第43話『記憶の矛盾』
黒板を削るチョークの音。一文字書いていくごとに白い粉がパラパラと舞っていた。クラスメイト達は先生が板書している内容を必死になってノートに書き写していた。
時計を見るとあと数分で昼休みという時間帯。一分一秒でも昼休みを無駄にしたくないという強い意志を感じられた。かくいう俺は特にノートに何かを書くこともなく、ただただ空を流れる白いを雲を眺めている。
別にサボっているわけではない。
今授業でやっている内容は前の学校で既に習った範囲だった。内容は完璧に覚えているし改めて復習するまでも無いだけの話なのだ。
まぁそんなことは実際問題どうだっていい。考えなくてはいけないのは教科書の応用問題ではなく、何の偶然か隣の席になった風見 巡の事だった。
昨日の出来事はしばらく忘れられそうになかった。
それどころかこの町にいる間、常に付き纏ってくるような得体の知れない不安すらも感じる。
巡……。こいつは何かを知っている。俺や椛の知らない何かを確実に知っているくせにそれを隠している。それが無性に腹立たしく思えてしまうのだが、見方を変えてみれば隠す理由に納得はいく。まぁこの考えの場合、余計に不安が大きくなるだけなのだが。
言わないのではなく、言えないのだとしたらどうだろう? 本当は話したいのだけど話せない理由がある。俺たちが不利になるような情報だから伝えるわけにはいかない。
根本的な解決には至らないが、こう考えることで巡に対する疑惑が多少晴れる。代わりに不安だけは増していくのだが、誰かを疑うよりは気持ち的にマシだったりする。
「……」
顔は黒板に向けて授業を聞いているように見せかけて、横目で巡の様子を伺ってみることにした。
何食わぬ顔で授業を受ける巡。俺が見ていることなんて一切気づいていないようで、教科書とノートを交互に見つめて唸っていた。
巡が今考えている問題は先ほど暗算で解いていた。さて、解き方を教えてあげるかやめておくか。数秒悩んだ末、もう授業が終わることに気づいた俺は観察するのをやめて片付けをすることにした。
それからすぐに授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、待ちわびていた昼休みの時間がやって来る。
死んだように静まり返っていた教室は活気を取り戻しすぐに賑やかになった。
行きに買ったお昼ご飯を食べようと机の横に掛けていた袋に手を伸ばしたところでのんびりとした声が俺を呼んだ。
「修平くん〜。お昼ご飯食べよ〜」
パタパタと俺の元へやってきた椛。その後ろには弁当箱を持った葵雪の姿もあった。
それを見たからか、俺に声を掛けようとしていたクラスメイトはそそくさとその場から離れて自分のグループに戻っていった。
少し悪いことをしたなぁと思いつつも俺はよっこらせと立ち上がった。
「何処で食うんだ? 屋上とか?」
前の学校ではこの季節、よく屋上であたたかい陽射しを浴び、爽やかな風に吹かれながらご飯を食べていたなぁと思い出す。
「あー、残念だけどうちの屋上は入れないわよ。ずっと鍵が掛かっているの」
「ありゃそうなのか」
ま、もうすぐこっちに来るであろう小夏に任せれば田舎の学校のセキュリティなど無いも同然だろう。
「お兄ちゃーん! 来たよー!」
「お、小夏。ナイスタイミングだな」
クラス中の視線を一斉に集めた小夏は手を振りながら教室に入ってくる。
「ん? 後ろのは?」
一人で来るもんだと思っていた俺は小夏の後ろにいる少女の姿を見て首を傾げる。
「ああ、この子は私のクラスメイト。名前は花澤ひよりさん。仲良くなれたから成り行きで連れてきたんだよ」
「……いい迷惑だな。えーっと、花澤さんだったか? 俺は小夏の兄で修平って言うんだ。うちの妹が迷惑かけて悪いな」
申し訳ないと思いながら軽く頭を下げるが、少女はオレンジ色のサイドテールをぶんぶんと振りながら頭を上げてくださいと促してくる。
「いえいえ! 迷惑だなんて全然思ってないので安心してください! むしろ小夏さんから話を聞いて会ってみたいと思っていたんです!」
「……」
何故かその言葉に不安を感じて小夏に視線を移す。
視線が合わさるその瞬間、故意的に小夏は目を逸らした。何か後ろめたいことがある証拠だった。
「……お前、花澤さんに何を言った?」
声を低くして尋ねる。
小夏はビクッと肩を震わせると、錆び付いたロボットのようにぎこちない動きでこちらに顔を向け、曖昧な笑顔を作る。
「べべべ別に!? うちのお兄ちゃんは前の学校では悪評高くて有名だったなんて口が裂けても言えるはずがないよ!?」
「言ったんだな!? おい言ったんだな!!? 確かに悪評も高かったがそれ以外でも有名だったはずだろ!? てかそれはお前にも言えることじゃねーか!!」
「ま、そうなんだけどね?」
「……急に冷静になるなよ」
良くも悪くも有名だった俺たち兄妹。
きっとこの学校でも知らず知らずのうちに有名になっているのだろう。全校生徒合わせても100人程度らしいし。
「花澤さん、小夏の言ってることは本当だが俺は悪いやつではない」
「自分で言う人ほど信用ならないよねー」
「お前ちょっと黙っとけ」
コンビニで買った菓子パンを袋ごと小夏の口に詰め込んだ。むぎゅっ!? と、人から出るとは思えない、悲鳴なのかすら良く分からない声を上げた小夏はめでたく撃沈した。
「い、妹さんに容赦ないですね……」
「たまに役が逆になるからどっちもどっち。花澤さん……言いづらいから名前で呼んでもいいか?」
どうもさん付けをするのが慣れない。
というより……何だろうか? この子をさん付けするのはおかしいような気がした。
「ほえ!? い、良いですけど……代わりにひよりも名前で呼んでもいいですかね」
「構わないぞ。んじゃ改めて……俺は深凪 修平。そこでへばっている小夏の兄だ。よろしくな、ひより」
「これはご丁寧にどもどもです! ひよりは花澤ひよりって言います。よく友達には天真爛漫な子だと言われるんですけど、多分その通りなので仲良くしてくれると嬉しいです!」
友達の証として握手を交わす。
転校初日から周りに女の子ばかり集めている俺の印象はそれなりに悪くなっているような気もするが……まぁ些細な問題だろう。
「わたしは小此木 椛だよ〜。それでこっちが友達の水ノ瀬 葵雪ちゃんと風見 巡ちゃん。先輩とかそういう上下関係は気にしないでくれると嬉しいんだよ〜」
さらっと巡の紹介もしていく椛。
それを聞いた小夏は一瞬だけ巡の方を見てすぐに視線を俺に移した。
昨日の出来事は家に帰ってから小夏に話している。
話していると言っても分からないことが多すぎてかなり大雑把な説明になっている。
だから昨日話し合って巡のことを色々と探ってみようということになったのだが、朝のホームルームの後や中休みなどに話しかけてみても、意図的とも思えない自然な流れで会話を逸らされていた。
俺たちの聞き方が悪いのもあるかもしれないが、そもそも何をどう切り出せばいいという話でもある。直接、何を隠しているんだ? とか聞ければいいのだが、生憎そこまで踏み込む勇気はまだ無い。あったとしてもはぐらかされるのが関の山。
「そう言えばお兄ちゃん? 私が来た時にナイスタイミングとか言ってたけど何がナイスだったの?」
「ん? ……ああ忘れてた。実はこの学校、鍵が掛かっているから屋上に入れないらしいんだよ」
「そうなの? じゃあ今日のお昼は屋上で食べよっか」
「決まりだな。んじゃ行くとするか」
「……ちょっと待ちなさい?」
小夏と共に一歩踏みだしたところでガシッと肩を掴まれる。振り返ると頭に疑問符を浮かべた葵雪と目が合った。
「入れないのにどうして屋上で食べようって話で決定になっているのかしら……? まさか兄妹揃って頭のネジが数本抜けているとか言わないわよね?」
どうやら俺たちは頭のおかしい奴と思われたらしい。
しかし声を大にして言いたい。俺たちは常に正常であると。考えが普通の人の斜め上を貫いていることを除けば常に正常であると!!
「小夏。例のブツを」
「了解だよ、お兄ちゃん」
小夏は前髪に付けていたヘアピンを差し出していた俺の手に乗せた。そしてそれを訝しげな表情で俺たちを見る葵雪たちの前に突き出した。
「見ろ。屋上の鍵だ」
俺の言葉に空気が凍りついた。
疑惑の眼差しは軽蔑の眼差しはに変わり、どこからかヒューと乾いた風のような音が聞こえてきた。
俺たちの周りを除けば教室は賑やかだった。ああ、どうしてこうも温度差が生まれてしまうのだろう。田舎の人間には俺たち兄妹の渾身のボケがこれっぽっちも伝わらなかったらしい。
「……んと、修平くん?」
おずおずと口を開いたのは巡だった。
なんというか、非常に言いにくそうにしているのはどうすれば俺たちが傷つかずに済むかを考えているようで逆に心が痛んだ。
「……行こう、お兄ちゃん。この時代は私たちに冷たいみたい」
B級の時代劇のラストのようなセリフを残して小夏は踵を返した。俺は屋上の鍵をきつく握り締めて小夏の後に続く。
さらば俺たちの学園生活。まだ始まってから半日も経っていないが充実していた……と思わない。
「修平くん〜、小夏ちゃん〜? 哀愁漂わせているところ悪いんだけど、ちょっとジュース買ってきてもらってもいいかな〜?」
「鬼か!?」
「鬼ですか!?」
椛の容赦ない発言に俺たちは叫びながら振り返る。
ほんわかと笑顔を浮かべている椛。見てるだけで気持ちが軽くなるような笑顔は微妙になっていた空気すらも浄化していくようだった。
「――さぁみんな、行こっか?」
その懐かしい声は胸の奥に凛と響いた。
ああ……やっぱり俺はこの声を知っている。記憶には無いけれど心が――そして身体が憶えている。
席を立った巡は真っ直ぐに俺の元へと向かってくる。
花のように優しい香りが鼻腔をくすぐった。それは風になびく髪から漂ってくる巡の香り。椛とは違った意味で心の底から安心できる不思議な香りだった。
「修平くん、屋上の鍵使ってくれるかな? 私、外でのびのびとお昼ご飯食べたいな」
俺には巡が何を考えているのか分からない。
それでも……胸のうちに疑惑があったとしても、どうしてか巡の言葉は信用してもいいと思っている自分がいる。
俺の知り得ない何かを知っていて、それを意図的に隠そうとしているのだとしても、巡の言葉は無条件で信じられる。いつもそうだった。
……いつも? 俺は何を考えているんだ? なんでいつもなんて言葉が自然に出てくる?
記憶と思考が噛み合わない。歯車が外れているのに時を刻み続ける古びた時計のような不気味さに俺は身震いをした。
「――ねぇ、修平くん」
巡は人一人分間を開けて俺を見上げていた。
青空のように青く澄んだ瞳。何かを訴えかけるように俺を見つめる巡はゆっくりと口を開いていく。
その瞬間に理解した。巡が何を言おうとしているのか。そして俺がそれに対してどう答えるのか。
「――私のこと、信じてくれる?」
そうして巡は想像通りの質問を俺にしてきた。
だから俺も予定通りの言葉を返すことに決める。そう答えることで巡へ近づく一歩になるのと、俺や椛が忘れている何かを思い出すきっかけになるような気がしたから。
「ああ――信じるよ、巡」
「ありがとう。修平くんならそう言ってくれると信じていたよ」
巡は嬉しそうに微笑む。
それを見て直感的にこの笑顔こそが巡の嘘偽り無い本物の笑顔なんだと分かった。ただただ安心できる優しい笑顔。どうしてこんな思いを抱くのか分からないけれど、それでもたった一つ言えることがあるとすれば、俺はきっとこの笑顔に救われたのだろう。そしてこの笑顔を――守ろうとしたのだろう。
ああ駄目だ。なんでこんな事を思うのだろうか。
絶対におかしいのに、それでもそう思わずにはいられなわ。
「……?」
そんな時、ふと耳に声が届いた。
それは耳からというよりも頭に直接響く、寂しげで、今にも泣き出しそうな……祈りの声だった。
『――お願い。未来を……繋げて』
to be continued
心音です!こんばんは!
お決まり回でしたが、最後の声は誰なんでしょうか?椛の話ではこの声の持ち主が物語に大きく関わってきます。どうぞお楽しみにしていただけると幸いです。
それでは次のお話でまたお会いしましょう。




