第65話『望む日常』
「――都会の方から親の勝手な都合で引越してきました深凪 修平です。昨日引越してきたばかりでまだこの町には慣れてませんが仲良くしてくれると嬉しいです」
転校という人生に一度あるか無いかの最高のシチュエーションを楽しもうとか最初は考えていたのだが、現実は漫画やアニメのように優しくはないと思い直した俺は転校生の模範解答と言える定型文で挨拶を済ませた。
教室内からはおおよそ予想通りの拍手が返ってきて、俺はそこでようやく胸を撫で下ろした。
転校生は最初の印象が大事と言うからな。第一印象を良くしておけばとりあえず安牌だろう。
とは言え、はっちゃけたい気持ちも少なからずあったわけで若干消化不良を起こしている。
そんなことを思っていると、教室の真ん中の方から手が挙がった。担任の先生に指名されると、手を挙げた女の子はニコニコと笑顔を浮かべながら立ち上がる。
「都会と比べてこの町はどう思いますか?」
どうやら質問タイムに移行したらしい。
なるほど。どうやら俺の消化不良を解消する時がやってきたようだ。
しかし最初のこの質問、俺という人間を試しにかかっていると言っても過言ではない内容。良いだろう。思っていることを存分に言わせてもらおうじゃないか。
「この町――虹ヶ丘に着いてまず真っ先に思ったことは、何も無い町だなとか、この町に住んでいる人はみんなサバイバルでもしているのかなとか、そんなマイナス思考だった。俺が住んでいた都会と比べたら交通の便の不便だし、娯楽施設も無い。生まれてからずっと都会で育ってきた俺にとってはそう……何もかもが新鮮だった」
そこで一旦言葉を区切って俺はクラス中を見渡す。
町を貶されて少し不機嫌そうな人、真面目に話を聞いてくれている人、まだなにか続きがあるんだろ? とでも言いたげにニヤついてる人。色んな人から、色んな気持ちの込められた視線を向けられていた。
「生まれて初めての田舎暮らし。しかもまだ右も左も分からないときた。詰みだ。ゲームで例えるならレベル1で魔王に挑むようなもの。でも、だ」
革命者の如く俺は両手を広げ、満面の笑みを浮かべた。そして高らかと宣言する。
「だからこそ――楽しみで仕方ない!」
その言葉にクラス一同がざわめく。
当然だ。今この教室にいる大多数の人間は、このまま俺の愚痴が続くと思っていたはず。俺はその大多数の人間を更に驚かす為に言葉を続ける。
「この町には俺の知らないことがたくさんある。交通の便がなんだ? 若いんだから多少は歩く努力をしろ。娯楽施設が無い? 友達と遊べるのは娯楽施設だけじゃないだろ? 『楽しい』は俺たち自身が探すものだ。だから俺はこの町で、この学校で、ここにいるみんなで、その『楽しい』を探していきたいと思っている!!」
我ながら惚れそうになるセリフをキメると、俺は質問してきた女の子の方へと視線を戻した。
「さて、質問の答えだが、都会と比べてこの町はどうか? だったよな。なら答えは一つ。まだ俺の知らない楽しみがいっぱい転がっていそうで、これからの毎日が楽しみで仕方ない――だ」
一瞬の静寂。
だがそれは次の瞬間、校舎全体に響き渡るほどの拍手喝采へと変わっていた。俺は選挙カーに乗る候補者のように「ありがとう」、「応援ありがとう」と、手を振り返して答えた。
そんな中、俺はお腹を抱えて笑い転げている葵雪の姿を見つける。
葵雪だけが気づくように他の人に送るものとは違う手の振り方をすると、ちゃんと気づいてくれたらしく小さく手を振り返してきてくれた。
「はい! 次は俺が質問いいですか!」
「あ、じゃあ次は私が!」
最初の子に影響されたのか、他のクラスメイトも手を挙げ始める。
男女共に俺に向けてくる支線は好意のみに変わっていた。転校初日のスタートダッシュは上手く決めることができたと思ってもいい。
「いいぞー。あと同年代だから敬語は無しにしていこうぜ。俺たちはもう友達なんだからな!」
「「「おおおーっ!!」」」
教室中から歓声が上がる。
ノリのいいクラスメイト達。そして葵雪の存在。これからの毎日は楽しくなる予感しかしなかった。
「じゃあ次の質問かもーん!!」
テンションの上がりきった俺はノリノリで訊ねる。
するとさっきの男子が我先にと声を上げる。
「好きな食べ物はなんだーっ!!」
「そんなことをこの場で聞いていいのかーっ!?」
ドッと笑いの渦が巻き起こる。
教室中が明るい笑顔で満たされていく。
そう。俺が望むのはこういう日常。笑顔が溢れる楽しい時間。みんなで笑い合えることほど素晴らしいことは無いに違いない。
ちなみに俺の好きな食べ物は小夏の作る料理だったりする。我ながらシスコンだなぁと思いつつ、よくよく考えたら前の学校では互いにシスコン、ブラコンアピールをしまくっていたということを思い出した。
あの時のような楽しさがここでも味わえると考えると、本当にこれから先の日常が楽しみで仕方ない。
「深凪くんって彼女はいるのー?」
次の女の子からの質問はかなり直球だった。
俺は思わず顔を葵雪の方へ向けそうになったが、その衝動をぐっと堪えて向き直る。
「おー、いるぞー」
そう答えると男女問わず再び歓声が上がった。
やはり俺たちの年代は恋愛の話になると盛り上がる傾向があるようだった。
「遠距離恋愛ってこと!? いいなぁ、憧れる!!」
「いや、実は彼女もこの町にいたりするんだな」
「「「えええーーーっ!?」」」
このクラスのシンクロ率高いなおい。前のクラスメイトと同等かそれ以上はあるぞ。
そんなことを思いつつネタばらしをしようと視線を上げた瞬間、俺は一人の女の子と目が合った。
「……?」
長い黒髪が似合うその子は、驚いた様子で俺を見つめていた。でも、その驚き方は他のクラスメイトとは違い、何やら焦っているようにも見えて俺は思わず首を傾げてしまう。
「都会から一緒にこの町まで来たってこと!?」
「ん? いやそれも違う」
何故そんな焦ったようにしているのか――流石に今この場で追求する訳にもいかず、俺はとりあえず質問の受け答えを再開することにした。
なに、時間はたっぷりあるんだ。理由を聞くのは昼休みとか放課後とかその辺で構わないだろう。
「実は俺の彼女はこのクラスにいる」
そう言いのけると、当然のようにざわつく。
誰が転校生の彼女なんだと盛り上がっている中、何気なく黒髪の彼女の方を見ると、険しい顔で何かを考えているようだった。
「……」
それにしても――と、俺は思う。
何故だかそんな彼女を見て、俺は不思議にもこんな事を思ってしまった。
――懐かしい――。
そう、思ってしまったのだ。
それは絶対に有り得ないこと。俺と彼女は初対面。なら……この胸が締め付けられるような気持ちはいったい何なのだろう? そしてどうして俺はこんなにも安心しているのだろう?
心が、気持ちが、矛盾していた。
締め付けられる心と、安心する気持ち――。
彼女のことは何があっても信じてもいい。そう思えるだけの何かがあった。
「で! で!? このクラスの誰が転校生くんの彼女なの!?」
俺がいつまでも無言でいるのに耐えかねたクラスメイトが今にも突撃しそうな勢いで訊ねてくる。
そこで俺はようやく我に返り、なるべく平然を装って笑顔を向けた。頭に残る思考を振り払い、この場をどう盛り上げるかを考える。
とは言え、俺がぼーっとしている間、クラスメイト達の期待を溜めに溜めたのだ。あとはもうそれを解放すればいいだけの話だろう。
「よし。では我こそは俺の彼女だと言う奴は起立」
ガタッ。引かれた椅子がメロディーを奏で、クラスの女子全員が立ち上がった。
「どうしてそうなった」
堪らずツッコミを入れていた。
俺はいつの間にか罪作りな男になっていたらしい。
仕方ない。こうなったらもう名指しで紹介するしかないだろう。
「――葵雪」
そして俺は本命の彼女の名を呼ぶ。
ガタッ。再び椅子がメロディーを奏で、葵雪以外の全員が着席し、なんだ水ノ瀬さんかーとか、俺は最初っから水ノ瀬を予想していたがな。と、会話が始まり、あははーっと、ひとしきり笑った次の瞬間、全員が驚愕の表情を浮かべて葵雪の方へ振り向いた。
「な、何よ。あたしが修平の彼女で問題ある?」
その問い掛けに、クラスを代表してふわふわとした淡い紅の髪の少女が立ち上がる。
「い、いや別に問題は無いんだよ〜? ただ、葵雪ちゃんに彼氏がいるなんて知らなかったから驚きを隠せないだけなんだよ」
「知らないのは当然よ。だって付き合い始めてまだ12時間も経っていないわよ?」
あっさりと言いのける葵雪に、紅髪の少女だけではなく、クラスメイト一同唖然としていた。
「ど、どんな出会い方をしたんだよ……」
「普通の出会い方よ? 風巡丘で出会って、一目惚れして、告白されて、今に至る」
色々と事が省略されているが、わざわざ口を挟む必要も無いだろう。というか全て説明するとなると、残り少ないホームルームの時間だけじゃ語りきれないし、何より信じられる話ではないのだから。
「まぁそんなわけで、俺と葵雪は昨日から付き合っている。みんな温かく見守ってくれると嬉しい」
「みんなあたしと修平をよろしくね」
葵雪がにっこりと笑うのと同時に、教室にホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
俺たちの会話を無言で聞いていた担任の先生は授業の準備があるらしく、俺の席の場所を伝えるとそそくさと教室から出ていった。
「……そうなるか」
担任が指定した席――それはつい先程、不思議な感情を抱いた女の子の隣の席だった。
俺はその事を悟られないように感情を隠しながら自分の席へと向かう。通り過ぎるクラスメイトと軽く会話をしながら進み、やがて女の子の前に立つ。
「……」
きらびやかな黒髪が踊り、女の子は俺を見上げた。
真っ直ぐに俺を見据える彼女は、先ほど見せていた険しさを感じさせない自然な笑顔を浮かべている。
「――初めまして、修平くん。私は風見 巡。気軽に名前で呼んでくれると嬉しいな」
「風見……巡……」
彼女の名前を復唱する。
懐かしい響きのある綺麗な名前だと思った。
それだけじゃない。こうして近づいみて懐かしいと思う気持ちが更に強まった。
「私はね、君と仲良くできたらいいなって思ってる。だねらこれからよろしくね」
「あ、ああ……よろしくな、巡」
席に座って授業が始まるのを待つ間、俺は何気なく外の景色を眺めることにした。
薄紅色の欠片が風に舞ってゆらゆらと雪のように降っている。青い空、白い雲――澄み切った綺麗な景色に舞う桜の花びらは悲しいほどに美しく見えた。
昨日の夢の件。そして巡のこと。
記憶が欠落している。俺は一体何を忘れてしまっているのだろうか?
「ねぇ、修平くん」
喧騒に包まれる教室でも、彼女の――巡の声は頭に直接響いてくるかのようにはっきりと聞き取れた。
俺はその声に導かれるままに振り返る。そこで俺が感じたのは胸が張り裂けそうになるほどの安心感。そしてそれと同じくらいの信頼。
「私はこの町が好き。でもね、それ以上に大好きで、大切なものが私にはあるんだよ」
「……どうして、それを俺に話すんだ?」
「それはね、修平くん。私の大好きで、大切なものの中に、修平くんも入っているから。だからね――」
それが一瞬、何なのか俺には分からなかった。
固く握りしめた巡の拳に落ちた一滴の涙。それは続けざまに幾つも、幾つも、零れ落ちる。
巡は泣いていた。
泣きながら、笑っていた。
堪えきれない感情が、涙となって溢れていた。
「――お願い。私のことを信じてくれないかな?」
信じて。信じて。信じて――。
切実なその言葉は麻酔のように心に溶け込んでくる。
ああ、でも……そんなことを言わなくても、俺はもう巡のことを信じきっている。
「――信じてるよ。俺は巡を信じている」
だから俺は思ったままの言葉を返す。
「……ありがとう」
巡は安心しきった様子で俺の言葉を受け入れると、涙を拭って立ちあがる。
「どこか行くのか?」
「お花畑に行くだけだよ」
「気をつけて行ってこい」
お花畑……ようするにトイレに行くだけらしい。
多分、他の誰かにバレないうちに涙の跡を洗い去ってしまいたいのだろう。
巡が教室を出ていくのを見届けてから、俺は葵雪の方へ顔を向けた。
どうやら眠いらしく、机に頬杖をついて、うつらうつらとしていた。この様子なら、先程の巡との会話には気づいていないはずだ。
「俺が望むのは……ただただ幸せな時間が続く日常だけなんだけどな」
to be continued
心音ですこんばんは!
アップが1日遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした……




