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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Hiyori
19/166

第18話『新生活の幕開け』

挿絵(By みてみん)


 目を開けたらアヒルの真似をしたマイシスター小夏の顔が目の前にあった。


「……お前は何をしているんだ?」


「目と目が逢うその瞬間?」


「恋に落ちねーよ」


 ましてや妹相手にそういう目を向けてしまったら兄として失格だ。全国お兄ちゃん協会に目を付けられてしまう。


「んで、なんでそんなに顔寄せてるんだ?」


「お兄ちゃんお菓子食べながら寝てたでしょ? 口元に付いてるクッキーの欠片を取ってあげようと思って」


「……え? 顔寄せる意味は? 手を伸ばせばいいだろ」


「こういうこと」


 ぱくっと、小夏は何の躊躇いもなく口を使ってクッキーの欠片を取ってくれた。


「うん。甘くて美味しいお兄ちゃんの唇」


「唇からはズレてただろ。あと甘いのはクッキーだ」


 傍から見ればキスしているように見えるだろうが俺たちにとってこの程度のことはスキンシップに過ぎない。小夏の唇の柔らかさを堪能した俺は、ガタンと揺れを感じて、自分が電車に乗っていることを思い出した。

 窓の外を流れていく景色は山や田畑だけで代わり映えがない。見ていてもつまらない景色から愛しの妹の方へ視線を移してため息を吐く。


「お兄ちゃんの気持ち分かるよ」


「分かるかマイシスターよ」


「どうして俺の妹はこんなにも可愛いんだろうなぁ――でしょ!」


 謎のドヤ顔。まぁ、お前が可愛いのは認めるが。


「なんでうちの親はこんなところで二人暮らしをさせようとしたんだろうな」


 そう。小夏と俺は今日から親元を離れて二人で生活することになっている。今は新居のある虹ヶ丘町という田舎町へ移動している最中だ。


「都会人を殺しにかかってるよね。お兄ちゃんが寝ている間に町のこと調べてみたんだけどなんとびっくり!」


 謎のドラムロールが小夏のスマホから流れ始める。最後のじゃん!の部分だけ自分の口で言うと、初めのテンションはどこに消え失せてしまったのか、この世の終わりのようにがっくりと項垂れる。


「カラオケが……無い……っ!!」


「な、に……? 死活問題じゃねーか……!?」


「ス〇バもド〇ールも……無い……っ!!」


「ジーザス!! ここは本当に日本なのか!?」


「お気に入りのブランドの下着ショップが……無い……っ!!」


「毎度思うんだが、下着を選ぶのに俺を道連れにするのやめてくれないか?」


「それとこれとは別問題」


 羞恥心が無いのか俺をからかって楽しんでいるのか、小夏と買い物に行くと高確率で下着ショップに連行される。カップルが揃って来店することはよくあることらしいから店員も気にも留めていなかったのだが、小夏が大声でお兄ちゃーん!!と叫んだ瞬間に店員と周りにいた客がゴミを見るような目で俺を見てきたのはいい思い出だ。

 無論、その後小夏の頭に俺の鉄槌が下ったことは言うまでもない。


「そういうのは好きな人連れて行けよ」


「連れていってるよ? 好きな人」


「俺をカウントから外すと?」


「私、今は好きな人いないんだよね」


 今は――。これは現代人が生み出した大変便利な言葉である。

 今は好きな人いない――そう。今は、を言葉の先頭に付けるだけで過去にはいたという錯覚を相手に与えると同時に精神的優位に立つことが出来るのだ。


「そういうお兄ちゃんはどうなの? いるの? 好きな人」


 だからこそ、その利便性と汎用性の高さを評価して俺も使わせてもらうことにしよう。


「好きな人ねぇ……今はいないな」


 うむ。実に便利である。


「同じじゃん」


「そういや小夏さ、今年のバレンタインにチョコ作ってただろ? あれ誰にあげたんだ?」


「お兄ちゃん」


「いや、俺以外」


「お兄ちゃんの分しか作ってないよ」


「マジで?」


 打ち明けられた事実に俺は驚く。

 あれ? でもやたら沢山作っているように見えたんだが……気のせいか……?


「正確にはお兄ちゃんと自分の分。作ってたら食べたくなっちゃった!」


「あるあるだわ」


 まぁどうせそんなことだろうとは思っていたけどな。けど本当に誰にもあげていないのか。可愛いのに勿体ない。


 小夏は男女共に人気が高い。人懐こい明るい性格と子犬のような活発性が周りに自然と人を集める。加えて小夏は兄の俺から見ても可愛いらしい女の子だ。肩のあたりまであるゴールデンイエローの髪に俺と同じ紅い瞳。身長は女子の平均くらいで胸は……そこそこ。容姿だけ見れば前の学校で一位二位を争うレベルだったと思われる。


「お兄ちゃんお兄ちゃん」


「んー?」


「転校先では彼女作るの?」


「小夏が彼氏作ったら考える」


「あはは! じゃあお互いしばらく恋人出来そうにないね! ま、私的にはお兄ちゃんが居ればそれでいいからなー。そっちの方が楽しいし」


 小夏はブラコンである。ついでに言うと俺はシスコンである。学校では学年が違うから常に一緒という訳ではなかったが、昼休みや放課後、登下校は常に小夏と共に在る。

 兄妹でバカ騒ぎしていれば勝手に人が集まってくるし、昼休みなんて校庭にレジャーシートを広げて何十人規模で昼食を取ったこともある。小夏と一緒にいると退屈しないのだ。だから下手に恋人なんかを作って小夏と過ごす時間が減るのがほんの少し嫌だったりする。


「それにしても代わり映えのない退屈な景色だよね」


「田舎だからな」


「……」


 会話が途絶える。時折聞こえてくるスキール音だけが静寂を許さなかった。

 スマホで虹ヶ丘町について色々と検索をかけてみる。小夏の言う通り若者受けしそうな施設や喫茶店などは一切無いようで、これからの生活を考えるとため息しか出てこなかった。


 無言の時間は続く。しかし、永遠に続くかと思われていた時間は唐突に終わりを迎える。


『次は虹ヶ丘〜。虹ヶ丘〜』


 古ぼけたスピーカーから聞こえてくる車掌さんの声に俺はその場で伸びをしてから立ち上がると、座席の上に置いていた荷物を取った。


 電車のスピードが徐々に落ちてくる。もう間もなく俺と小夏の新生活の幕開けだ。二人暮らしということもあり、多少の不安もあったりするが、小夏と二人なら成り行きに任せれば何とかなるだろう。



「……なんだここ」


 駅から出て第一声は絞り出したような情けない言葉だった。


 いやまぁ……電車に乗ってるあたりから察していたけどさぁ……これはあんまりだ。

 人生で初めて親を恨みそうになった瞬間である。見渡す限りの山、田畑、川――ここに住んでいる人たちは皆サバイバルでもしているのか?


「お兄ちゃん……私ナイフとか何も持ってきてないんだけどこの先大丈夫かな」


「落ち着け小夏。石器時代の人間は石を使ってナイフを作っていたと言う。川辺を捜索すれば手頃な石くらい見つかるはずだ」


「水のろ過装置も作った方がいいかな? ほら、川の水を直接飲むと危ないって聞くし」


「火を起こす練習も今のうちにしておいた方がいいかもしれない。くそ……っ。母さん達は何を考えてこんな辺境の地に俺たちを送ったんだ」


「嘆いたって仕方ないよ。現実を受け入れようお兄ちゃん。私たちはもうここで生きるしかないんだから……!」


 オーバーリアクションを小夏と共に取ったところで俺たちはもう一度大きなため息を吐いた。春の陽気でぽかぽか日和だが、俺たちの心には季節外れの木枯らしが吹いていた。


「さて、三文芝居はこれくらいにしておいて……マジで何もない町なんだな」


「私たちの新居はどっち方面なんだろ?」


 兄妹揃って方向音痴である。右も左も分からない新天地で迷子になるのはもはや確定事項だった。

 時刻は正午過ぎ。ぶらぶらとさ迷っていれば日が落ちるまでに辿り着くことが出来るだろうか?


「とりあえず歩いてみるか?」


「歩くって……どっちに?」


「あー……」


 四方八方何処を見ても住宅街があるようには思えない。近隣マップでもあれば話は別なのだがそんな便利なものはない。すぐ近くにあるのは木製の何も張り紙の無い古びた掲示板と、雨風に打たれて座った瞬間に崩れるんじゃないかと思えるほど朽ちたベンチだけだった。


「あ、お兄ちゃん。前見て」


 何かに気づいた小夏が服の袖を引っ張ってくる。催促されるがままに前方に視線を移した俺は思わず「おっ」と声を出してしまった。驚いたことに人――しかも少女がこちらに向かって歩いてきていたのだ。ふむ。無人地帯という考えを改めなければならない。


「あのー! すみませんー!」


 小夏が手をメガホン状にして叫ぶと、少女はオレンジ色のサイドテールをうさぎのようにぴょこぴょこと跳ねさせながらこちらに駆け寄ってきた。


「どうかしましたか?」


 小夏と同じくらいの年齢だろうか。まだ幼さの残る顔立ち。透き通ったエメラルド色は健気さを。そしてオレンジ色の髪の毛は少女の元気さを象徴しているようだった。


「あ、もしかして観光ですか? だったら残念! この町にはお二方の年齢が楽しめそうな場所は何もないですよ!」


 人見知りしない子らしい。楽しそうに話し始める姿に思わずほっこりしてしまうが、信じたくなかったネットの情報を確信に変える地元民の発言は、俺と小夏の心を再び盛大に傷つけるのだった。


「俺は深凪修平。こっちは妹の小夏。俺たちは今日からこの町に住むことになってるんだよ」


 どもです。と、小夏は敬礼する。


「おお。わざわざ自己紹介どもどもです。ひよりの名前は花澤ひよりです。虹ヶ丘高等学校の二年生ですよ」


 虹ヶ丘高等学校は俺たちも明日から通うことになっている学校の名前だ。転校する前に顔馴染みが出来たのはなかなか幸運だ。


「俺は三年生だからひよりの先輩になるな」


「そうでしたか! よろしくお願いします、修平さん!」


「私は二年生だから花澤さんと同じクラスになる可能性高いかもね」


「あ、なら学年同じならクラスも同じですよ! なんせ全学年一クラスしかありませんから!」


 やはり田舎となると俺たちの住んでいた都会とは違い学生数が大幅に少ないらしい。下手したら全校生徒合わせて百人もいないのではないだろうか。


「それにしてもこんな何にもない町にどうして引っ越してこようなんて思ったんですか?」


「親曰く、社会勉強らしい。どこからどう見ても社会勉強なんて出来る土地ではないと思うんだがな」


「あはは! それは災難でしたね。始めに言った通り虹ヶ丘町は何もない町ですから! ああでも……ちょっと変わった丘ならありますよ」


 思い出したように手を鳴らすと、くるんとその場でターンしてピンと指をさす。綺麗な指先が示す方角には周りの景色から少し浮いた緑地帯があった。


「風巡丘って言うんですけど、たくさんの風車が植えられているんです。でも不思議なことに風が吹いても回らないんですよね」


「それは本当に風車なのか?」


「はい。なんでも、特別なことが起きた時にだけ回る風車らしいです」


「特別な事ね……」


 どんな事が起きたら回るのだろうか?

 オカルトチックな話を聞いて俺はその場所に興味が湧いてきた。退屈な毎日を過ごすハメになるかと思っていたが案外面白いこともありそうだ。


「花澤さんはどうしてこんなところに?」


「ひよりは散歩ですよ! ぶらぶらしていたら知り合いに会えるかなーと思いまして! 御二方はこれからどうするんです?」


 お。この流れはもしかすると住宅街のところまで案内してもらえるのでは?


「俺たちはこれから新居に向かおうと思ってるんだが道が分からなくてな。もし良かったら住宅街まで案内してくれないか?」


「もちろんオッケーですよ!」


 二つ返事でひよりはオッケーを出してくれる。これで俺と小夏が迷子になる運命は回避されたも同然だ。


「折角ですからひよりが町の案内でもしましょうか? 案内と言っても知っての通り何もない町ですけどね」


「それでもお願い! 早く町に馴染んでおきたいから。それに花澤さんはこの町でできた最初の友達だから仲良くしたいな」


「おお……胸に染みる嬉しい言葉です! こんなひよりですがよろしくお願いしますっ!」


 ひよりはサイドテールを跳ねさせてビシッと敬礼をする。それから俺の方へ顔を向けると花の咲くような眩しい笑顔を作った。


「修平さんも! これからよろしくお願いしますねっ!」


「……っ」


「? どうかしましたか?」


「ああいや、何でもない。よろしくな、ひより」


 裏表の無い純心で可愛らしい笑顔。あまりにも魅力的なその笑顔は俺の脳裏に焼き付いて離れないと同時に、胸の奥底に小さな感情が芽生えた。この感情の正体は分からないけれど、心温まる安らかな気持ちはきっと、悪いものではないだろう。



to be continued

心音です。こんばんは。

さてついに第2章の幕開けです。第2章はヒロインの個別ルートとなっていますのでヒロインの可愛さと魅力をたっぷりと堪能して頂けると幸いです。


それでは次のお話でまたお会いしましょう。

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