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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Momizi
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第52話『告げられた真実』

「……あの時の割れたような音の正体はこれだったのか」


椛との行為の時間を過ごした後、一緒にお風呂に入ろうという話になり、風呂場に向かった俺たちを出迎えたのは床や湯船に無数のガラスの破片が散らばる危険な浴室だった。

照明から鏡まで、全てが原型を留めてはおらず、本当に地震の影響でこうなったのか疑問に思ってしまうほどの惨状になっている。


「……」


浴室の有様を見た椛は顔を真っ青にして俺の服の袖を掴んできた。

先程まで熱を持っていたはずの椛の右手に自分の手を重ねると、氷のように冷たくなっており、今椛がどれほど恐怖を抱いているのか嫌というほど伝わってくる。


俺たちの来訪を出迎えてくれた椛はバスタオル一枚だけの姿だった。つまり地震が起こる直前まで椛はこの場所にいたということ。

もし俺たちの到着が少しでも遅かったり、玄関を叩く音が椛に届かなかったらと考えると全身の毛が逆立つような恐怖を覚える。


頭に過ぎるのはガラス片で血だらけになった椛の姿。

ガラス片なんて少し肌に掠っただけでも人間の肌は簡単に引き裂いてしまう。それがこの量だ。どんなに運が良くても怪我どころでは済まない。下手したら死んでいたかもしれないのだ。本当に椛が無事で良かったと思う。


「……修平くんが来てくれなかったら、わたし……どうなっていたのかな」


手だけではなく声も震えている。

今にも泣き出しそうな瞳で椛は浴室を覗いていた。


「……」


正直なところ、椛にどんな言葉を掛けてあげればいいのか分からなかった。

大丈夫。俺がいるから――そう声を掛けることに俺は迷っていた。だってそうだろ? 大丈夫って言葉はあまりにも無責任な言葉だ。自分に直接害が無いからこそ言える何の慰めにもならない。故に他人事のようなものなのだ。


「……修平くん?」


だから俺は無言で椛のことを抱きしめた。

少しでも震えが止まるように。椛の側には俺がいるということを伝えるために。

思えば俺たちに言葉なんてものは必要無いのかもしれない。こうして触れ合うことで伝えたい気持ちを伝え合うことができるのだから。


それから数分して椛はようやく落ち着きを取り戻すことが出来たらしく、いつもと変わらないほんわかとした表情で俺に笑いかけてきた。

その姿を見て俺もようやく安堵の息を吐く。椛はやはりこうでないと落ち着かない。


「もう平気か?」


「うん、ありがとう〜。でも、もうちょっとだけでいいから、ぎゅっとしてほしいんだよ」


そう言いながら椛は再び俺の胸に顔を埋めた。

小さな背中に手を回し、椛の望み通りぎゅっと力を込めて抱きしめる。


あたたかい。それは生きている証。

紅葉の忠告が無ければこうして椛の熱を感じることはできなかった。冷たくなって、もう二度と動くことがない椛の姿を想像した俺は頭を振って今の光景を吹き飛ばす。


……俺が守るんだ。

胸の中で安らかな顔で目を瞑る椛を見て、何よりも固い決意を結ぶ。椛との幸せのために未来を繋ぐ。大好きな椛の笑顔を絶対に守る。その為ならば俺は努力を惜しまない覚悟だ。

常に椛の近くにいたい。そうすれば何が起きてもすぐに対処できる。俺一人でどうにかならない問題だとしても、幸い友達には恵まれている。きっとみんなも力を貸してくれるはずだ。


「……」


砕け散ったガラスの破片。そこに紅葉の姿は映っていない。これはあくまでも俺の想像だが、紅葉に直接会うためには鏡――姿の映るものが必要不可欠。

声だけならば以前教室で経験したような感じでも、今日みたいに電話を通じてでもいい。けれど電話だと波長を合わせることに苦労してしまう。やはりいつでも直接話せるような環境を作っておく必要があるかもしれない。


「ねぇ、修平くん〜。お腹空いてないかな〜?」


「ん? ああそうだな……わりと空いてるかも」


運動……と言ったら聞こえはいいかもしれないが、ここは言葉を濁してと。慣れない体の動かし方をしたせいで思った以上に疲れている。


「じゃあ何か軽食作るんだよ〜」


とん。と、椛は俺の胸から離れるとその場で身を翻してリビングに向かおうとする。


「とっとっと?」


「おい!?」


しかしバランスが上手く取れなかったのか、倒れそうになったギリギリのタイミングで椛の体を支えた。

腕の中にすっぽりと収まる椛はこちらに顔を向けると照れくさそうに笑う。


「あはは〜、実はね、さっきからなんか修平くんのがまだわたしの中にあるような感覚がして歩きづらいんだよ〜……」


「ななななっ!?」


そう言えば女の子は初めての時はそんな感覚があるってことを雑誌で読んだ気がしてきた。

その時はただの比喩表現か何かだと思い笑っていた俺だったが、いざその状況が目の前にあると分かった途端、引いていた恥ずかしさが再び込み上げてきた。


「でもね、ちょっと大変だけど〜、嫌な感覚ではないんだよ? だってほら、修平くんと一つになれたって証なんだもん。この感覚も、あの時の痛みも、全部わたしにとっての大切な思い出。大好きなあなたに、わたしのすべてを捧げたという証なんだよ?」


恥ずかしそうに、でもそれ以上に嬉しそうに語る椛は誰がどう見ても幸せな女の子だった。

そして、こんな素敵な女の子と恋をしている俺もまた、幸せであることは間違いなかった。

誰もが羨ましがるようなカップルになりたい――そんなことを考えずとも、今の俺たちは正しくそのカップルそのものだろう。


「なぁ、椛……キス、してもいいか?」


目と鼻の先まで顔を近づけて俺は椛に訊ねる。

すると椛は答える代わりにそのまま顔を少しだけ上げて俺の唇に自分の唇を重ねた。


「……忘れちゃったかな? 修平くんのしたいことは、わたしのしたいこと。だからね、許可なんて必要ないんだよ。キスしたいならして遠慮なくして欲しい。抱きたいと思ったなら押し倒してくれて構わないんだよ。大好きなあなたのことを、わたしは何もかも受け入れたい。それがわたしの幸せなんだよ」


それが椛の幸せならば、俺は彼氏として叶えてあげたいと思う。何よりも誰よりも大切な椛のことを、世界で一番幸せな女の子にしてあげたい。


「椛……」


この気持ちを受け取って欲しい。そんな思いを込めて椛とキスを交わす。

ホイップのように甘く、マシュマロのように柔らかい椛の唇。僅かに空いた隙間から漏れる吐息と声は扇情的で、収まっていた熱が体全体を火照らせる。


「好きだ……椛。この町でお前に出会えて、本当に良かった」


「うん。わたしもだよ。もっと……もっとキスして欲しいんだよ……んッ」


唇の間から椛の口の中へ舌を入れる。

行為の最中に何度もしたキス。椛も流石に慣れたようで上手く舌を絡めてくる。

痺れるような快感。舌を通じて全身に気持ちよさが駆け抜ける。同じ快感を味わっている椛は俺の首に手を回し、もっと強くこの快感を味わおうとしてきた。

そのおかげで椛の柔らかい双丘が俺に押し当てられ、唇の柔らかさと胸の柔らかさ、その二つが俺の理性を掻き乱してくる。


『――随分と盛っているのね……』


このままもう一度椛のことを押し倒してしまおうかと考えたその瞬間、完全に呆れきったような声が俺の耳に届いた。


「……え? 誰?」


その声は椛にも聞こえていたらしく、得体の知れないものに恐怖を覚えているようだった。

しかし、そんな椛とは違い、俺はこの声の正体が分かっていたから怖さなんて微塵もなく、逆にどうしてこのタイミングで現れたのかを問いただしたい気持ちでいっぱいだった。


「……おい、紅葉。出るタイミング間違えてるぞ」


「え? 修平くん?」


虚空に向かって話しかけたと思われたのか、椛は戸惑いの表情を浮かべる。しかし俺は別に誰もいないところに向かって口を開いたわけではない。

俺の視線の先、そこには俺と椛が映っていた。そう、鏡だ。俺は洗面所に備え付けられている鏡に向かって言葉を続ける。


「これからいいところだったのにどうして邪魔をする」


『……流石に二回戦目まで突入されると私は出るタイミング完全に失うから、申し訳ないけれど横槍入れさせてもらう事にする』


苦笑混じりの言葉の後に、鏡がぐにゃりと歪んだ。

あまりにも現実離れした光景に、椛は絶句してその場に立ち尽くす。

何が起きているのか理解出来ている俺にとっては大したことない光景。だから大丈夫だと言い聞かせるようにそっと椛の手を握ってあげることにした。

やがて鏡の歪みは、椛にそっくりの容姿の女の子に変わり、俺たちに向かって小さく一礼する。


「……わ、わたし?」


最もな感想だろう。

けど、現実の椛と鏡の中の椛は別人。

その正体を知っている俺は不機嫌さを隠さずに鏡の中の少女――紅葉に話しかけた。


「やっと姿を見せてくれたことには素直に感謝しよう。だけどこれからの愉しみを奪った罪はでかいぞ紅葉」


『別にするなとは言わないけど、イチャつくのはちゃんと幸せな未来を繋いでから思う存分して。分かっていると思うけど、修平。あなたは今日未来を一つ書換えたのよ』


「すっげぇ気になるんだが、その話をする前に自分のことを椛に話してやれよ。見ろ、完全に話と状況についていけずに目が点になっている」


頭に大量の疑問符を浮かべている椛。

流石に何の説明も無しにこのまま会話を続けるのは効率が悪いと判断した紅葉は椛と視線を合わせる。


『久しぶり――と言いたいところだけど、この世界では初めまして椛。私の名前は紅葉。椛と修平の幸せを願う者』


「は、初めまして……なんだよ?」


挨拶を交わすも戸惑いが消える訳では無い。

救いを求めるようにこちらを見る椛に俺は心配ないと声を掛ける。


「こいつが幽霊の正体なんだよ。覚えているだろ? 俺たちが初めて会った日のことを」


「……覚えてるも何も、忘れるわけがないんだよ」


幽霊という単語を聞いて椛は納得したらしい。

力を使って俺たちの言葉に嘘がないことも見抜いているらしく、肩に入れていた力をここでようやく抜いてくれた。


「それで紅葉。俺たちの前に現れたってことは何か話してくれる気になったって捉えてもいいんだよな? まさか椛に自己紹介しに来ましたってだけだったら流石にキレるぞ」


『流石にそれは無い。とりあえず、修平は知っていると思うけど、私がこうしていられるのには時間が限られている。だから早いところ話をしたい』


こほんと咳払いを一つ。紅葉は真剣な表情に切り替えると椛を見据える。


『まずは椛。驚かないで聞いて欲しいんだけど、あなたは本来、今日起きた地震で死ぬはずだった』


「………………え?」


驚きの声をあげる椛とは正反対に、俺はやっぱりそうだったのかと納得していた。

電話口での紅葉の必死の訴え。椛の家に着くのが遅かったら未来は閉ざされていたというわけだ。間に合って本当に良かったと再度認識する。


『当然の反応よね。でもあなたなら私が嘘を吐いていないことは分かるはず。椛には言葉の真偽を見抜く力があるのだから』


「ど、どうしてわたしの力のことを知っているんだよ……? この力のことは修平くん以外の誰にも話したことないはずなのに……。いや、それよりも死ぬはずだったってどういうことなんだよ……?」


『そのまんまの意味。世界があなた達二人を殺そうとしているの」


アニメのセリフのような紅葉の発言。

しかしその言葉は椛のような力の無い俺でも事実であることがはっきりと分かった。


「今日はその運命の日だった。修平、あなたと初めて対話をした時、私が生きて欲しいって言ったことを覚えている? 死の運命を歩んでいるのは修平だけじゃない。椛もその運命に含まれているの』


「……今日のことがあったんだ。そんな気はしてた」


なるべく動揺を椛に見せないように振る舞う。

俺が怯えてしまったら椛との未来を繋ぐことなんて到底不可能な話だろう。


「わたしと修平くんは……死ぬの?」


『そうならないために私がいる。けど先に謝っておく。ごめんなさい。私はもう数え切れないほどあなた達を殺してしまっている』


「……それはどういう意味なんだ?」


そう訊ねると紅葉は、苦虫を噛み潰したような辛そうな顔で言葉を紡ぐ。


『……助けられなかった。私自身にはあなた達を救う力は無い。私に出来るのは、これから起こることを伝え、あなた達自身に未来を変えてもらうこと。今日修平が椛を助けたようにね』


定められている運命に逆らえば、別の未来を描くことができる。それは今日の俺の行動から証明された。

逆らえる時点で運命とは呼ばないのかもしれないが、変えられると分かっただけでも大きな進展と言えるのかもしれない。


『今から言うことは到底信じられるような事じゃない。でも信じて欲しい。椛の力があれば私の言葉が嘘じゃないことは分かることだけど、そうじゃなくて、力に頼らず自分たちの意思で信じて欲しい』


そこで紅葉は一旦そこで言葉を区切る。

多分これはただの間ではない。俺たちの覚悟を固めてほしいという紅葉なりの優しさなのかもしれない。

俺と椛は一度顔を見合わせ、互いの覚悟を確認し合うように頷き合う。そして表情を引き締めて再び紅葉の方へ顔を向けた。


『覚悟は決まったみたいだね』


「ああ、教えてくれ。お前が今から言おうとしていることが、この世界の秘密というやつなんだろ?」


紅葉は無言で頷き、そして淡々とその事実を告げた。






『――この世界は、同じ時間を繰り返している』






to be continued

心音ですこんばんは!

椛ルートでついに、みなさんはとうの昔に気づいている真実に触れました。しかしこれは全てではありません。紅葉と初めて会話した日、紅葉は話せないことがあると言っていました。何を隠しているのか……いやこの言い方は適切ではありませんね。何を話せないでいるのか、それを椛ルートで明かすかは悩み中ですが楽しみにして頂けると嬉しいです!

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