第75話『呆気ない幕引き』
「……」
歩き慣れていない森の中を無言で進んでいた。
アスファルトの道ならばともかく、森の中となると一歩進む度に草を踏み付ける音や小枝が折れる音が嫌でも辺りに反響してしまう。
「……お兄ちゃん。そろそろゲームスタートの時間になるよ」
「了解。椛、こっちであってるんだよな?」
「この辺りはわたし達にとっては庭のような場所だからね〜。間違いないんだよ〜」
くじ引きの結果、俺は小夏と椛と同じチームになることができた。他のメンツがどうだかは知らないが、運動神経バツグンの小夏がチームにいるだけで心強い。
こっちのチームのリーダーは俺。相手チームはひよりがリーダーになっている。体力面は未知数だが、知能面では互角と言ってもいい。最も注意するべきは葵雪だろう。
そんな俺たちが今向かっている場所はゲーム範囲ギリギリの川沿い。背後からの奇襲を避けつつ、水の補充がしやすいという意味合いで選んだ。
移動の際に、こちらの向かう場所を相手チームに察せられないようにわざわざ遠回りしているのだが、思った以上に時間が掛かってしまっている。警戒するに越したことはないが、時間の調整は完全にミスってしまった。
まぁでも、流石にスタート同時に奇襲を掛けられる心配は無いはずだ。ひより達が何処に向かったのかは分からないが、少なくともつけられてはいない。今はまだ安心していてもいいと判断できる。
「ところで修平くん? どのクリア条件を満たすつもりでいるのかな〜?」
「ひよりの紙風船を壊すのが手っ取り早いが、折角こんな良い位置を陣取ってるんだ。俺たちはあまりこの場から離れずに臨機応変に対応していけばいい。そしてやれる限りのことをやるだけだ。……そろそろ時間だな。二人とも、気を引き締めろよ」
集中して耳を澄ませば聞こえてくる風に揺られる草木の音や、川をゆったりと流れる水の音。自然の中にいることを実感できる心地の良い時間だ。
けれど、俺たちが今やっているのは白黒はっきりと付けなければならない戦争。気を抜くことは許されない。
「……」
あ、そうだ。夜になったら葵雪と一緒に散歩するのは悪くないかもしれないな。椛が気を使って二人きりにしてくれる的なことを言っていたが、そんなことをせずとも二人きりの楽しみ方なんて探せばいくらでもある。
まぁでも、好意を無下にするようなことはしたくないから、場合によってはお言葉に甘えさせてもらうのだろう。
夕飯を食ってから二人きりで夜の森の中を散歩。川辺で寄り添うように座って愛を語るのも悪くないかもしれない。
葵雪はわりとガツガツくるタイプだから、それなりのムードが出せればその後の展開は大いに期待できる。
「……ふと思ったんだけど〜、ひよりちゃん達も迎え撃つ作戦だったらずっと並行戦のままなんじゃないかな」
今夜の予定を頭に思い浮かべていると、椛が小さな声で話しかけてきた。
「ひよりの性格を考えてみろ。痺れを切らせて自ら行動を始めてくれる。俺たちはただ待ち続ければいい」
30分くらいしたら姿を見せてくれると予想している。
あっちのチームには葵雪がいるから意地の悪い策を立てて凸ってくる可能性が高い。注意するに越したことはないだろう。
「なら私は痺れを切らした花澤さんの為にトラップ仕掛けておこうかな? それくらい構わないよね」
しかし、こちらにも意地の悪い奴はいる。可愛い顔して考えることは悪魔よりもタチが悪い。
この手のゲームをする時に小夏がいれば基本的に敗北は無く、悪魔的思考で敵を圧倒して敗北の恐怖をその身に叩き込む。我が妹ながら恐ろしい子よ……。
「……お兄ちゃん? なんかとてつもなく失礼なことを考えてない?」
「いやそんなこと無いぞ?」
他に何か言いたそうな目で俺を見る小夏だったが、さりげなく視線を逸らしてやり過ごすことに決めた。
数秒の間、無言の視線の針がチクチクと突き刺さっていたが、それもため息と共に消え去る。
「……まぁいいや。とりあえずその辺にトラップ仕掛けてメッセージで配置図送るね」
予めマッピングしていたのだろう。スマホを開いて地形を確認しつつ、小夏は森の奥の方へ消えて行った。
椛はそんな小夏を無言で見送り、完全に姿が見えなくなったところで俺の方へ振り返ると、何か言いたそうに口元を動かす。
そんな椛の姿を見て、俺は何となしに椛が何を聞きたいのか分かってしまった。
「椛、ちょっと向こう向いててくれないか?」
「? 了解なんだよ〜?」
椛が背を向けたところで俺は数歩下がってしゃがみ込み、素早く作業を終えてからまた数歩下がって椛を呼ぶ。
「もういいぞ。ちょっとこっちに来てくれ」
「準備できたの〜?」
椛は何の疑念も抱かずにこちらに歩み寄ってくる。これから自分の身に何かが起こるなんて想像もしていないと一瞬で分かるほんわかとした笑顔。
こんな純粋な子を陥れるのは心が痛んでしまうが、致し方ない。自然の恐ろしさをその身をもって存分に味わってもらうことにしよう。
「――――!!?」
何の前触れもなく椛の体が傾いた。
予めこうなることを予期していた俺は、バランス感覚を完全に失った椛を優しく受け止める。これで頭に付けている紙風船が割れたら洒落にならん。
「見事に掛かってくれたな。大丈夫か?」
「だ、大丈夫なんだよ……。そ、それより今わたしに何をしたんだよ?」
「コケさせた。これだよこれ。見てみ」
椛の体を抱えたまま俺は視線を誘導させる。
椛は俺が指を指す地面をジッと見つめ、やがてそのトラップに気づいたらしく「あっ」と、声を上げた。
仕掛けは至って簡易的なもの。草の先端を結び合わせ、通った人の足を引っ掛けさせるだけの古典的なトラップ。
古典的だからこそ気づかれにくいというメリットがあり、こういった自然の中で不意打ちを仕掛けるにはもってこいのトラップだったりするのだが、もちろんデメリットも存在する。
「このトラップ、全力で走ってこられたら、もし足が引っかかったとしても引きちぎられちゃうんじゃないかな〜?」
そう。椛の言う通りなのだ。
このトラップの欠点は耐久面。ゆっくりと来る獲物は容易に捕らえることができるのだが、それなりに速度を出されると簡単に千切れてしまい、何の効力も発揮してくれない。
「そう。だからこのトラップは掛かってくれたらいいな程度のものだ。運が良ければコケた時に紙風船が割れてくれるかもしれない。そうじゃなくても不自然な音が鳴るから場所を察知できる」
「なるほどなんだよ〜」
納得したように頷く椛。
思えば椛のことを抱きしめたままだった。椛自身そこまで気にしていないようだから、俺も気にしていなかったのだが、よくよく考えるとこの光景を他の誰かに見られたらまずいのではないだろうか……?
「……うわぁ。不倫現場に遭遇しちゃったよ」
背筋に冷たい汗が流れた。
ぎこちない動きで声が聞こえてきた方へ振り返ると、ゴミを見るような冷たい視線を俺に送る小夏が視界に入る。
紅い瞳からは感情が抜け落ち、ガラス玉のような瞳から俺に向けられるその眼差しに、兄を尊敬するといったものは一切無い。どうやら俺の兄としての威厳はここまでのようだが、一応弁解だけはさせてもらうことにしよう。
「聞いてくれ小夏。これは違うんだ」
「不倫する人ってみんなそう言うよね」
すがる藁すら無いようだった。
しかし今は協力しなければならない状況。仲間割れをしてしまえば俺達の負けが確定してしまう。
だから俺は頼みの綱である椛に期待の眼差しを向けた。この場を挽回できるのは椛以外にはいない。
「……ぽっ」
「え。ちょっと待ってガチなのお兄ちゃん」
「誤解だ!! 椛もこんな時にそんな冗談はやめてくれないか!?」
ここでまさかの裏切りが発生。小夏の俺を見る目は、もはや口にすら出したくないほどのものに変わっていた。
「……」
小夏は無言でスマホを取り出してこちらに向ける。
カシャ。と、無機質な機械音が鳴った。それはまさしく絶望のメロディー。溢れ出る冷や汗は限界量を超えていた。
いつしか森の木々を優しく揺らしていた風も、小鳥たちの歌声も止んでいた。
背中を押してくれるものは無い。諦めろ――そう言われているようだった。
無言のまま小夏はスマホの画面を向けてくる。
あとワンタップすれば、グループメッセージに俺の不倫現場を収めた絶望的な写真が送信されてしまう。
なんとしても阻止せねばならない。
だが、完全に面白がっている椛は俺にしがみついたまま離れようとしてくれない。無理矢理振り払うようなことを俺がしないと分かっているからこその意地の悪い行動。
「……」
社会的に死ぬか、信頼を裏切ってスマホを奪うか――究極の二択。どちらを選んでも俺の株は右肩下がりになってしまう。
水鉄砲を握る右手だけは自由にしてくれているのが唯一の救いと言ってもいいかもしれない。
だから俺は――第三の選択肢を選ぶことにした。
「――伏せろ」
そのたった一言で全てを察した小夏は俺の言う通りにその場にしゃがみ込み、椛は普段からは想像もつかない機敏な動き体勢を低く保ちながら近くの木の影に身を潜めた。
そして俺がほんの少しだけ体を逸らすのと同じタイミングで直線状の水が真横を通り抜けた。
「嘘!? どういう反応速度してるんですか!?」
不意打ちの一撃を回避されるとは想像もしていなかったひよりは、こちらの反撃を恐れてすぐさま木の裏に身を潜めた。
「……」
その僅かな時間で俺は頭を動かす。ひよりが単体で強襲してくることは無いはずだ。近くに葵雪と巡もきっといる。
全神経を集中させて周囲を探る。微かな物音すらも逃がすつもりはない。
「……お兄ちゃん。もしかしたら仕掛けたトラップの位置を全て把握されているかも」
「ひよりがこんなに接近している時点でそれは確定だろうな。葵雪か巡のどちらかがトラップの位置をひよりに教えたんだ」
「見られていた……? でもそんな気配は感じなかったんだよね」
木の後ろに隠れているひよりに注意を向けながら小夏と共に頭を捻る。考えられる可能性は二つ。一つは今言った通りトラップを仕掛けている姿を見られている可能性。
でもそれだと疑問が浮かび上がってくる。どうして隙の多くなっているその瞬間を狙わなかったのか――当然の疑問だ。俺が敵と同じ立場ならばこんな絶好の機会を逃すことなんて絶対にしない。
「修平くん。小夏ちゃん。どうするのかな?」
そして二つ目の可能性。
ひよりを囮にし、俺たちの意識がひよりに向いている隙に囲んでいるという可能性――。トラップに引っ掛からない理由が分からないのが一番タチが悪い。
なんらかの手段を使っているのか、それともただ単に運がいいだけなのか。
囲まれていると分かった時点で俺たちは背中合わせになって強襲に備える。服越しに伝わってくる女の子の感触とか、そんな色っぽいことを考えている余裕は無かった。
おそらく、あと数分もしないうちに戦いに決着がつくだろう。張り詰めた空気がそれを予見していた。
「……こうなるとあれだな。三人でひよりを狙って一つ目のクリア条件を達成するのがベストな気がする」
ひよりはずっと動かずに身を潜めている。
10m離れているかいないかといった距離だ。今一斉に襲いかかれば三秒も経たないうちにひよりを倒すことは可能。ならば――殺られる前に殺るしかない。
「……待てよ」
踏み出しかけた足を押しとどめる。
考えすぎかもしれないが、もしこれがひより達の作戦だったとしたら? 小夏が無数に配置しているトラップを奇跡的に潜り抜けたのは運もあるが、ひよりが通った道を使ったのだとすればトラップに掛かる可能性は極端に減る。
「待ち伏せされているかもしれない。小夏、椛。この陣形を維持したまま一旦後ろに後退するぞ」
亀のように鈍い動きで下がっていく。
なるべく音を立てないように歩いているつもりだが、草を踏む音がやたら大きく聞こえる。
「……小夏。こっち側にトラップは?」
「仕掛けてないよ」
「了解。なら、せーので走るぞ。……せーの!!」
陣形を崩して俺たちは一切に走り出す。
水鉄砲の射程圏内からは外れているから背を向けて走っても問題は無い。
俺たちが走り始めたすぐ後から三人分の足音が追ってくる。やはり、ひよりはあくまでも囮で、本命はひよりのすぐ近くに待機していたのだ。
「逃げるなんて卑怯ですよーっ!! 止まってくださいですーっ!!」
「止まれと言われて止まるバカがいるかぁぁぁあああ!!」
一昔前の刑事ドラマの真似事をしながら川辺に沿って全速力で駆ける。
しばらく逃走劇が続きのだと思っていたのだが、すぐに追ってきていたはずの足音が消える。俺たちは更に少し進んだところで立ち止まって振り返るも、そこにひより達の姿はない。
「あ、そだそだ〜。言い忘れていたんだけど、巡ちゃんと葵雪ちゃんは運動が大の苦手なんだよ〜」
「その情報はもうちょい早く欲しかったんだが……」
盛大にため息を吐く。
無駄に体力を使ってしまった感しかない。
「てことは……今向こうの体力はだいぶ奪われているってことだよね? 戻ったら普通に策無しで勝てるんじゃないかな?」
「かもな。ピンピンしてるのはひよりくらいなんじゃ」
「あ、わたしはまだまだ体力に余裕があるからやるならやるよ〜」
「へぇ。椛って何かやってたのか?」
時間が無駄だということで、警戒をしつつ来た道を引き返していく。
「こう見えて元陸上部なんだよ〜。現役の時ほどじゃないけど、体力は自信があるんだよ〜。二人も随分と体力があるみたいだね〜」
「あれ? 話してませんでしたっけ……あ、話してないか。私とお兄ちゃんは前の学校でバスケ部だったんですよ」
……? 何やら含みのある言い方だったが気にしなくてもいいか。
「――あ、ストップ。見つけた」
すかさずその場にしゃがみ込んで前を見つめる。
椛の言う通り、巡と葵雪は体力が無いらしく、ひよりに看病されていた。
「……ものすっごく、呆気ない幕引きになりそうだね」
「まぁ……わたしは何となくこうなるんじゃないかなって思っていたんだよ〜」
椛は笑いながら水鉄砲を構える。
狙うのは必死に看病していて俺たちの存在に全く気づいていないひより一択だった。
「……」
俺は水鉄砲を構えながらふと考えた。
このゲームをやったいつかの世界では、こんな呆気ない幕引きをしたのだろうかと。
思い出せない自分をもどかしく思いながら、俺たちは水鉄砲をひよりに向けて放つのだった。
to be continued
心音ですこんばんは!
ぶっちゃけて言います!今回の話はつまらないです!!←書いたのはお前だ。
あくまでも今回の話は繋ぎでしたので、物語は次回大きく動き出します。なので次回の話はいつものように上げて下げるパターンになるか、下げて下げるパターンにになると思われます!




