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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Ayuki
85/166

第84話『小夏が残すモノ』

Another View 葵雪



「――言われた通り、来てあげたわよ」


メールに指定された場所、時刻に、一秒たりとも遅れることなく到着したあたしは、呼び出してきた張本人である小夏にひらひらと手を振った。

靴とソックスを脱ぎ、川の中に足を入れてちゃぷちゃぷと遊んでいた小夏は、あたしの声に振り返ると、小さく手を振り返す。


「こんばんは、水ノ瀬さん。時間通りに来てくれて嬉しいです」


「『20時にキャンプをした川辺に。大事な話があります』――ねぇ、小夏? あたしが今日、修平とデートしてるって知っていたわよね? もうちょっと時間の配慮をしてくれても良かったんじゃないかしら?」


軽く怒ったような口調で言うと、小夏は微笑を浮かべながら水面を蹴る。

跳ねた水が月明かりに反射して煌めく。宝石のような輝きを一瞬だけ残し、水は流れ星のように川の中へと戻っていった。


「配慮をしたとしたら、お兄ちゃんと何をしていたんですか?」


「ご飯よ。折角誘ってくれたのに断る形になっちゃったわ。これで修平に愛想つかされたらどうするのよ」


「お兄ちゃんはそれくらいのことで愛想つかすような程度の低い人間じゃないですよ」


「ええ、知ってるわ」


癪に障るような発言をしたが、小夏は微笑を崩すことなくあたしのことを見つめ続けていた。

ただ見られているだけだというのに、体の中を無数の蟲が蠢くような不快感がある。小夏が何を考えてあたしをこの場に誘ったのか、正直なところ分かっていない。それがこの不快感の原因なのだろう。

自分で言うのもあれだけど、あたしは自分の知らないことがあるのが気に入らない。全てを知った上で、人より優位に立っていたいタイプの人間――我ながらめんどくさいとは思う。けど、これまでずっとそうして生きてきたのだから、今更それを変えることは難しいし、変えるつもりもない。


いつまでも突っ立っているのは退屈で、あたしは小夏と一定の距離を保った位置に腰を下ろす。何かあった時いつでも動けるようにしておく為にも、小夏のように川の中へ足を入れることはしたくなかったが、今夜は妙に蒸し暑い。

隙を見せることは躊躇われたが、ジメジメとしたこの空気による不快さを少しでも紛らわせるためにサンダルを脱ぎ、ひんやりと冷たい川の中に足を入れた。


「ふぅ……」


足元に溜まっていた熱気が水に調和されて、少しずつ汗が引いていく。文句無しの心地良さにほんの少しだけ気が緩みそうになってしまった。


「私、前はよくここでこうしていたんですよ」


ゆらゆらと流れる水面に視線を落としたまま、小夏は儚げに微笑んだ。妙に含みのある言い方と、何故そんな表情をするのか気になったけど、あたしは特に気にすることなく言葉を返すことにした。


「ま、気持ちは分からなくもないわね。一人になりたい時とかにいいスポットだと思うわ」


「そうですね。でも、私は一人でいるより、二人でいる時の方が多かったです」


「ふーん? 修平かしら?」


修平と小夏がこの川辺でのんびりしているところを想像したのだが、小夏は静かに首を振ってそれを否定する。


「確かにお兄ちゃんとも来たことはありますけど、もっと長い時間、この場所で一緒に過ごした人がいるです」


「へぇ? あたし達以外にも仲のいい人がいたんだ?」


学年が違うからあたし達以外の小夏の交友関係は分からない。けど、この場所に何度も足を運ぶような仲のいい友達がいたことに素直に驚く。昼休みや放課後は常にあたし達のところに来ていたし、正直他の子と過ごす時間は無かったような気が――






「――何を言ってるんですか、花澤さんですよ」






「………………は?」


……今なんて言った? 花澤さん?


「聞こえなかったんですか。花澤さんですよ。花澤ひより。知っていますよね? 忘れたとは言わせませんよ」


覚えてる……? そんな馬鹿な。あたしは自分の力で全員の記憶を消したはず。力が上手く作用していなかった? ……いや、そんなことはありえない。


想定もしていなかった自体に、あたしは驚きを隠すことができない。こんなにも驚いたのは、世界が繰り返していることを知った日以来だろう。

とにかく、ここで黙り続けるのは得策とは言えない。このまま小夏に主導権を渡してしまったら一方的に不利になるだけ。無理矢理にでも会話を繋げていく必要がある。そこで少しでも情報を仕入れなければ。


「あんた……どうしてひよりのこと覚えているの」


「何を馬鹿なことを。友達のことを忘れるわけがないじゃないですか。一番の親友だったんですよ」


「友達だから――なんて言葉で納得出来ると思っているのかしら。あたしは間違いなく記憶を消した。あんた達の中でひよりという存在は完全に死んだはずよ」


「でも現に、私の記憶の中で花澤さんは生き続けている。楽しかった日々も、笑いあった日々も、私の記憶にはきちんと残っています」


ゆらりと、そんな表現が似合うように、ゆっくりと小夏は立ち上がった。そして、ショルダーバッグに手をかけ、中から何かを取り出した。それは空から地上を照らす月明かりに反射して蒼白く光り、その正体を明らかにする。


「花澤さんと過ごした全ての日々が、私の記憶には残っている……。花澤さんがこの世界に生きていた記憶が私には刻まれているんです……!!」


小夏が取り出したのはナイフだった。。家庭に一本は必ずあるような果物ナイフを片手に、小夏はあたしのことを睨みつける。その瞳に込められた感情は殺意。ああ……大切な友達の為ならば、人はここまで純粋な殺意を向けることが出来るのかと、こんな状況の中でもあたしは関心してしまう。


「それを!!その大切な記憶を!! 水ノ瀬さんはみんな消し去った!! 忘れたくない思い出を!! 何もかも全てッ!!」


ヒステリックに叫ぶ小夏に、あたしはやれやれと頭を振った。今の小夏は、激情のあまり正気を失っているように見える。こういう輩は何をしでかすか分かったもんじゃない。だけど、あたしにはまだ大丈夫だという確信があった。

だから――あえて余裕を見せて小夏を煽ることに決めた。ふふっ、だって、そっちの方が面白そうだもの。どうせこの世界に救いは残されていない。リセットされるまで情報を集めるだけなんて退屈。どんな結末を迎えようとも、此処に在る現実を(いま)楽しまないと。


「妙に落ち着いていると思ったらいきなり怒鳴り散らしたり――情緒不安定ね。カルシウムが足りていないんじゃないかしら?」


「減らず口を。冗談を言ってられる状況じゃないのが分からないんですか!?」


「なら一応聞くけど、そのナイフで何をするつもりなのかしら?」


「そんなの、答えは一つしかありませんよ」


言いながら小夏はナイフの切っ先をあたしに向けた。

これからやることを指し示すように、小夏の瞳からは光が消え失せていた。


「――殺します。そして――世界を終わらせる」


「……そう。やっぱり小夏もこの世界の秘密を知っていたのね」


「ええ、知ってますよ。何もかも知っている。私は多分、水ノ瀬さん以上にこの世界の秘密を知り、そして理解している」


おそらく、小夏の言葉に嘘はない。あたしが知らないことを知っている。聞き出せるかは分からないけど、物は試しに聞いてみるのもありかもしれない。


「友達のよしみで、少しばかり情報を分けて欲しいんだけど?」


あたしの言葉に、小夏の紅い瞳がキュッと窄まる。そして、口元を吊り上げ、嘲笑うかのように口を開く。


「……友達? 私はもうこの世界の葵雪さんのことを友達なんて思っていませんよ。あなたは私のかけがえのない友達を殺した、ただの人殺し。それ以上でも、それ以下でもない」


機械的に告げる小夏。これ以上の会話には意味を成さないだろう。あたしもそろそろ気持ちを切り替えるべきだ。


「……!!」


あたしの変化を瞬時に察した小夏がナイフを構えて突進してくる。それでもあたしは自分のペースを崩すことなくゆっくりと立ち上がると、小夏を殺意を受け入れるように大きく両手を広げた。






「――ふふっ、どうしたのかしら? あたしのことを殺すんじゃなかったの?」






いつまで経っても来ない痛み。意識せずとも、口元が歪んでいくのが分かる。

ほら、やっぱり大丈夫だった。


「……っ」


ナイフは服を軽く切り裂いたところで止まっていた。


「――それがあんたの覚悟よ」


あたしは小夏の震える手を掴んで冷酷に告げる。


「……でも、小夏。あんたはそれでいいわ」


固く閉ざされた指を一本ずつ丁寧に開いていき、ナイフを奪い去ると、今度はあたしがその切っ先を小夏に向けた。


「あんたは白いままでいなさい。あたしと同じ場所に堕ちる必要は無いわ。……それでもひよりの仇を討ちたいと言うのであれば、次はもっと固い覚悟を持ってあたしの前に立つことね」


そしてそのまま、あたしは手を前に押し込んだ。

ズブッと、肉を断つ感触が手を伝い、白かったブラウスがみるみるうちに赤く染まっていく。想像もできない痛みが襲っているだろうに、小夏は声一つあげることは無く、苦痛に顔を歪めるだけだった。


「……やっぱ、り……私、には……無理、でした。人を……殺す、覚悟が……足りなかった……っ」


でも、そんな状態だというのに、小夏の瞳にはまだ炎が宿っていた。それに気づいてしまった瞬間、何かとてつもなく嫌な予感が頭の中を支配する。


「……でも、まだ……私には、やれることが……残って、いるッ」


一瞬の判断が遅れが命取りになる――あたしは自分の判断力の鈍さを恨んだ。


「…………!!?」


次の瞬間、あたしは小夏にキスをされていた。

触れ合う唇から伝わってくる小夏のあたたかさと柔らかさ。それは確かな快楽と共に、何かとても危険なものを感じた。


「……あはっ、私の……勝ちに、なると……いい……な」


唇を受け入れることしかできなかったあたしを皮肉たっぷりの笑顔で見つめたまま、小夏は硬い石の地面に仰向けで倒れ込んだ。

しばらく呆然としていたあたしだったが、ふと我に返ってピクリとも動かなくなった小夏を見下ろした。胸に突き刺さったままのナイフを中心に服の半分以上が赤く染まっている。最期に浮かべていた笑顔のまま、目だけを閉じて小夏は息絶えていた。


「……世界を終わらせる、ね。なによ、何も起こらないじゃない」


しばらく待ってみても世界には何の変化もない。あたしは肩を落とし、少しずつ冷たくなっていく小夏の亡骸に触れながら力を使った。別に触れる必要は無かったのだけど、何となくこうしていたかった。


「……これでみんなの記憶から小夏はいなくなった」


けれど、心のざわめきを消えない。小夏を殺し、記憶を消せば、安心できるかと思っていたのだが、どうやらそういう訳にもいかないらしい。

この不安の根本はもっと深いところにある。何がここまであたしを駆り立てているのか分からないけれど、小夏が最期に言った、私の勝ちになるといいな。という言葉が原因の一つだろう。


「……修平に会いたいわ」


呟くと同時にあたしはスマホを手にしていた。そしてショートカットに設定してある修平の番号に電話をかけていると、ふと視線を感じてあたしは振り返った。


「……?」


驚いて振り返ると、少し離れたところにぼんやりと人影が見えた。目がいい方じゃないから、目を凝らしてみても誰なのか分からない。


『――よお。なんだ? 用事終わったのか?』


耳に当てていたスマホから修平の明るい声が聞こえてくる。あたしは前方に注意を向けたまま会話を続けることにする。


「修平。ちょっと頼みたいことがあるから川辺に来てくれないかしら?」


『今から? まぁ別に行くのは構わないが……頼みたいことってなんだ?』


「死体の処理」


淡々と告げると、電話口で息を呑む声が聞こえた。流石にいきなりこんなことを頼まれて唖然としない人はいない。


『……誰を殺したんだ?』


ほんの少し間を開けてから修平は訊ねてくる。

一瞬、どう答えるか悩んだけれど、めんどくさいことを避けたかったあたしは嘘を吐くことに決めた。


『ひよりと同じ学年だった小夏って女の子なんだけど、修平は知っている?』


『小夏? 聞いたことがないな。まぁいいか、とりあえず今から行くから待ってろ』


「ありがと」


人を殺したというのに、修平の反応は相変わらずだった。修平も、あたしも、堕ちるところまで堕ちてしまっている。そうだ。何もかもこの世界が悪い。


「……あれ?」


ずっと見ていたはずなのに、いつの間にか前に立っていた人影が消えていた。辺りを見渡してみても変わりない景色が広がっているだけだった。


「……まぁ、いいか」


修平が来るのを待つ間、あたしは小夏の亡骸の横に腰掛けてスマホを弄り始めるのだった。



to be continued

心音です、こんばんは。

葵雪ルート、次回最終話です。この夢の最期を、どうか見届けてください。

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