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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Hiyori
36/166

第35話『確かめ合う心』

「――というわけで、明日は七夕です」


 朝から降り続いていた雨は昼過ぎには止み、放課後になる頃には容赦なく照りつける太陽の光によって雨が降っていた形跡は跡形もなく消え去っていた。七月の段階でここまで暑いとなると今年の夏は相当過酷かもしれない。夏休みに入ってしまえばこっちのもんだが、それまでが地獄であることは間違いなかった。

 さてそれはさておき、俺たちは今、甘味処でお茶をしている真っ最中だ。放課後をひよりと二人で過ごすのも悪くはないが、たまにはこうして皆と集まってお茶をするのも大切な時間だと思う。


「……どういうわけか知らんが確かに七夕だな」


「あー、そう言えば七夕だったね」


 小夏と共に適当に言葉を返して、何もせずとも勝手に噴き出してくる汗を拭いながらアイス抹茶ティーをズズっと啜っていると、じーっと見られるような視線を感じ、そちらの方へ振り向く。


「修平くんのそれ美味しそうだね。一口頂戴。私のも一口あげるから」


「やだよ。冷たいのならともかく、なんでこんなクソ暑い中ホットの抹茶なんて飲まなきゃならないんだ」


 巡が抹茶碗を俺の方へ差し出す分だけ俺は身を逸らしてく。あと少しで椅子から転げ落ちるというタイミングで巡は残念そうにため息を吐くと抹茶碗を引いて口を付ける。


「ここの抹茶すごく美味しいのになぁ……。何がすごいって目の前で点ててくれるところだと私は思うんだよね」


「まぁ演出はなかなかだと思う」


 点てるのがおばちゃんじゃなくてもっと若いお姉さんだったら最高なのだが。そんな事を思いながらアイス抹茶ティーと一緒に頼んだみたらし団子を食べようと手を伸ばす。


「……?」


 みたらし団子があった皿――そこには何も無かった。黄金色の甘いタレが皿に残っているだけで団子本体が忽然と姿を消していた。少し目を離した隙に俺の団子は空間転移でも習得してしまったのだろうか。


「――修平、椛があんたの団子食べようとしているわよ」


 目で確認するよりも早く俺は手を動かして隣にいる椛の腕をガシッと掴んだ。


「あぅ!?」


 椛のショックを受けたような短い悲鳴を聞き届けると同時に俺は顔を動かして団子の無事を確認する。判断があと一秒でも遅れていたら俺の団子は椛の和菓子専用胃袋に収まっていたに違いない。


「葵雪ちゃんどうして言っちゃうかな〜? あと少しでこのお団子はわたしの口の中だったのに〜」


「自分の分が残ってるのに人のを食べようとするからでしょ……。あんた自分がどれだけ注文してるか分かっているの?」


 葵雪の言い分はもっともだ。何故なら椛の目の前には団子だけでも、みたらし、餡子、ずんだの三種類三本ずつ。饅頭はこの店にある全五種類を二つずつ。そして既に食べ終えている杏仁豆腐のお椀が三つほど重ねられていた。

 明らかに女の子一人で食べ切れるような量ではないのだがここにいる椛を舐めてはいけない。見てるだけで胸焼けがしてくるこの量を涼しい顔で平らげてしまうのだ。嘘だと思うだろ? でも本当なんだ。前にみんなで食べに来た時に俺はこの目で見ている。今ある量よりも遥かに上回る和菓子を完食している姿を。あの体の何処に和菓子が消えていくのか……それは謎に包まれている。


「今日は少ないほうだよ〜。夕飯が近いからね〜」


「……」


 夕飯前にその量を食うこと自体が間違っていることに気づいて欲しい。

 はぁ。と、ため息を吐きつつ椛から奪い返した団子を食べようとしたその瞬間、ばぁんとひよりがテーブルを叩く。何事かと全員の視線がひよりの元へと集まると当の本人は笑顔を作った。


「……」


 満面の笑みなのにどうしてこんなにも恐ろしく見えてしまうのだろう。答えは簡単だ。考えるまでもなく見れば分かる。


「みーなーさーんー?」


 目が――笑ってなかった。なるほど。ひよりもこんな目をすることが出来るんだなと思ったのが束の間、その表情は見る見るうちに般若へと変貌していく。

 電線に止まって囀っていた雀たちは身の危険を感じ一斉に飛び立ち、俺たちを温かく見守っていた甘狐処のおばちゃんは店の奥へ引っ込んでいった。


「可愛い可愛い後輩のお話を無視するなんてちょっと酷いんじゃないですかねー? シバきますよ?」


「はっはっは。無視なんてしてないぞ? ちょっと話を棚に上げておいただけだ。決して無視なんてしてないから安心してくれ」


「ちょ、お兄ちゃん」


「……」


「あ」


 般若が睨んでいた。どうやら今日が俺の命日らしい。今すぐこの場から逃げ出したいのだが、蛇に睨まれたカエルというのはまさにこの事で俺は恐怖のあまり逃げ出すことができないでいた。

 右へ左へ助けを求めて視線をさ迷わす。誰か! 誰か俺を助けてくれないか……!?


「……」


「……」


 正面に座る巡と葵雪は無言のまま目を合わせようともしてくれなかった。


「こ、小夏?」


「……他人の尻拭いはしない主義なんだよね」


「こういう時だけ他人になるのやめてくれないか!? お兄ちゃん悲しいっ!!」


「……」


 無言。小夏は一切慈悲のない無言を返した。実の妹に見捨てられた俺は最後の希望を信じて苦渋の決断でテーブルの上に手を伸ばした。


「椛、頼む。俺に救いの手を差し伸べてくれ」


 献上するは黄金色に輝く至高のみたらし団子。太陽をも凌駕する輝きを前に椛はゴクリと喉を鳴らした。ゆっくりと手を伸ばし皿に乗せられた団子を――掴んだ。


「――契約完了だよ、修平くん。あとはわたしに任せるんだよ。大丈夫。心配する必要はないんだよ。修平くんの命はわたしが守るからね」


「……お前ちょっとキャラ変わってね?」


 ツッコミは虚しくガタンと椅子を引く音に掻き消されてしまう。右手に持った団子をビシッとひよりに突きつけ、左手は腰に当てると救世主椛は何故か得意気に鼻を鳴らした。どうやら俺は椛の変なスイッチを押してしまったらしい。しかし止める気はさらさら無いのであとは椛の言葉を信じて任せることにしよう。


「ひよりちゃん、ダメだよ〜。人を脅しちゃダメって学校で習わなかったかな〜?」


「素に戻るの早えーよ」


 思わず突っ込んでしまったがこれは仕方ない。真面目モード(?)の椛はもって数秒であることが判明した瞬間だった。


「これは脅しではありません。お願いです。ひよりの話を無視しないでーっていう先輩方+αに対する可愛いお願いですよ?」


「花澤さん、私の扱い雑すぎ。泣くよ?」


「+αのことはさておいて〜」


「小此木さんまで酷いです……。もういい。私は寝る」


 ふてくされた小夏はテーブルに顔を伏せてしまったが、それを気にする人は特に無しで、若干慰めの言葉を期待していたであろう小夏が啜り泣く声が聞こえてきたのだが――


「わたしは修平くんから命を守ってと頼まれたから、ひよりちゃんのことを倒さなきゃならないんだよ〜」


「俺、そこまで頼んだ覚えはないんだけどなー?」


 ――かと言って、誰も小夏に声を掛けることなくこの話は進行していく。


「ひよりは修平のことを殺すつもりなんてさらさらありませんよ。ただちょっと痛い目を見てもらおうかなぁって思っているだけです」


「自分の彼氏のこと大切にしないんだね〜。ひよりちゃん酷い女の子だ〜」


「むっ」


 挑発的な発言にひよりは眉を潜める。一発触発の空気。お互い本気でキレているわけではなく遊びの範疇ではあるのだが、このピリピリと張り詰めた空気には思わず息を呑む。


「……あ、そうだ。あたしちょっと用事思い出したから先に帰るわね」


 言葉では形容しがたい緊迫感に真っ先に白旗を上げたのは葵雪だった。だがしかし、こうも見え透いた嘘をスルーするほどここにいるメンツは優しくない。颯爽と帰ろうとする葵雪の手を巡がガシッと掴む。


「……離しなさい、巡」


「離さないよ? 何一人だけ逃げようとしているのかな?」


「これは逃走じゃないわ」


 初雪のように白い髪の毛をサッとかき上げると葵雪はニヒルな笑みを浮かべる。


「戦略的撤退と言うのよ――っ!!」


 掴まれた腕を振り払って葵雪は駆け出す。完璧に不意を突かれた巡は咄嗟に反応出来ず、葵雪の逃走を許してしまう。


「ふふっ。あたしの勝ち――」


「――になると思いましたか?」


「……小夏。あんたまであたしを邪魔するって言うの」


 二人が短い会話を交わしているうちに逃走経路に先回りしていた小夏は葵雪と対峙する。交錯する二人の視線が火花を散らし、先程よりも不穏な空気が辺りを包んでいた。青空はいつの間にか分厚い雲に覆われており、初夏とは思えない冷たい風が吹き抜ける。


「椛さん、ひよりは誰よりも修平のことを大切に思っています。これはちょっとしたお茶目。修平だってこれくらい分かっているはずです」


「うんうん〜。そうだね〜。ひよりちゃんが嘘を吐いてないことなんて分かってるんだよ〜」


 自分を正当化しようとするひよりと、煽りに煽り続ける椛。不毛な争いだが見てる分には面白い。ひよりの俺に対する愛が勝つか、椛が煽り勝つか、この先の展開に目を背けられない。


「どきなさい、小夏。残念ながら今のあたしはあんたの知ってる水ノ瀬葵雪じゃないわよ? 痛い目を見たくないなら大人しく身を引くことね」


「笑止。その程度の脅しに私が屈すると思ったら大間違いですよ水ノ瀬さん。あまり舐めていると痛い目を見るのはそっちになりますけど大丈夫ですか?」


「へぇ……? いい度胸してるわね? いいわよ。その喧嘩買ってあげるわ。あたしに喧嘩を売ったことを後悔させてあげる」


「果たして後悔するのはどっちでしょうね? 構えてください、水ノ瀬さん。一撃で沈めてあげますよ」


 こっちはこっちでどんな展開になってるんだよ。バトル物のアニメで良くありそうな展開にゴクリと唾を飲み込む。体力的、敏捷性的な意味では小夏が優勢。しかし葵雪が俺たちの知らない何かを隠しているのであればこの戦いの行方は神のみぞ知ることになるだろう。


「……ねぇ、修平くん。私たち何の話してたんだっけ?」


「……確か七夕がどうたらこうたらじゃなかったか?」


「うん。だよね。じゃあなんでこんなことになっているんだっけ」


「原因は誰がなんと言おうと俺の発言のせいだが、まさかこんなことになるなんて想像もしていなかった。じゃれ合いの範疇越えちゃったよな、これ」


「椛ちゃん以外ガチでしょ」


 ほんわかと笑いつつも煽り続ける椛。平常運転と言えば確かにそうなのだが、ある意味で一番恐ろしくも見える。能ある鷹が爪を隠すように、椛は笑顔の裏に何かを隠しているような気がしてならない。


「……椛って良く分からないよな」


「唐突に友達をディスり始めてどうしたの?」


「別にディスってるわけじゃねーよ。ただなんつーか、なんでいつもあんなに笑っているんだろうなって思ってな。あ、悪い意味でもないからな?」


「付け足さなくても分かってるよ」


 巡はすっかり冷めてしまった抹茶を啜りながら言葉を続ける。耳を傾ける俺も自分の飲み物に口をつけて喉を潤す。


「椛ちゃんの笑顔ってさ、見てて癒されると思わない?」


「俺はひよりの笑顔の方が癒されるな」


「そんなことは聞いてないから。とりあえず椛ちゃんの笑顔にも癒されるって受け取り方で平気かな?」


 俺は一つ頷いて次の言葉を待つ。


「なら素直に笑顔を受け取っておけばいいんだよ。もしもそれが仮初だとしてもね。誰にだって秘密の一つや二つある。それを全て知ろうとするのは強欲じゃないかな?」


「……まぁな」


 巡の言葉は筋が通っていた。これ以上詮索するようなことは避けよう。何だか友達を疑っているみたいで気分が悪いし。


「……さて、話に一区切りついたところでそろそろ止めに入ろう?」


 ひょいひょいと両手を使って問題が起きてる二箇所を同時に指さす。下手に会話に参戦してしまうと理不尽な言葉の暴力を振るわれそうなひより&椛ゾーン。言葉という火種を投下した瞬間に爆発しそうな小夏&葵雪ゾーン。


「……どっちがどっち行くよ」


 正直どちらを止めに行ってもタダでは済まないだろう。そう感じさせるほどの恐ろしさが今の四人にはあった。


「修平くんはひよりちゃんと椛ちゃんをよろしくね。自分の彼女のフォローに回ってあげなよ?」


「おけ。んじゃ巡、生きて帰ってこいよ」


「それはお互い様だよ」


「んじゃ行くか」


 握りこぶしを作って巡に向ける。俺の意図を汲み取った巡も握りこぶしを作り、コツンとぶつけ合う。後はもう言葉はいらない。踵を返した巡の背中から視線を外し目の前のことに集中する。


「ほらほら、二人共。そこまでだ」


 パンパンと手を叩きながら二人の意識をこちらに集める。かなり不満げなひよりと、ようやく止めに来たんだね〜とでも言いそうな笑顔の椛と目が合う。


「聞いてくださいよ修平! 椛さん酷いんですよ!」


「何を言われていたかは大方予想はつくが、全部椛の冗談なんだから気にするな」


「ええっ!? 冗談だったんですか!?」


 ……気づけよ。そう心の中で呟いてため息を吐く。


「……」


「……?」


 ひよりがジト目で俺のことを睨んでいた。数秒思考してハッと思い出す。そうだ。ひよりは目を合わせさえすればこっちの思考を読み取ることが出来るんだった。


「ようやく思い出してくれましたか」


 再び思考を読み取ったひよりはにっこりと笑う。背筋に嫌な汗が伝った。これはあれだ。理不尽にキレている可能性が微レ存。触らぬ神に祟りなしという言葉を習って俺は思考を読み取られないようにひよりから視線を外しつつ、この場から撤退をしようと半歩を身を引く。


「――逃げるのは感心しないな〜」


「!!?」


「――ふえっ!?」


 とんと、いつの間にか背後に回っていた椛が俺の背中を押した。驚きのあまり力が抜けていた俺の体はそのままひよりを押し倒すように倒れ込んだ。


「……」


「……」


 顔が近い。吐息をすぐそこで感じられるほどの近さだ。ひよりの顔は当然と言わんばかりに真っ赤に染まっており、俺自身も心臓が死ぬほどバクバクと脈打っていてやばいことになっている。


「あ、あの……修平? 大丈夫……ですか?」


「……色々とやばいかも」


「へ? それはどういう――」


 最後まで言い切る前に俺はひよりの唇を塞いだ。甘くて柔らかいひよりの唇。触れるだけで全身が痺れてしまうくらい気持ちがいい。


「――見せつけてくれるね〜」


 気の抜けた声が耳に届くと同時に唇を離し、椛の方へ向き直る。まだ心臓の高鳴りは治まらないが大丈夫。カッコつけるくらいの余裕はある。


「ああ、見せつけてやった。俺の彼女を惑わしてくれたみたいだからな」


 言いながら起き上がったひよりを俺の胸に抱き寄せる。椛は一切表情を変えずに俺たちのことを見つめ続けていた。


「俺はひよりのことを愛してる。この気持ちは誰にも負けない」


「修平……ありがとうございます」


 ひよりは照れ笑いしながら頬を掻いていた。そんなひよりの姿を見ても椛はほんわかと笑顔を浮かべたままだった。このまま何も語らずこの話は終了する――そう思った瞬間に椛が口を開いた。


「――真っ直ぐな心。修平くんの心はとても綺麗」


「……」


 俺は驚いていた。それはきっとひよりも同じなのだろう。口調が変わるだけで人の雰囲気はここまで変化するものなのか。風で靡く髪を押さえる仕草が、浮かべる笑顔の清らかさが、何もかもが大人びて見えた。


「そんな修平くんだからこそ、わたしは好きになった」


 それは告白だった。ずっと隠していた気持ちを今ここでさらけ出しているのだ。


「この恋はもう叶わない。それはとても寂しいことだけど、それでも一つ言えることがあるんだ」


「それは……何なんだ?」


「簡単なこと。修平くんに恋をしているその時間はとても幸せだった。だから――ありがとう」


「椛……俺は――」


 言葉を掛けようとしたが、それは椛のほんわかとした声に被せられて掻き消されてしまう。


「はいはい〜。真面目タイム終了なんだよ〜。さてさて、お二人のお幸せを願って〜、南無阿弥陀仏〜」


 南無南無しながら椛は絶賛喧嘩中の小夏たちの元へふわふわと浮いた足取りで向かっていった。

 ……こいつ俺たちを殺す気満々なんじゃないか?


「……そんなことはありませんよ」


 俺の瞳を覗いたひよりが小さな声でそう呟く。


「椛さんは心の底からひより達の幸せを願ってくれています。自分の気持ちを修平に伝えたことで吹っ切れたんじゃないですかね。椛さんには悪いことをしましたけど、ひよりは修平のことを、その……愛していますから……」


 最後の方は声が小さすぎてよく聞き取れなかった。けど、ひよりが俺に何を伝えたかったのかはちゃんと読み取ることができた。


「俺も愛してるからな、ひより」


「……ひよりもです」


 俺たちはそのまま互いの愛を確かめるようにキスを交わしたのだった。



to be continued

心音です、こんばんは!

次回のお話でひよりルートはエピローグを除いてラストになります!

待っているのは希望か、それとも……絶望か。

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