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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Ayuki
80/166

第79話『心に生まれたモノ』

「……なんか、最悪な休日になっちまったな」


風巡丘で偶然にも女の子の死体を見つけてしまった俺たちはすぐに警察に電話し、事情聴取やらなんやらの取り調べを受けた。

警察署から出た時にはもう日が沈みかけていて、キャンプをしていた川辺に戻った頃にはすっかり夜の帳が降りていた。


料理を作る気には到底なれず、コンビニで買ったおにぎりやらサンドイッチやらを各々摘んでいる。

昨日は心地よく感じていた川の流れる音は、ただただ憂鬱で、味がほとんどしない食事のペースはやがて止まってしまう。


まだおにぎりの半分も食べ終わってはいない。死体を見てしまったのが、思った以上に精神にダメージを与えているようだった。

巡と椛も俺と同じで手が止まっている。これ以上食べれる気はせず、食べかけのおにぎりを小夏に差し出した。


「……くれるの? なら遠慮なく頂くよ」


小夏は俺の手からおにぎりを取ると、そのままもぐもぐと食べ始める。それを見た巡も俺と同じように小夏にサンドイッチを差し出す。


「……食欲が無いのは分かりますけど、これくらいは食べておいた方がいいですよ。お兄ちゃんもね」


とは言いつつも、しっかりと受け取るあたり、小夏らしいと言えばらしかった。

両手に食べ物を持って頬張る姿はリスのようで、やつれた精神にほんの少しだけ癒しを与えてくれた。おかげで心に余裕を持つことができ、溜め込んでいたものをため息で吐き出した。


「だいぶ落ち着いてきたみたいね、修平。そこのリスのおかげで」


「……ちょっと水ノ瀬さん? もぐもぐ、それって私のこと言ってますか? もぐもぐ」


「他に誰がいるってのよ。というより、そんなに焦って食べていたら喉詰まらせるわよ」


言いながら葵雪は小夏にペットボトルを差し出す。

そのペットボトルと葵雪の顔を交互に眺め、小夏はきょとんと首を傾げる。


「……えっ? 振りですか? 嫌ですよわざとやるなんて。あれ結構苦しいんですからね? 葵雪さんはウキウキ気分でガムを噛みながらスキップして、曲がり角から飛び出してきた子どもとぶつかるのを回避するためにバク転して、噛んでいたガムを喉に詰まらせたことはありますか?」


「……そんな特殊な状況に陥ったことはないわ」


他にも言いたいことが山ほどあるだろうに、葵雪は話の腰を折らないためにも余計なことは言わず、それだけ言葉を返す。

しかし、心に閉まった言葉の数々をぶちまけたい気持ちは確かにあるらしく、唇を噛んでその衝動をグッと堪えていた。


「はっきり言って……死ぬかと思いました。あの時、お兄ちゃんが私の背中に回し蹴りをしてくれなければ、今頃私はここにいなかったかもしれません」


「あー……そういやそんなこともあったな。あの時は流石の俺も少しばかり焦ったから手段を選んでいる暇はなかった」


確かあの時は……回し蹴りか踵落としの二択だった。

背中を叩いてあげるとか、咳をさせてあげるとか、そんな優しい手段は思いつかず、如何に早く取り出すかをコンマ一秒で考えた結果、回し蹴りに決めたのだ。


「……いや、例えそうだとしてもよ? 実の妹に回し蹴りはキメないでしょ……? 普通」


「それをキメるのがお兄ちゃんクオリティなんです」


そんなクオリティは嫌だ。

そう抗議の声を上げようとしたその時、隣の方から笑い声が聞こえてきた。見ると、さっきまでずっと黙りっぱなしだった巡と椛が笑顔を浮かべている。


「……ふふっ、なんか三人のこと見てたら元気になってきたよ。見てしまったものは仕方ない。そう割り切らないとね」


最後にそう付け加えるあたり、俺と同じで完全に割り切れているわけでは無いようだった。

そもそも刺殺体なんて一生に一度見る方が稀だ。出来ることなら見たくなんてない。

この分だと、表面上はいつも通りの俺を装うことが出来ても、内心では憂鬱な日が続きそうだ。


パチパチと薪が燃える音が続くだけの時間。

無言の時間は嫌いではないが、今は誰かと何かを話していたい気分だった。


「……」


実はというと、女の子の死体を見つけた後から俺は妙な感覚に悩まされていた。

それは針で空けたような小さな記憶の違和感。気にさえしなければすぐにでも忘れてしまいそうなことなのに、どうしても無視することができない。

違和感の正体が掴めないのが今の現状。いっそのことこのまま忘れてしまった方がいいのではないか。そんなことすら思ってしまう。


「……はぁぁ……」


先程とは違う意味のため息を盛大に吐き出した。

こんな時、***がいてくれたら、悩んでいる俺の姿を見てどんな声を掛けてくれる――


「…………………え?」


思考回路がフリーズした。

俺は今……誰のことを思い浮かべた?


「……っ」


多分俺のその行動はほとんど無意識だったと思う。

突然慌てた様子でこの場にいる全員の顔を見渡す俺を見て、みんなは揃って驚きの表情を浮かべていた。


「ど、どうしたのかな、修平くん? なんかすごい顔してるんだよ……?」


椛が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

俺を見つめる椛の瞳は水面のように揺らいでいて、心配の中に不安の色も見えた。

心配するなと声をかけてあげるべき。なのに喉がカラカラと渇いて言葉が声にならず口篭ってしまう。


「修平? 本当にどうしたのよ。何か変なものでも食べた?」


「……それだとお兄ちゃんが食べてたおにぎりを食べた私もヤバくないですか?」


「……ち、違う。そんなことはどうでもいい」


「そんなこと!!? 私の身体の心配はどうでもいいって言うの!?」


「小夏ちゃんが塩を振った青菜みたいに萎んでくね」


巡たちは小夏をネタに会話を咲かせ始めるが、俺の耳にはみんなの楽しげな声は届いていなかった。

深い闇の底へ沈んでいくような感覚。しかし意識だけは決して手放してはならない。何処までも続く記憶の闇の中を進んでいく。


進んでいくうちに、一人の人物像が浮かび上がってきた。

その子はいつも明るく笑っていて、たくさんの元気を振り撒いていて、周りのみんなを笑顔にしてくれる優しい女の子。俺は――その子にいつも助けられていたような気がする。




『――修平さんっ!』




助けられていた――でも、これはきっと……この世界の記憶では無い。

ここが葵雪の為の世界ならば、俺はその子の為の世界を経験している。その世界で俺はその子に助けられ、同じ数だけ俺も助けてきた。




『――ちゃんと……***を女の子にして、くださいね?』




そして俺はその子――***と恋人同士だった。

記憶に無い記憶の中で、俺たちは出会い、そして同じ時間を過ごした。




『――***は今、とっても幸せです』


『――もっと……もっとしてください修平。***が満足するまでやめないで……』


『***はもう独りぼっちじゃない。修平が側にいてくれる』




この世界で俺と***は他の誰よりも通じあっていた。言葉では表せないほどの幸せに満たされ、それが永遠に続くものだと信じていた。




『嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!』




でもそれは儚い夢だから、永遠に続くはずはなく呆気なく終わりを迎えた。

終わりと言っても、それは恋人としての関係が終わったわけではない。運命が俺たちの関係を死によって粉々に打ち砕き、あるべき形を失くした世界をリセットした。


「……ああ、そうか。これも世界の秘密の一つなのか」


小さな呟きが夜の闇に溶けて消えゆく。

この繰り返す世界は葵雪だけの世界ではない。他の誰かのための世界も存在するのだろう。ならきっと、ここにいる葵雪以外の誰かと付き合っている世界もあったのかもしれない。


「……」


楽しげにみんなと会話をする葵雪。浮かべている笑顔は本物なのだろうか? 複雑な気持ちがモヤとなって胸の中を煤のように黒く染めていく。

葵雪は別の世界の記憶を持っている。それはつまり、俺に抱いている想いも消えずに在るということ。俺が他の誰かと付き合うのをずっと見続けてきた。それがどれほど葵雪の心を傷つけていたのか、俺には想像することができない。


「……修平?」


ふと、葵雪と目が合った。

その瞬間、俺はようやくあの日……初めて風巡丘で葵雪と会った日、葵雪が涙を流していた理由を理解した。


あの時の葵雪は、悲しくて……ただ、悲しくて泣いていたのだ。忘れ去られた俺自身の想いがナイフのように胸を抉り、哀しみが雨のように降り注ぐ。どうしようもない現実だから、それは仕方ないだと自分に言い聞かせることしか出来やしない。


ああ……思えば昨日の段階で気づくべきだった。

これまでの世界の話をしてくれた時、葵雪は言っていたじゃないか。


『この世界は修平が誰とも結ばれなかった――恋人同士になることがなかった世界の話だから』


あのときは特に気にすることはなかったけれど、改めて考えてみれば自分以外の誰かと付き合っている世界があったと言っているようなものだ。

目尻が熱くなってくる。溢れてくるものは抑え切れそうになかった。


「……え? 修平? どうして泣いてるのよ……」


「……なぁ、葵雪。俺はお前の恋人でいる資格はあるのか?」


そう訊ねると、葵雪は本気で驚いたようで、表に出そうになった動揺を押し殺し、平穏を装って言葉を返す。


「……まさかそこまで気づいちゃうとはね。流石は修平と言ったところかしら」


全てを察した葵雪は俺の手を引いて無理矢理立たせる。そして顔を耳元まで近づけてきて、他の人には聞こえないような小さな声で囁いた。


「ここじゃ場所が悪いわ。少し移動しましょう」


黙って頷くと、葵雪はみんなの方へ振り返る。

ふわりと舞った雪のような髪が元の位置に戻ると、先程から変わらない表情で俺を心配する椛が目に入る。


「修平くん……」


もしかしたら椛と恋人になっていた世界もあるのかもしれない。そう考えると目を合わせていることができず、俺はそっと視線を逸らした。


「みんなごめんね。あたしと修平はちょっとその辺を歩いてくるわ」


「……ごゆっくり」


葵雪の言葉に答えたのは小夏だけだった。


「さぁ、行きましょう、修平」


俺と葵雪はみんなに背を向けて歩き始める。

三つの視線が背中に集まるのを感じたが、振り返ることはできなかった。


暗い森を俺たちは無言のまま進んでいく。

いっそこのまま静寂に包まれていてもよかった。けど、俺は気づいてしまったからそれは許されない。


足音が一つ消える。葵雪が歩みを止めたからだ。

一歩先に進んだところで振り返ると、葵雪はサッと髪を掻きあげ、腰の辺りに手を当てた。


「――それで、どこまで気づいたのかしら?」


葵雪はそれ以上自分の口から何かを言うつもりは無いらしく、口を閉ざしてジッと俺を見つめる。


「……全ての世界で俺たちは恋人だったわけではない。そうだろ?」


「続けて」


「ここは葵雪の為の世界。俺が葵雪と結ばれる世界。なら、別の誰かと結ばれる世界もあったはずだ。つまり、俺はお前だけを好きになったわけではない。そんな俺が今こうしてお前と付き合う資格はあるのか?」


「……なるほどね。言いたいことは分かったわ」


近くの木に背中を預け、葵雪は言葉を続ける。


「資格がどうとか、あたしにとっては正直どうでもいいわ。今こうして修平と一緒にいられることが、あたしにとっての幸せなのよ」


「それが本当なら俺のことを殺したりはしないと思うんだがな」


「……それを言われると痛いわね」


苦笑しながら葵雪は地面に視線を落とした。

そのせいで表情が伺えなくなったが、俺は気にせずに言葉を続ける。


「俺さ、ずっと考えていたんだよ。どうして葵雪は俺のことを殺したりしたんだろうって。それが今になって分かった。幸せを永遠のものにしたかったんだろ? 考えられる限りで一番歪んだやり方だと思うがな」


「ええそうよ。その通り。でも、結局世界はリセットされてしまったから、修平を殺した意味すらもリセットされた」


世界がリセットされれば記憶もまた同じ。

葵雪は何らかの方法で記憶を保っているのだろうが、俺は違う。そこで何か約束をしようとも、何もかも無かったことにされてしまう。


「さて、資格の話に戻ろう。俺は……世界が変わるたびに別の子に惹かれるクソ野郎だ。今まで葵雪をどれだけ苦しめてきたのか分からない。そして――」


これから口にしようとしていることはあくまでも仮説だ。確証があるわけでない。だけど、俺はこの考えが間違っているとは思わない。






「一人が欠けてしまった以上、この世界はまたリセットされる――希望もない状況でまだ恋人という関係を続ける必要はあるのか?」






「……!!?」


葵雪は目を見開いて俺を見ていた。

それが全ての答え。俺の仮説が――朝発見した女の子は俺たちのグループの一員だったということが間違っていなかったという証明だった。でもそうなると、新たなる疑問が浮かび上がってくる。


「なんで世界はリセットされていない? 俺たちの中の誰かが死んだら繰り返す仕組みなんじゃなかったのか?」


「……そうね。あたしが知りたいのは、繰り返さないで現状を維持している理由よ。というか、今はその事はどうでもいいわ」


寄りかかっていた木から背中を離し、葵雪は俺の正面に立つ。

俺よりは小さいが、女子の中ではそれなりに背が高い方の葵雪。目線の高さは似たようなもので……キスをするのにはちょうどいい身長差だった。


「あたしはこの関係を続けたいと思っているわ。修平がどう思おうと、あたしが修平のことを好きだという事実は変わらない。だから――選ぶのは修平よ」


「葵雪が続けたいと願うのなら、俺の答えも決まっている」


言いながら俺は葵雪の頬に触れた。

いろんな世界で、たくさんの女の子と恋をして、俺は本当に最低な人間だと思う。でも、俺がこの世界で好きになった女の子は目の前にいる葵雪だ。その葵雪がこれまで通りの恋人関係を望むのなら、俺はそれに応えたい。


「俺のこの想いが虚構だとしても、この世界で俺が愛しているのは葵雪ただ一人だから続けよう。綻びだらけのこの関係を」


そうして俺は目の前の葵雪に口付けをした。

これは契約だ。この世界の秘密を暴く為の契約。契約をきちんとした形にするためにも、まずは手始めに葵雪にやってもらわなければならないことがある。


「今朝失くした俺の記憶を元に戻してくれないか?」


「……へぇ? どうしてあたしが消したと思ったのかしら」


「単純な話、みんなが忘れていて、お前だけが覚えているからだ。どんなカラクリを使ったんだ?」


かなり短縮して説明したが、葵雪にはきちんと伝わったようで納得したように頷いた。


「今まで二一度たりとも、消した記憶が蘇ってくることはなかった。記憶を消しても、既視感は残る――そういうことなのかしらね?」


「前置きはもういい。俺の記憶を戻して、何をしたか教えてくれ」


厳しい視線を送ると、葵雪はやれやれと首を振る。


「簡単なことよ。この世界が何らかの方法で繰り返すように、あたしには対象の記憶を操作する力があるの。消したり、戻したり、そして――書き換えることだってできる」


「今回は消したと言うよりは――書き換えた感じか」


「そうね。だから戻してあげるわ。ひよりの記憶(・・・・・・)をね」


「……っ!!?」


脳天をハンマーでぶち抜かれたような衝撃が走った。失われたモノが――ひよりの記憶が完全な形として蘇ってくる。


「……ありがとう」


「別にお礼を言われるようなことじゃないわ」


書き変わっていた記憶は取り戻した。

それによって自分の心に何らかの変化があるかもしれないと考えていたが、自分が思っている以上に何ともなかった。


どくん――。心臓が大きく高鳴った。

心臓が鼓動する度に、黒いモノが溢れ出す。


ああ……変化は、あったのかもしれない。

多分これは良くないものだ。良くないものだけど、これはこれで悪くない。


「――ようこそ、修平。こちら側の世界へ」


黒い感情に満たされていく俺に、葵雪は笑ってそう告げるのだった。



to be continued

心音です、こんばんは。

かなり危険な展開になってきましたね。壊れている二人が最後に何をするのか、最後のその瞬間まで見届けて頂けると幸いです。

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