠気が限界点を突破しかけていた。
半ば足を引きずるように歩いているせいで、砂利道には私が進んだ軌跡が点々と残されていた。
風の音も、虫の音も何も聞こえない世界に私の足音だけが響く。他に何か音があれば話は別だが、ここまで静かだと……滅んだ世界に一人取り残されているような気分になってくる。
例え眠くてもお腹は減る。私は風巡丘に来る前に買っておいた昼ごはんの余りのサンドイッチを食べながらスマホを弄り始める。
行儀は悪いけれど、どうせ人が来ることもないから見られる心配をする必要は無い。仮に見られたとしてもこんな田舎道で歩きスマホをしているくらいじゃ誰も咎めはしないのだから。
「……?」
商店街に差し掛かろうとしたその時のことだった。
もう数えきれないくらい読んでいるお気に入りのサイトのブログを眺めながら歩いていた私は、少し前の建物の軒下に二つの人影があることにたまたま気づく。
暗闇でも目立つ真っ白な髪と、月明かりを吸収したようなゴールデンイエローの髪――見間違えるはずもない。あれは葵雪ちゃんと小夏ちゃんだ。
「……どうしてあの二人が一緒に……?」
私は咄嗟に物陰に隠れて二人の動向と共に、周囲にも気をかける。
修平くんがいればこの状況だって納得がいくけれど……他に人影は見えない。考えられる可能性として、葵雪ちゃんの家にご飯を食べに行って、仲良くなった二人が今こうして話しているってことくらい。
なら修平くんは今一人でいるってこと……?
これまでの世界で繰り返しの初日で修平くんが一人でいることなんてなかったはずだ。毎度毎度変わる世界とはいえ、初日は誰の世界かを見極めることが可能な一日。この初日を修平くんが誰と深く行動するかで、この世界は変化していく。
「……? メッセージ?」
こんな時に誰からメッセージだろ……。
マナーモードにしていたから着信音が鳴らなかったのは良かった。ポケットの中で頑張ってスマホの明るさを最低まで落とし、妙に勘の鋭い葵雪ちゃんと小夏ちゃんに注意しながら私はメッセージを確認した。
『お団子と〜、新茶〜』
地面にスマホを叩きつけたくなった。
私が今どれだけ真剣に考え事をしているのか分かっているのかな? 分かってないよね。というか分かるはずないもんね。
気泡のようにプツプツと浮かび上がってくる怒りを押し殺しながら、私は添付された写真を開いた。
ピラミッド型に重ねられた六本のみたらし団子と茶柱の立っている日本茶。どちらも張り詰めた気持ちを穏やかにしてくれるものだったが、私が注目したのはそこではなかった。
『椛ちゃん、誰かと一緒にいるの?』
写真に写っているテーブルには団子のお皿と湯のみが三つ――それに気づいた私はすぐに返信していた。
もし仮に椛ちゃんと一緒にいるのが修平くんとひよりちゃんなのだとすれば、今回のひよりちゃんの世界の可能性が高い。
『新しい友達とお茶会してるんだよ〜』
新たに添付された写真を開く。
そこには私の予想通り、修平くんとひよりちゃんが写っている。二人とも困惑しながらピースサインをしているあたり、私に写真を送っていることは話していないのだろう。
『楽しそうだね。私も行っていい?』
葵雪ちゃんと小夏ちゃんのことは気になるけど、前の世界のことがあってか、修平くんと早くこの夢で会いたかった。
『――こんなことをしてもか?』
振り下ろされたナイフが椛ちゃんの肌を切り裂き、噴き出した鮮血が修平くんを紅く染める――。修平くんが椛ちゃんの命を奪った瞬間が私の記憶に焼き付いていた。
葵雪ちゃんの世界で修平くんがおかしくなることは多々あった。けれど、ここまでのことをしたのは前回の世界が初めてのこと。何がどうしてああなったのか分からないけれど、あんな修平くんはもう二度と見たくない。
『いいと思うけど、場所分かるの〜?』
『分かるよ。10分くらいで着くと思う』
二人にバレないように裏道を使って修平くんの家に向かおうと私は立ち上がる。しかし、何気なく聞こえてきた小夏ちゃんの言葉が私の動きを止めた。
「……具体的な理由は正直分からなかったけれど、水ノ瀬さんはその日のうちに花澤さんを殺したみたいですね」
………………えっ? 殺した……?
「へぇ? まぁ多分、あたしのことだから自分に不利になることを知られたから殺したってところでしょうね。自慢じゃないけど、快楽のためだけに人を殺したことは無いわ」
「自慢になりませんよ。というか、人を殺している時点で人としてアウトです」
「自分の都合の為に人を使おうとするあんたにだけは言われたくないわよ」
「まぁ、正論ですね」
何がおかしいのか、葵雪ちゃんと小夏ちゃんは会話の内容に似合わない楽しげな笑みを浮かべていた。
私は私で、何が何だか分からなくてパニックになりかけている思考回路を落ち着かせながら、事態の把握に勤しむ。
ここが誰の世界だとか、そんなことは今はどうでもいい。問題はどうして前の世界の話を当然のように二人が話しているのかというところだった。
記憶を引き継いでいるのは確定。それは今回だけのことだと言えるか――それは否だろう。初めてでここまで平常心を保っていられるはずがないもん。
あの二人がもう何度も記憶の引き継ぎを行っているのは明確な事実。どんな手段を使っているのか分からないけれど、力が絡んでいるのは間違いない。ただ……葵雪ちゃんに力があるのは分かっていたけど、小夏ちゃんにもあるっていうのは想定外。
「……二人の力を見極める必要があるかな」
記憶を保つだけの力……ということは無いと思う。そんな私の力と併用できるだけのピンポイントな力が無いとは言い切れないけど、記憶を引き継ぐというのはあくまでもおまけのようなものなはず。
私の世界を繰り返す力だって、記憶を引き継ぐのはおまけで保険のようなもの。繰り返す本人が記憶を忘れちゃったら本末転倒もいいところだ。
「花澤さんが死んだあと、水ノ瀬さんは自分の力で私たちの記憶の中――いえ、世界から花澤さんの存在を消し去った」
「へぇ? なのにあたしはあんたの記憶だけは消さなかったってこと? それにはどういうやり取りがあったのかしら?」
「やり取りなんてありませんよ。私には水ノ瀬さんの力が効かない――ただそれだけです」
「なるほど。つまりそれが小夏の力ってわけね」
「……」
会話の内容的に考えると、葵雪ちゃんの力は記憶を操作することができる。つまり、前の世界の記憶を力で固定させて、次の世界に引き継いでいたっていうことなのだろう。
けど……そうなると小夏ちゃんは? 葵雪ちゃんの力が効かない……それをどう捉えるかによって考えが変わってくる。
記憶に関する力が効かないのか、力そのものが効かないのか――考えられる可能性はこの二つ。
ただ後者だとすれば、私の力すらも無効化するはずだから、小夏ちゃんはこの世界にいることができないのでは? いやでも、任意に無効化する力を選べるのだとすれば、世界の繰り返しを無効化せず、記憶の消去だけを無効化しているとも考えられる。
「――まぁ、私の力のことはさておいて。前の世界では不可解な現象がよく起きていたんですよね」
「不可解な現象? 何それ。玉子焼きを作る時に砂糖を使ったつもりが塩になっていたみたいな?」
不可解な現象……殺し殺されの印象が大きすぎて忘れていたけれど、そんなこともあったなと私は思い出す。
葵雪ちゃんの例えみたいな些細なことや、少し規模が大きいことまで、前回の世界では普通じゃ説明出来ないようなことが多々あった。
「それは本当にただのミスだと思いますけど……まぁ似たようなものですね。これはお兄ちゃんから聞いた話なんですけど、水ノ瀬さんが熱を出してお見舞いに行ったら、既にお見舞いが終わっていたとか」
「……? ごめん、流石に言っている意味が分からない」
「要するに、お兄ちゃん達にとっては一回目だったお見舞いが、水ノ瀬さんにとっては二回目だった。水ノ瀬さんにとっての一回目にお見舞いに来たお兄ちゃん達は一体誰だったんでしょうね?」
小夏ちゃんはニヤニヤしながら話しているが、それを聞く葵雪ちゃんは表情を曇らせていた。
「……あたし怖いのって苦手なのよね」
「……え? 人を躊躇いなく殺すから、幽霊とかそういうのは全く動じないと思ってました」
……小夏ちゃん。それはいくら何でも葵雪ちゃんに失礼じゃないかな……?
「それとこれとは話が別よ。科学で説明出来ない存在は無理。考えてみないよ。人ならナイフで刺せば殺せるけど、あいつらの場合すり抜けるのよ? 殺せない存在なんて怖くて仕方ないわ」
右手をナイフに例えて、葵雪ちゃんはシャドーボクシングをするように小夏ちゃん目掛けてグサグサと腕を動かす。
小夏ちゃんはそれを片手で捌きながら大きなため息を吐いていた。
「……いや、なんていうか……私は不確かな存在よりも、本性が見えない人間の方が怖いと思っているので。だってそうだと思いませんか? 目の前にいる人が人殺しだなんて普通想像もしませんよね? もしもその人の本性が目に見えて分かるのであれば近寄ることなんて有り得ません。誰だって自分の命が大事ですからね」
「矛盾してるわね。その人殺しの前に今あんたは立っているのよ? 危険の中に自ら飛び込んでいっているのが分かっているの?」
呆れたように葵雪ちゃんは訊ねるも、小夏ちゃんは固い表情を崩すことなく口を開く。
「水ノ瀬さんの方から指切りしてきたんですから、その辺のことは信じています。それにこれは契約です。最後まで守ってもらいますからね」
「分かっているわよ。あたしは基本的にあたしのために動く。今回はあんたに協力することで面白くさせるんだから、結果的にあたしのためになる」
契約……? なんだか不穏な予感がする……。
一体どんな契約が二人の間で交わされたのだろうか。葵雪ちゃんが絡んでいる時点でろくでもない内容であるような気がしてならない。
「それにしてもあれは驚いたけど面白かったわ。いきなり、ここは私が主役の世界なんですよ――なんて宣言してくるとは思いもしなかった」
「カッコよくキメられたと思いません? 我ながらあのセリフ気に入っているんですけど」
「傑作ね。あれがあったから協力しようと思ったと言っても過言じゃないわ」
え? ここはひよりちゃんの世界じゃないの?
情報が少ないからといって、ここが誰の世界か決めつけるのは早すぎたと自分を悔やむ。
さて……そうなると、小夏ちゃんが葵雪ちゃんとした契約っていうのが何となく予想はつく。大方、葵雪ちゃんに余計なことをしないで欲しいとかその辺のことだろう。
私は当初の予定通り、二人の目を盗んで裏道に入るとそのまま修平くんの家に向かって歩き出す。
二人が記憶を引き継いで、尚且つここが小夏ちゃんの世界だと分かったのだから、今はそれ以上の情報は不要。それ以上のことは正直今は知りたくなかった。
「……馬鹿だな、私」
この世界の秘密に気づいている二人に協力してもらえば、この永遠に続いている夢を終わらせることができるかもしれないのに。
「ほんと……何やってるんだろ」
結局私は、私の世界以外で夢を終わらせたくないのかもしれない。修平くんと恋人になって、そうして幸せを手に入れて終わらせたい。
みんなとの幸せを願っているくせに、やっていることは自分のことしか考えていない。こんな自分が嫌になってくる。
「……はぁ」
吐き出したため息は夜の闇に溶け込むように消えていくのだった。
to be continued
心音です、こんばんは。
さて暗い話は今回で終わりです。当分は在り来りな日常が続くことでしょう。




