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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Momizi
55/166

第54話『嘘のない想い』

「――と、言うわけで今日から椛は俺たちの家に泊まることなった」


「……え? どういうわけ?」


何の連絡も無しに突然我が家に連れてきた椛を見て小夏は唖然とする。


「前置きも無しにいきなり、と言うわけでって言われても全く以て状況が理解できないんだけど!?」


「うんまぁ、それはお前の姿を見た椛も同じようなことを思っているだろうな?」


「……あ」


バスタオル一枚でソファーに寝転がって雑誌を読んでいた小夏はそこでようやく自分のあられもない姿に気づいたらしく、慌てて起き上がるとズレかけていたバスタオルをきちんと身にまとい、口元に手を当ててわざとらしくゴホンと咳払いをする。


「……と言うか、泊まる予定じゃなかったの? 私たちの家じゃなくて、小此木さんの家に」


「もちろんその予定だったんだが、ちょっと事情が変わってな。お風呂に入りたいという意見の合致から結局戻ってくることになった」


「はい? お風呂なら小此木さんの家にもあるでしょ?」


「さっきの地震で照明と鏡が割れて大惨事になっている。流石に使える状態じゃない」


それを聞くと小夏は納得したように頷いた。


「あの時の派手な音はそれだったんだ。……てか、それって私たちが行かなかったら小此木さん大変なことになっていたんじゃ……?」


察しが良すぎるのも困ったものだ。

その辺の事情も加えて椛が暫くこの家に泊まることを説明する必要があった。それに小夏には聞いておかなければならない事がある。


「小夏、この後時間あるか?」


「あるけど、何かするの?」


「ちょっとお前に聞いておきたいことがあるんだよ」


「……」


途端に部屋に置いてあるアナログ時計の針の進む音が大きく聞こえ始めた。小夏は完全に口を閉ざし、こちらの思考を読み取るように瞳を覗き込んでいるからだ。


「……っ」


ただ見つめられているだけだというのに、頭の中身を覗き込まれるような不快な感覚が俺を襲った。

その感覚に耐えきれずすぐに小夏から視線を逸らすが、その時にはもう小夏がやりたいことは終わっていたらしく、そっぽ向いた俺の前にわざわざ回り込んで口を開く。


「お兄ちゃん達には悪いけど、私からは何も話すことは無いよ。聞かれても答える気は無い。そもそも話したくない」


絶対に話さない――そんな意志が伝わってきた。

けれど、すぐに分かりましたと返事をすることは俺にはできなかった。


「やっぱり何か知っているんだな。どうして話してくれないんだ? この世界の理に触れることになるからなのか?」


「理? そんなことはどうだっていいんだよ。お兄ちゃん、私はね、私の意思で話さないって決めてるの。少なくともこの世界ではね」


「……小夏ちゃんは、わたし達が死んでもいいの?」


「……は?」


「お、おい椛?」


椛の発言は小夏の怒りの糸を切り裂いた。

穏便に話を終わらせようとしていたはずの小夏は険しい表情で椛の胸ぐらを掴んだ。

普段の小夏からは想像もつかない野蛮な行動に、俺は驚いて咄嗟に対応することが出来なかった。


「ちょっとこの世界のことを知っただけで勝手なこと言わないでくださいよ!! 死んでもいいなんて思ってるわけない!! お兄ちゃんも、小此木さんも、生きてほしいって思っているに決まってるじゃないですか!? それを何? あたかも被害者は自分たちだけみたいな言い方をして!! 小此木さん達は何も知らない……この世界がどれだけ残酷な世界なのか何も分かっていない!! ただ繰り返すだけの世界――そう思えば気が楽になるかもしれないですけどそうじゃない!! 繰り返した数だけ私たちが(・・・・)死んでいるんですよ!? そして次に目を開いたその瞬間には世界はリセットされている。死んだという事実も、誰かに恋をしたという想いも、大切な記憶も、何もかも始めからやり直すことになる!! 小此木さん達は記憶が残っていないから大丈夫ですよね? 何も知らないまま生きていけばいい。でも!! 記憶が残っている私たち(・・・)にとっては生きていても死んでるのと同然なんですよ!! 生きながら死んでいる……その苦痛が分かりますか!? 分からないですよね!!?」


ぜぇぜぇと荒い息を吐き、小夏は手を緩める。

力無く腕を下ろすと、目尻に涙を浮かばせながら言葉を続ける。


「何も知らないなら、知らないまま生きていた方がいい。この世界は確かに小此木さんの世界だと思いますけど、死ぬのが小此木さんかお兄ちゃんって確定している訳ではないんですからね」


「……え? それはどういうことなんだよ」


「本当に何も知らない……いえ、勘違いしているみたいですね。仕方ないので私から一つだけ教えてあげますよ」


涙を無理矢理拭い去り、小夏は交互に俺たちを見た。

絶対に覚えておいて。そう念を押しているようで、俺たちは気を引き締める。


「死の運命に繋がれているのはお兄ちゃんと小此木さんだけじゃない。私たち全員が同じ運命を科せられているんだよ」


驚きのあまり言葉を返すことが出来なかった。

ああそうだ。小夏の言う通りなら俺たちは盛大に勘違いをしていた。

死ぬのは俺と椛だけではない。全員――それは小夏はもちろん、ひよりや葵雪、そして巡でさえも死ぬ可能性があるということ。


「……分かったならこの話はもうおしまいでいいよね? それと、小此木さん。私たちの家に泊まるのはいいですけど、これ以上この話題を出すようなら出ていってもらいますからね。どうせお泊まりするのなら、私は楽しく過ごしたいです」


俺たちの返事を待たずに小夏はリビングから出ていった。最後の言葉は小夏なりの気遣いなのかもしれないが、残された俺と椛は固く閉ざされたドアを見て、小夏との心の壁が生まれてしまったことを実感する。


この世界の秘密は俺たちが思っていた以上に複雑で、そして残酷だった。話を聞いてどうにかすれば解決することが出来るかもしれないという浅はかな考えはあまりにも甘すぎたのだ。


「……この世界は、椛のための世界」


いつしか紅葉が言っていた言葉を思い出す。

あの時は突然のことで頭が回っていなかったから何も考えなかったけれど――


「この世界が再び来ることを望んでいた」


この言葉の本当の意味――それは言葉通りでもあるけれど、同時に他の女の子と恋をする世界もあるということを示しているのかもしれなかった。

さっき小夏だって言っていた。誰かに恋をするという想いも――と。つまり小夏はこれまで何度も見てきたのだろう。俺が椛以外の誰かと付き合う世界を。


「この世界は――嘘で満たされている」


この世界は現実じゃない。

現実に酷似した夢のようなもの。

繰り返した数だけ大切な人たちが死に、繰り返した数だけ椛以外の女の子に恋をして結ばれる。


「そんなの――裏切りじゃないか」


椛に対する――裏切りだ。

世界が変わるたびに椛じゃない女の子を好きになって、付き合って、デートをして、キスをして、エッチなことだってして――ああ、なんだよ。最低じゃないか。俺はなんて最低な男なんだ。


頬に何か冷たいものが伝う。

それが涙だと気づいた瞬間、自分の情けなさに腹が立った。


「何でだよ……どうしてなんだよ!! ふざけるな!! この想いも何もかも嘘――偽物なのかよ!!」


「それは違うんだよ!!」


椛の悲痛な叫びがリビングに響き渡る。

驚いて椛の方へ顔を向けると、涙で顔を濡らして俺を見上げる椛の姿があった。


「それは……違うんだよ修平くん……。確かに修平くんは繰り返した数だけ他の女の子と恋をしたのかもしれない。でも!!」


そこで言葉を区切ると、椛は俺の胸元に飛び込んでくる。背中に手を回し、離さないと言うように強く俺を抱きしめると、言葉の続きを吐き出した。


「この世界の修平くんはわたしのことを愛してくれているんだよ!? その想いに嘘偽りは何一つ無いんだよ……!!」


初めて聞く椛の心からの叫びだった。

胸に向けて放たれた言葉は突き刺さるように身に染みんで来る。


「わたしにはそういう力がある!! だからそれが分かるんだよ!? 今のわたしはあなたを愛していて、あなたもわたしを愛してくれている。それだけで十分じゃないのかな!? それともなんだよ……修平くんの想いは他の子を想っていたことを知ってしまっただけで変わっちゃうほど安っぽいものだったのかな!?」


「……っ!!」


ああ、なんだよ。馬鹿か俺は。大馬鹿だ。

最低だってことは確かに変わらない事実。でも俺が今椛を愛しているのだって確かなことなんだ。


「……ごめんな、椛」


俺はしゃくり上げる椛を抱きしめた。




この想いに嘘なんてない。




今、俺はこんなにも椛を愛おしいと思っている。




自分の胸の中で泣く小さな身体。




守りたいと誓ったかけがえのない大切な人。




今俺がやるべき事。




守り通すもの。




そんなのはたった一つしかない。






「俺は――椛との未来を繋げたい」






他の世界でどうあれ、今の俺は今の椛が好きなんだ。




何も悩む必要なんて無い。




やるべき事は最初から決まっているのだから。




俺はこの世界で椛との未来を繋ぎ、そして幸せな時間を手に入れる。




「わたしも……修平くんとの未来を繋げたいんだよ」




椛は泣きながら笑っていた。

いつもと変わらない優しい笑顔。

俺はこの笑顔に何度も助けられてきた。

きっとこれからも助けられていくのだろう。


それは永遠のように長い時間。

幸せな未来を手に入れ、普通に愛し合って、普通に結婚して、普通に歳をとって、普通に死ぬまで続いていく当たり前の幸せな時間。


「前向きに歩いていこう。焦る必要はあるかもしれないけれど、焦り続けていたら世界が壊れる前に俺たちの身が壊れるかもしれない」


「わたしはわたし達の速度で歩いていけばいいんだよ」


「そうだな。けど、もう一度だけ思いっきり前に進まなければならない」


「巡ちゃんと話をするんだよね?」


「ああ。未来を繋げるための最後の鍵。もし巡と話をして何も得ることが出来なかったらその時はその時だ。俺たちで解決策を見つけていこう」


「うん。わたし達の未来を繋ぐために頑張るんだよ」


巡で何も手がかりが得れずとも、紅葉がいる限り死の危険は事前に知ることが出来る。

逆に言ってしまえば、それが分かるのであれば俺たちが生きるための道が閉ざされたわけではないということ。死の運命を回避し続け、紅葉の言う運命の日を乗り越えればその先に待つのは幸せな時間。


「……とりあえず、今日はもう休もう。主に体が疲れ果ててる」


「……え、えっちなんだよ」


「……悪い。そういう意味で言ったわけじゃないんだが、そういう意味になっていたわ」


「……ああ。やっぱりしてきてはいたんだ?」


背後から唐突に小夏の声が聞こえ、脱兎のごとく振り返りながら俺たちは互いに距離を取る。

ニヤニヤと笑う小夏はもう先ほどのことを気にしてはいないようだった。いや、気にしてはいるのだろうがいつも通りに過ごしたいということなのだろう。


「二回戦目するなら私はイヤホンで耳塞いでおくけど、どうするの? あと私がいるからってイチャつくの控えたりしなくてもいいからねお兄ちゃん」


「いや、流石に遠慮するわ」


「え? 今からお風呂で二回戦する? エロゲでは良くあるシチュエーションだけど、あれってわりと近所迷惑だよね。ほら、お風呂場ってかなり声が反響するからさ」


頼むから人の話を聞いてくれ我が妹よ。


「ここここ小夏ちゃん!? 確かにその通りだとは思うけど流石に場はわきまえるんだよ!?」


「え? それって小此木さんはエロゲをしているってことですか?」


「後者の方なんだよ!! お風呂場で声が響くことくらい言われなくても分かっているんだよ!!」


よっぽど恥ずかしいのか椛は全力で否定をする。

その必死さがまた可愛らしく、俺は会話の内容はさておき和んでいた。


「つまり防音設備が備え付けられていたらやるってことですね、分かります」


「ま、まぁ声が漏れないなら……って、そういう問題じゃないんだよ!?」


「とりあえず二人共、一緒に入れとは言いませんけどとりあえずお風呂入ってきたらどうですか? 意識を集中させるとちょっと大人の香りが――」


「修平くん!! 先にお風呂借りるんだよ!!」


持ってきた荷物の中からバスタオルとシャンプー、トリートメント、ボディーソープを一瞬でまとめて椛は駆け出す。


「あ、お風呂場はリビング出てすぐ右です」


「了解なんだよ〜!!」


勢いよくリビングから飛び出していく椛を見て俺と小夏は笑う。

胸にまだわだかまりは残っているけれど、またこうして小夏と笑い合えることは幸せなことだ。


「――お兄ちゃん。最後に一つだけいいかな?」


笑い終えた後、小夏はそう話を切り出した。

俺は無言で頷くと、たった一言、小夏は俺に言葉を送った。


「――諦めないで」


だから俺も一言で言葉を返す。


「当たり前だ」


これ以上の会話は必要無かった。

もうこの話をすることなどよっぽどの事がない限りは無いのだろう。でもそれでいい。諦めないで。その一言で十分な力をもらった。


「俺も風呂の支度しておくわ」


「一緒に入ってきちゃえばいいのに」


「ま、それはおいおいだな」


俺は小夏に手を振って自分の部屋に向かったのだった。



to be continued

心音ですこんばんは!

椛ルートはおそらく残り5話程度で完結になります。どんな展開が待ち受けているのか。果たして未来を繋ぐことはできるのか。


それでは次のお話でまたお会いしましょう

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