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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Konatsu
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第89話『夢の主役』

「……どーすんの、お兄ちゃん」


「……どうするかね」


ワンオンワンのボールの奪い合いに熱中してたら、いつの間にか五時間ほど経過していた。何故そこまで時間が経つまで気づかなかったのかということは突っ込まないでくれると嬉しい。


山の向こう側に沈んでいく赤い夕陽。その姿はもう半分以上山に隠されており、赤黒く染まった空には羊雲がゆらゆらと風に流されていた。

お互い汗だくになっていて、最初は心地よく感じていた風も今となっては寒い。持ってきたタオルで汗は拭いているが、夜になったらもっと冷え込んでくるだろう。


「……めちゃくちゃ寒い」


春とはいえまだ四月の上旬。昼間は暖かく過ごしやすい時間だが、夜はやっぱりそれなりに温かい格好をしていないと寒い。

しかし、手荷物の中には衣類は一切入っていない。その辺の荷物は全部引越し業者の人が運んでくれているからどうしようもなかった。


「……とりあえず歩くか」


立ち止まっていても状況が良くなるわけではない。放ったらかしにしていた荷物を回収して、小夏と二人田舎道に長い影を映しながら歩き始める。

体を動かして疲れているからか、それとも違う理由があってか。俺と小夏の足取りはのんびりとしたものだった。


「……」


ああ、そうか。と、俺は一人頷く。

俺は少しでも長い間、小夏との時間を味わっていたいのかもしれない。いつも一緒にいるのにこんなことを思うなんておかしな話だ。


伸びる影は少しずつ周りの景色に地面に溶け込むように薄れていく。夜の帳が完全に降りれば、街灯一つ無いこの場所はあっという間に夜の世界に覆われてしまうに違いない。

小夏とバスケをしている時間は本当に楽しかったが、自分たちが迷子になっていることをすっかり失念していた。方向音痴兄妹は果たして、無事に新居に辿り着くことはできるのだろうか?


「駅に戻るのは直線だからいいとして……問題は駅から新居までどうやって行くかだよな。せめて住宅街まで行ければ可能性は残っているんだが……」


「駅まで戻れば流石に人がいるんじゃない? 田舎とはいえ、町から出て仕事に行っている人くらいいるでしょ」


荷物を片手にまとめ、反対の手でバスケットボールと遊ぶ小夏は涼しい顔でそう答える。

指先でくるくると回転を続けるボール。こんな綺麗なボールを捨てるのは勿体無いからと、遊んだ後そのままお持ち帰りしてしまったのだ。


「にしても……本当にどうしてあんなところに落ちていたんだろうな」


こんなことを想像するのはおかしいかもしれないが……まるで俺たちに拾われるのを待っているだった。いや、そもそもこのボールは本当に初めからあの場所にあったのだろうか?


「ねぇ、お兄ちゃん。明晰夢って知ってる?」


「あー……なんだっけ。夢を夢と自覚をながら見る夢のこと……だったか?」


訓練をすれば夢の内容を自在に変えられるとかなんとかってことをテレビで言っていたような気がする。


「そう。つまり、このボールはそんな誰かの夢の形の現れなのかもしれないね」


「はぁ?」


何を言っているんだと、俺はちょっと小馬鹿にしたように笑う。しかし、小夏は仮面のように無感情な笑顔を顔に貼り付けて俺を見つめていた。

その瞬間、辺り一面が闇に染まる。陽が完全に沈み、夜の時間が始まったのだ。小夏の顔は黒い絵の具で塗り潰されたようで表情を伺えない。目が闇に慣れるまでの時間がもどかしく感じる。


「明晰夢の中では、その夢の主役となる人物に物語を創る権利が得られるんだよ。だってそうだよね? 夢の内容を好きに書き換えることができるんだから。気に入らない物語なら、自分の都合のいいように書き換えてしまえばいい。主役にはそれが許される」


やがて目が慣れ始め、小夏の表情が視界に映る。目から入ってきた情報が脳に届いた時、俺はゾッとした。

小夏は笑っていた。満面の笑みだった。先程までのハリボテの笑顔とは違う。そこには感情があった。その笑顔からは嬉しさが滲み出ていた。そのギャップの差が怖かった。


「……何が言いたいんだ」


「簡単なことだよ、お兄ちゃん」


嬉嬉として笑う小夏は指先で遊ばせていたボールを手の上に収めると、俺の方に体を向けた。


雲間に隠れていた月が姿を現し、ぼんやりと俺たちを照らし上げる。夕暮れの時とは違い、二人の影は短く重なり合う。

月を背に立つ小夏。月明かりを吸い込んだようなゴールデンイエローの髪が風に揺れる。そして小夏は風に思いを乗せて俺に言葉を届ける。


「やっと――私が主役になれたってことだよ」


だから――と、小夏は一息ついて俺の手を握った。

その手はやっぱり冷たく、雪に触れているかのようだった。


「――私たちの物語を紡ごう、お兄ちゃん」


祈りのように呟かれた言葉。聖母のような優しい微笑みに俺の心は透き通っていく。不安も、恐怖も、負の感情が全て浄化されていく。

こんな小夏の笑顔を俺はこれまでに一度たりとも見たことがなかった。小夏のことは何でも知っているつもりでいたけれど、俺のまだ知らない小夏がいる。だからこそ思った。


「正直、小夏が何を言っているのかさっぱり理解できないけれど……悪くない」


「ありがとう。お兄ちゃんならそう言ってくれると思っていたよ」




もっと……もっと、小夏のことを知りたい――。




「それで? どんな物語を紡いでいくんだ?」


「そうだねー。お兄ちゃんとの物語ならきっと、どんなシナリオでも楽しいと思うんだよね」




小夏の全てを知りたいと思った――。




「どんな展開であっても構わない。けど、結末は――ハッピーエンドがいい。私が――私たちが紡ぎたい物語は悲しい結末であってはならないから」


「……私たち?」


「私と、お兄ちゃんの――だよ」


ほんの少しだけ寂しそうに小夏は答える。

こういう時の小夏は何か隠していることが多い。けど、ここで聞く必要は無い。時間が経てば小夏は絶対に俺に話してくれる。どんなに辛い話でも、笑い話のように語ってくれるのだ。


「ねね、お兄ちゃん。折角の二人暮らしなんだから楽しまないとね?」


「はっ、何を当たり前のこと言ってるんだ」


だから今は何も考えない。考える必要が無い。

考えても分からないことを理解しようとするのは時間の無駄だ。時間は無限にある訳じゃない。今この瞬間は今しかない。だったら意味のある今を大事にした方がよっぽど有意義だろう。


「まぁ……新居に辿り着けなきゃ二人暮らし以前の問題なんだがな……」


「そうだった……。あと一時間くらい歩けばとりあえず駅には戻れるんじゃないかな……?」


「……家に着くの何時だよ」


ちらりとスマホを見ると時刻は18時半を超えていた。家に帰りたいというのはもちろんなのだが、昼飯を食わずに小夏とワンオンワンで遊んでいたせいで腹が減ってやばい。


「ねぇ、お兄ちゃん? 荷物持ってくれない?」


「は? 寝言は寝てから言え」


何を突然言いやがるこのバカは。荷物を持て――だ?

いくら可愛い妹のお願いだとしても、これ以上持つ荷物を増やしたら腕がもげる。


「え? 寝たら持ってくれるってこと?」


「あほ」


カバンを持ち直し、ぽかんと小夏の額を小突く。

ため息を吐きながら見上げた空には宝石を散りばめたような美しい星空が広がっていた。都会では滅多に見られない景色に思わず目が奪われる。


「でもお兄ちゃん。このまま新居に辿り着けなかったら今日は野宿だよ……」


――が、小夏のその言葉ですぐに現実に戻された。


「空はこんなにも星が綺麗なのに、俺たちの心は曇って何も見えないな」


「ついでに帰り道すら見えないね。来た道戻ってるだけのはずなのに不安になってきたよ」


街灯一つ設置されていない田舎道。足元が良く見えず、月明かりを頼りに進むしかないから、俺たちの歩みは必然的に遅くなっていた。

このままだと本当に新居に着くのが何時になるか分かったもんじゃない。もう一度盛大にため息を吐こうとしたその時だった。


「ん? あれはまさか……車か!?」


スポットライトを当てられているように俺と小夏の影が地面に大きく伸びる。期待を込めて振り返ると、少し遠くからこちらに向かってくる車のヘッドライトが二つ見えた。


「お兄ちゃん!! ヒッチハイクしよう!!」


「当たり前だ!! いざとなったら車を奪ってでも乗ってやる!!」


「それが許されるのは某18禁のゲームだけだよお兄ちゃん。現実でやったら刑務所まっしぐらで私たちの物語が終わっちゃう」


「チートコードで手配度MAXにすると戦車が追いかけてくるらしいが、冷静に考えると街中を戦車が一人の人間を追い回す光景ってシュールだよな」


「追い回してる間に何人死んでるか分かったもんじゃないよね」


そんなくだらないことを話しているうちに車はすぐ近くまで迫っており、俺たちは揃って進行方向に仁王立ちすると、止まってほしいという意思表示の為にその場でぴょんぴょんと跳ねた。

車は俺たちのすぐ側で止まり、運転席側の窓から見るからに優しそうな女の人が姿を見せた。


「見慣れない顔だけど……あなた達こんなところでどうしたの?」


「えーっと、俺たち今日から虹ヶ丘に住むことになっていたんですけど、駅からの道のりが分からなくって迷子になってるんです。もし良かったらなんですけど、駅の方まで送ってくれませんか」


「ああ! あなた達あの家の子なのね。駅までじゃなくて家まで送ってあげる! ……というわけだからひより! あなたは助手席に移動してくれる?」


そこで気づいたのだが、後部座席には俺たちと同じくらいの年齢の女の子が座っていた。

ひよりと呼ばれたその子はオレンジ色のサイドテールを揺らしながら車から降りると、礼儀正しく俺たちに向かって一礼する。


「初めましてです! ひよりは花澤ひよりって言います!」


第一印象は元気で明るい女の子。きっと友達に毎日囲まれているようなクラスのムードメーカー的な存在なんだろうなと俺は思った。


「俺は深凪修平。こっちは妹の小夏。お姉さん……の話の聞いて分かってると思うんだが、今日からこの町で暮らすことになっているんだ。よろしくな」


「私、こう見えてお母さんです!」


運転席でニコニコと俺たちの様子を見ていた女の人が嬉しそうに告げる。

え? というかその若さでお母さんなの。二つ三つ上のお姉さんだと勘違いしてたわ……。


「花澤さんのお母さんは、若くて可愛げがあって楽しそうだな」


「あ、ひよりのことはひよりでいいですよ? 堅苦しいのは好きじゃないんですよ。代わりにひよりは修平さんって呼びますので!」


「んじゃ、ひよりで」


なかなかフレンドリーな子で好感が持てる。こういう子が友達の中にいると、日々の生活が楽しくなるから是非とも仲良くしていきたい。


「私は慣れるまで苗字でいいかな?」


「大丈夫ですよ!」


「ありがとう、花澤さん」


小夏は人のことを名前で呼ばない。どんな人とでも分け隔たりなく察する小夏だが、このことだけに関しては壁のようなものを作っている。

しかし、周りの人がそれを気にしたことは無かった。そんな些細なことはどうでもいいと思えるほど、周りは小夏という女の子に惹かれているのだろう。だからある程度一定と距離感を置かれていることに気づかない。どうしてそんな距離を作っているのかだけは、流石の俺でも分からないところだ。


「立ち話もあれですし、車に乗りませんか?」


「それは助かる。もう歩き疲れた上に腹が減って死にそうだったんだ」


家まで送ってもらえるという安心感からか、忘れようとしていた空腹感が再来してくる。小夏も同じ気持ちなのか、お腹を押さえて空腹を堪えているようだった。


「まぁここは住宅街とは正反対の場所ですからね……方向音痴過ぎません?」


「言わないでくれ……この道の先に家があると信じて三時間歩いたんだ……」


「……馬鹿ですね」


ぐうの音も出ないほどの正論だった。泣きそう。


「私たちこれからご飯食べに行こうと思っているんだけど、修平さん達もついてくる? 味の保証はするわよ」


ありがたいお誘いだった。右も左も分からない新天地では、方向音痴の俺たちがご飯にあり付けるのかすら怪しい。


「俺たちもいいんですか? ひよりのお母さん」


「え? お義母さん?」


「ひより。お母さんの名前なんて言うんだ?」


「小春です」


「ちょ!? 修平さん!? 少しは反応してくれたっていいじゃない!!」


涙目になっている小春さんを見ると、やはりお母さんってよりはお姉さんって感じがしてならない。でもまぁ、変に堅苦しいのよりはこっちの方が気を張らなくて済むから楽だ。友達感覚でこんな冗談を言えるし、ぶっちゃけ面白い。


「ええと……そのご飯を食べに行くところってもしかして水ノ瀬食堂ってところですか?」


このままじゃ話が脱線すると思った小夏が口を挟んでくる。それにしても……水ノ瀬食堂なんてところがあるのか。どうして小夏はそんなことを知っているのだろうか?


「ですです。虹ヶ丘に住んでる人ならみんな知っている場所なんですよ。小夏さんは下調べしていた感じなんですか?」


「まぁ……そんなところかな」


煮え切らない返事に俺は首を傾げる。しかし、ひよりと小春さんは全く気にしていないようで、俺たちに車に乗るように促してきた。


「……まぁいいか」


ここで追求する訳にもいかず、俺と小夏は言われるままに車に乗りこんだ。シトラス系の爽やかな芳香剤の香りと、ひよりと小春さんの優しい笑顔が俺たちを迎えてくれた。

だからこれ以上余計なことを考えるのはやめて、俺は水ノ瀬食堂に向かうまでの間、三人と会話に花を咲かせることにした。



to be continued

心音ですこんばんは!

小夏ルートで最初に登場したのは巡ではなくひよりでした!二人は一番の友達ですからね!

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