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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
The first story
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第08話『突然の告白』

「あれ、椛じゃん」


「あれ〜、修平くんだ〜」


 土曜日のお昼すぎ。この時間になっても未だに夢の中の小夏を家に置いて散歩をしていると、偶然にも椛と遭遇した。


「こんなところで会うなんて奇遇だな。散歩か?」


「うん。今日はお天気いいからね〜。絶好の散歩日和だよ〜」


「椛が良けりゃ一緒に散歩しないか?」


「いいよ〜。丁度話し相手が欲しいなって思っていたところだから〜」


「んじゃまぁ、適当に歩くか」


「お〜」


 椛の歩くペースに合わせてあぜ道をのんびりと歩き始める。一人でいる時よりもだいぶペースが落ちたが、これはこれで悪くはなかった。


 目を閉じればすぐにでも寝入ってしまいそうなほどぽかぽかとした陽気。行く宛もなくぶらぶらと歩いていると何も考えられなくなる。周りの畑にはモンキチョウが飛んでいて、何気なくその動きを目で追っていると、椛がこちらに視線を向けていることに気づく。


「どうかしたのか?」


「ん〜? 修平くんはやっぱり男の子なんだなって思ってただけだよ〜」


「なんだそりゃ」


 普段から椛が何を考えているのか俺にはよく分からなかった。けど、今の回答はいつも以上に意味が分からず俺は首を捻る。


「お団子食べる〜?」


 そんな俺の疑問などお構いなしに、マイペースな椛は手に持っていた手さげ袋の中からみたらし団子の入ったパックを俺の前に差し出す。みたらしの甘い香りを前にして、昼ごはんを食べていないことを思い出し、パックを開けて遠慮なく一本貰うことにする。


「私ね、修平くんに出会うまでまともに男の子と話したことすらなかったんだよ〜」


 それが先ほどの会話の続きだと悟り、俺は団子を咀嚼しながら椛の言葉に耳を傾ける。


「別に男嫌いじゃないんだよ〜。単に話すきっかけとかが無かっただけ。だからこうして今、修平くんとお話できるのは巡ちゃんのおかげなんだよ〜」


「なら巡に感謝しないとだな。こんなイケメンと仲良くできてるんだから」


「確かに修平くんはカッコイイと思うけど、自分で言っちゃったらカッコよさ半減だよ〜」


「あ、そうだ。男嫌いと言えばさ、椛は巡が男嫌いってこと知ってるのか?」


「友達だもん。それくらい知ってるよ〜」


 さも当然のように答える椛に俺の疑問は深まる一方だった。


「なら疑問に思わないのか? 俺と巡が仲良くしていること。どう考えたって不自然だろ?」


「言われてみればそうだね〜。なんでだろ? 巡ちゃん、誰とでも話せるいい子ではあるけど、男の子には壁作ってるのにね〜」


「俺は男として見られていないとか?」


 自分で言って悲しくなる。しかし、椛は首を振って明確に否定する。


「それはないと思うよ〜? わたしが見た限りだと巡ちゃん、修平くんのこと意識してるように見えるしね~」


「女の椛から見てそう見えるなら確かにそうなのかもしれないが……どうも腑に落ちん」


「そんなこと言われてもな〜。わたしは見たまんまを言ってるだけだし、気になるなら修平くんが自分から聞いた方がいいんじゃないかな〜?」


「はぐらかされて終わる気がする」


 この間の授業の時といい、巡は肝心なことを話してくれない。何を頑なに隠そうとしているのか俺には分からなかった。思えば俺は巡のことを何一つとして知らないのかもしれない。


「なら巡ちゃんが話してくれるまで待つしかないんじゃないかな~? 時間は掛かるかもしれないけどそれが一番だとわたしは思うよ〜」


「まぁそれもそうか。気長に待つことにするわ」


「うんうん。のんびりじっくり。焦らないことが大切だね〜」


「椛はいつものんびりしてるもんな」


「それがわたしの取り柄ですから〜」


のほほんと微笑むと、椛はその場に立ち止まってぐーっと伸びをする。


「それにしても今日は本当にいいお天気だね〜」


 雲一つない春の空。暑くも寒くもない過ごしやすい気温。時折吹く風は爽やかで心地よい。空を羽ばたく鳥たちも心做しか元気に見える。

 俺も椛を見習って伸びをしつつ新鮮な空気を思いっきり吸い込むと、都会では感じることの出来ない自然の息吹を感じられる。


「わたし、春が季節の中で一番好きだな〜」


「秋っぽい名前なのに春が一番か」


「秋も好きだよ〜。紅葉が綺麗だよね〜」


「椛は可愛いな」


 言った直後に椛の顔は林檎のように紅く染まり、金魚のように口をパクパクさせる。椛はこういうのに耐性が無いらしく、反応が面白いから思わずからかいたくなってしまう。


「か、からかうの禁止だよ〜。それに、わたしは……可愛くなんてないもん」


「はぁ? 椛は十分可愛いっての。もっと自分に自信を持ってもいいと思うぞ。椛の可愛さは俺が保証する。椛可愛い!」


「可愛い可愛い連呼するのやめて〜! 恥ずかしすぎて死んじゃいそうだよ〜……」


 椛の顔は長時間風呂に入った後のように真っ赤になっていた。このままだと本当に恥ずか死ぬ可能性があるからそろそろ連呼するのは控えよう。


「修平くんって意地悪だよね……」


「そんな事ないぞ? 可愛いと思っているのは事実だしな」


「あう〜……また言った……。本心なのは分かったからもう何も言わないで?」


 上目遣いでおねだりしてくる椛。潤んだ瞳で見つめられ心臓がどくんと跳ねる。胸の高鳴りのようなものを誤魔化すために咳払いをしてさり気なく椛から視線を外す。


「あれ? なんだか修平くんの顔も紅くなってるような気がするよ〜」


 バレてる……!?


「修平くんは上目遣いに弱い……っと。みんなに送っておくね〜」


「……は? 送る?」


 直後、ポケットに入れていたスマホがメッセージを受信したらしく、バイブレーションで俺に知らせてくる。


「……あの、椛さん?」


 椛はニコニコと笑ったまま動かない。

 背筋に嫌な汗が伝う。本文を読む前から嫌な予感しかしなかった。それでも確認しなければならない。俺は意を決してメッセージ画面を開いた。


『冗談だよ〜♪』


 そっとスマホを閉じて盛大にため息を吐く。心臓に悪いったらありゃしない。


「お返しだよ〜。参ったか〜」


「はいはい、参りました」


「よろしい〜」


 満足げに椛はスキップを始める。二つに結った紅い髪がぴょこぴょこと跳ねていた。

 椛のご機嫌な背中を追って足を動かす。すぐに隣に並ぶことができ、俺たちはしばらくの間無言で歩いていた。


「修平くん〜」


「なんだー?」


 沈黙を破ったのは椛の方だった。

 椛はこちらに顔を向けず、前を向いたまま言葉を続ける。






「――好き」






 その言葉は風に乗って俺の耳にはっきりと届いた。

 たった二文字。けれどその二文字に込められた想いの大きさは、たったなんて言葉では表せないほど大きなものだった。


「好きだよ」


 驚きのあまり言葉を返せずにいると、椛は頬を赤らめながらも落ち着いた様子で、唖然とする俺の顔を見上げ、もう一度告げた。


「わたしは、修平くんのことが好きだよ」


「……」


 それは友達としてか?そう訊ねることは無粋だった。こんな真剣な目を見れば誰だって男として好きと言ってると分かる。


「……いつから? 俺たちまだ出会ってから二週間程度しか経ってないんだぞ?」


「恋に落ちるのに一緒に過ごした時間は関係ないんじゃないかな? 長い時間育んでいく恋もあれば、出会った瞬間に落ちる恋もあるんだよ」


「なるほど……。つまり俺と初めてあったその日から好きになったってことか」


「うん。いわゆる一目惚れってやつかな?」


 そう言って椛ははにかみ、髪を弄る。俺の心臓の高鳴りは一向に収まる気配がない。椛のちょっとした仕草、上気した頬、潤んだ唇――それらが俺の心を惑わす。

 どこか抜けているところはあるが椛が魅力的な女の子であることは間違いない。俺に向ける気持ちも本物だ。


「修平くん。返事聞かせてもらってもいいかな?」


 正直、断る理由はなかった。ここで、はいと言ってしまえばそこで俺と椛は恋人同士になる。

 お互いまだ知らないことは多い。それは付き合っていく中で少しずつ知っていけばいいだけのことだし、椛と恋人として過ごす日常も悪くはないと思った。けど――


「――今はまだ、友達同士でいたい」


 けれど、俺の口から出た回答はそれだった。心の奥底で何かが引っかかっていたからだ。


「……そっか。でも、まだってことは可能性はあるってことだよね?」


「可能性も何も……返事を先延ばしにしているようなものだけどな」


「ふふっ。わたし諦めないよ〜。いつか必ず修平くんを振り向かせてみせるんだから」


「ごめんな。中途半端な返事で」


「いいんだよ~。付き合えたら万々歳だったけど、わたしの想いを伝えられただけでも満足だからね〜」


 すっかり元の調子に戻った椛は言葉通り満足しているようですっきりとした表情になっていた。

 そこに内心ホッとして俺は胸を撫で下ろす。これをきっかけに気まずい雰囲気になるのは避けたかったから、心の底から安心してる自分がいる。


「修平くんこの後まだ時間あるかな〜? あるならお昼ごはん一緒にどう〜?」


「構わないぞ」


 元より暇な休日を過ごす気満々でいた俺はふたつ返事でオッケーする。椛は零れそうな笑顔を浮かべると、俺の右手を取って走り出した。


「ちょ、椛!?」


「早く行くよ〜。わたしお腹ぺこぺこなのだ〜」


「さっき団子食べてたじゃねーか!!」


「あんなの食べたうちに入らないよ〜」


「分かった! 分かったからそんなに引っ張るな転ぶ転ぶ転ぶ!!」


「あははっ」


「笑うなっ!!」


 大空に椛の楽しそうな笑い声が響き渡っていた。

 何処までも青く、何処までも広がる空のように、この賑やかで平和な日常がいつまでも続くような予感がした。



「ん〜。楽しかった〜」


 葵雪の家の食堂で昼食を取り、飽きもせず散歩をしているうちに日が傾いていた。俺と椛が今いる風巡丘は夕焼けの色で染まっていて、昼間に見るものとはまた違った風巡丘の景色を楽しんでいた。


 無防備に天然芝に寝転がる椛。

 昼間、この子に告白をされたんだなと思い出すとまだ顔が熱くなる。夕焼けのおかげで紅くなっている顔は誤魔化せているようで、椛はこちらを見ても特に何も言わずに笑顔を浮かべているだけだった。


「ちょっと肌寒くなってるけど風が気持ちいいね〜」


 椛は折り上げていたカーディガンの袖を下ろしながら起き上がる。


「風車、今日も回ってないね〜」


「何か特別なことが起きた時に回るんだったか?」


「らしいね〜。ん〜、特別なことって……何だろうね?」


「地元民の椛が知らないなら俺が分かるわけないだろ……」


「もし仮にだよ? わたし達が付き合うことになっていたら、風車は回ったのかな?」


 思わず椛の顔を見てしまう。意地悪なことを言ってるのは自覚しているらしく、バツの悪そうな顔をしていた。


「どうだろうな……。確かに特別なことかもしれないけど、カップルが生まれる度に回ってたら特別とは言わないような気がする。なんかこう……もっと俺たちの予想を裏切るようなことが起きないと回らないんじゃないか?」


「例えばどんなこと〜?」


「例え……そうだな。例えば――」


 この時、俺は何故こんな回答をしたのか自分で理解することができなかった。






「――人が死ぬ時」






 ざざぁと強い風が吹いた。それはまるで波のように押し寄せ、ゆっくりと引いていく。

 椛は驚いた表情で俺を見ていた。俺もきっと椛と同じような顔をしてるだろう。自分の放った言葉が信じられなかった。


「……どうしてそう思ったのかな」


「……悪い。自分でも分からねぇ。ただ何となくそう思っただけなんだ」


「人の死……。考えたこともなかったよ」


「普通は考えないだろ。言った張本人が言うのをあれだけどさ」


「深く考えるのはやめた方がいいと思うよ?」


「それもそうなんだがな……」


 やっぱり自分の言葉に納得がいかない。自分で言うのもあれだがこんな後ろ向きな考えをするタイプではないのだ。もっと前向きに明るい話に持っていくのが自分の強みなのに、どうして人が死ぬ時なんて最低のことを口にしてしまったのか分からない。


「あー!! むしゃくしゃする!! 椛、なんか話題くれ話題。こんな話もうやめようぜ」


「いつ結婚してくれるの〜?」


「恋人からだいぶ飛躍したなおい!?」


「冗談だよ〜」


「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ!!」


「これからわたしの魅力を修平くんに分からせてあげるからね。覚悟するんだよ〜」


 いやもう魅力は十二分に伝わってるんだが……。これ以上何を伝えてくる気なんだ……?


「なぁ……椛。お前は俺と付き合うことができたら嬉しいのか?」


「うん。当然だよ」


 俺の瞳を真っ直ぐに見据え、さぞ当たり前のように椛は答える。誰かに真剣に恋をしたことのない俺にとって、椛の姿は輝かしいものに思えた。


「……そろそろ帰るか?」


 そんな椛の眩しさから逃げるように、俺は視線を逸らした。


「そうだね〜」


 椛は特に気にした様子もなく立ち上がる。

 夕方と夜の狭間。空の色はオレンジよりも夜の黒が濃くなっていた。あと数分もしないうちに日没を迎えるだろう。


 お互い無言のまま風巡丘を後にする。森を抜けた頃には完全に日が落ちており、俺たちはそのまま来た道を戻っていた。

 このまま黙っているより何か話すべきだろう。そう思っていた時、椛が不意に足を止める。


「どうした?」


「わたしの家こっちだから、ここでお別れなんだよ〜」


「もう完全に日が落ちてるし家まで送ってく」


「ううん、大丈夫だよ〜。田舎は都会と違って平和だからね〜。それにほら、小夏ちゃんが待ってるんじゃないかな~?」


「まぁ否定はしないが……」


 さっき歩いている時にスマホを確認したのだが、小夏からのメッセージ通知がいくつか来ていた。おそらく夕飯いつ食べに行くのかとかそんな内容だろう。


「修平くん、今日はありがとう〜。週明け学校でね〜」


「あ、おい椛!」


 呼びかけは虚しくも空振りに終わる。せめてものと、走り去っていく椛の後ろ姿が見えなくなるまで俺は見送ることにした。


「――お兄ちゃん」


 慣れ親しんだ妹の声が背中にかけられる。


「小夏か。どうしてこの場所が分かったんだ?」


「私のお兄ちゃんレーダーが反応してたから。起きたらお兄ちゃんいないし、誰かと一緒にいたの?」


「椛と散歩してた」


「そうなんだ。んじゃご飯食べに行こ。私、お昼ご飯食べてないからお腹すいてる」


「一応聞いておくが……いつ起きたんだ?」


「お兄ちゃんにメッセージ送った時だけど文句ある?」


「休日だし別にいいんじゃないか?」


 そんなくだらない話をしながら俺たちは葵雪の家の食堂に向かったのだった。



to be continued

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