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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Momizi
42/166

第41話『月明かりの出会い』

「修平くん。お皿とかは分かりやすいようにしまえばいいかな〜」


「おー。頼むわ。あ、小夏。こっちは終わったからそっちの荷解きする。多分それは俺の荷物だ」


「らじゃーだよ! 私ももうすぐ終わると思うからすぐに手伝うね」


「さんきゅー。でもゆっくりでいいぞー」


水ノ瀬食堂でご飯を済ませた後、俺たちは新居に向かった。既に引越し業者さんは作業を終了させていたらしく、一人寂しく荷台でタバコを吸って俺たちが来るのを待っていたまだ若い人から鍵を貰って今に至る。


最近の業者さんは優しい人が多いらしく、タンスや食器棚など生活に必要な家具のほとんどが俺たちが移動させずともいいように完璧な位置にセッティングされていた。

その甲斐あって俺たちがする作業は小物の整理やら衣服をしまったりするくらいで予想していた時間よりも早く片付けが終わりそうだった。


「悪いな椛。俺たちのことなのに手伝わせちゃって」


一緒に片付けを手伝ってくれている椛に声を掛ける。

荷解きをして食器類を棚にしまっていた椛は顔だけこちらに向けてほんわかと笑う。


「遠慮はいらないんだよ〜。それにどうせ今日は丸一日暇だったから丁度いい暇つぶしになっているんだよ〜」


空いた手でグッとガッツポーズをする椛。

何気ない行動の一つ一つが素直に可愛いなぁと思ってしまう。あまり考えないようにしていたのだが、もしかしなくても俺は椛に惹かれているのかもしれない。


とはいえ、いつまでも見惚れているわけにはいかず俺は自分の作業を再開させる。予想より早く終わると言ってもこのペースだと日が暮れるまで掛かるのは目に見えていた。

今はちょうど18時を過ぎたあたり。何だかんだ作業を始めてから三時間近く経過していた。ここらで小休憩を挟んだ方がいいかもしれない。そう思った俺は最初のうちに見つけておいた電気ポットに水を入れてコンセントを差し込む。


「おーい、小夏、椛。コーヒーと紅茶、あとは……新茶があるな。何飲みたい?」


「私は紅茶がいいー。ミルク多めで」


「ダージリンだけどいいか?」


「あれ、アッサム切らしてたっけ? 後で通販で買っとくよ。だから私はお兄ちゃんと小此木さんに合わせることにするよ」


小夏はアッサムのミルクティーが好きでよく飲んでいる。こっちに来る前は学校帰りに小夏と二人、よく喫茶店に行って飲んだものだ。無論、休日のティータイムも基本的にアッサム。しかもその辺に売っているティーパックのやつではなくネット通販で買った本場のアッサムだ。


「頼むわ。んで、椛は何飲む?」


「新茶がいいんだよ〜」


「お。随分と渋い選択をするんだな」


「ちょうどお団子もあるからね〜」


ほんわか笑顔の椛は両手に持ったみたらし団子を嬉しそうに振っていた。

おいおいおい。まだ真新しいキッチンをみたらしで汚すのだけは勘弁して――ん?


「……ちょっと待て。椛、お前今その団子どこから取り出した……?」


あまりの自然さにさらっと流そうとしてしまったが、目の前で起こったとんでもない芸当に俺の思考は壊れたパソコンのようにフリーズしてしまった。

椛はというと何も無かったように済ました表情でダンボール箱から出したお皿に団子を積んでいく。


「できたんだよー」


最後の一本を乗せるとピラミッドが完成する。

写真で見るような綺麗な並び方に感心したいところだが、口元に人差し指を当て、餌を待つような子犬のようにキラキラと輝く瞳で団子を見つめる姿を見てしまい、お茶を入れることを優先した方が椛の喜ぶ顔が見れるような気がしたから湯のみと急須(きゅうす)をシンクの上に置いてお茶を入れる準備を始めた。


「小夏ー。テーブル空けておいてくれー」


「分かったー。と言ってもダンボール片付けるだけだよね。一応埃を拭いておくよ」


「よろしく頼む」


ちょうど沸いたポットのお湯を急須に注いでいく。

新茶の落ち着く香りを楽しんでいると隣でじーっと俺の手元を見ていた椛がくいくいと福の袖を引っ張ってくる。


「わたしは何をすればいいかな〜」


「椛は団子を運んでくれると助かる。お茶は俺が持っていくからさ」


「了解なんだよ〜」


そう返事をして団子を運ぶ椛の足取りは弾んでいた。

テーブルの真ん中に皿を置くと鼻歌交じりで椅子に座る。俺は苦笑しながら新茶を抽出している間に湯のみを温め、40秒くらい経ったところで急須を軽く回したところで温めておいた湯のみに注いでいく。


「煎れたぞー」


さわやかな香りを漂わせる新茶を持っていくと、椛は待ってましたと言わんばかりに手を鳴らして俺から湯のみを受け取る。


「ん〜。いい香りなんだよ〜。修平くんお茶の入れ方上手いんだね〜」


「お兄ちゃんはお茶に関してもそうですけど、コーヒーや紅茶を入れるのもとっても上手いんですよ。飲み物にあった最適解でいつも入れてくれるのでいつでも美味しいものが飲めるんです」


「ほえ〜。私は和菓子が好きだからお茶に関しての知識はそれなりにあるけど他の飲み物はダメなんだよ〜。あ……とっても美味しい」


新茶を啜った椛はびっくりした様子で湯のみを見つめる。薄く濁った水面に椛の顔が映ってゆらゆらと揺れていた。


「気に入ってくれたならお代わりも入れてやるから遠慮なく言ってくれ」


「そうさせてもらうんだよ〜。あ、二人共このお団子はね、わたしがとっても好きなお店のお団子なんだ〜。食べてみて食べてみて〜」


どぞどぞと勧めてくる椛から団子を一本受け取る。

手を伸ばせば取れる距離にあるのにわざわざ取ってくれた優しさに感謝しながら一口食べてみた。


口に入れた瞬間広がる甘い香り。とろっとしたみたらしは甘さが控えめでじんわりと口の中に甘さを広げていくようだった。そのおかげでみたらしの味が消える前に団子の旨みと合わさり絶妙な味のバランスが生まれる。


「このお団子とっても美味しいですね……。何処かの名店のお団子とかですか?」


もぐもぐと団子を頬張りながら小夏は椛に訊ねる。


「違うよ〜。これは甘狐処――今日行かなかったもう一つの飲食店のお団子なんだよ〜。わたしの知りうる限りで一番美味しいところなんだ〜」


「こんな美味しいお団子を売っているところがこの町にあるんですか……。田舎だと思って甘く見てましたが、水ノ瀬さんの食堂と言いこのお団子と言い……美味しいものが集まっている町ですね」


小夏の言う通りだ。馴染みの店が無いのはやっぱり悲しいがここは心機一転。新しい町での新しい生活に頭を切り替えていかなければならない。

そうすることでまだ見えていないこの町での新しい発見があるだろう。当面はこの町で過ごすことになるんだ。色々と知っておくならば早いに越したことはない。


「美味しいものだけじゃなくて自然も豊かなんだよ。虹ヶ丘町は町全体が山に囲まれているようなところだからね〜。もし良かったら時間がある時に案内してあげるよ〜」


「マジか。じゃあ明日は? 放課後とか」


俺と小夏も明日から学校に通うことになっている。

椛からの情報によると全学年1クラスずつしかないらしい。ようするに俺は椛と葵雪とは確実にクラスメイトになれる。小夏だけ一つ下だから離れてしまうがどうせ昼休みとかには俺のクラスに来るだろう。


「放課後いいよ〜。わたしは基本的に毎日がフリーです〜」


えっへんと胸を張る椛。

服越しからでも分かるその膨らみの大きさに俺は何故かほんの少しだけ恥ずかしくなり、さりげなく椛から目を逸らした。


「小此木さん、彼氏はいないんですか?」


随分とぶっ込んだ質問をするなーと思いながら俺は新茶を啜る。

うん。我ながら上出来だな。


「どストレートな質問だね〜。一応彼氏いない歴=年齢だよ〜」


「なら、うちのお兄ちゃんとかどうですか?」


「ぶはっ!! げほっ、ごほっ! 小夏、おま!! 何言って……!!」


俺は盛大に茶を噴き出してむせ返ってしまう。もろに気管に入ったせいでなかなか咳が止まらず息が苦しくなってくる。


「あわわ。修平くん大丈夫? 背中摩ってあげるね」


大丈夫の一言ですらまともに発することが出来ず、椛はその間に俺の背後に回って優しい手つきで背中を摩り始めてくれた。

妙にこそばゆい感覚。けれど悪くはなかった。小さい頃、母親にこういうことをしてもらっていたなぁと思っているうちに咳と呼吸はだいぶ落ち着いてきた。


「ふふっ。もう大丈夫そうだね〜」


「ああ、助かった椛。そして小夏。お前覚悟しておけよ……」


「私、別に冗談で言ったわけじゃないんだけどなー。なんかお兄ちゃんと小此木さん見てるとこう……心がほわほわする」


小夏は手を使って頑張って表現しようとするがあまりにも分かりづらい。流石の椛も戸惑っているだろうなぁと思いながら後ろを振り向くと、何故かじっと俺を見下ろしていた椛と目が合った。


「そこまで言われちゃうと期待に応えたくなっちゃうね、修平くん」


「いやいやいや、流石に小夏の冗談だろ……」


さらっと会話を流そうと思ったのだが、椛は静かに首を振ってそれを否定する。


「ふふ〜、残念。小夏ちゃんの言葉は嘘じゃないよ〜。そうでしょ? 小夏ちゃん」


「え? あ、はい。まぁそうですけど」


話を振られた小夏ですら戸惑ったように言葉を返す。

小夏だって冗談で流されると思っていたのだろう。例えその気持ちが本当だったとしても、こんな風に言われて信じる人なんて早々いない。


「そうだね〜。小夏ちゃんの気持ちに応えたい気持ちはやまやまだけど、わたしはまだ修平くんのことを良く知らないからね〜。だから〜」


ふと、肩に乗せられていた椛の手が離れる。

どうしたのかと思い再び顔を椛の方へ向けようとするも、すぐ側で石鹸のような優しい香りを感じて俺は静止する。


「――もっと修平くんのことを知りたいな?」


耳元でそう囁いてくる椛。

砂糖菓子のように甘く蕩けるような言葉に俺は胸の高鳴りを隠すことが出来なかった。


「ふふっ」


すぐに俺の様子に気づいた椛は悪戯っぽい笑顔を浮かべて俺から離れると、今度は小夏の方へ向き直って手を後ろで組む。それから少し前傾姿勢になりながらお馴染みの笑顔を浮かべる。


「ねぇ、小夏ちゃん。ちょっとだけ修平くんを借りてもいいかな〜?」


「あ、いいですよ。ちゃんと返してくれるなら小此木さんの好きにどうぞです」


「ちょ、ま。小夏?」


てっきり否定してくれるものだとばかり思っていた俺は妹の裏切り行為に驚きを隠せなかった。


「わ〜、ありがとう、小夏ちゃん。明日お団子を奢ってしんぜよう~」


「えーっと……椛? 俺に拒否権は無いのか?」


「さぁ修平くん。夜のお散歩にレッツゴ〜」


どうやら訊ねるまでもなく俺に拒否権というものは無かったらしく、ずるずると引きずられるような形で俺は椛に連行されていく。

鼻歌交じりでご機嫌そうに俺の手を引く椛を見ると振り払う気も起きず、俺は逃げることは半ば諦めて椛についていくことに決めた。


「いってらっしゃーい。今日帰らないようならちゃんとメッセージはちょうだいね、お兄ちゃん」


などと冗談なのか本気なのかもはや分からなくなった小夏の言葉に盛大なスルーを決め込んで俺たち二人はリビングを後にした。

まだダンボール箱の散らかる廊下を抜け、玄関に辿り着いたところで椛はようやく手を離してくれた。

とは言え、開放された訳では無いから素直に靴に履き替えてのんびりと履き替えている椛を待つ。


「待たせてごめんね〜」


「別に気にしてないぞ」


椛が外に出たのを確認して鍵を閉める。

小夏が家にいるが用心するに越したことはない。


「偉いね〜。この町は安全だから家に誰かいるならわたしは基本的に閉めないよ〜」


「あ、安全とはいえ不用心だな……」


「みんな良い人たちだからね〜。不安材料がないんだよ〜」


「都会とは大違いだな」


なんてことない会話をしながら俺と椛は夜の町を歩んでいく。隣り合って歩く俺たちの距離はとても近く、少し手を伸ばせば互いに触れられる距離にいた。


しばらく無言の時間が続く。

会話が無いと色々と不安が浮かんでくるものだが、椛といるこの時間はそんなことはなく、むしろ落ち着くことができた。まるで何年も共に寄り添ってきたような……そんな絆を感じていた。


「?」


「ん? どうした椛」


夜空を眺めながら歩いていた俺は突然立ち止まった椛の一歩先で止まって振り返る。


「……誰かいるんだよ」


椛は俺の後ろの方を見据えてそう呟いた。

その瞬間頭に過ぎったのはミラーに映っていたあの幽霊の姿。全身に悪寒が走る。それでも振り返らないわけにはいかなかった。聞かなければならない。お前は一体何なのだと。


「……?」


意を決して振り返った俺は静止する。

俺たちより十メートルほど先。先には確かに人が立っていた。でも俺が見た幽霊とは外見がかけ離れていた。


「え、誰……?」


思わずそう呟いたその時、雲の合間に隠れていた月が姿を現して俺たちの前に立つ人の姿を照らしあげた。


そこにいたのは女の子だった。

夜の闇に紛れそうな黒い髪、真っ直ぐにこちらを見据える瞳は蒼白い月の光を集めたような儚さがあった。


「――こんばんは」


そして澄んだ声で女の子を俺たちに挨拶をした。



to be continued

心音です。こんばんは。

まずごめんなさい。前回巡の話になると言いましたが、それは次回に続きます。楽しみにしていた方には本当に申し訳ないです。

次回の話も全力で書きますので応援お願いします!!

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