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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Ayuki
83/166

第82話『認識の甘さ 後編』

Another View 葵雪



「――とか、思っているんでしょうねぇ」


「……? 唐突にどうした?」


クレープ屋の前まで移動してきたあたし達。それなりに出来ていた列の最後尾に並ぶと同時に、あたしはニヤニヤとしながらそんなことを呟いた。

なんの脈絡もなく、本当に唐突にそれだけ呟かれたせいか、修平の頭にはクエスチョンマークが大量に浮かんでいる。


「ね、修平。目にゴミが入っちゃったみたいなのよ。ちょっと見てみてくれないかしら?」


「は? 目にゴミってお前、普通にピンピンしていないか?」


「いいからいいから」


言いながらあたしは自分の正面よりちょっとズレた位置に修平を立たせる。修平はあたしが何をしたいのか全く以て理解できなかったが、とりあえず言われるがままにあたしの顔を覗き込んできた。


「……ん?」


「気づいた?」


その際、目的通り修平はあたし達を尾行している三人の姿に気づく。不自然に思われないように軽くあたしの目元に触れてから元いた位置に戻ると、修平は苦笑いを浮かべた。


言いたいことは分かる。決して邪魔をされているわけではないのだけど、見られているというのが妙に落ち着かないのだ。

これまでに幾つもの世界で修平とはデートしてきたから、デート自体に恥ずかしさは無い。しかし、見られているとなると話は別。流石にあたしでも少しは恥ずかしかった。


「……」


そこであたしはハッとする。恥ずかしい――そんな可愛らしいことを思えることに驚いたのだ。

冷たい水の底で生きているような、暗い心しかあたしには残っていないと思っていたのに、まだそんな感情残っているとはね。……本当に驚いたわ。


この世界で初めて修平と愛を確かめた時ですら、恥ずかしいなんて思わなかった。記憶の無い修平はそれなりに恥ずかしがっていたけど、あたしにとっては慣れ親しんだ行為。

本当に初めての時はそりゃもちろん恥ずかしかったわ。でも今となっては人が呼吸をするのと同じで、そうすることが当然だと思っている。あたしと修平は愛し合っているのだから当然よね?


「どうする? このままスルーしておくか? 見られているってのは若干落ち着かないが」


「そうね。でも、どうせならこの状況を楽しんでみるのも一つの手じゃないかしら? そして思う存分あの子たちを引っ掻き回しましょ」


「それ、後半が本音だろ」


苦笑する修平に、あたしは微笑みを返す。

いついかなる時も『今』を楽しめ――いつかの世界で修平はそうあたしに教えてくれた。だから、この世界がどんな結末で終わろうとも、あたしは『今』を楽しみ、そしてやりたいように生きると決めている。


「とりあえずしばらくの間は泳がせておきましょ。こっちが気づいていることに気づかれたらめんどくさいから、なるべく平穏を装って」


「言われなくても。しかし、尾行してくるとは思ってもみなかったな」


「修平、今日ここに来ること誰かに話したの?」


「小夏には話してる。何か言っておかないとご飯も食わずに待ち続けるようなやつだからな」


ああ、そういえば小夏はそんな子だったわね。

生粋のブラコン。別に悪い事だとは思わないし、あの子と修平が結ばれる世界に嫌悪感を抱くこともなかった。……嫉妬はしたけど。


これまで色んな世界の記憶を持っているけれど、小夏のことは知らないことが多い。一週間前のようにやたら勘が鋭い時もあれば、これといったアクションを起こすことなく世界が終わることもある。

要するに、掴みどころがあるようで無い。小夏という人間を理解するには、今持っている記憶だけでは到底足りなさそうだった。


「ねぇ修平? 小夏ってどんな子なの?」


丁度いい機会だと思い、あたしは修平に小夏のことを訊ねてみることにした。あたしの視点からじゃ分からないことも、兄である修平なら知っているだろう。


「質問が曖昧だな? まぁ……兄から見た小夏のことを知りたいってことだろ?」


あたしが頷くと、修平は顎に手を当てた。

妙に様なっているポーズで、あたしはスマホを取り出して素早く写真に収める。後で待ち受けに設定しておこうかしら。


「小夏は世界で一番可愛い妹だ」


「……舐めてんの?」


「まぁ待て冗談だ。まずはその振り上げた右手を収めてくると有難い」


あたしは言われた通りに点高く上げた右手をゆっくりと下ろしていく。腕が元の位置に戻ったのを確認した修平は安堵の息を吐いて語りだす。


「小夏って、どこか抜けているようなに見える時があるんだけど、実はかなりしっかりしてるんだよ。一度決めたことは最後までやり抜き通すことができるし、ちゃんと責任も持って行動することができる。普段の行動からはあまり想像出来ないかもしれないが、俺たちのことをよく考えてくれている」


「へぇ。なんか意外ね。でも、言われてみれば納得できるわ」


これまでの世界の記憶から、思い当たる節はいくつかある。どれだけ絶望的な状況に立たされようと、最後まで諦めずにやり抜き通そうとする心の強さには、素直に拍手を送りたくなってしまうほどだ。

しかし、修平の表情は、そんなカッコイイ妹を自慢するというよりは、少し悲しんでいるように見える。つまり、この話にはまだ続きがある。物語が常にハッピーエンドで終わるとは限らないように、この話も美談で終わることはないのだろう。


「まぁ……あれだ。それだけ言えば確かに良いように聞こえるが、あいつは自分が無理だ。もう何も出来ないって判断したら即座に諦めるところがある。取捨選択の判断が早いと言えば聞こえはいいかもしれないな」


「それはつまり、諦め癖があるってこと?」


そう訊ねると修平は首を傾げる。どうやらあたしは選ぶ言葉を間違えたらしい。


「んー、何だろうな。諦め癖ってようは、何でもかんでもすぐに諦めてしまうってことだろ? 小夏の場合は、自分の限界までやって、それで自分には無理だと判断したら即座に切り捨てるんだよ。例えそれがどんなに大切なことであろうともな」


「あたしと似たタイプの人間ってことね」


「小夏は葵雪とは違って、必要とあらば友達すらも殺すような人間じゃないけどな。まぁ、本質的な部分は似ているとは思う」


つまり、修平にとってのあたしは、躊躇わずに人を殺すような酷い女という認識なのだろう。

それを知ってて、あたしを受け入れるなんていう修平の方も随分と残酷だと思うけどね。


話している間に列はそれなりに進んでいた。

とは言っても、まだあたし達の番になるまでもう少し時間がかかる。だからあたしは、もう少しだけこの会話を続けてみることにした。


「もし、必要とあらば小夏のことを殺すって言ったら、修平はその時どうする?」


「……答える前に、まずはその考えに至った経緯を話してもらおうか?」


ゾクゾクっと、背筋に何か得体の知れないものが這い上がるような感覚が駆け抜けた。

見たこともないような恐ろしい表情であたしを睨みつける修平。その紅く染まった瞳には、静かな怒りが宿っている。

ひよりを殺したことを話した時はこんな目をしなかった。やはり、友達と血の繋がった家族とでは考えも多少なりとも変わるらしい。

修平が血の繋がりを大切にする――そんな些細なことでも、この狂った世界で生きる為には貴重な情報だ。


「簡単な話よ。小夏って妙に勘が鋭いところがあるわよね? あたしがひよりを殺した理由、忘れたとは言わせないわよ」


「ひよりと同じように気づかれためんどくさいってことか?」


「ええそうよ。どうせ終わりが見えている世界だとしても、あたしの邪魔をするようであれば修平の家族であろうと殺すわ」


大切な妹を殺された時、修平は一体どんな表情を見せてくれるのかしら? 悲しみ? それとも怒り? どんな修平であろうと大歓迎。あたしは修平の全てを知りたいのだから。


「もし仮にだ。お前が小夏を殺すと言うのであれば止めはしない。でも――覚えておけ」


研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、そして氷のように冷たい視線は、あたしの瞳を抉って脳へと突き刺さる。久しぶりに感じた死への恐怖という感情が、あたしの脳髄を掻き混ぜて狂わせる。

誰でも心に闇を抱えている。その闇を表に出すか出さないか、それはあくまでも本人の意思。だからこそ、押しとどめていたモノが溢れ出した時、それは何よりも恐ろしい殺意へと変貌する。






「――お前が小夏を殺した時、それがお前が死ぬ時だ」






真っ向から向けられた殺意にあたしは身震いした。

しかし、同時に込み上げてくる思いを例えるならばそう――遠足の前日のようなもの。あたしはきっと楽しみにしているのだ。あたし自身が修平に殺される時を――。


甘かった。あたしの認識が甘かった。

修平はあたしが思っている以上に壊れている。そして、あたし自身もまた、自分の想像している以上に狂っている。

ああ、この世界がひよりが死んだ時点でリセットされなくて本当に良かった。だって、こんなにも心踊ることなんて無い。こんなツクリモノだらけの世界でも、あたしは生きている――そう実感することができる。


「――あ、あのー……お客様?」


遠慮気味な声にあたしは我に返る。

どうやら話し込んでいるうちにあたしの順番が来ていたようだった。あたし達の会話を聞いていたのか、それとも単純に注文を早くして欲しいという気持ちからなのか、店員さんは酷く曖昧な笑顔を浮かべていた。


「修平はどれ食べる? あたしはこのツナチキンクレープにしようと思っているんだけど」


「じゃあ俺はその隣のグリルチキンクレープってやつにする」


「かしこまりましたっ! ではお作りするので隣の待機列でお待ちくださいっ!」


元気な店員さんの笑顔を背に、あたし達は隣の列に並んだ。店の回転は早く、さほど待つことなくあたし達クレープを受け取ることができた。

たまたま近くの空いていたベンチに腰を下ろし、早速クレープを食べてみることにした。


「ん。このクレープ、思った以上に美味いな。クレープは甘い物って固定概念があったけど、こういうタイプもいいもんだな」


「でしょ? でもどうせなら甘い方も食べたいから、園を一通り回ったあとにまた来ましょ」


「賛成。いちごクリームチーズクレープってやつが気になったからそれを頼もうと思ってる」


「パッと見だったからちゃんと覚えていないけど、トリプルベリークレープってのが美味しそうだったわ」


「名前からして期待度高いな。俺も食いたいから半分分けてくれよ。恋人同士でクレープの交換ってなかなか様になっていると思わないか?」


「いいわね。じゃあ早いこと食べて見て回りましょ」


傍から見れば極普通のカップル。

けど、あたし達の中を蠢く悪意は、傍から見るだけは到底分かりえない闇だった。



Another View 小夏



「……」


楽しそうに会話をしながらクレープを食べるお兄ちゃんと水ノ瀬さんを見ながら、私は手元のスマホに視線を落とした。

画面に映っているのはとある人物とのメッセージのやり取り。スクロールして読み返していると、楽しかった時間を鮮明に思い出すことができる。


これは、みんなとの楽しい思い出のはずだった。でも、今となっては私だけの思い出になっている。

水ノ瀬さんを除いた誰一人として、この楽しかった時間を覚えている人はいない。みんな忘れてしまった。ううん、忘れさせられてしまった。


「……絶対に、許さない」


誰の記憶にも、記録にも残っていない花澤さんとの(・・・・・・)メッセージ(・・・・・)を見つめながら、私は怒りのこもった低い声で呟いた。


握り潰してしまうほどの力で締め付けられたスマホがミシミシと嫌な音を立てていた。それでも、込められた力を緩めることはせず、この怒りを全身に行き渡らせるように深く息を吸い込む。

そして、スマホの画面から視線を上げ、お兄ちゃんとイチャつく水ノ瀬さんを睨みつけた。


「もう……我慢の限界……」


一週間前から耐えてきたモノが今にも爆発しそうだった。けれど、私はその衝動を堪えながら、少し先の方で小此木さんと楽しそうに会話をしている風見さんに顔を向ける。


もうこの世界は終わってしまっている。

けど、世界がリセットされることがないのは、水ノ瀬さんが風見さんの記憶から花澤さんの存在を消してしまっているから。仲間内で死者が出ていることに気づいていない。そのせいで、壊れた世界は今も尚回り続けている。


風見さんが私たちのうちの誰かの死を認識しない限りはこの世界は続いていく。でも、私は早くこの世界を終わりにさせて欲しかった。

みんなから忘れられてしまった花澤さんの為にも。そして何より、私の為に。だから早急に動く必要がある。


「――風見さんの目の前で私が水ノ瀬さんを殺す。そして、世界をリセットするために力を使ってもらう」


人を殺すなんてやったことがないけれど、早急に終わらせるためにはこの方法を選ぶしかない。

風見さんの精神がやられないという保証はないけれど、これまでたくさんの世界の結末を見てきて、まだそうやって笑っていられるのならば、きっと大丈夫なはず。


「でも一応、私が水ノ瀬さんを殺すのに失敗した時の保険をかけておかないと」


風見さんから視線を移し、遠くで笑う大好きなお兄ちゃんを見つめる。


「お兄ちゃんならきっとやってくれる。私が水ノ瀬さんに殺されたその時は、仇を取ってくれる。だから――躊躇う必要も、不安になる必要も無い」


スマホを操作して水ノ瀬さんとのメッセージ画面を開いた。そこに手早くメッセージを入力し、躊躇うことなく送信ボタンをタップした。

ポケットにスマホをしまい、私は風見さんと小此木さんにバレないように移動を始める。今晩の為に、色々と準備をしておかなければならない。


「これまでの世界、ずっと我慢し続けて来たんだ。一回くらい暴れたって構わないよね? だって、この世界はもう――終わっているんだから」


私の呟きはちょうど吹いてきた風に流されて消えていく。くすっと、小さな笑いを残して、私は動物園を後にした。



to be continued

心音です、こんばんは。

さぁさぁさぁ、ヤバい方向へどんどんと加速していきますね。この夢は一体、どんな結末を迎えるのでしょうか?

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