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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Momizi
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第40話『伝えたいこと』

「はい。着いたんだよ〜」


椛が案内してくれた水ノ瀬食堂。

そこはネットに載っていた写真通りの昭和を想像させる木製の建物だった。入り口すぐ上の屋根には立派な檜で作られた看板があり、そこには大きな字で水ノ瀬食堂と書かれていた。

椛の友達の家でもあるそうだから一階が食堂で二階は居住区画となっているのだろう。言い方は悪いが周りの建物と比べると少々と古びている。しかしそれが食堂という場所の味を引き出していると言っても過言ではない。


「写真で見るより立派なところだね、お兄ちゃん」


建物の周りをうろつく小夏は都会では滅多に見れない場所に興味津々のようだった。

しかし、こういう所を見てしまうと本当に自分は田舎に来てしまったんだなと嫌でも再認識してしまう。別に田舎が嫌というわけではないのだが、今まで当たり前のようにしてきたことが出来なくなる不便さを考えるとやはり、この先の生活が少しばかり不安になってしまうのは当然のことかもしれない。


「小夏ちゃん〜。そろそろ中入らない〜?」


「あ、はい! 入りましょう入りましょう!」


「じゃあ行こ〜」


椛を先頭に水と書かれた暖簾を潜って店に入ると風鈴のような優しい音が響く。その音を聞きつけたのか店の奥の方からドタバタと人が走ってくるような音が聞こえてきた。


「いらっしゃいま――ってなんだ、椛だった――ん?」


奥から姿を見せたのは雪のような少女だった。

雪と形容したのは少女の髪の色を見て純粋に思ったからだ。腰の辺りまである穢れのない純白の髪。それは綺麗以外の言葉で感想を述べる事を躊躇われるほど美しいものだと思ってしまった。


「葵雪ちゃんこんにちは〜。この二人は今日引っ越してきた人達なんだよ〜。さっき駅の方で会ってお友達になったんだ〜」


「へぇ? そうなの。まぁとりあえずそんなところで立ってないで適当に座っていいわよ」


昼時だと言うのに客が俺たち以外いない店内を進んで奥の方の席に座る。町に一つしかない飲食店ならばもうちょっと混んでいるイメージがあったのだがどうやらそういうわけではないらしい。

それなりの広さがあるのに客がいないのはほんの少し寂しいような気がした。


「――うちの店はお母さんの趣味で開いているようなところなのよ。食べに来てくれる人はもちろんいるけど大体はこんなもん」


人数分のお冷やをテーブルに並べながら俺の疑問にピンポイントで答えてくれる葵雪という名の少女。彼女の説明を聞いて俺の中の小さな疑問は解消した。


「椛の友達ならちゃんと自己紹介しないとよね。あたしの名前は水ノ瀬 葵雪。椛と同じ高三よ」


「あ、椛って高三だったのか。悪い。年下だとばかり思ってた。まさか同学年だったとは驚きだな」


「おお〜。修平くんも高三なんだ〜。じゃあ明日から? 一緒のクラスだね〜」


年下と思わず言ってしまったが椛は特に気にしていないようだった。持ち前のほんわかさが俺の発言をシャボン玉のようにふわふわと飛ばしてしまったのだろう。


「おう。明日から俺も虹ヶ丘高等学校の生徒の一員だ。……と、話が少し逸れたな。俺は深凪 修平。さっき椛が言っていた通り今日この町に引っ越してきたんだ。まだ右も左も分からない状態だから色々と教えてくれると嬉しい」


「で、私はこの中で唯一高二の深凪 小夏です。お兄ちゃんが言った通り、町のことがまだ全く分からないので色々と手助けしてくれると助かります」


「修平に小夏ね。覚えたわ。あたしのことは好きに呼んでくれて構わないから。小夏もあたしが先輩だからって敬語はいらないよ?」


「お言葉は嬉しいですけど、やっぱり年上に対する礼儀というものがありますのでこのまま敬語を使うことにします」


小夏は不真面目そうに見えてこういう部分だけはしっかりしている。だからこそ転校する前は先輩や同学年問わずに仲のいい人が多かった。


「そう? まぁそうしたいのであればあたしは無理強いしない。する権利もないからね」


やんわりと折れると葵雪はあらかじめ用意していたメニューを俺に手渡してきた。


「サンキュー。小夏、一緒に見ようぜ」


有難く受け取って早速開いてみる。

和洋中全て揃っているようだがそれでも大半のメニューは和食が占めていた。残念ながら俺と小夏が食べたかったラーメンとハンバーガーは無いようで葵雪にバレない程度に肩を落とす。


無いならば別のものにするしかない。

少し悩んだ末、この食堂は和食を推しているようだから煮物定食を食べることに決めた。何とも言えない地味なメニューを頼んだと思われるかもしれないがそれは間違いだ。煮物は作り方一つで美味しいか不味いかはっきりと分かる。だから煮物が美味しいところはほぼほぼ確定で他の料理も絶品の可能性が高い。

今後の俺たち兄妹の食事の為にも、今ここでこの店の料理の腕前を確認しておく必要があった。


「二人共何食べるか決めた〜?」


「俺は煮物定食。小夏は?」


「そんなのお兄ちゃんと同じ煮物定食に決まってるよ」


どうやら小夏も俺と同じことを考えていたらしい。俺たちは顔を見合わせてニヤリと口元を吊り上げた。

それを見た葵雪はパチンと指を鳴らして足を組むと挑発的な笑みを浮かべる。


「なるほど。あんた達はこの食堂を試そうってわけね。いいわ、とびっきり美味しい煮物を食べさせてあげる。椛、あんたは何食べるの?」


「わたしは和菓子定食〜」


「……そんな奇っ怪なメニュー無いから。和菓子とご飯のセットとか仮にあったとしてもあんたしか食べないわよ……」


「じゃあ生姜焼き定食にするよ〜」


「了解」


メニューを聞き届けると葵雪は奥の方へ引っ込んでいった。待っている間特にすることもない俺たちは雑談を始める。


「椛は何か部活とか入っているのか?」


「わたしは元陸上部なんだよ〜。二人は何かしてたのかな〜?」


「俺と小夏はバスケ部だ。特に小夏は高校のバスケ界じゃ有名なプレイヤーなんだぜ? これ俺の数少ない妹自慢」


「おお〜! 小夏ちゃんすごいんだね〜。バスケしてるところ見てみたいよ〜」


椛はシュートの真似をしながらほんわかと微笑む。上辺だけじゃなくて心からそう思っていることが伝わってくる。

誰だって人と話を合わせるために多少の嘘を吐いたりするものだ。でも椛は違う。ついさっき会ったばかりだけど俺には分かる。椛は水平線のようにどこまでも真っ直ぐな女の子なのだ。嘘とか虚構とか、そういう曲がったことが大嫌いで、常に誰かを笑顔にしてくれるような優しさの象徴。虹ヶ丘町に引っ越して来る前も椛みたいな女の子はいたけれど、椛の本物の優しさとはかけ離れていた。


「修平くんも有名プレイヤーだったりするのかな〜?」


「残念ながら俺は平凡なプレイヤーだったよ。一応スタメンだったけどな? 県大会までは行ったんだがそこで敗退」


「十分すごいと思うんだよ〜。わたしは競技には出ていたけどあまりいい成績は残せなかったからね〜」


「小此木さんはどの競技をやっていたんですか?」


陸上競技と一括りに言っても競技種目の数はかなり多い。短距離や長距離の足をメインに使う種目はもちろん、砲丸投げや棒高跳びといった道具を使う種目もある。


「のんびりしてるから意外って思われるかもだけど、わたしはこう見えて長距離だよ〜。短距離も得意だけどね〜」


「長距離ってことは小此木さんの体力は私並みにありそうですね。今度一緒にマラソンでもやりません?」


体力勝負でもしたいのだろうか。

小夏はそんな突拍子もない提案をするが、椛も椛で乗り気のようで親指をグッと立てる。


「いいよ〜。と言っても、わたしはあくまでも元陸上部だからね。そこのところは覚えておいてくれると嬉しいかな〜」


「はい! もちろんその辺りはきちんと考慮して、私は私の全力を出させていただきます。あ、お兄ちゃんは強制参加だからね?」


「……マジか。まぁいいけど。体はちゃんと動かしておかないとすぐに落ちるからな」


「それを言っちゃダメなんだよ〜。わたし、ここ最近全く走ってないから体力ガタ落ちなんだよ……。今のわたしじゃ50m6秒フラットが限界だと――」


「……いや待ってください」


さらっととんでもない事実を口にした椛にストップをかける小夏。その顔には珍しく焦りの色が見えていた。無論、俺も椛の衝撃発言に目を丸くしている。にわかには信じられない数値だったような……?


「体力が落ちて6秒フラット……? え、じゃあ現役時代は5秒台ってことですよね。どんな脚力しているんですか小此木さん」


「高タイムを出すために必要なのは脚力だけじゃないだよ〜。走り方――これが一番重要。誰だってちゃんとした走り方をすれば今の自分のタイムなんて簡単に塗り替えることが出来るんだからね〜」


「はー……陸上部の言うことには説得力があるなぁ」


「小此木さん……ほんわかしてるだけのシャボン玉みたいな女の子だと思ってごめんなさい。小此木さんは見た目で判断できない特別な女の子です!」


「えーっと? わたし誉められているんだよね? なんかとっても馬鹿にされたような気」


ちなみに俺の50mのタイムは6.5秒。小夏は前に聞いた時に6.8秒だと言っていた。つまり俺たち二人が全力で椛に挑んだところで到底敵わないというわけだ。

うーむ。人は見かけによらずとはまさしくこの事を言うんだろうな。よし、今度椛に高タイムを狙える走り方を伝授して貰うことにしよう。


話に一区切りついたところで厨房の方からいい匂いが漂い始めてきた。

今か今かと待ち構えて、ちょうどお腹が鳴ったタイミングに合わせて葵雪が料理を運んでくる。

どうやら自分も一緒に食べるらしく、器用に四ついっぺんに持ってきた葵雪からそれぞれ料理を受け取ってテーブルに並べた。


「おおー。見た目も鮮やかで美味そうな煮物だな」


「うちの料理は味はもちろん、見た目にも拘っているのよ。さぁ冷めないうちに食べましょう」


「おう。いただきます!!」


「いただきまーす!!」


「いただきます〜」


きちんと食事の挨拶を済ませてから箸を取る。

和食の基本と言える煮物。一番はやはり味が染み込んでいるかどうか。そこが評価ポイントとなる。色鮮やかな野菜の中から俺が最初に選んだのは一口サイズにカットされた人参だった。


「ほお?」


箸で摘むと出汁がジュワッと溢れてくる。

これは味が染み込んでいるどころではない。野菜全体に旨みが凝縮しているのだ。加えてこの柔らかさ。普通に煮込むだけでは芯が残ってしまうのだが、この人参は驚くほどすんなり箸が通る。ほんの少し力を加えただけで綺麗に半分にすることができた。

半分にした片割れを口の中に入れたその瞬間、革命が起きた。


「……なんだこれ、めっちゃ美味い」


噛む度に広がる人参の旨みと甘さ。本来の味を殺すことなく完璧に調理されているこの煮物は非の付けようがないくらい美味しかった。


「お兄ちゃん……私たちが今まで食べていた煮物の形をした別物だったみたいだね」


「ああ。これこそ本物の煮物だ。葵雪、この勝負……悔しいがお前の勝ちだ」


「いつから勝負になっていたのか分からないけどありがとう。おかわりもあるから食べたかったら遠慮なく言ってくれていいわよ。今日だけは特別におかわり分はタダにしてあげる」


「葵雪、俺はお前をリスペクトするわ」


おかわり無料という魅力的な言葉に俺と小夏は目を輝かせて煮物を頬張る。そんな俺たちを見て椛と葵雪はクスクスと笑う。

まさか引越し初日からこんな風にご飯を共に食べる友達が出来るとは思わなかった。初の引越し体験で不安だった気持ちもいつの間にか綺麗さっぱり無くなってた。椛と葵雪。この二人と小夏がいればこの町でも楽しい生活を送れそうだ。


「……」


ただ一つ、不安な点があるとすればあの幽霊のこと。

得体の知れないものほど恐ろしいものはこの世に存在しない。


「今日の生姜焼きも美味しいね〜」


「ふふっ。ありがとう椛。あんたはいつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」


あの幽霊は椛と瓜二つの外見をしていた。

ミラーに映っていた椛の幽霊。あれは一体何なのだろうか。椛は生きている。今ここで俺のすぐ近くでほんわかと笑っている。

生霊という類いの存在を疑った。あれは確かその人の強い情念が形となってさ迷うものだという。何かを伝えたい、訴えたい――その想いが無意識のうちに他者へと飛ぶ。だがしかし、もし仮にあの幽霊が俺に何かを伝えようとしていたとしよう。それは現象的におかしいのだ。

何故なら俺と椛は今日初めて出会った。しかもだ。俺が幽霊と会ったのは椛と出会う前。当然のように椛は俺のことなど知らない。伝えたいことなんてあるはずがない。


「……わっかんねぇ」


正直もう二度と見たくないのだが、もう一度だけでいい。もう一度だけ……椛の幽霊に会いたい。対話が可能だとは思っていないが、それでも問いただしたい。俺に何を伝えようとしていたのか、その真実を。



to be continued

心音です。こんばんは。

さてさて、今回のお話ですが、主に椛についてのことをやった程度で他には何も無いに等しいですね。強いて言うなら幽霊のことでしょうか?(笑)


次回はお馴染みの巡の回となります!

お楽しみに!

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