第72話『不可解なこと』
「――ここが葵雪ちゃんの家だよ〜」
椛に案内してもらい、俺たち三人は学校帰りに葵雪の家にお見舞いに来ていた。
巡のお見舞いにも行きたかったのだが、連絡がつかない上に頼みの綱の椛が家の場所が分からないということで今回は無しという話になっていた。
「葵雪さんの家ってやっぱりここだったんですね。水ノ瀬って苗字、どこかで見たことがあると思っていたんですよ」
葵雪の家は食堂をやっているらしく、家の前について真っ先に出迎えてくれたのは『水ノ瀬食堂』と書かれた木製の看板だった。
葵雪の家が食堂を経営していることを知らなかったから素直に驚いていた。引越し初日にこの場所を見つけていたらここで飯を食っていたんだろうなぁと思いながら、俺は隣でやたらとうきうきしているひよりに話しかける。
「ここって結構有名なのか?」
「まぁひより達の町で唯一の食堂ですからね。この町で暮らしている人なら全員知っていると思いますよ。ああ……今日の夕飯はここで済ませちゃおうかな」
口元に人差し指を当て、目をキラキラと輝かせているひより。その様子を見るに味の評判も良さそうだし、寝込んでいる小夏には悪いが、お見舞いついでに飯を済ませてしまうのもありかもしれない。
「椛も来たことあるん?」
「そりゃあるよ〜。葵雪ちゃんの家で遊ぶとね、ご飯は必然的にここで食べることになるんだよ〜。メニュー全部を友達価格の半額で食べられるのも魅力的なところだね〜」
「半額。素晴らしいワードだな」
美味しいご飯が半額で食えるのはデカい。
さて、飯のことも大事だが本来の目的を忘れてはいけない。今俺たちがここに来たのは飯を食うためではなく、葵雪のお見舞いのためだ。
インターホンが見つからなかったからと、食堂の入り口から入らせてもらうことにする。
木製のドアを開けると、食欲をそそるいい匂いが俺たちを出迎えてくれた。夕飯の時間には少しズレているからなのか客の数はまちまちで、暇を持て余していた葵雪のお母さんらしき女性が俺たちに気づいてこちらにやってきた。
「あら、椛ちゃんじゃない。そっちの子は……よく食べに来てくれるわね。あなたは……」
葵雪のお母さんは俺の瞳を見据えたまま固まる。俺という存在を測りかねているのかもしれない。必然的に見つめ合う形になり、俺は暇つぶしに葵雪のお母さんの観察をすることにした。
やはり家族は遺伝するのだろう。葵雪と同じ綺麗なアメジスト色の瞳、雪のように白くて長い髪の毛。そこだけ見れば葵雪と瓜二つだが、その身に纏う雰囲気が二人の区別を付けているような気がする。
葵雪が冷静で何もかもしっかりとやり遂げるタイプなら、この人は自分に出来る限りのことを全力でやるタイプだと俺は予想する。
「……」
……話したことの無い人にそんなピンポイント印象を抱くのは何かがおかしいとは思う。
まるで見てきたものをそのまま口にしているような感覚がしていた。そんなこと絶対にありえないはずなのに。
「美雪さん、こちらは深凪 修平くんだよ〜。二日くらい前にこの町に引っ越してきたんだよ〜。そしてなんと〜、修平くんは葵雪ちゃんの彼氏さんなんだよ〜」
「ちょ、椛!?」
俺から言うならともかく、なぜお前が曝露する!?
もうちょい段階を踏んで説明していく予定だったのに何もかも台無しになってしまった。
「ああ! あなたが葵雪の言っていた修平さんなのね! こんな形での挨拶になってごめんなさいね? 私は水ノ瀬 美雪。葵雪の母をやってます」
「あ、は、はい。改めまして深凪 修平です。その、知っての通り娘さんとお付き合いしています」
「そんなに畏まらなくていいわよ! 葵雪があなたのことをやけに楽しそうに話すもんだから会うのを楽しみにしていたの」
葵雪……親に俺のことを話していたのか。
なんだかこそばゆい気持ちになってくる。俺のいないところで自慢していたんだなぁと思うと、嬉しい反面恥ずかしい。果たして美雪さんにどこまで知られてしまっているのだろうか?
「と、いけないいけない。今日は葵雪のお見舞いに来てくれたのよね? ならそこの階段を上がってすぐのところに部屋があるわ」
「了解です。あ、ところで葵雪は食欲あります? 林檎買ってきたんですけど食べられますかね?」
「多分食べられるんじゃないかしら? ナイフ渡しておくから食べられそうなら切ってあげて」
美雪さんは厨房の方へ戻り、果物ナイフを取ってきてくれる。お礼を言ってそれを受け取り、俺たちは二階へと向かうことにした。
仄暗い階段。歩く度に木の軋む音が響く。昔ながらの家にはありがちなことだが、慣れていないと音の一つ一つがただただ不気味だ。
「椛、葵雪の部屋はここであってるか?」
「そうそう。そこであってるんだよ〜」
「おけおけ」
部屋の前で立ち止まり、ドアをノックする。
メッセージでお見舞いに行くことは伝えてあるが、寝ている可能性もある。もしそうなら残念だが林檎だけ置いて撤収させてもらうことにしよう。
『はいー?』
そんな心配もつかの間。部屋からわりかし元気そうな葵雪の声が聞こえてきて俺は胸を撫で下ろす。
葵雪の元気そうな声を聞けたからというのもあるが、葵雪の姿を見れる喜びの方が遥かに勝っており、病人には失礼だがテンションが上がっていた。
恋人が風邪で倒れて看病するシチュエーション。男なら一度は夢見るシチュエーションの一つと言っても過言ではないはずだ。無論、役が逆でも構わない。
「俺だー。お見舞いに来たぞー。椛とひよりもいるぞー」
『……え? あ、入ってきていいわよ?』
なんか一瞬間があったが、お許しを頂いたので躊躇なくドアを開け放つ。
小夏以外の女の子の部屋に入るのは久しぶりだが、不思議と女の子の部屋だからという妙な抵抗感は無く、慣れ親しんでいる部屋に入るような感覚ですんなりと入ることができた。
「いらっしゃい三人とも。申し訳ないけど、あたしはベッドの上から失礼するわ」
寝転がっていた葵雪はその場で起き上がる。
そのおかげと言ってはあれだが、葵雪のパジャマ姿が俺の脳内に完全にインプットされてしまい、全身を駆け抜ける抱きしめたいという衝動が溢れそうになる。
「な、何やら修平さんの様子がおかしいみたいなんですけど……どうかしましたか?」
「聞くだけ野暮だよひよりちゃん〜。修平くんも男の子だからね〜、彼女さんのパジャマ姿に興奮しているに決まっているんだよ〜」
「あー、そういう事でしたか。え? どうします? ひより達少しの間外にいた方がいいです?」
何故か俺ではなく葵雪に問いかけるひより。
葵雪はクスッと笑うと、俺の方を見つめながら口を開く。
「修平は病人に手を出すほど常識外れな男じゃないわよ。ねぇ?」
「もちろんだ。弱っている女の子に手を出すなんて男として最低の行いだからな」
「まぁ、あたしはピンピンしてるんだけどね」
「よし。椛とひより、今すぐ部屋から出ていってくれないか!!」
変わり身の速さに定評がある俺は、ドヤ顔で二人の方へ向き直ると、自分でもよく分かる清々しい笑顔を浮かべ、口元をキラリンと光らせた。
しかし、ハイテンションな俺とは打って変わって、椛とひよりは夏のゴミ捨て場に放置された生ゴミを見るような軽蔑の眼差しを向けていた。
「――まぁ、もちろん冗談だけどな!」
焦りを見せたら負けだと思った。
冗談だと捉えてくれなければ明日のうちに俺のクソさ加減が学校全体に知れ渡ることになるかもしれない。
それだけはなんとしてでも避けなければならない。俺と葵雪が健全な付き合いをしているという印象を与えるためにも。
「まぁ修平さんが男の子って事実はさておき、葵雪さん実際のところどうなんです? 熱があるとか、頭痛いとか」
どうやらこの件は保留にされたようだ。
心に余裕が出来てホッと一息ついてしまう。
「熱はもうほとんど引いてるわ。体のどこどこが痛いってのも無い。強いて言うならそうね……」
葵雪はそこで言葉を切ると、お腹の方に手を当てた。
その瞬間、くーっと、なんとも可愛らしくお腹が鳴り、照れ笑いを浮かべる。
「おおう……」
その笑顔を見て俺はおもわず固まってしまう。
だってそれは俺のまだ見たことのない葵雪で、ああ、こんな顔もすることが出来るんだな。と、感心するのが半分、もう半分は純粋にこの笑顔の持つ脅威的な可愛さに心を撃ち抜かれていた。
ただの笑顔でここまで思ってしまうのは普段の葵雪はミステリアスでクールなキャラだからに違いない。いわゆる、ギャップ萌えというやつだ。
「朝から何も食べてないの。流石にお腹が空いたわ」
「林檎なら買ってきたぞ」
赤く熟れた果実の入った袋を掲げると、葵雪は嬉しそうに手を叩いた。
わくわくしながら待つ葵雪を片目に、美雪さんから借りた果物ナイフを使って皮を剥いて八等分に切り分ける。なかなかいい林檎のようで蜜がたっぷり入っていた。
「葵雪さん葵雪さん、喉は乾いていませんか?」
「正直言うとあまり乾いていないけど、水しか飲んでないから味が欲しいところね」
「なら! 林檎と一緒にこのビタミンドリンクをどうぞですよ!! 風邪を引いた時にはビタミンCを取るのが一番です!」
コンビニで2L108円で売ってる紙パック飲料をどーんと掲げるひより。手早く開けてストローを刺すと、葵雪の口元に持っていった。
「さぁ! ぐいっといっちゃってください! さぁ! さぁさぁさぁ!!」
「な、なんでそこまで押すのか分からないのだけど、とりあえず落ち着きなさいよひより」
「わたしからは和菓子があるんだよ〜!」
そんなこんなでわいわいし始める俺たち。
お見舞いにしてはほんの少しだけ騒がしいような気もするが、こういう風に賑やかに過ごしていた方が俺たちらしいような気がした。
「え? 巡はともかく、小夏も学校休んでいたの?」
そうして話をしていれば必然的にそういう話にもなり、葵雪は驚いた様子で耳を傾けていた。
「昨日あの雨の中を走って帰りましたからね。すぐにシャワー浴びても引く人は引いちゃいますよ」
「修平の方はなんともないの?」
「俺は平気。熱も平熱。少なくとも朝は。つか、小夏は熱があるだけで体がだるいとかそういうのは無いらしいんだよ」
小夏の朝の状態は、咳も鼻も出ないし、頭も痛くないし気持ち悪くもない。コンディションは平常通りだけど熱だけが異様なまでに高いという状態。
38.6度。これが朝の小夏の体温だ。
風邪よりもインフルエンザを疑うくらいだが、俺が学校に行っている間に隣町の病院に行ってきたらしいのだが、インフルエンザの検査には引っ掛からない上に、医者もこの高熱の原因が分からないらしい。
「不思議なこともあるもんだよな」
何気なくそう呟くと、ひよりがなにか思い出したのかぽんと手を叩く。
「あ、不思議なことと言えば葵雪さん聞いてくださいよ! 昼休みにですね、椛さんが凄まじい怪力を発揮したんです!」
「ちょ!? ひよりちゃん恥ずかしいからやめてよ〜」
「? 何があったの?」
首を傾げる葵雪にひよりはドヤ顔で口を開く。
この時点でもう椛は諦めたように顔を赤くして下を向いていた。
「チョップで中身の入ったペットボトルを破裂させたんですよ!!」
「…………は?」
唖然とする葵雪。
まぁ無理もない。実際あの光景を見ていなければにわかには信じられる話ではないだろうし。
「ほんと不思議ですよねー。ペットボトルであんなに簡単に壊れるものでしたっけ?」
「軽く手を落としただけでパァンっていったからな。表面が弱っていたとしか考えられん」
「もしくは椛が怪力とか?」
「……葵雪ちゃん、そのネタでわたしの心はズタズタだからやめてほしいんだよ〜……」
昼休みからこうして葵雪の家に来るまで、これをネタに椛をからかって遊んでいた。
反応がいちいち面白いから俺もひよりも飽きることなく弄り倒してしまったのだ。
「それにしても、風邪らしくない風邪に破裂したペットボトル……ほんと不思議なことが多いわね。実のところね、あたしもちょっとさっきから不思議に思っていることがあるのだけど……」
「……というと?」
いつの間にか葵雪は真面目な表情で首を捻っていた。
俺に、椛に、ひよりに、ゆっくりと顔を見渡してから視線を落とす。
「……あなた達、さ。変なことを聞くかもだけど――」
そこで一旦言葉を区切った葵雪は、俺と椛、そしてひよりが言葉を失うことを次の瞬間口にした。
「――今日ここに来るの……二回目よね?」
少しずつ、少しずつ、正常に回っていたはずの歯車が狂い始めてきていた。
俺たちの周りで起こり始める不可解な現象の数々。まるで夢の世界に迷い込んでしまったようだった。
to be continued
心音です、こんばんは。
え?どういうこと?って思いますよね、わかります。でも思い出してみてください。これは、この世界は……あくまでも『夢』なんです。




