第17話『始まりの夢』
――ここは何処だろう?
目覚めた俺の視界に真っ先に飛び込んできたのは青く澄み渡る広大な空だった。顔を横に向けると緑の草原と、地面に刺さってくるくると回っている風車が見えた。
ふむ。どうやら俺は地面に仰向けに寝そべっているらしい。
らしいという曖昧な表現を使うのには理由がある。どうして俺はこんな場所で寝転んでいるのか分からないし、何よりここが何処なのかすら分からなかったからだ。
「……俺の名前は深凪修平。妹の名前は小夏」
自分の出身地や生い立ち、家族構成も分かる。うん。記憶喪失では無いみたいだな。
体を起こす。現実感の無い不思議な場所――というのが改めて辺りを見渡して抱いた感想だった。
重さという概念が無いのか、体が羽根のように軽く、強い風が吹いたら飛ばされてしまうのではないかと錯覚してしまう。
そう。今この場所を一言で説明するのであれば――夢の中。この言葉がぴったりと当てはまる。
「……ふむ」
あれ? 俺いつ寝たっけ……? 寝る前のことを覚えてない時点で色々やばい気がするし、てか夢ってのは夢と気づいた瞬間に醒めるものじゃなかったか?
「となると、これは夢じゃない」
いやいやいや、何を言ってるんだ俺。どう考えてもこれは夢だろ。何でこんなところで寝てるんだって話だし。
「それにしても……不思議な場所だな」
見渡す限りの緑の草原。それを覆い隠すように地面に刺さっている無数の風車が回っていた。
夢の中とはいえ異様な光景には違いない。異様……そうあまりにも異様だった。何故かって? 答えは単純で明確だ。風が一切吹いていないのに風車はくるくると回り続けているのだから。
「……やっぱり夢だわ」
自分の出した結論をものの数秒で覆し、俺は再び首を捻る。これがアニメやゲームならば現実に続く扉が何処かにあったりするものだがそんなものはどこをどう見たってこの広大な草原には存在しない。
「とりあえず歩いてみ――うお!?」
振り返った俺の目の前に黒髪の少女がいた。つい先程まで誰もいなかったはずなのに突如現れた少女の姿に俺は戸惑いを隠しきれない。
「だ、誰だお前……?」
「……」
少女は何も答えない。
無視されたのだろうか。この近距離で聞こえなかったなんて考えられないしおそらくそういう事なのだろう。
「……えーっと、すまん。俺の名前は深凪修平って言うんだ。お前の名前は?」
それでもめげずに対話を試みる。このよく分からない状況を打開する為にも、猫の手を借りたいくらいだ。
「……」
「……て、手強いな」
明らかに意図的に無視されている。だがめげるな俺。彼女はきっと緊張のあまり声を出せないだけかもしれないじゃないか。
「よし。なら頷くだけでいい。ここは夢の中なのか?」
「……」
少女、微動だにせず。俺の心が早くも折れそうだった。
こいつ……誰だか知らんがここまで蔑ろにされると俺が、ナンパしたはいいがあからさまに相手をされず、それでもめげずに誘おうとしている憐れな男みたいじゃねーか……。
「……ん?」
そこで俺は初めて、少女が風車を両手で持っていることに気づいた。持っている……というよりは胸元に押し付けていると表現した方が正しいかもしれない。その姿はさながら祈りを捧げる聖女のようだった。
「何を……願っているんだ?」
「……夢を」
どうせ答えてくれない。そう思いながらも話しかけてみた甲斐があった。少女とコミュニケーションが取れたことにより俺の心に幾分かの余裕が生まれる。
「夢を願っているの。永遠に続く夢を」
「それは難しい願い事だな。夢は永遠に続けられるものじゃない」
「ふふっ」
「……」
俺が言葉に詰まったのはいきなり笑われたからではない。少女はきちんと笑っていると思っているだろうが、それは笑顔で作った仮面を無理矢理貼り付けたようにしか俺には見えなかったからだ。
「笑ってごめんね。修平くんは曲がらないなぁと思って」
同時に風車を握る手に力が込められた。何か内側から溢れそうになる感情を押し止めるようにきつく手を握る。
「――大丈夫」
何が大丈夫なのか。今にも泣き出しそうなほど辛そうな笑顔を浮かべているくせに何を強がっているのか。
「永遠の夢を私は続けるから心配しないで。約束、絶対に守るからね。だからお願い。私を――信じて」
「……っ」
信じて――。その何気ない約束の言葉に胸が張り裂けそうな思いになる。
心が痛い。何故? 分からない。
でもこの子の言葉は無条件で信じてもいいと思ってしまう。
「信じるよ」
だから俺は答える。そう答えるのが当然のように言葉がすんなりと出てきた。
「ありがとう」
少女は笑う。今度は仮面ではない本物の笑顔だった。
「さぁ、行って」
少女の言葉が俺の背中を押す。
「ああ。行ってくるよ」
一歩進むと同時に景色が霞んでくる。ようやく夢から醒める時が来たのだろう。
けど少女は言っていた。永遠の夢を続けると。もしこの言葉が本当なら、目が醒めても夢の中という不思議な現実が待っているのかもしれない。
「ま、楽しけりゃ何だっていいがな」
その言葉を最後に俺の視界は真っ白な光に覆われ、直後、ゆっくりと浮上していくような感覚に包まれる。目醒めの時がやって来たのだろう。目が醒めたらこの変な夢のことを小夏に話してみるかと思いながら俺は意識を光に預けた。
to be continued
心音です。こんばんは。
今回のお話でThe First Storyは完結となります。
それでは次のお話でまたお会いしましょう。