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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Ayuki
62/166

第61話『始まる夢』

「……」


目が醒めて真っ先に視界に映ったのは向かい側の席ですやすやと心地良さそうに眠る小夏の姿だった。

視線を少しだけ横に逸らしてほぼほぼ緑で埋め尽くされた景色を眺める。電車に乗っているにも関わらず、これっぽっちも変わらない景色は正直、見ていて退屈だった。


俺たちは今日、この景色通りの田舎である虹ヶ丘という町に住むことになっていた。理由なんて知らん。親の都合に付き合わされているだけだ。

まぁでも、親元を離れて妹と二人で暮らすのはなかなか貴重な体験と言える。引越しの話を聞いた時は小夏と二人揃って、ついにエロゲの世界に迷い込んでしまったのかと笑いあったものだ。


目的地である虹ヶ丘町まで残り30分くらいといったところだろうか?

これだけの時間があればもう一眠りしてもいいと思えるのだが、生憎そんな気分にはなれなかったりする。


「……夢ってのはなんで起きた途端に思い出せなくなるんだろうな」


寝ない理由を率直に言うと、つい先程まで見ていたはずの夢の内容が思い出せないからだった。

普段ならば夢の内容なんてどうでもいいと思っているのだが、何故か今回の夢だけは違っていた。

忘れてはいけない大切な何かを忘れている。そんな気がしてならないのだ。


「……まるで手のひらに乗せた砂みたいなものだな」


閉じていれば砂がこぼれ落ちることは無い。

だけど手を開いたその途端、さらさらと消えていくようにこぼれ落ちてしまう。


「……ん。あれ……お兄ちゃん?」


「悪い。起こしちまったか?」


眠たげにうつらうつらしてる小夏は眠気を飛ばすためにその場で大きく伸びをした。


「おはよう、お兄ちゃん。いつから起きてたの?」


「おはよ。言うて俺も今さっき起きたばかりだ。てか聞いてくれよ。なんか夢を見ていた気がするんだが……内容がさっぱり思い出せない」


「お兄ちゃんが夢の内容を気にするなんて珍しいね。そんなに面白い内容だったの?」


「いや……面白くは無かったと思う。なんだろうな……悲しい夢だった気がするんだよ」


内容は覚えていなくても、それくらいは何となしに分かっていた。

起きた時の感覚……あれは楽しい夢を見ていた時のそれではなくむしろその逆。辛くて、悲しい、そんな負の要素に満たされていた。


「悲しい夢、ね。お兄ちゃんはこんな話を聞いたことはある? 夢と現実はどこかで結びついている」


「ああそういう系? まぁ科学的な話なら多少は分かるぞ。夢に登場する人や場所は自分や知り合いだったり、見たことのある景色だったりする。それは脳が記憶と想像、そして妄想を混ぜ合わせて映像のような状態として映し出す。それが夢ってやつだろ?」


ドヤ顔で言い切るが、実はこの間読んだばかりの本の受け売りだったりする。


「そう。つまりだよ? お兄ちゃんが今見ていた夢はもしかしたら現実で起きたことの再現かもしれない」


小夏の話を聞きながら俺は手元にあったお菓子の袋を開ける。

コンソメ系の香ばしい香りがふわっと漂う。香りに誘われるがままに俺は数枚のポテトチップスを口の中に放り込んだ。


「現実の再現って言われてもな……そんな記憶は無い」


「記憶ってのはね、忘れようと思っても簡単に忘れられるものじゃない。頭の奥深くに知らず知らずのうちに根付いちゃうんだよ」


私にも頂戴と手を出す小夏に袋を差し出す。

伸ばした手が微かに震えていたような気がしたのはきっと目の錯覚だろう。


「忘れていたとしても、消滅してしまったわけではない。何重にも鍵をかけた箱の中に封じ込められているようなものなんだよ。自分じゃ開けることができない。だから思い出すことができない」


パリッと小夏はポテチを齧る。

細かい破片がぱらぱらと粉雪のように舞った。口元についたパウダーを小さな舌で拭うと、窓の外を流れていく景色に目を移す。


変わらない景色は見てて退屈だった。

でも小夏は何故か真剣にその景色を見ている。その瞳を喩えるならば試合前のボクサーのようだった。独特の緊張感。そして何か強い意思を感じられる。


小夏が何を考えているのかは分からない。

分からないけれど、大事なことだということだけは伝わってきた。もし俺が見た夢に何か解答があるのだとすれば、俺も真剣に思い出す必要がありそうだった。


「……お腹空いた」


「……おい」


一瞬で緊張の糸が解けた。

夢について考えていたのではなく、ただ単に空腹を耐えているだけだったらしい。

ため息を吐いて無言のままポテチの袋を差し出すと、小夏は俺の手から袋ごと奪い去ってもぐもぐと食べ始めた。


「……夢の話はどうでもいいのかよ」


「どうでもいいよ。所詮は夢は夢なんだからね」


「まぁ……それもそうなんだが……でも――」


でも――の次の言葉を飲み込んだ。

俺自身もう何が言いたいのかとか、知りたいのか分からなくなってきていた。そしてそれ以上に聞いていいのかが分からなかった。

こうして話を終わらせるのならどうしてあの時真剣な顔をしていのか。いつも通りに笑って流せば良かったじゃんと思ってしまう。


「――それでいいんだよ、お兄ちゃん」


小夏は食べる手を止めて俺の瞳を見据えていた。


「無理に知る必要は無い。本当に知りたいと思うことはその時になれば自ずと分かってくるものだよ。だからね、お兄ちゃん。今はこれから始まる妹との楽しい楽しい二人暮らしのことだけを考えていればいいの。こんな田舎だとは思わなかったけど、私、お兄ちゃんと暮らすのすっごい楽しみなんだ」


結局のところ、小夏は最後の方を言いたかっただけなのかもしれない。というより、そう思っていた方が心的にも楽だった。

そう思うと自然と頬に入っていた力が緩んでくる。きっともう俺はいつも通りの顔になっている。


「虹ヶ丘町に着いたらとりあえず昼飯食いたいな」


「賛成。ポテチだけじゃお腹膨れないよ」


「思えば下調べしてないからどんな店があるか分からないな。今のうちに調べておくか?」


「んー、多分それが安牌なんだろうけど、どうせなら冒険したくない?」


「冒険か。新しい地で発見を求める。ふむ……それもまた一興。乗った」


パァンとハイタッチを交わし、この後の予定は新天地の冒険に決定した。

俺たち兄妹を待つのは光の降り注ぐ希望か、はたまた虚無に包まれた絶望か。それが分かるのも残り数分といったところだろう。


「ただお兄ちゃん、私思ったことがあるんだよ」


「なんだ妹よ」


「私たち方向音痴」


「……」


何処からか冷たい風が吹き抜けたような気がした。

耳が痛いほどの静寂が俺と小夏を支配する。互いに何一つ言葉を発することができない。自分らが如何に無力なのかを思い知らされていた。


方向音痴――それはマップを見ても正反対に進んだり、ここってこう行けば近道じゃね? と思い道を逸れて見事に迷子になっていく人のことを言う。

きちんと道順通りに行けば迷う必要は無いというのに、何故方向音痴という人種は己の道を突き進もうとしてしまうのだろうか。


「でもお兄ちゃん。私たちは方向音痴だからこそ冒険に出る必要があると思うんだよ」


「小夏の言う通りだ。方向音痴には方向音痴なりのプライドがあるって話だ。行こう、冒険へ」


馬鹿の代名詞である。

この世から方向音痴がいなくならないのは俺たちのような馬鹿がいるからだと確信している。


「ご飯食べたらどうしようか?」


迷うということを考慮しない前向きな小夏の発言に俺は腕を組んで考え始める。


「新居に着いたら必然的に片付けになるからな。とりあえず町をぐるっと回ってどんなところがあるかだけは把握しておきたい」


まず新居に辿り着けるかも定かではない。

それでも進むのはもはや意地である。俺たち方向音痴は着けたらラッキー精神の持ち主だから、自分たちの道は自分で切り開くのではなく、神様に頼りきりなのだ。


「もし町の真ん中にどーんってショピングモールがあったらお兄ちゃんはどうする?」


「嬉しさのあまり発狂する」


「一緒に発狂しよう、お兄ちゃん」


差し出してきた手を取り、固い約束を結ぶ。

もはや俺たちに怖いものは無かった。今のテンションならばなんだってできる気がしてならない。


「町に着いたら地元民しか知らないめちゃくちゃ美味いラーメン屋を見つけて飯を食うだろ?」


「その後はショッピングモールで楽しくショッピング! クレープでも食べながらのんびりとお喋りして?」


「夜は夜景の綺麗な高台に登って星を眺めながらコーヒーを飲んで?」


「家に帰って暖かい布団で眠る!! 完璧だよお兄ちゃん!!」


完全に絵に描いた餅である。

迷子になるのが確定だと分かってしまうと夢物語を語ることしか出来なくなってしまうのだ。


電車のスピードが落ち始め、アナウンスでもうすぐ虹ヶ丘町に着くことを知らせてくれた。

俺たちの冒険の幕開けまであと少し。果たしてどんな結末が待ち受けているのか。


「ほれ、小夏」


荷物棚に乗せていたキャリーバッグを渡して降りる準備を整える。ドアの前に立つタイミングで電車は駅のホームに止まった。

プシューと気の抜けるような音と共に新天地への扉が開かれる。俺たちは純度100%の期待を胸に新天地へと足を踏み入れた。


「こ、ここは……」


まず目の前に広がった景色は一面の田畑。少し視線を横にずらすと太陽の光を反射してキラキラと光る川が目に入る。


「これは想像以上に……」


仮にも駅のホームだというのに人の姿は皆無。駅員の姿すら無く、改札を出た俺たちを出迎えてくれたのは申し訳程度に設置されたボロボロのベンチの上で眠る猫だけだった。


「「田舎すぎるんだけどぉぉぉぉぉおおおおお!!?」」


俺たちはたまらず叫んでいた。

叫ばずにはいられなかった。俺たちが住んでいた都会と重なるところは何一つ無く、ここは本当に日本なのかと疑問を抱いてしまうほどのド田舎だった。


「え? 何ここ? 私たちは異世界に迷い込んじゃったのかな?」


「電車を降りるとそこは異世界でした! ってタイトルのラノベが書けそうだな。出だしはさっきの俺たちの会話のくだりをそのまま使えばいい」


「とりあえず戻ろうお兄ちゃん。私たちはきっと降りる場所を間違えちゃったんだよ」


笑顔を浮かべながら小夏は電車の時刻表を見る。


「えーっと、次の電車は……15時過ぎだね! なんだたったの三時間かぁ」


「カップ麺作ってりゃすぐだな!! はっはっは!!」


「あっはっは!!」


「「ワーハッハッハ!!」」


俺たちの高笑いに驚いてベンチで眠っていた猫は驚いてこの場から逃げ出していった。

後に残ったのは段々と笑い声が乾いていく悲しい兄と妹だけだった。


「……嘘だろ? こんなところで今日から暮らさなきゃいけないのか……?」


「無理。控えめに言って無理だよお兄ちゃん……」


「……大袈裟に言うと?」


「死ぬ」


全く以て同意見だった。

なるほど。俺たちは親に見放されたというわけか。

何が原因なのだろう。日頃の行いはいい方だったはず。考えられるとして両親が大事にとっておいた高級チョコレートを小夏と二人で食べてしまったということくらい。

たったそれだけの事でこんなことをするかと言われればしてしまうのが俺の両親なわけだが、いくらなんでも転校までさせてこんな田舎町に追いやるほど酷い両親ではない……はずだ。


「……どうする?」


「どうするもこうするも……とりあえずご飯食べたい」


「……探すか」


俺たちは悲しみを背負いながら町を歩き出す。

本当にマップを見ないあたり、もう何もかも諦めているのが見て取れた。



to be continued

心音ですこんばんは。

諸事情にてアップが遅れてしまい申し訳ございませんでした。

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