エピローグ『終幕』
「――な、何の話をしてるの、修平くん? それよりもその人は誰なの……?」
俺以外の面々は当然状況を理解出来ている訳はなく、代表として巡が訊ねてくる。
「なに、簡単な話だ。あとは巡の願い通り、みんなで満天の星空を見ればこのシナリオが幕を閉じる――ただそれだけのことだよ」
そう。それだけ。本当にそれだけなのだ。
だから俺は平然と言葉を返したのに、巡は納得がいかないのか、捲し立てるように言い返してくる。
「だから!! それは一体どういうことなの!? 運命の日を乗り越えた、あとは約束通りにみんなで星を見るだけなんて言われて、この状況で何をどう受け入れればいいの!?」
「そうよ。ちゃんと説明して修平。あたしたち全員に分かるように」
葵雪も巡に続けて説明を求めてくる。
説明も何も、今のこの状況が全てであり、そして現実なのだ。これ以上何をどう説明すればいいのか。
「お兄ちゃんなの……? 本当に今私の目の前にいるあなたは、私のお兄ちゃんの深凪修平なの……?」
「心外だな。何年、何十年、いや何百年一緒にいる兄のことを今更疑うのか?」
「そ、それは……だって……」
――こんなの、私が知ってるお兄ちゃんじゃない。
小さくそう呟いたのが聞こえたが、俺は聞こえないフリをして巡と向かい合う。
「さぁ巡。終わらせようぜ。この不条理な物語を。共に運命の日を乗り越えた。もう苦しまなくていいんだ。もう死ななくていいんだ。お前たちが笑いあって生きていける結末はもう眼と鼻の先にある」
「!? わ、分からない……分からないよ!! だって……だって、修平のその口振りだと……修平くんがいないように聞こえちゃうよ……!!」
「……」
お前たちが――と言ってしまったのは失言だった。
発言には細心の注意をしなければ。俺は別に巡を泣かせたい訳ではない。
「修平くんがいなかったら、そんなのもう、みんななんて言えないよ!! 誰か一人でも欠けた時点で幸せな結末なんて言えない!!」
――けど、俺はもう気づいてしまっている。
俺はもう――ただの登場人物では居られない。用意された舞台の上で踊る操り人形のままなら、きっとそれが幸せだったに違いない。
「安心しろ、巡。俺はちゃんと居る。みんなと一緒に、巡と一緒に、これからの時間を、永遠に」
だからもう、嘘で塗り固めよう。
嘘だけが、この世界の真実なのだから。今更嘘の一つや二つ増やしたところで何も変わらない。
「ほら、見ろよみんな。満天の星空だ」
誰も見上げてくれない星空を、俺は一人見つめる。
宝石が散りばめられているかのように星がキラキラと光り輝いていた。けど、徐々にその輝きに靄がかかっていく。ボヤけて、薄れて、消えていく。
「……もういいでしょう、修平さん。もう、やめましょう」
神楽さんの声にハッとして、反射的に彼女の方へと顔を向ける。その瞬間、視界を塞いでいた原因が俺の瞳から零れ落ちた。
「あなたが泣く必要はありません。あなたは立派にやり遂げた。舞台を終えたのです。少し休みましょう」
「……でも、神楽さん。俺は……俺は、気づいてしまったんだ……」
シナリオ通り、俺たちの幸せな結末は訪れた。
大切なみんなが死なない、大好きな巡が悲しむことのない、これ以上に無い最高の結末。運命の日を乗り越えた俺たちには幸せになれる権利が与えられた。
「……まだ、この物語は終わらない。繰り返す時間の牢獄から解き放たれても……終わりのない物語が俺たちを幽閉する」
自分でつい今しがた言ったばかりなのに、自分がその事実を認められない。
そう、この物語はまだ始まったばかり。
まだまだ続く物語の一幕が終わっただけなのだ。
「今更、引き返したいって言っても……遅いよな」
「……ええ。あなたはもう、ただの登場人物ではいられない」
悲しそうに、でも、はっきりと神楽さんは告げる。
ああ、この世界の神である神楽さんが言うのなら、もう諦めるしかない。
「……不条理だな」
「……ええ、そうです。不条理なんです」
「なぁ、神楽さん。一つだけ聞いていいか?」
「……はい。なんですか?」
涙はもう止まっていた。
クリアになった視界ではっきりと神楽さんを見据える。
「この物語は――ハッピーエンドを迎えるのか?」
それだけは知りたかった。
この先の展開なんてどうでもいい。俺たちの努力が無駄にならないのかだけが心配だった。
「それは……私が決めることではありません。でも、もし物語が望まない結末を迎えようとしたのであれば、修平さん、あなたが手助けをしてあげればいい。あなただってそうされたでしょう?」
「……あれは……美結は、意図的にやっていた訳じゃないだろ」
フッと、神楽さんは鼻で笑う。
「そうですね。美結さんはまだ気づいてません。けど、心の片隅で自覚している。だから修平さんの手助けをした。それだけの事です」
「……気に入らねぇな。神楽さん。あなただって蚊帳の外の人間じゃない。むしろ中心人物だ。なのにどうしてそんなにも他人を装える」
「……逆ですよ。中心だからこそ、他人を装っているんです。私は……修平さんが思っているほど強い人間じゃありませんから」
神楽さんの表情に影が落ちる。
何か言おう。そう思って口を開いたところで、神楽さんが言葉を続けた。
「さて、修平さん。これ以上は蛇足です。この物語はもう完結なのですから、これ以上のシナリオは要りません」
「……そうだな。じゃあもう幕を閉じよう」
俺は神楽さんから、完全に思考停止しているみんなの方へ顔を向けた。
「さぁ、みんな。終幕だ。次の物語でまた会おう。そこは俺たちの幸せだけは約束された世界だ」
返事は聞かない。必要ない。
だから俺は大きく右手を上げ、パチンと指を鳴らす。
「――夢の終わりに、どうか幸せな結末を――」
どこからかともなく、本を閉じるような音が聞こえた。
Life -刻の吹く丘にて- End
ここまでお愛読頂き、誠にありがとうございます。
Life -刻の吹く丘にて- は、一旦ここで完結となります。終わらせ方から想像はつくと思われますが、続編――もとい、第二章があります。タイトルが変わるため、ここで完結させる必要がありました。
え?これで終わり?などと焦らないで頂けたら幸いです。
そして肝心な第二章ですが、公開するのは当分先になります。言ってしまえば休載です。本来なら続けるのが当然なのを重々承知の上で、一旦お休みを頂き、大切なフォロワーさんとの企画を進行させます。
企画に関しましては活動報告、ならびにTwitterで宣伝します。尚、Twitterでは既に何度か宣伝を行っています。小説垢ではなく、メイン垢の方で宣伝をしているため、おそらくお気づきでない方が大半だと思われるので、今後は小説垢でも宣伝をしていこうと思っています。
Lifeの第二章を書くのはフォロワーさんとの企画が終了次第取り掛かります。それなりに長い期間が空いてしまいますが、どうかご理解とご容赦をお願いします。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。