第20話『昼休みの時間を』
「……ふむ」
俺は都会とはまた違った木材で作られた机に両肘をつき、手を組んでそこに顎を乗せながら一思いに考えに耽っていた。
そんな俺のことを新しいクラスメイト達は遠目から眺めている。目を合わせようものならすぐさま逸らされ、少しでも体を動かすと近くの席のクラスメイトはビクッと体を震えさせていた。
無論、こうなっているのは自分のせいなのだが、ぶっちゃけると少し寂しい。ネタとしてやった自己紹介がまさかここまで影響力があるとは思いもしなかった。
「すっかりみんなに怖がれちゃってるね?」
「ああ、巡。お前だけは普通に接してくれるんだな」
体勢を崩さず、視線だけ隣の席の巡に向ける。何故か巡も俺と同じような体勢を取っており、もしかすると俺が遠巻きに見られているのは、巡にも少なからず原因があるのではないだろうか。
「時に巡殿」
「なんだい修平殿」
「其方に一つ、頼みがある」
「申してみよ」
「我は友達を所望する」
「それは無理な相談だねー」
急に元の口調に戻った巡は俺のささやかな望みをばっさりと切り捨てる。自分の中で勝手に上げていた期待を落とされた俺は机に顔を突っ伏して嘆く。
「何故だ……っ!! 何が間違っていたというんだ!!」
「全部だよ。自己紹介で『都会にいた頃は毎晩公道でブイブイ言わせてました。夜露死苦』なんて言われたら誰だって引くよ」
「今どき、ブイブイ言わせるなんて言葉を全員が全員知っているなんて誰が予想する!?」
「予想できないからこそ踏み止まるべきだったんだよ、どう考えても」
全く以て正論である。どこをどう考えても俺の選択ミスだ。ネタに走らなければこんな事には絶対になっていないだろう。
「まぁほら、友達なら私がいるよ?」
「お前以外の友達も欲しい。転校初日でたくさんのクラスメイトに囲まれるのが俺の夢だったんだよ」
「それはもう叶わない夢だね。来世の自分に期待だよ」
神様仏様巡様はあまりにも無情だった。しかし、自業自得だからこれ以上何も言うことはできない。
「ところで修平くん。今は一応昼休みなんだけど、お昼ご飯はどうするの? あるなら一緒に食べてあげてもいいよ?」
「上から目線ありがとよ。けど残念だったな。昼飯は一緒に食う約束している奴がもういるんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあ修平くん、放課後は予定空けておいてね。私の友達、紹介してあげるから」
「お、マジか。それは助かる」
何だかんだ言って巡は俺のことを気遣ってくれているようだった。
その気持ちに感謝しながら俺は、そろそろ来るであろう待ち人を迎えるために、コンビニで買ったおにぎりやらサンドイッチやらが入った袋を片手に立ち上がった。
「行くの?」
「ああ。放課後楽しみにしてるぜ、巡」
「うん。それじゃあ行ってらっしゃい」
片手を挙げて巡に背を向ける。同時に廊下の方からドタバタとこちらに向かって走ってくる足音が二人分聞こえてきた。
「どうやら迎えが来たようだ」
言いながらサッと髪を掻き上げる。西部劇のガンマンのような渋さとワイルドさを同時に演出できたはずだ。
「……ず、随分と慌ただしいお迎えだね?」
戸惑うような巡の声が耳に届いた。
俺は、この騒ぎが引越す前は普通だったなぁと思いながら教室から一歩踏み出した。
「お兄ちゃーーーーーんっ!!」
「――ぐっはぁ!?」
その瞬間、横っ腹に重い一撃を食らい、衝撃に耐えきれなかった俺の体は5、6m先まで吹き飛んでいた。意識を持っていかれそうな程凄まじい衝撃だったが、学校の廊下なんかでくたばってたまるかと自分を鼓舞し、なんとかダウンを回避をする。
「っあ……いってぇ……」
とは言え、背中からもろに固い廊下に叩き付けられ、尚且つ勢いを殺しきれずゴロゴロと転がった俺の体はお世辞でも無傷とは言えなかった。
まだ若干チカチカする視界に影が差す。おそらく俺にタックルをかましてきた小夏か吹っ飛んだ俺を心配して駆け寄ってきたひよりが目の前に立ったのだろう。
「ごめんお兄ちゃん!! 痛い? 痛くないよね! さぁお昼を食べようっ!」
はい。前者でした。
反省のはの字も感じさせない適当な謝罪をして容疑者小夏は廊下に伸びている俺を引っ張りながら何処かへ移動を始める。
「あのあの小夏さん……? 修平さんは大丈夫なんですか……?」
「大丈夫大丈夫。だから花澤さんは吹き飛んだお兄ちゃんのお昼ご飯拾ってあげてくれないかな?」
「りょ、了解です!」
廊下に散らばった俺の大事な昼飯をかき集めて俺と小夏の元へ駆け寄ると、ひよりは心配そうな瞳で俺の顔を覗き込んできた。
「あの、大丈夫です? 何処か痛いところはありませんか?」
「強いて言うなら全身が痛い」
交通事故にはあったことはないが、今俺が負っている痛みの数十倍の痛みがあると考えると、絶対に車には気を付けようと思う。
「重傷じゃないですか!? ひよりにできることなら何でも言ってください! 修平さんの力になりますよっ!」
力こぶをぐっと作って、わたし出来ますよアピールをするひより。俺は折角ならばその好意に甘えさせて貰おうと思った。
「パンツ見せてくれ」
「変態ですかっ!? どうしてひよりが修平さんにパンツ見せないといけないんですかっ!?」
「何でもするって言ったから……」
「何でも言ってくださいとは言いましたけど、何でもするとは一言も言ってませんよ!!」
「ま、冗談だけどな」
「んなっ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶひよりを見て和んだところで痛みもだいぶ和らいできた。
それにしても、からかいがいがあって面白い女の子だな、ひよりって。
廊下で騒いでいれば人知れず注目を集める。背後から感じる幾つかの視線はクラスメイトのものだろう。一学年一クラスしかないこの学校。俺が自己紹介でやらかした失態が全校に広まるのは時間の問題かもしれない。変な噂が小夏やひよりにまで飛び火しないといいのだが。
「何かもう……精神的にどっと疲れましたよ……。でも、こういうのも悪くはありませんね」
「え? 花澤さん、いじられるのが好きなの」
「曲解しないでくださいよ!? いやまぁ誤解させるような事を言ったのはひよりですけど……」
ため息を吐きながらひよりは窓の外を見つめた。換気のために開けていた窓から爽やかな春風が流れ込んでくる。風に乗った桜の花びらがひらひらと踊っている外の世界。春ならではの心打たれる美しい光景に俺たちは揃って足を止め、この季節にしか見れない薄紅色の世界を堪能していた。
「どうやらひよりは……お二人と一緒にいる時間が好きみたいです」
不意にひよりがそんなことを口にする。
俺と小夏は視線を窓の外に向けたまま、耳だけはひよりの言葉を聞こうと研ぎ澄ませた。
「なんというか……表現しにくいんですけど、安心するんですよね。こう……心がぽかぽかすると言いますか。傍にいてくれると無性に落ち着くんです」
胸に手を当て、ひよりは目を閉じる。春風がひよりの蜜柑色の髪を揺らしていた。鼻腔をくすぐるひよりの香りは石鹸のように柔らかい香りだった。
「あるべき形に収まっているような固定化された安心感。二人のことは無条件で信頼出来る気がするんです。何がどうしてこんな気持ちになるのかひよりには分かりません。でも一つ言えることがあるとすれば……」
その瞬間、一際大きな風が吹いた。
突然のことに思わず目を閉じてしまう。風が止んで目を開けひよりの方へ顔を向けると、ちょうどこちらを見ていたひよりと見つめ合うような形になった。
小さな蕾のような唇がゆっくりと開く。これから紡がれる言葉に、この話の終着点があるような気がした。
「ひより達は出会うべきして出会った。この出会いはきっと定められた理なんです。じゃなきゃこの気持ちの説明が出来ません」
はっきりと言い切ったひより。
なるほどなるほど。確かにひよりの言う通りかもしれない。だからこそ――
「……ははっ」
「ちょ!? どうしてそこで笑うんですかー!!」
俺は笑ってしまった。理とか、運命とか、そんな形のない曖昧なものを信じるような俺ではなかったが、どうしてか信じてみようと思ってしまった。
いや違うか。この言葉は適切ではないな。
ひよりの言葉なら、信じてもいいと思ってしまったのだ。
「あはははっ!」
「小夏さんまで!? 何です何です!! 人が真面目に話しているのに酷いですよ!!」
小夏が笑っているのも俺と同じ理由なのだろう。
「……ふふっ、あははっ」
そして伝染したようにひよりも声を上げて笑い始める。覗き見していたクラスメイト達は奇っ怪なものを見るような目で俺たちを見ていたが、全くと言っていいほど気にならなかった。
※
「……よし! 解錠完了!」
「あわわ……。ひより、見てはいけない瞬間を見ちゃった気がします……」
屋上の鍵をピッキングした小夏は満足げにステンレス製のドアを開け放つ。爽やかな風が俺たちを迎えると同時にパッと光が弾け開放的な空間がそこに現れる。
「いい風。やっぱりお昼は屋上に限るね」
両手を大きく広げて春風を感じる小夏。その姿が昨日の夜の巡にあまりにもそっくりで笑いが零れる。
「今の笑うところ?」
「いや何、昨日同じような光景を見たなぁと思ってさ」
「昨日? 私か花澤さん、こんなことしたっけ?」
小夏とひよりは顔を見合わせると揃って首を傾げる。
「いや、お前らじゃなくて俺のクラスメイト。あ、そうだ。それで思い出した。ひより、お前巡と知り合いだったのか?」
「はい?」
「風見巡。知り合いじゃないのか?」
「えと……誰ですか?」
「……あれ?」
ひよりのこの反応はマジなものだった。となるとどうして巡は俺の学年が分かっていたんだ?
昨日の会話を改めて振り返る。しかしやはり自己紹介をしただけで学年までは話していない。
「修平さん?」
「あー……悪い悪い。俺の勘違いだったみたいだ」
「そうですか? ならそろそろお昼食べましょう! ひよりお腹ぺこぺこですよ……」
くぅーと、ひよりのお腹から可愛らしい音が聞こえてくる。ひよりは恥ずかしそうに頬を紅く染めて俺の袖を引っ張った。
「ささっ! 早く食べないと昼休みが終わってしまいます! はりーあっぷ! ですよ!」
照れ隠しのつもりで言葉を一気に捲し上げたひより。耳元まで林檎のように真っ赤になっているのが後ろから見てもよく分かる。
「……可愛いやつ」
ぼそっと呟くとひよりが振り返り首を傾げる。
「今何か言いました?」
「いや? 風の音と勘違いしたんじゃないか?」
笑って誤魔化すとあまり納得してなさそうな様子で顔を戻して一人走り回り始めた。その姿はドックランで遊ぶ犬のように元気いっぱいだった。内心ホッとしつつ隣を歩く小夏に顔を向けると、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべて俺を見ていた。
「……なんだよ」
「いやー? 引っ越してくる時に電車の中で彼女を作るのはどうたらこうたら言ってたくせして自分が真っ先にその気になってるじゃん?」
「うっさい。それにまだ好きになったわけじゃねーよ」
好きか嫌いか。その二択なら間違いなくひよりの事は好きだ。けど恋愛の好きかどうかを問われれば答えは分からない。人を好きになるということは、簡単そうに見えてかなり難しい事なのだから。
「まだ、ね。友達としてじゃなくて、女の子として好きになる可能性はあるってことなんだ。いいと思うよ? 恋愛は自由なんだからお兄ちゃんの好きなようにすればいいんじゃないかな?」
「もちろん好きにさせてもらうさ。お前の言う通り恋愛は自由なんだからな。俺は何事も縛られるのは好きじゃない」
何かに縛られる人生なんて楽しくない。自由で生きてこそ、充実した人生を送れるというものだろう。
何気なく空を見上げる。この無限に続く空のように広々と生きることが出来ればそれだけで幸せだ。
人生というのはスゴロクのようなものかもしれない。決まった盤面をサイコロを振って進んでいく。
ゴールには遅かれ早かれ絶対に辿り着くもの。その過程に人は様々な事を経験し、そして成長し、子どもから大人へとなり、やがてはその一生を終えるのだ。決められた道をどう進むか。それが人生の醍醐味なのかもしれない。
「修平さーん! 小夏さーん! ご飯ー! 食べましょーっ!!」
少し離れた位置で両手をぶんぶん振るひよりに向かって、俺は人差し指を立てて唇に当てる。
「あまり大声出すとバレるぞー?」
「はっ! そうでした。不法侵入している事をすっかり忘れていましたよ……」
「そんな犯罪っぽく言わないでよ花澤さん。まるで私たちが悪いことしているみたいじゃん」
「実際に!! やってますよね!?」
「声抑えろー?」
「あはは……。すいません」
貯水タンクの上でスズメたちがチュンチュンと楽しげに歌っていた。昼飯のサンドイッチを少しちぎってばら撒くと嬉しそうに地面に降り立って啄み始めた。
「俺たちも昼飯にするか。こんな気持ちのいい空の下で食う昼飯は格別だろうな」
「レジャーシート敷いておくよー」
「おっ昼〜♪ おっ昼〜♪」
三人で仲良く過ごす昼休み。いつもより時間の流れが早く感じるのだった。
to be continued




