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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Hiyori
22/166

第21話『閉じ込めた記憶』

「……」


 シンと静まる教室内は張り付いた空気によって支配されていた。

 チクタク、チクタクとアナログ時計の針の進む音。無言で板書をするクラスメイト達の動きはロボットのように規則正しく、まるで人間味がなかった。

 俺はロボットになりきる事が出来ず、書きかけのノートを放り出してスマホを開く。ショートカットに設定してある小夏のメッセージ画面を開いて素早く文章を打ち込み、送信ボタンをタップして数秒待つ。


「……」


 小夏からの返事はすぐに返ってくる。内容を確認してから俺はポケットにスマホをねじ込むとおもむろに席を立った。

 ガタンという音が静まり返っていた教室にはよく響いた。音に反応したクラスメイトが一斉に振り返り、突然立った俺に年老いた教師は首を傾げる。


「先生……。お腹痛いんで保健室行ってきても……いい、ですか」


 お腹に手を当て苦痛に顔を歪める。


「行ってきなさい。誰か付き添いはいるか?」


「いえ、一人で……大丈夫です」


 許可を得た俺はふらつきながら教室から出る。ドアをしっかりと閉め、ある程度廊下を進んだところでぐっと背筋を伸ばした。近くの窓を開け、降り注ぐ陽光と午後の爽やかな風を全身で受け止めながらスッキリとした表情でスマホを取り出す。


「今日はホントにいい天気だなぁ」


 お腹が痛い。無論、ブラフである。お腹の調子はすこぶる健康で、なんならカツ丼を二杯は余裕で食べることができるだろう。


「こんな気持ちのいい日に退屈極まりない授業で時間を潰すなんて馬鹿らしいったらありゃしない」


「――でも、学生の本業は勉学だよ」


 風に乗ってきた柑橘系の甘酸っぱい香り。その香りを辿って視線を横に向けると小さく手を振る小夏がいた。眩しいくらいの陽光を受け、小夏のゴールデンイエローの髪が煌めいている。


「私たちは知識を学ぶために学校という組織に所属している。学校で知識を学んで社会に役立たせなさい。勉強をするのは学生の仕事なのだから。学生が職業と言われる要因の一つがこれだね」


 小夏は指を使ってる場所を変えようとジェスチャーする。教師という名の学生の管理者に見つかったらめんどくさいという事だろう。


「義務教育という制度があるよね」


 小夏の隣に並ぶと、話の続きが始まる。この学校という場所において、あまり相応しくない話題かもしれないが小夏はやめるつもりはないらしい。


「どうしてこんな制度があるのか。簡単だよ。最低限の知識すら持ってない人は社会に出たところで何の役にも立たない。だから強制的に学ばせて使える人を作っておく。だって将来この国を支えるのは私たちなんだからね。学ぶことをやめてしまったら、真っ逆さまに落ちていくだけ。社会から見捨てられるのは確定的なことだね」


「となると、今の俺たちはどうなんだ? もろに授業をサボっているわけだが」


「前の学校で習ったことをまたやるなんて嫌だよ」


「ま、そうだよな」


 田舎の学校は都会と違って遅れているみたいだった。だからサボっても問題ないと思いこうして小夏と密会しているのだ。


「屋上でも行って昼寝するか?」


「賛成。けどその前に中庭で飲み物買っておきたいかな」


「んじゃそうすっか」


 階段を降りて中庭に向かうが、その時、予想外の人物と鉢合わせする事になった。


「……あれ? 小夏さん? 保健室に行ったんじゃ……修平さん?」


 上の階から降りてきた俺たちを見つけてしまったひよりは、目をぱちくりとさせながら俺と小夏を交互に見ていた。


「……」


「……」


 アイコンタクトは一瞬。俺と小夏は音も無く階段を駆け下りると、唖然とするひよりを両サイドからきっちりホールドする。


「ほえ?」


 瞬きする間に起きた出来事にひよりは目を丸くするも、自分の状態を理解するや両手両足をばたつかせて抵抗を始めるが時既に遅し。抵抗の余地なく、引きずられるようにひよりは俺たちに連行される。


「はーなーしーてーくーだーさーいーっ!!」


「小夏。ひよりを黙らせろ。バレる」


「合点承知! 花澤さん、悪く思わないでくださいね」


「ごふっ……」


 ひよりの体がくの字に折れ、あまり聞きたくないような女の子の野太い声が響く。小夏の放った渾身のストレートがひよりの鳩尾にめり込んだからだ。


「……いやさ、黙らせろとは確かに言ったけどよ……。仮にも女の子にグーパン決めるか?」


 女の子はお腹を大切にしないといけないという話を聞いたことがあるが、小夏の辞書には記されていない様だった。

 小夏の容赦ない一撃を防ぐ間もなく食らったひよりは、案の定意識を失ってしまったようで、肩に掛かる負担が桁違いに大きくなる。


「意識失った人間ってどうしてこうと重くなるかね……」


「私たちが支え合いの中で生きているからだよ」


「ストップ。まーたそっち系統の話すんの? 興味はあるがまた今度にしてくれ。お前が話に集中すると俺の負担がデカすぎる」


 階段を降りる足が思うように進まない理由は、小夏が自分に掛かる分の負担を俺に擦り付けているからだった。小夏はバレたかと言うように小さな舌をぺろっと出すと、ちゃんと力を入れてひよりを持ち上げて、足元に注意しながら降り始める。


 カツンカツン。カツンカツン――。

 俺と小夏。二人分の足音が木霊のように反響していた。もしもいまこの瞬間、足音が一つでも増えようものならひよりを捨ててでも逃げに徹する自信があった。幽霊は苦手なのだ。もっとも、この場合増える足音の正体は教師だろうが。


「ふぅ……」


 やっとの思いで下駄箱にまで辿り着く。その頃には俺と小夏は共に疲弊し切っていた。休憩がてらひよりを降ろして床に寝せる。


「……何だろうな。無駄にエロい」


「分かるよお兄ちゃんその気持ち。白昼堂々と神聖なる学び舎でイケナイことを犯そうとする感が半端ないよね」


「しかも下駄箱前の廊下とかマニアック過ぎる。いつ誰に見られてもおかしくないような場所だぜ?」


「花澤さんって女の子目から見ても可愛いんだよね。何だろうなぁ……小動物を愛でるような可愛さがあるんだよ。控えめに言って撫で回したい」


「どうする? いっその事、このままお持ち帰りしちゃうか? 食費も抑えればひよりの分くらい余裕で確保できるだろ」


「名案だよお兄ちゃん! 早速お持ち帰りの準備をしよう!」


 パチンと指を鳴らし、手をワキワキとさせながらひよりの元へ手を伸ばす小夏。


「――はっ!?」


 が、あと数ミリで触れられるという絶妙のタイミングでひよりは我に返ったように目を開き、ガバッと勢いよく起き上がった。おそらく本能的な何かが身の危険を察知して脳に起きろと命令を送ったに違いない。


 チッ。なんて勘のいいやつだ。あと少しでひよりは俺たちの手に落ちたというのに……。


 目を覚ましたひよりはブリッジの要領で素早く、そして器用に後退し、俺たちと数メートル距離を置いたところで立ち上がってスカートに付いたホコリを払った。そして身を守るように自分自身を抱き、何故だか知らないが泣きそうになりながら俺たちを……というより小夏単体のことを睨んだ。


「え、なんで睨むの花澤さん」


 向けられる視線が自分だけなのが納得出来ていないのが丸分かりの反応だった。


「自分自身の胸に聞いてくださいです!! ひよりの純真無垢で穢れを知らない身体を汚した罪は大きいですよ!!」


「自分の胸に聞けと言いつつも最初から最後まで説明するひよりであった」


「そこ!! 修平さん!! 変な解説入れないでください!! 元はと言えば修平さんが小夏さんに殴れなんて言うからこんな事に!!」


「ちょっと待てやこら。俺は黙らせろと言っただけで殴れとは一言も言ってねーよ」


「ああ言えばこう言う……修平さんは自分の言葉に責任を持てない……ん、です……あ」


「?」


 激昂していたひよりは俺の目を見据えるや、途端に塩を振りまいた後の青菜のようにしゅんと萎んだ。

その急な変化についていけず、俺と小夏は顔を見合わせて首を傾げる。


「あはは……すいません。殴ってはひよりの思い違いでしたね! 確かに修平さんは黙らせろとしか言ってませんでした!」


 勢いよくお辞儀をすると、太陽のようなオレンジ色のサイドテールがぴょこんと跳ねる。次に顔を上げた時には、元の元気いっぱいの明るいひよりに戻っていた。


「なんかひよりも午後の授業サボってもいいような気分になってきました! なので――」


 そう言いながらひよりは真っ直ぐに俺たちの方へ手を伸ばす。


「ひよりも連れて行ってくれませんか? 二人のいる場所に。二人と一緒ならばひよりはきっと……笑顔で毎日を送れると思うんです」


 ひよりは笑う。その言葉に嘘偽りは全く感じなかった。ひよりの言葉は悪意が一切含まれていない。純粋な気持ちだけで編まれた糸のように心を結んでくれる優しい言葉。真っ直ぐな気持ちだけで向けられる善意に、悪い気持ちはこれっぽっちも生まれなかった。


「ああ、連れて行ってやるよ。何処までも俺たちは一緒だ」


 ひよりの手を取る。柔らかい女の子の温もりを感じさせる小さな手。重なり、絡め合うことで包み込まれるような優しい気持ちになれる。

 どくんと、胸が高鳴った。上目遣いでひよりが俺を見上げていたからだ。手を取る時、俺たちは必然的に互いの距離を縮めていた。今の俺とひよりの距離は顔一つ分くらいしかない。うるさいくらいに高鳴っている心臓の音がひよりに聞こえてしまうのではと錯覚してしまう。


「えと、あのー? 二人共ー? 私がいること忘れてない……?」


 どれだけの時間見つめ合っていたのだろうか。耐えかねた小夏が頬を掻きながらおそるおそる口を開いた。


「!!」


「っ!!」


 ハッとなって慌てて距離を取る。ひよりの顔は林檎のように真っ赤に染まっていた。おそらく、俺の顔も似たようなものになっているに違いない。

 小夏はそんな俺たちを見て盛大にため息を吐く。呆れているのは明白な事実だった。


「そ、それで二人は何処に向かおうとしていたんでしょうか!? ひより何処までも着いていきますよ!!」


「もうお兄ちゃんと花澤さんはホテルにでも行ってきていいよ。私はのんびりとコーヒーでも啜りながら二人の将来を祈っていることにするから」


「ホテルぅ!? 無理です無理です!! 恥ずか死んでしまいますよ!!」


「落ち着けひより。小夏の冗談だ……」


「あいたぁ!?」


 ひよりを正気に戻すためにそれなりに鋭いチョップを脳天に叩き込む。


「い、痛いですよ……修平さん。女の子にはもっと優しくしてくださいです……」


「ベッドでは優しくしてやるよ」


 ふと浮かんだイタズラ心と好奇心が俺の神経を刺激し、ひよりのあたふたした姿を見たいと思ったことから冗談半分でそんなことを口にしてみた。


「……あれ」


 わくわくしながらひよりの反応を待っていた俺だったが、いつまで経っても反応が返ってこないことに疑問を抱き首を傾げる。


「小夏、ひよりはどうしてしまったのだろうか」


「トドメ刺されたんだよ、お兄ちゃんに」


 ひよりは立ったまま気を失っていた。驚くほど器用な芸当だ。俺には到底真似できそうにない。


「初心だな」

「初心だね」


 小夏と二人、同時に結論を出した。そして同時に、今後一切ひよりの前でこの手の話題や冗談を振るのを控えようと思った春の午後だった。


「で、どうすんのお兄ちゃん」


 うんともすんとも言わない人形と成り果てたひよりを一瞥して、面倒くさそうに小夏は俺に判断を委ねてくる。


「放置ワンチャン」


「私の記憶が正しければお兄ちゃんついさっき花澤さんにキメ顔でカッコイイこと言ってたよね? まさかあの言葉は嘘?」


 ほんの少し記憶を遡る。

 ……あ、言ってたわ。なら言葉通りちゃんと連れて行かないといけないな。


「無難におんぶか?」


「お姫様抱っこは? 女の子の憧れの一つだよ」


「当の本人は寝てるけどいいのか?」


「やってあげたっていう事実が大切だから構わないと思うよ」


「どういう基準だそれ。絶対起きてる時にやってもらった方が嬉しいと思うだろ」


 眠ってる時にして、起きてからその事を伝えるのと、起きている時にやってあげるのでは喜びの大きさというものが違うと思う。


「嬉しい嬉しくないは別問題なんだよ。気持ち的な問題ってやつ? 花澤さんみたいな性格ならもっと別の意味で考えるだろうし」


「乙女心ってやつか。男の俺にはさっぱり分からん」


 早々に考えることを放棄した俺はひょいっと肩にひよりを担ぐ。それを見て小夏はあからさまに顔を顰める。


「……ホテルまで誘拐?」


「ホテルから離れような? そもそもこの町にそんな場所ないだろ……」


「分からないよー? もしかしたら風巡丘の奥の方にひっそりとあるかもよ?」


「……奥?」


 その場所に何があるのか知らない。けど妙に胸がざわついた。それは針で空けた穴が徐々に広がっていくように、俺の中で生まれた疑惑の念は渦を巻いて心を蝕んでいく。

 喉がカラカラと乾いていた。押し上がってくる感情を生唾と共に飲み込み、俺は頭の中に浮かんできた光景をそのまま口にした。


「なぁ……小夏。風巡丘の奥にあるのは山岳地帯じゃなかったか?」


「そうなの? まぁ確かに山しか無さそうだもんね」


「……」


 違う、そうじゃない。風巡丘の奥に山岳地帯があることを俺は知っている。見たことのない光景のはずなのに、はっきりと記憶にある。


 そう……夜だ。俺は……いや、俺たちは(・・・・)――一度その場所に行ったことがある(・・・・・・・・)


 でも思い出せない。誰と一緒に俺はその場所へ行った?

 記憶に何重にも鍵を掛けられているように、思い出すことを拒まれる。そうこれはパンドラの箱だ。開けてはならない禁断の箱。この記憶を解放してはならない。頭がそう訴えかけている。






『――だいすき、です……っ』






「……ひより?」


 ふと聞こえてきたひよりの声。目覚めたのかと思って顔を向けるが、ひよりはまだ伸びたままだった。


「お兄ちゃん? 怖い顔してるけどどうかしたの?」


「いや、何でもない。それよりも早く飲み物買いに行こうぜ」


「了解だよ」


 そうして俺たちは中庭を目指して再び歩み始める。


 今は忘れることにしよう。何もかも忘れて、無に還ろう。

 きっとそうすることが一番なのだろうから。



to be continued

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