第49話『誓いのキス』
「おおー。虹ヶ丘町とは違ってこっちの方はだいぶ栄えているんだな。駅前に猫以外が集まっているのなんて久しぶりに見たわ」
改札を出ると虹ヶ丘町では叶わない人の集まりを見ることが出来て思わず感動してしまった。
都会にいた頃はこの光景が当たり前のはずだったのだが、たった一ヶ月ちょいで今の環境に慣れてしまった俺にとって目の前に広がるこの光景は懐かしいと思うと共に少しだけ安心してしまう。
「修平くんはこっちに来たの初めてなんだね〜。虹ヶ丘の学生はぱーっと遊びたい時とか、大きな買い物をする時はみんなこっちに来るんだよ〜」
「虹ヶ丘があんなんだから近隣も同じようなもんだと思っていたが……ちゃんとした所もあるんだな」
「その言い方だとわたし達の町が普通じゃないみたいに聞こえるんだよ?」
「虹ヶ丘は虹ヶ丘でいいところはたくさんある。ただあれだ。前まではこういう賑わっていたところに住んでいたから俺にとってはこっちの方が普通なんだよ」
都会と比べたらその賑わいは天と地ほどの差はあるわけだが、改札を出ても迎えてくれるのが喧騒ではなく猫の鳴き声の虹ヶ丘町よりも、この町の方が俺には性に合っている。
今度から買い物をする時は商店街じゃなくてこの町を使うことにしよう。問題点があるとすれば電車の本数が圧倒的に少ないから時間調整が難しいということだが、退屈しのぎになりそうな店はそれなりに揃っているから心配する必要も無いかもしれない。
「あれだよなぁ。デートって男がリードするものだけど、今回は椛頼みになりそうだわ」
「誘ったのはわたしだからそれでいいと思うんだよ〜。それに、勢いで告白しちゃったけど一応買い物が目的だからね〜」
そういえば目的はそうだったなと思い出す。
まぁ、ちゃんとした形のデートはこれからいくらでもすることが出来る。焦る必要は無い。
「それで? 買い物って何を買うつもりでいたんだ?」
「日用品がメインかな〜。あとは服?」
「あー、虹ヶ丘じゃ買えないこともないけど、なんつーか、俺たちの年代に見合う服は売ってないもんな」
町の大きさに合わず、何故か学生が多い町だが、学生向けの店はほぼ皆無に等しい。
強いて言うなら甘狐処だが、あの場所もどちらかと言えば年寄り向けの店だ。メニューはそれなりに充実してはいるものの好き好んで行くのは椛のような和菓子好きくらいだろう。
「なのでとりあえず、午前中は服を見つつウィンドウショッピングして〜、お昼になったらご飯を食べて〜、のんびりまったりしてから買い物して帰るコースで行こうと思うんだよ〜」
「目的を最後に回しているあたりデートする気満々だな」
「当然なんだよ〜。折角恋人同士になれたんだから二人っきりの時間を大事にしないとね〜」
どこまでも自分の気持ちに正直な椛。
きっと俺は椛のこういうところにも惹かれたんだろうなぁと思う。
降り注ぐ陽光が椛の笑顔を照らしあげる。
ただでさえ眩しい笑顔が、それのせいで余計に輝いて見える。一寸の曇りもない水晶のような笑顔。俺の大好きな人の笑顔はどんな時でも透き通って見えた。
歩く二つの影が楽しげに揺れている。
誰かと一緒にいてこんなにも楽しくなれることを、俺は椛とこうして隣り合って歩くまで知らなかった。
仲のいい友達や小夏と歩いていても、ここまでの気分に浸れることは無かった。全身を包み込むような幸福感。恋愛は自分の中で当たり前だった何かを変えてくれる。
「あ、修平くん見て見て〜。猫さんがいるんだよ〜」
歩く道の隅の方に三毛猫が一匹こちらを見ていた。
俺たちを警戒しているようで、一歩でも近づいた途端逃げてしまいそうだった。
「ん〜、触りたい……」
「しゃがんで近づけばワンチャンありそうだな」
「よし! わたしに任せるんだよ〜」
言いながら椛はゆっくりと腰を下ろし、地面に指を当てて軽くトントンと叩く。こっちにおいで〜ってやっているのだろうが……それ、効果あったっけ?
「臨戦態勢は解除してくれたみたいだけど、近寄ってきてはくれないね〜」
こちらに敵意が無いことは伝わったらしく、三毛猫は地面に伏せて大きな欠伸をした。こんなにもぽかぽかとした陽気なら眠くなる気持ちはよく分かる。
触るのは早々に諦めて寝かせてあげることにした俺たちは再び歩き始める。椛の行きたい店がこの近くにあるようだ。
「ここなんだよ〜」
辿り着いたのは木造のオシャレなお店だった。
女性物の衣類がメインのお店らしく、どこのブランドなのかは店の名前では分からなかった。。少なくとも小夏がいつも使っている店では無いようだった。
「どうせなら修平くんに一着選んでもらおうかな〜。そしたら今度デートする時にその服を着ていくことにするんだよ〜」
「ほお。それはなかなか魅力的な提案だな」
俄然やる気の出た俺は頭の中で椛に似合いそうな服をチョイスして着せ替えを始める。
今日着ているようなワンピースもなかなかいけるが、ワッフルTシャツにリブスカートといったカジュアル系も似合うかもしれない。スカートから離れてジーンズのショーパンにトップスを適当に合わせるのもいいだろう。椛っぽくないと言えばぽくないのだが、新境地の開拓になるかもしれない。
「しゅ、修平くん? なんかすっごくにやけているけど何を考えているのかな〜?」
「なに、ちょっと頭の中で椛を着せ替えていただけだ」
「わたしは修平くんの頭の中で人形にでもなっていたのかな!?」
「さ、時間が惜しい。早く店に入ろう」
「スルーしないで欲しいところなんだよ!?」
後ろで騒ぐ椛を更に今一度スルーして俺は店に入った。店内を流れるクラシック音楽と店員さんの礼儀正しい挨拶が出迎えてくれる。
外見から察していた通り、中もオシャレで女性には受けの良さそうなお店であることは間違いない。
「お。これとかどうだ?」
店内を歩いて椛に似合いそうな服を見つける度に合わせていく。正直なところ、俺のチョイスが完璧すぎるせいで何を合わせてめちゃくちゃ椛が可愛い。
前から小夏に、お兄ちゃんは服を選ぶセンスが良いと言われ続けてきた。そんな俺の力が発揮されすぎるのも困ったものだ。
「何を考えているのか分からないけど、ろくな事を考えていない目をしているんだよ〜?」
「いや済まない。自惚れしてた」
「何にかな!?」
今日の椛はツッコミがなかなか激しい。
これも恋人という関係になって距離が縮まったからなのだろうか。もしそうならば嬉しいなと思いながら、ふと目に付いた一着のワンピースを手に取る。
「おお〜。そのワンピース可愛いね〜」
ピンクをベースにした花柄のワンピース。着てみれば分かるが、おそらく背中が開いてるタイプのものだろう。ワンポイントとして裾の方にフリルが付いているのもまた可愛らしい。普段からふわふわしている椛にこの上なく似合うワンピースだった。
「修平くんはそれがお気に召したみたいだね〜」
「ああ。このワンピースを着ている椛が見たい」
「自分に素直な人、わたし好きだよ〜。ふふっ。気に入ったなら購入決定なんだよ〜。サイズもちょうどぴったりだからラッキーだね〜」
椛自身もだいぶ気に入ったようで、鼻歌を歌いながら選んだワンピースを俺の手から取ると、胸元で大事そうに抱えた。
嬉しそうに顔を和らげるその姿を見るだけで喜んでいることが分かり、こっちまで嬉しくなって思わず笑みを零してしまう。
「じゃあこれ買ってくるから少し待ってて欲しいんだよ〜」
「あ、ちょいストップ」
レジに駆け込もうとしていた椛の肩を掴む。
「ここは俺に払わせてくれないか? 値段もバカ高いって訳じゃないからな」
「ええっ!? それは流石に申し訳ないんだよ……。選んでもらっただけでわたしは満足なんだよ〜?」
「初デートのプレゼントをしたいんだよ。いい記念になるだろ?」
実は彼女が出来たら初デートに何かプレゼントするのが俺の密かな夢だったり。
悩んでいる椛をじーっと見つめていると、恥ずかしそうに頬を染めてちらちらと俺を見る。
「んん〜……。修平くんがそこまで言うならお言葉に甘えちゃおうかな?」
照れくさそうにしながら椛は俺にワンピースを渡す。
そのままレジに向かうと、めっちゃくちゃニコニコしている店員さんが待機していた。
「青春してるねぇ、お兄さん。これはあたしからのささやかな気持ちだよ」
言いながら店員さんは元値から二割ほど引いた金額を提示してくる。恋する男女を応援するとてもいい人だった。
「おお。ありがとうございます!」
「いいんだよ。お兄さんの恋、応援してるよ」
バシバシと肩を叩いてくるテンション高めの店員さん。見ず知らずの人とはいえ、こういう風に祝福してもらえるのは嬉しいことだった。
店から出てある程度歩き進んだところで俺は椛に紙袋を渡す。受け取る際に見えた椛の表情は言葉では形容できないような嬉しさに満ちていた。
サプライズで用意したらもっと喜んでもらえたかもしれない。今度何かあげる時はサプライズにしようと心に決める。
「本当に嬉しいんだよ〜。今度のデートの時、楽しみにしていてね〜」
会計をする前と同じように椛はワンピースの入った紙袋を胸元で抱きしめる。けど、ふと何かに気づいたのか、片手で持ち直してそのまま歩き始める。
「今から楽しみで仕方ない。俺のチョイスは絶対に間違っていないはずだ」
「は〜いはい。それじゃあ修平くん、そろそろランチでもしようよ。オススメのお店があるんだよ〜」
「お。それは期待できるが、まさかとは思うけど和菓子の店じゃないよな?」
「ランチって言ったはずなんだよ!? 修平くんの中でわたしは、和菓子しか食べない変な女の子になっていないかな!?」
「変な女の子にはなってないぞ? 可愛い彼女さんになっている」
「〜〜〜〜っ!!」
今日一番の赤さに一瞬で染まる椛の顔。
まったりしているように見えるけど、案外照れ屋さんなのかもしれない。これから付き合っていけば、もっとたくさんの椛のことが知れると思うと楽しくなってくる。
「しゅ、修平くんはわたしの中でカッコイイ彼氏さんになっているんだよ?」
「マジか。サンキュー」
「照れて欲しかったんだよ〜〜〜!!」
あっさり言葉を返すと、空いて手を使ってぽかぽかと殴ってくる。殴ると言ってもこれっぽっちも痛くないし、ただのじゃれ合いのようなものだ。
「いつか絶対、修平くんのこと照れさせるんだよ……」
「言うて椛よ。俺はお前に告白された後、めっちゃくちゃ照れていたんだが」
「あれはノーカンなんだよ〜。だってあの時はわたしも負けないくらい照れていたと思うからね〜」
「しかもその後、駅まで全力ダッシュだったからな」
汗だくになって電車に乗り込んだ一時間ほど前の出来事を思い出して、ほぼ同時にため息を吐いた。
あまりのタイミングの良さに今度は揃って声を上げて笑ってしまう。
幸せな時間だった。
大好きな人と一緒に笑えること。それは友達とくだらない話をして笑うのとは訳が違う。何もかもが特別なのだ。
椛の笑顔を見ていると、どんなに心の中に雲が覆っていようと、太陽のような眩しさが雲を貫いて光を与えてくれる。それはまさしく希望の光。椛の言葉は、笑顔派、未来への道しるべ。現に俺は椛の言葉があったからこそ今こうして恋人同士でいることができる。
「あっ……」
椛の空いた方の手を握る。
紙袋の持ち方を変えたのはこうして手を繋ぎたかったからだと思ったから。
「……ほんと、修平くんには敵わないんだよ」
ぎゅっと椛は手を握り返してくる。
初めて繋いだ時のような照れは薄くなっていて、代わりに安心感が大きくなっていた。ああ、好きな人に触れているだけでどうしてここまでホッとすることが出来るのだろう。
「――大好きなんだよ、修平くん。だから、わたしのこの手を絶対に離さないでほしいんだよ」
「頼まれたって離すものか。俺だって椛のことが大好きだからな。いついかなる時も、この手を離さない」
「わたしも離さないよ。絶対……絶対に離さない」
繋いで手から伝わる熱が身を焦がすようだった。
身体が沸騰しているみたいに熱い。椛のことが愛おしくて仕方なかった。
周りの喧騒が消える。見つめ合う俺たちだけの世界がそこに広がっている。椛の顔以外、何も見ることができない。
「……」
そっと目を閉じる椛。それが合図だった。
軽く姿勢を落とし、そのまま俺は椛の唇に自分の唇を重ねた。
「……ンっ」
熱っぽい吐息が唇の端から漏れる。
あたたかくて柔らかい椛の唇。いつまでもこうして椛の唇の感触を味わっていたかったが、体が酸素を求めてくる。
「……修平くんに、ファーストキス、あげちゃった」
熟れた林檎のように紅潮する椛の顔が、恥ずかしそうに、でもそれ以上に嬉しそうに、そう語る椛が何よりも愛しかった。
「――あなたのこと好きになって、本当に……本当に良かったんだよ」
to be continued
心音ですこんばんは!!
テンション上がってます!!上がりまくってます!!自分で書いたくせに照れてます!!←アホ




