第59話『繰り返す世界』
Another View 巡
「――ごめんなさい」
私はただ一言そう言葉を落とした。
落としたのは謝罪の言葉だけではない。涙も一緒になって地面を濡らす。
椛ちゃんの世界で私が最後に見たのは寄り添いあって電信柱に押し潰された修平くんと椛ちゃん。そしてそのすぐ近くで首元がぱっくりと割れていた葵雪ちゃんの亡骸だった。
小夏ちゃんとひよりちゃんがどうなったのかは分からない。この二人は生き延びることが出来たのかもしれない。でも誰か一人でも欠けてはいけない。
雨で濡れた地面に冷たくなって横たわる三人を見た瞬間に私は自分の力を使った。
私の力は、世界を繰り返す力。
この力がある限り何度だって時間を巻き戻すことができる。そして何度だって夢を見続けることができる。
そう。私の繰り返していく世界は夢。自分の思うがままに繰り返される世界が現実であるはずがない。
私が目指しているのは夢の終わり。みんな共に生きる幸せな結末。夢が終わらない限り現実に戻ることはできない。
これまで何度夢を繰り返してきたのだろう。繰り返す度に私は夢を終わらせるために行動した。でもどの夢でも必ず誰かが死んでしまう。
生涯をかけて人が見る死の数に限りがあるとしても、私はもうとっくに超えてしまっているに違いない。それだけ多くの友達の死に触れてきた。
ある夢では私以外の全員が土砂に飲まれた。
死体は確認出来なかったけど、死んでしまっているのは明らかなことだった。
ある夢では学校が全焼した。
修平くん達だけじゃない。大勢の生徒たちが荒れ狂う炎に飲まれて生命を燃やした。
ある夢では町に殺人鬼が訪れた。
マンガやアニメみたいな話。でもそれは現実になって私の目の前で大切な人たちの生命を奪った。
ある夢では、ある夢では、ある夢では――。
話し始めたらキリがない。数え切れないほどの死を目の前で見てきた私の心はまだ壊れていない。
それはある意味奇跡かもしれないよね? 一度きりだったらまだしも、何度も、何度も、何度も何度も何度も大好きな人たちを失っているんだから。
誰かが死ぬ――。
それが当たり前の世界に私の心は縛られていた。繰り返す度に夢という鎖が私を縛り、死という重石が幾つものしかかってくる。
どうして私の心は潰れないのだろう? 常人の限界はとっくに超えている。いつ壊れてもおかしくはない。けれど私は未だに正気を保っていられる。
「……ああ、そうか」
多分、逆なんだ。
私の心はとっくに壊れてしまっている。そういえば結構前にも同じことを考えていたっけ?
いつ? いつから壊れていたのだろう? もし本当に壊れているのだとしたら、始まりの日から私は――
「――ううん。でも、私の心が壊れてしまっているのだとしても、私がみんなを想う気持ちだけは変わらない」
これだけは絶対に曲がらない。
この想いがある限り、心が壊れてしまっていても、私の意志だけは生き続ける。
「だから――諦めない」
今回の世界は椛ちゃんの世界だった。
その前はひよりちゃん。そしてその前は修平くんが誰も選ばなかった世界。
繰り返す世界に順番が決まっているわけではない。繰り返すまで誰の世界になるかは分からない。けれど順番が決まっていなくてもある程度の法則はあるから、次が誰の世界になるか予測はしやすい。
例えば、今回は椛ちゃんの世界。そうなると三回繰り返すまで椛ちゃんの世界が再び訪れることは無い。
つまり、次の世界で椛ちゃんとひよりちゃんの世界、そして誰とも結ばれない世界が来る可能性は無しと言い切ってもいい。
消去法で次の世界は私か小夏ちゃんか葵雪ちゃん。私の世界が来てくれることが一番の理想。そして逆に葵雪ちゃんの世界になることだけはどうしても避けたかった。
避けたいと言っても私の意思でできる事ではない。
だから願うしかない。葵雪ちゃんの世界だけは本当にダメなのだ。あの子の世界で幸せな結末に辿り着けるビジョンが私には見えない。
葵雪ちゃんの世界では運命の日なんて関係無い。何の前触れもなく誰かが死んで――ううん、殺されてしまう。
繰り返す度に状況は悪化していく一方だった。
情報が足りない。情報不足もあるけれど葵雪ちゃんの世界のあとは記憶がおかしくなってしまう。
その世界で経験したはずの記憶の一部が欠落していたり、この始まりの夢で前の世界のことを振り返ろうとした時に記憶と夢が矛盾していたりと不可解な出来事が多数起きていた。
「考えられる事があると言えば一つしかないんだよね」
葵雪ちゃんも私と同じような力がある。
そう考えるのが一番しっくりくる。
考えることがあまりにも多すぎる。でも立ち止まる訳にはいかないから私は必死になって頭を使った。
「……あっ」
でも、思考を遮るように風が吹いた。
あたたかくて優しい、春のような風だった。
風の吹く方へ私は顔を向ける。揺れる草花と無数の風車の少し先、そこに愛しの人が眠っていた。
「……ごめんね、修平くん」
風の流れに逆らって私は安らかな顔で眠る修平くんの元へ歩み寄る。
ぐっすりと眠っているのか身動き一つしないで寝息を立てている。
「修平くん……」
名前を呼びながらしゃがみ込んで頬に触れる。
その瞬間、私の瞳から涙が溢れていた。
頬を伝って零れた涙が修平くんの顔に落ちる。
「修平……くん……っ」
私はいつになったらあなたを救えるの?
私はあと何度、あなたの死を見ればいいの?
真っ赤に染まる記憶はもう要らないよ。
あなたとの未来が私は欲しいんだよ。
「私が一番欲しいのは修平くんの愛情。でも……もし修平くんが私以外の誰かを選んだ世界で、この夢を終わらせることが出来るのなら、私は……」
そこまで言って言葉に詰まる。
どうしてもその先を言うことができなかった。
でも頭ではちゃんと理解している。例え誰と繋がる未来であれ、みんなが生きる世界で私はこの夢を終わりにするのだと。
「……でもね、修平くん……」
私はやっぱり、あなたのことが好きなんだよ。
みんなが救われる結末なら絶対に受け入れる。でも、それでもね……願わくば、私と修平くんと繋がった未来を迎えたい。
「だって……本当の世界で、私は修平くんの恋人だったんだよ……?」
なのにどうしてこんなことになるんだろうね。
繰り返す度に事象まで変える必要無いじゃん。
私の修平くんを取らないでよ……っ!!
「……大好き。大好きだよ、修平くん」
例え私の世界にならなくても、その世界の子が修平くんを想う気持ちよりも、私の愛情の方が大きい。この想いだけは誰にも負けない。
「だから……これくらいは許してくれるよね?」
そっと、修平くんの唇と私の唇を重ねた。
じんわりと染み渡るように、修平くんのあたたかさが唇越しに伝わってくる。
……あの時の冷たいキスとは違う。
唇を離して私は立ち上がる。
手にはいつの間にか風車が握られていた。
「……少し早いけど、行こうかな」
本当は修平くんと話したかったけど、こんなにも心地良さそうに眠られてしまうと起こすのが躊躇われてしまう。
そう思うと同時に地面に植えられていた風車の動きが一斉に止まった。その代わり、私の手に持つ風車は勢いよく回り始める。
そんな不思議な現象が起きている中でも修平くんは安らかに眠っていた。次の世界の修平くんはお寝坊さんなのかな?
「じゃあ――行くよ。次の夢へ」
握っていた風車から手を離す。
風に乗って天高く上っていく風車。
私はその姿が見えなくなるまで見送り、そして静かに瞼を閉じた。
to be continued
心音です。こんばんは。
今回の話で『Episode of Momizi』は完全に完結です。この話は次の世界へ繋がるまでの中間の物語。始まりの夢。
次の夢は誰の夢になるのか。そして、その世界で未来を繋げることができるのか。
次回、第四章プロローグとなります。
永遠の夢にどうか幸せを――。




