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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Hiyori
31/166

第30話『繋がる想い』

「……くそ。何処にいるんだよ」


 食堂を飛び出してすぐにメッセージを送ったのだがひよりから返事は未だに無かった。

 とりあえず真っ先にひよりの家に行ったのだが、車庫に停まっていたはずの車は無くなっており、家の明かりは一つも灯っていなかった。インターホンを押すまでもなく誰もいないということは明らかだ。


「……小春さん、今日は家にいるんじゃなかったのかよ」


 空っぽになった車庫に佇んでボヤく。おそらく急な仕事が入って家を空けなければならなくなったのだろう。だからひよりは辛さを紛らわせるために俺にメッセージを送ったに違いない。

 頭をフル回転させてひよりが行きそうなところを絞っていく。学校、商店街、風巡丘――どれも可能性としては有り得るはずなのにパッと来ない。メッセージの返事が返ってこない今の状況……ただ単に返事ができないのか、それとも俺が見つけてくれると信じて何処かで待っているのか……。


 風が強くなってきて肌寒く感じる。会話をするように瞬いていた星に彩られていた空は風に乗って流れてきた厚い雲に覆われつつあり、その美しい光は黒い影に蝕まれていた。空気に少し土の匂いが混じり始めている。雨が降る前兆だ。もし外にいるのであれば早いところ見つけなければならない。


「考えろ……。ひよりが行きそうな場所……あっ」


 ……あるじゃないか。前に話してくれたひよりのお気に入りの場所が。


 俺は踵を返して来た道を戻っていく。途中で角を曲がって住宅外から抜けると辺りの闇がより一層濃くなった。等間隔で植えられている街路樹が風で揺れる度に響くざわめきが悲鳴のように聞こえて不気味だ。

 耳を塞ぎたい気持ちを抑えて走り続けると水の流れる音が耳に届いた。スピードを上げて目的地である川辺の土手に立って辺りを見渡す。前にひよりに夜呼び出された時、お気に入りだと言っていた場所。正直ここにいなかったら他に検討がつかない。でも不思議と確信があった。ひよりは絶対にこの川辺にいるはずだ。


 見落とさないようにじっくりと目を凝らす。

 注意深く見据えたその先、闇と同化していた影が動いたのを俺は見逃さなかった。無事見つけることができた安心感からか今まで感じていなかった疲れがドッと押し寄せてくる。

 疲弊しきった足に喝を入れて俺はひよりの元へ向かった。砂利道を歩いてることもあり、足音に気づいたひよりがこちらに振り向く。驚いた顔は一瞬。すぐに破顔してこっちも嬉しくなるような表情で出迎えてくれたけれど、込み上げてくる感情をグッと堪えながら俺はひよりに近づいた。


「メッセージの返事、どうしてくれなかったんだ? めちゃくちゃ心配したんだぞ」


 ひよりから最初に届いたメッセージの内容や、この町の平和さを考えれば、事件に巻き込まれたという可能性は無いに等しいが、万が一ということもある。


「それはその……ごめんなさい。何も言わなくても修平さんならひよりのことを見つけてくれるって信じていたんです。だからわざと無視をしました。結果論になりますけど……こうして修平さんはひよりを見つけてくれましたから。やっぱり修平さんを信じてよかったです」


「……」


 信じてよかった――そんなことを言われてしまったらもう何も言い返せない。ビシッと言っておく予定だったのだがすっかり毒気が抜かれてしまった。


「わんっ!」


「ん? ああ……お前も一緒だったんだな」


 リードに繋がれた子犬はタイミング見計らっていたかのようにひょっこりとひよりの陰から姿を見せる。まぁ、ひよりがこいつを置いて家から出ていくとも考えられないし、当然と言えば当然かもしれない。


「ひより、雨が降りそうだから帰るぞ」


「送り届けたら……修平さんは自分の家に帰っちゃうんですか……?」


「そのつもりだ。と、言いたいところだが、安心しろ。今日は俺がずっと一緒にいてやるよ。お母さん仕事に行っちゃったんだろ?」


「その通りです。今日はずっと一緒にいてくれるって言ってたのにな……」


 ひよりは膝を立てて顔を(うず)めた。小さな背中がより一層小さく見えてしまい、胸が苦しくなる。

 孤独を嫌うひより。小春さんもその事は分かっているはずだ。けれど社会という枠組みに嵌ってしまっている為が故に、一緒にいたいという娘の小さな願い一つ叶えることができない。ああ、なんて悲しいことなのだろうか。


 現実はこうも思い通りに進まない。人生というのはたくさんの分岐を繰り返して構成されていくと世間一般では考えられているが俺はそうは思わない。何処までも一直線なのだ。俺たちの人生は運命によって定められている。選択肢があったとしてもそれは自分が決めるのではなく運命の通りに進むだけ。

 生まれて、育ててもらって、学校に通って、就職し、結婚して、そしてやがては老いて死ぬ。この一連の流れは生まれた瞬間にはもう決まっている。あとはその道を進むことで人は生きていくのだ。

 ひよりの今の人生も運命によって定められたもの。神様は無情だ。どうせならばその運命を別の人の運命に変えることができれば幸せだったかもしれない。


「夕飯を食べ終えてすぐに家に電話が掛かってきたんです。もうその時点で嫌な予感はしていたんですけど、取らないわけにはいかないから出た。案の定、仕事先からの電話でした。声に出さなくても分かるんです。それまでずっと笑っていたお母さんの顔が悲しげに歪んだんですから当然ですよね……」


 ひよりの声は微かに震えていた。今までずっと泣くのを我慢していたのだろう。声の震えはやがて体全体に広がり嗚咽が漏れ始める。


「泣きそうに、なって……いる、ひよりを見て……お母さんも、泣きそうになっていて……。でも、我儘言って困らせるわけにはいかないから、ひよりは笑って送り出したんです。お仕事なら仕方ないね。お母さん頑張って……って」


「……もういいひより。それ以上話す必要はない」


 泣いているひよりに何をしてあげるのが正解かなんて俺には分からない。だけどこのまま何もせずに突っ立っていることだけは出来ない――そう思った瞬間にはもう体は動いていた。


「……修平、さん……?」


「……」


 俺はひよりのことを後ろから抱きしめていた。

 小さな背中は俺が腕を広げるだけで簡単に収まってしまう。こんなにも小さな身体にひよりは色んなものを抱え込みすぎている。


 花瓶に水を無限に入れられないようにいつかは必ず限界が来る。花瓶ならば水が溢れるだけで済むが人間はそうはいかない。限界を迎えた人間なんて砂で作った城のように一瞬で壊れてしまう。

 だから誰かが支えてあげないといけない。人は弱い生き物だから誰かの支え無しでは生きていくことは難しいのだ。俺はひよりを支えてあげると決めている。俺がひよりの一番の理解者になってあげたい。


「もっと泣いていいんだぞ、ひより。何もかも全部涙と一緒に流してしまえ。俺はお前が泣き止むまでずっとこうしててやる。前に約束したろ? もっと甘えてくれていいんだよ」


 耳もとで優しく囁く。

 ひよりの心の弱さは俺が埋めてやる。それでひよりが少しでも救われるのであれば、俺はいくらでも受け止め支えるつもりだ。


「どうして……? どうして修平さんはそんなにも優しいんですかぁ……。ひよりみたいな女の子、めんどくさい……って思わないんですか?」


「思わない。むしろもっと頼れ。甘えに来い。だって俺は――」


 きっと、言うならば今なのだろう。ロマンチックな雰囲気なんてあったもんじゃない。でも俺は今この瞬間に伝えるべきだと判断した。


 ひよりの笑顔が好きだ。

 大輪の花が咲くような眩しい笑顔が――。


 ひよりの仕草が好きだ。

 一つ一つの行動がとても愛おしい――。


 ひよりの全部が好きだ。

 出会ったその瞬間から恋に落ちていた――。


 春に植えられた俺の初恋の種は、ひよりと過ごす時間と共にすくすくと芽を紡いで蕾になった。花を咲かせるのは今だ。今を逃したらきっと蕾のままで終わってしまう。


 さぁ伝えよう――。

 伝えたい想いが今ここにあるのだから。


「――俺はひよりのことが好きなんだ。先輩として支えるんじゃなくて、恋人としてひよりのことを支えたい。だからひより、俺と付き合ってくれないか?」


 言い切った。馬鹿みたいに心臓がバクバクと鼓動を打っている。女の子に告白するのがこんなにも緊張することだなんて知らなかった。


「……」


 ひよりは黙ったまま俯いていた。あんなに頭のなかで葛藤していたというのに、タイミングを間違えてしまったのかもしれないと不安になったその時だった。


「…………ですか?」


 小さな小さな声が、俺の耳に届いた。


「……本当にひよりでいいんですか? ひよりを……恋人にしてくれるんですか……?」


 顔を上げる涙でぐしゃぐしゃになりながらも俺の方へ振り向くひより。俺はひよりの体に回していた腕を少し緩めて顔を合わせる。


「ああ、本当だ。俺はひよりの恋人として、ひよりの隣にいたい。いついかなる時もずっとお前のことを支えたい」


 そう言って俺は笑顔を浮かべる。自分のできる精一杯の笑顔で自分の気持ちをひよりの元へ贈る。


「大好きだ、ひより。誰よりも、何よりも――俺はお前のことが好きだ」


 気持ちが溢れて止まらない。

 好きだ。俺はこんなにもひよりが好きなんだ。この気持ちだけは誰にも負ける気がしない。


「……ひよりも、ひよりだって……っ」


 透明な二つの水滴が瞬きと一緒に溢れ出し、ひよりの頬を伝っていく。これは悲しみの涙ではない。嬉しさから込み上げてくるあたたかい涙だ。


「――ひよりだって修平さんのことが好きです……っ!! 大好きなんです!! ずっと……ずっとこの日を……この瞬間を待ち望んでいました……っ」


 飛び込むような勢いでひよりは俺に抱きついてきた。俺はそれをしっかりと受け止め、胸に顔を埋めて泣くひよりの背中を優しく撫でる。


「修平さん! 修平さんっ!! これからもずっとひよりの側にいてください……っ。ひよりを独りにしないでくださいっ!!」


「約束する。絶対にお前の側から離れない。嫌だと言っても側にいてやる」


「修平さん……修平さん修平さん!! うわぁぁぁぁぁん!!」


「泣け泣け。お前の気が済むまでこの胸を貸してやる」


 ぽんぽんと子どもをあやす様に背中を撫でる。

 こんな時に他の女の子の事を思い出すのもあれだが、昔は小夏が泣いている時によくこうしていた。わりと効果的なんだよな、これ。


「子ども扱いしないでくださいよバカぁ……」


 ひよりはそう言うも振り払うようなことはしない。寧ろさっきよりも強く俺のことを抱きしめてくる。

 俺は撫でる手を止めて自分からもひよりを抱きしめた。密着した体から伝わってくるひよりのあたたかさが心地よい。そして何より……安心する。好きな人の温もりはこんなにもすぐ側にある。それはとても幸せなことなのかもしれない。


「修平さん……早速一つ、お願い事をしてもいいですか?」


 涙で潤んだ瞳でこちらを見上げるひより。その瞳で上目遣いは反則だろと思いつつも俺は冷静差を保ったまま首を傾げる。


「正直、まだ修平さんと付き合い始めたって実感が無いんです。だから……その、恋人の証をここにくれませんか?」


 そう言ってひよりは人差し指を自分の唇に触れる。熟れた林檎のように顔は真っ赤になっていて見ているこっちが恥ずかしくなってしまう。


「……目を閉じてくれるか? そんなじっと見られるとやりにくい……」


「あわわ! すいません閉じます……っ!!」


 相当緊張してるのか深呼吸を何度も繰り返してからひよりはようやく目を閉じた。俺も深呼吸を一つ。高鳴る胸の鼓動を抑えながらひよりに顔を近づける。


「……っ」


 触れたのは一瞬。だけどそこには一生分の幸せが詰まっているのではないかと思うほど幸福な時間だった。


「……嬉しい、です」


 目を開けたひよりははにかんで笑う。その照れた表情が、紅潮した頬が何よりも愛しく感じてしまい、もう一度ひよりにキスをした。

 今度はさっきよりも長く口付けを交わす。驚くほど柔らかいひよりの唇。触れているだけで気持ちがいい。いつまでもこうしていたいと思ってしまう。


「……んぁ」


 息が続く限り唇を重ねていたせいで離すと同時にひよりから熱い吐息が漏れる。それは妙に扇情的で気持ちがどんどんと昂っていくのが良く分かった。キス以上のことをしたいとそう思ってしまう。けれど仮にもここは外だ。それに子犬だって見ている。崩れかけている理性を抑えるのはそう難しいことではなかった。


「修平、さん……ひより、何かもう色々と我慢出来る気がしません……。だから、その……」


 だがしかし、抑えつけていた理性を呆気なく崩壊させる一言をひよりは紡ぐのだった。






「……最後まで、してくれませんか……?」






「……っ!?」


 見てるこっちが恥ずかしいほど真っ赤になって懇願する彼女の姿を見て、拒否できるほど俺は真っ当な人間ではなかった。


「修平さんも分かってると思いますけど、今夜は親帰ってきませんから……。だから、ひよりの家に来て……お願い」


 甘いおねだりで誘惑してくるひより。可愛すぎて気が狂いそうになってしまう。


「えーっとその……何て言えばいいんだ? よろしく……な?」


「はい……っ。よろしくお願いしますっ!」


 ひよりは俺の手を握って嬉しさと恥ずかしさの混じった笑顔で言葉を続けるのだった。






「ちゃんと……ひよりを女の子にして、くださいね?」






to be continued

心音です!こんばんは!!

ついに!!ついに修平とひよりがくっつきましたね!!長かった!!あまりにもダラダラと書きすぎた(笑)

X指定だったらこのままHシーン直行ですがこれは15禁なのでシーンは省かせて頂きます!


それでは次のお話は事後になり――ゲフンゲフン。それでは次のお話でまたお会いしましょう!

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