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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Ayuki
72/166

第71話『写真』

「……暇ですねぇ」


「……暇だね〜」


「……暇だなぁ」


昨日の雨は何だったのかと疑問を抱いてしまうほど清々しい青空。そもそも雨自体は日付が変わる前には止んでいたらしく、朝から気温が高い上に直射日光を食らっていた屋上の地面はこうしてごろんと横になっても問題がないくらい乾いていた。


現在は昼休み。立ち入り禁止の壁紙を見なかったことにして破り捨て、鍵の掛かったドアをピッキングで開き、念の為持ってきておいたレジャーシートを地面に敷いて、仰向けに寝転がって今に至る。


「巡さんは当然として、葵雪さんに加えて小夏さんも熱を出して学校休みだなんて災難ですね。修平さん、風邪移さないでくださいよー?」


「努力はする。ただし結果的に移ったとしてもそれは俺のせいではない」


「はぁ……。何のための努力なのか分かりませんね」


「昨日初めてあったばかりの先輩に容赦ないなひより」


馬鹿にされているのに嫌な気分は全くしない。

俺自身、そういうことを気にしない性格ではあるが、それなりの感性というものはある。


「……なんて言うか、初めて会った気がしないんですよね。ひより達、本当に昨日が初めて会った日でしたっけ?」


「そのはずなんだがな」


ひよりと俺との距離はその感性をとうに通り越している。明らかに初対面の距離ではなかった。

ずっと昔から仲良くしている親友のような感覚。そんなことは有り得ないはずなのに、そう思わずにはいられない。


「椛はどう思う?」


「わたしに話を振られてもな〜。でも、そうだね〜。わたし達が出会ったのは昨日が初めて――それは確かなことのはずなんだよ〜」


煮え切らないような発言。やはり椛も俺やひよりと似たようなことを思っているのだろう。


まるで記憶に栓をされているようだ。

それも自分では絶対に取り除くことの出来ない栓。無理矢理取ろうとすれば決壊したダムのように、閉じ込めていたものが一気に溢れ出す。

もしそうなってしまったら、止めてくれる人はいるのだろうか? 感情の激流はそう簡単に止められるものではない。下手したら止めようとしてくれて人までも巻き込んでしまうことになる。


「皆さんが元気になったら遊びに行きたいですね。懇親会的な感じでぱーっと」


考えても分からない話を続けても時間の無駄。

早々に考えを打ち切ったひよりは青空に大きく手を広げながら提案してきた。

空の海を泳ぐ鳥たちの群れを見ながら俺はうーむと頭を捻る。


「ぱーっと遊ぶのはいいんだが、一昨日引っ越してきたばかりの俺の視点からすると、何をどうやったらぱーっと遊べるのかが分からない」


都会ならカラオケやボーリングに行ったりと遊びに困ることはない。しかし、この町にそんな娯楽施設は無い上に喫茶店やファミレスなどといった店もない。


「は〜〜〜。これだから文明人は」


「ほお。ならお前のその右手に握られている物はなんだ? ん? 言ってみろ」


「スマホって便利でいいですよね――ったぁ!? 殴ることないじゃないですか!? 女の子を殴るなんて最低ですよ修平さん!!」


無論、本気で殴ったわけではない。おふざけ程度のぽかんって感じだ。ひよりはただただオーバーリアクションで痛がっているだけ。

横で見ていた椛はその事に気づいており、口元を手で覆ってくすくすと笑っていた。


「二人とも仲がいいね〜。わたしもその仲に入るためにひよりちゃんを殴るんだよ〜」


「ちょ、ま。それは何かおかしくないですか!?」


「問答無用なんだよ〜」


振り上げた右手が笑顔と共に下ろされる。

手の着弾地点にはひよりの頭があり、寝そべっていたひよりはすんでのところで着弾を回避した。


パァァァァァン!!

代わりに枕として使っていたペットボトルが凄まじい音を立てて破裂した。


「……」


「……」


俺とひよりは無言で無残な姿になったペットボトルを見つめていた。中身の乳酸菌飲料はレジャーシートだけではなく、爆散した勢いで地面も濡らし、甘い香りを辺りに充満させる。


「…………あれ? ひより、もしかして今……殺されかけました?」


「……もしかしなくても殺されかけたな」


俺たちの視線は揃って右手を振り下ろしたまま固まっている椛の方へ移る。

こちらの視線を感じ取ったのだろう。錆び付いたロボットのようなぎこちない動きでこちらへ振り向くと、動揺を隠しきれていない笑顔を作った。


「は、破裂したんだよ……なんで……?」


口調からお馴染みのほんわかさが抜けており、目の前で起こった自体を理解しきれていないようだった。


「ヒソヒソ。見ましたか修平さん。あの方とんでもない力の持ち主ですよ」


「ヒソヒソ。ええ見ましたよひよりさん。怖いですわー、普段何してるんですかね」


「ヒソヒソ。きっと夜中の町を金属バット片手に徘徊しているんですよ」


「ヒソヒソ。優しそうな顔して中身は凶暴だなんて世も末ですわー」


「誤解なんだよ!? わたしはペットボトルを片手で破裂させるほどの怪力の持ち主じゃないんだよ!? あと修平くんのその喋り方心底イラッとするんだよ!!」


普段のほんわかさを完全に消し去って全力で抗議する椛だが、俺たちの目の前で中身入りのペットボトルを爆散させた事実は変わらない。

いやまぁ、ここまで煽っているのはネタなわけだが……本当にどうして破裂したんだこのペットボトル。


「不思議なこともあるものですね……。ひよりの頭の重さで容器が変に弱っていたとか?」


「だったらその重さで爆散してるだろうよ」


「まぁそうですよね……って、一応言っておきますけどひよりの頭は重くないですからね?」


「んなこと言われなくても分かってる。てことはやっぱり椛が実は超怪力の持ち主だったとしか考えられないな……」


「殴るよ?」


「まぁ落ち着け話をしよう」


振り上げられた右手を制し、とりあえず椛を落ち着かせる。ネタとはいえ、爆散したペットボトルを見ると恐怖でしかない。


「……不思議な事と言えば、昨日変な夢を見たんですよね」


「……夢?」


夢という単語に過敏に反応してしまう。

頭に浮かんでくるのは俺が葵雪に殺された光景。今となっては葵雪と恋人関係であるが、その夢を忘れている訳ではない。


結局、その夢に関する詳しい話は聞いていない。

聞こう聞こうと思ってもなかなか行動に移すことができないのだ。というよりも、そんなことどうでもいいとも思ってしまっている。

過程はどうであれ、俺は葵雪が好きで、葵雪は俺が好き――それでいいんじゃないかと。


「一体どんな夢を見たんだよ〜?」


「風巡丘を登っていくと、すっごく大きな木があるじゃないですか? そこでひよりが眠っているんです」


「お昼寝かな〜? あ、でもそれだと不思議な夢にはならない?」


「ええ、その通りです。この話にはまだ続きがあるんです」


ひよりは一つ頷くと、遠い空を見つめた。

風に靡くオレンジ色のサイドテール。俺と椛は心のようにゆらゆらと揺れるそれを見つめながらひよりの言葉を待った。


「ずっと……眠り続けているんです。日が沈み始めて辺りがオレンジ色に染まっても、暗くて寒い独りの夜になっても、そして朝日が昇って……また夜が来ても、ひよりはずっと眠り続けているんです。……今思い返しみると、ひよりはもしかすると……あの場所で死んでいたのかもしれませんね」


「……っ!?」


言いながらひよりは目を瞑って口を閉ざした。

その瞬間、ぞわりと背筋が凍りつき、全身の毛が逆立つような感覚が全身を駆け巡る。

そのとてつもない不安感から、俺は少し乱暴にひよりの肩を掴んだ。


「……どうしたんですか? お二人して」


ひよりに手を伸ばしていたのは俺だけではなく、椛も似たようなひよりの手を掴んでいた。よほど力を込めて握っているのか、ひよりは一瞬だけ苦痛に顔を歪めたが椛を非難するような何かを言うことは無かった。


汗で張り付いた前髪が椛の心の内を表していた。


バクバクと脈打つ心臓が俺の心の内を表していた。


俺たちは何をこんなに焦っているのだろうか。


俺たちは一体何を恐れているのだろうか……?


「――大丈夫ですよ」


ひよりはそんな得体の知れない恐怖を消し去ってくれるような慈愛に満ちた笑顔で俺たちの心を包み込む。

たった一言だけなのに、その言葉に込められた陽だまりのようなあたたかさは、心を蝕む恐怖を芯からじんわりと消し去ってくれるようだった。


けれど、恐怖が消えたからと言って感情がリセットされた訳ではない。小さいけれど確かな傷跡を心に残していた。

だから多少は落ち着きを取り戻しているものの、焦る気持ちに急かされるように俺たちは言葉を吐き出す。


「で、でも……なんかとてつもなく嫌な予感がしたんだよ……修平くんもそうだよね……?」


「あ、ああ……。ひよりが目を瞑った瞬間、どうしようもなく怖くなったんだ……。もう二度と目を開けてくれないんじゃないかって……」


「これはあくまでも夢なんですから。本当にひよりが死んだわけじゃないんですからね? 心配してくれるのは嬉しいですけど、流石に大袈裟過ぎですって」


ひよりはそう言って笑うけれど、俺と椛の不安が完全に解消されることはなく、返事に戸惑ってしまい辺りに視線をさ迷わせた。

それを見たひよりはお餅のようにぷくぅーと頬を膨らませてガシッと俺たちの肩を掴んだ。


「テンション上げましょうよ! 折角の楽しい昼休みが台無しになっちゃいますよ?」


眩しいくらいの笑顔。この笑顔で心が穏やかになっていくのもまた事実で、本人がこれっぽっちも気にしていないのであればそれでいいのかもしれないと思ってしまう。


「……そうだな。ひよりの言う通りだ。夢は夢。今は今。その区別はきっちり付けておかないとな」


その言葉はひよりや椛に向けてというよりは自分に。そうして言い聞かせることで自分に暗示をかけているのだ。


「うん。そうだね〜。夢という不確かなことを気にするのは間違ってる……とは言わないけど〜、少なくともそこまで気にすることじゃないよね〜」


「ですです。というわけで写真を撮りましょう!」


「どういうわけだ!?」


反論に耳を貸さずにひよりはレジャーシートに転がっていた俺のスマホを手に取ると、手馴れた手つきでカメラモードに切り替える。

そして俺と椛を半ば強引にくっつけて、顔と顔の間に自分の顔を入れるとインカメに切り替えてからスマホを構える。


「喧嘩したあとは仲直りの証に写真を撮るのが一番だとひよりは思うんですよ!」


「そもそも喧嘩なんてしてたか?」


「細かいことは気にしたら負けです! ほらほら、二人とも笑顔を作ってください!」


俺と椛は一度顔を見合わせてひよりのめちゃくちゃ加減に苦笑すると、言われた通りにカメラに向かって笑顔を作る。


「それじゃあ撮りますよー! はいチーズ!」






――この時、俺たちはまだ想像すらしていなかった。






これから俺たちの身に起こる惨劇を。

この世界の真実を知ることになると。


そして――。






――終わりはもうすぐそこまで迫っているということに。






to be continued

心音です、こんばんは。

話は良いように終わりません。これぞ心音クオリティ。そして今回最後に撮った写真――もちろん何かあります。

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