第24話『夢ノ形』
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――夢――。
それは一瞬の輝きを夜空に流す流れ星のように美しくて儚い刹那の時間。
私たち人間は夢を見る。夢の中は刹那よりも長く、永遠よりも短い時間が巡り巡っている。たった数秒の出来事かと思えば何時間も経っていたり、果てしなく長い夢だと思ってみれば実際は数分しか経っていないなんて良くあること。
どんなに長くても、短くても、夢にはたった一つだけ共通することがある。それは夢は絶対に醒めてしまうという事だ。どんなに楽しい夢、心地の良い夢でも、目を醒ましてしまえば嫌でも現実がやって来てしまう。
そう……辛い現実に戻されてしまう。
あの現実に嫌でも戻ってしまう。
だから私は願ったんだ。
この辛い現実を変えて欲しい――そう願った。
笑えてくるほど馬鹿みたいなお願い。願った自分の正気を疑ってしまう。
この世界に神様なんていない。心がバラバラに砕け散ってしまうほどの現実を与えるなんて、神様はどこまで残酷な存在なのだろうか。
あの日、私の心は壊れた。二度と修復出来ないくらいバラバラに砕けた。
もし仮に戻せたとしても、それはもう私ではない。私の形をした別物。壊れたガラス細工が元の形に戻らないのと同じように、一度砕けてしまった心を取り戻すことは出来ないのだから。
でも、そんな私に奇跡が起きた。
もう二度と叶わないと思っていた未来を掴むためのたった一本の糸。それはまるで地獄に落とされたカンダタの元へと垂らされた蜘蛛の糸のようなものだったかもしれない。
未来を取り戻す――私はその決意を胸に糸を掴んだ。
私の願いが叶うのであれば、この身がどれだけ傷ついたって構わない。
私の願う理想に辿り付けるのならば、この想いも絆も全て消し去ってみせよう。
私の望む未来――その為ならば全てを擲ってもいい。
さぁ、永遠の夢を見始めよう。私の望む結末が来るまで醒めない永遠の夢を――。
※
「……」
この日、私は夜の散歩に出掛けていた。申し訳程度に舗装された暗いアスファルトの道を一人歩く。
前方は闇に閉ざされて先が見えない。街頭の一つや二つあればまだ変わっているのかもしれないが、今更そんな物を設置せずとも歩き慣れたこの街の道を間違えることはまず有り得ない。
私は軽い足取りで人っ子一人すれ違うことのない住宅街を抜けていく。
日の沈んだ後のこの街を出歩く人は少ない。私のような物好きか、隣町まで働きに出てるサラリーマンが残業で帰りが遅くなった時くらいしか外で人を見かけることはない。
夜は影の時間だ。光源の限りなく少ない町で影は自由に動き回れる。誰にも見つかることなく、ひっそりと己の時間を過ごすのだろう。
無論、こんなのは例え話。実際にそんなオカルトチックな事が起こるわけがない。けど、確かに起こっている現象はある。しかし普通の人間ならばそれを認識することすら叶わないだろうし、話したところで信じてもらえるわけがない。頭のネジが外れてしまったおかしな人と思われて気味悪がられるのが現実だ。
「〜♪ 〜〜♪ ……ん?」
鼻歌交じりに歩いていると、一匹の猫が私の前を横切った。夜の闇を吸い込んだような漆黒の毛並みの猫だった。負の象徴である黒猫は、にゃーとひと鳴きすると早々に私の前から歩き去り、闇の中に飲み込まれていった。
黒猫が横切ると不幸がやってくる――。
そんな話があるけれど、私はこれっぽっちも信じていなかった。というより、信じる信じない以前に、黒猫が通っても通らなくても――私は不幸なのだから。
「今更、これ以上の不幸なんて無いよ」
永遠の夢に囚われ続けている私。私が願い続ける限り醒めない不幸な夢。
この夢の終わりに待つのが、幸せな結末であることを私は祈り続けなければならない。
決して諦めてはいけない。諦めたら最後、この夢は崩壊を迎え、最悪の結末を辿ることになってしまう。
……頑張らなきゃ。私が頑張らないといけないんだ。他ならぬみんなの為にも、そして――私自身の為にも。
アスファルトの地面を反射して響く私の足音はまるで終わりを刻むカウントダウンのようだった。こうしている間にも、刻一刻と夢の果てにある分岐点へと進み続けている。
「――私は絶対に諦めないよ。絶対に……諦めない」
何度も自分に言い聞かせてきた言葉を呟く。
「私が諦めたら何もかも終わっちゃうんだから。楽しい日々も、未来への希望や可能性さえも」
私は足を進める。しっかりとこの目で見届ける必要がある。目に焼き付きつけて、この事象を確定させなければならない。
「……それにしても」
ふと立ち止まって私は空を見上げる。
「――月が綺麗な夜」
夜空を彩らせる星たちは会話をするように瞬きを繰り返していた。その中心にあるのは満ち欠け一つない綺麗な満月。
「月は欠けていくもの。でもまた元の形に戻ることができる」
この満月は一月にたった一回しか見ることの出来ない特別な月。一日ごとにゆっくりと欠けていってはまた同じ姿に戻る。
再び歩み始める。月明かりが描き出す私の影はまるでもう一人の自分を見ているようだった。
「――でも、命は違う。欠けてしまった生命は二度と元に戻ることは無い」
私は煌々と輝く月から視線を落とし目を閉じる。閉ざされた視界に浮かんでくる光景は過去の記憶。忌々しいあの悲劇が蘇ってくる。
華奢な身体が有り得ない方向に折れ曲がっていた。
雪のような白い髪が鮮血で染まっていた。
寄り添うように横たわった二人は上半身だけしか残っていなかった。
私を守るように覆いかぶさった君の胸には太い木の枝が生えていた。
たくさんの返り血が私を赤く染め上げる。服も、髪も、君の命で濡れていく。
『大丈夫? 良かった、お前が無事で』
そう言って君は私に微笑み続ける。笑って済ませられるほど軽い怪我じゃない。
どうして私を庇ったの?
早く病院に行かないと。
そんな言葉さえも口から出てこない。自分の周りに起きた悲劇に恐怖し、声を失ってしまった。それでも涙だけはとめどなく溢れていた。滲む視界に映る君は最期の瞬間まで笑みを崩さなかったよね。
私は君の最期の言葉、今でも忘れていないよ。ずっと、ずーっと、胸に刻み込んでいるから。
「……好き。大好き。大好き、だよ……っ」
涙が溢れそうになる。私は君のことをこんなにも愛している。
どうして? どうして神様はこんな試練を私に与えたの?辛いよ。苦しいよ。もう……挫けそうだよ。でも絶対に諦めないって決めたから。私は何度だって立ち上がってみせる。
わたしは永遠の夢の中で生き続ける。
この決意は誰にも覆せない。
私が私であるための使命なのだから。
「……見つけた」
探していた人物を見つけた私は足を止めてバレないように身を屈める。
「どうして……どうして修平さんはそんなにも優しいんですか? 恋人でも何でもないのに、どうしてこんなにもひよりのことを考えてくれるんですか……?」
「さぁ、何でだろうな。確かに俺たちは恋人じゃない上に、つい最近知り合ったばかりの関係だ。まだお互いのことをほとんど理解していないし、どう付き合っていけばいいかも定かじゃない。けどな、一つだけ言うのであれば――俺は、ひよりだから何かしてあげたいって思ったんだよ。他ならぬお前の力になりたいと、そう思ったんだ」
「ふふっ、ははっ……あはははっ。まったく……修平さんはどこまでお人好しなんですか」
二人の会話が静かに吹く風に乗って聞こえてくる。
「……っ」
ずきん。と、胸が痛んだ。反射的に胸を押さえた私は溢れそうになる感情を必死に押し殺して息を吐く。
泣いてはいけない。泣いたら多分、耐えきれなくなってしまうから。
永遠の夢を終わらせてはいけない。私はまだ望む結末に辿り着いてはいない。
もしそれが私と結ばれることのない未来だとしても、君が生きていてくれるならそれでいい。
「……帰ろう」
目的は達成した。この世界はあの二人を主軸とした世界ということは分かった。
「――永遠の夢の先にある未来が、どうか幸せな結末でありますように」
to be continued
心音です。こんばんは。
今回のお話は少し短めとなっております。また修平以外の別視点から見るのも初めての試みですね!




