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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
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第164話『運命の日 後編』

「――ひよりっ!!」


声を張り出すのと、足が動くのはほぼ同時。

確実にひよりに迫ってくる地割れ。下手したら自分が巻き込まれるのを顧みずにひよりの元へ駆け寄り、勢いのままその華奢な体を抱いて地面に転がる。


「あぐっ……修平さん……!?」


痛みに一瞬だけ顔を歪めたひよりだったが、自分を守るための行動と悟った瞬間、酷く焦った様子で俺を呼ぶ。

すぐに返事をしたい気持ちはあったが、ひよりを助ける一心で後先考えずに転がったせいで、変に体を打ち付けてしまい咄嗟に声を出せない。


「お兄ちゃん!! 早く立って!!」


しかし、そんな俺の様子などお構いなしに小夏が声を上げた。


「……っ。……うっさい、分か……ってる!!」


声を絞り出してひよりと共に立ち上がる。

幸い、今の地割れは小規模なもので、巡たちと分断されるようなものでは無かった。しかし、俺が助けに入らなければ、ひよりは今頃俺たちの前から姿を消していただろう。


「修平くん!? 大丈夫!?」


激しい揺れはまだ続いている。それでも俺の身を案じて、転びそうになりながらも巡が駆け寄ってきた。


「なんとか、な。けど、まだ終わりじゃない」


世界が本気で俺たちを殺そうとしているのであれば、この程度で終わる訳がない。

揺れは収まるどころか激しさを増す一方だった。立ってバランスを取るのが精一杯で、それ以上の事が何も出来ないでいた。今ここでまた同じことが起きたら俺一人の力だけじゃ対処出来るか怪しいくらいだ。


「……でも」


俺の信じる道が正しいのであれば、この死に怯える時間でさえも幸せな結末へと繋がっているはず。

諦めてはいけない、ここで諦めることは許されない。そんな弱さがあったら俺たちの望む結末には辿り着くことができない。


信じて貫き通せ――。


今俺に出来るのはそれだけ。むしろ他のことは考える必要がない。自分を、みんなを信じることだけが最良の結末への道となるのだから。


「修平!! 私の力がまた椛の危険を察知した!!」


紅葉の言葉に反射的に先程ひよりを飲み込もうとした地割れに視線を落とす。

案の定と言うべきか、今度はそこを中心として地割れが広がりつつある上に、獲物を絡めとる蜘蛛の巣のように円形に亀裂が広がっていた。このままでは今度こそ分断されてしまう。

亀裂が広がる前にこちらに来てくれた巡、運動神経のいい小夏と椛はともかく、今この場で葵雪を孤立させる訳にはいかない。どうにかしてこちら側に来てもらわなければマズイ。


ピシッ――!!

しかし、考える余裕すら与えてくれない運命が、俺と葵雪を分断する為に地面に大きな亀裂を走らせる。


「……ちょ、これ……っ」


葵雪は馬鹿じゃない。今この瞬間において取っていい行動といけない行動の区別は頭のなかではついているだろう。しかし、足元に迫り来る恐怖に葵雪はほぼ無意識のうちに一歩下がってしまう。

分断されたら取り返しがつかない。けど、地震が弱まってきたおかげで踏ん張らなくても立てるようにはなっていた。


「――飛べ!! 葵雪!!」


だから俺はそう叫んだ。

俺が助けに行って元の場所に戻るより、葵雪が勇気を振り絞ってこちらに飛ぶことが、この場においての最適解。


「飛べって……簡単に言わないでよ!?」


先の見えない真っ黒な地面に足が竦んで動かせないでいる葵雪。悠長に待っている時間なんて無い。俺は大きく両手を広げ、力の限り叫ぶ。


「俺を信じて!! 飛べ!! 葵雪ッ!! みんなで幸せな結末を手に入れるんだろ!!」


「……っ!! そんなの……当たり前でしょ!!」


その言葉で決心がついたのか、葵雪は震える足を動かして軽く助走を付けると、目を瞑ったまま跳躍した。

非常に心もとないジャンプ。だが、幸せな結末を手に入れたいという強い思いが届いたのか、地面と暗闇のスレスレのところに葵雪は着地した。


「な。大丈夫だったろ?」


そのまま後ろに倒れないように葵雪の腕を掴んで安全圏まで引き込む。


「ふ、ふふっ、ふふふ。ま、まだ足が震えてるわ」


「落ち着けとは言わない。でも、まだ動かなきゃいけないから落ち着いてくれ」


「……結局落ち着かなきゃダメじゃない。でもまぁ、馬鹿なこと言ってくれたおかげでだいぶ落ち着いたわ」


本調子とはまでいかないだろうが、だいぶ落ち着きを取り戻しているように見える。次の行動に一秒でも早く移らせてもらおう。


「走るぞ」


この場に留まっていたら奈落の底に突き落とされる。

比較的地面の被害が少ない場所に早急に移動する必要があった。

校舎側か校門側か――。基本的に校舎は耐震設計になっているから安全と言える。しかし、この世界では何が起きて倒壊するかなんて想像がつかない。ならば行先の見えている場所の方が対処がしやすい。


「外に向かって走れ! 小夏はみんなのサポートに回れるように後ろに付いてくれ!」


「分かった!!」


隊列を組むようにして俺たちは走り始める。

一直線に駆け抜けたいところだが、最短ルートは既に地面がぐちゃぐちゃになっている。こんなところを走ればいつ崩れてもおかしくない。遠回りにはなるが、一旦迂回して進むのがベストだった。


「お兄ちゃん!! 後ろ!!」


やっとの思いで外壁まで辿り着いたところで小夏が叫び声をあげる。振り返れば外壁に沿って植えられていた樹木が、地盤が緩んだ影響で倒れて巡と椛に迫ってきていた。


「っっっ!!」


巡は咄嗟の判断で俺の方へ。椛も持ち前の身体能力で小夏の方へ身を引いて押し潰されるという最悪の事態にはならなかったが、綺麗に分断されてしまい大幅な時間ロスを被ることになってしまう。

しかし地震自体はもう収まっている。冷静になって行動すれば大事には至らないはずだ。


「あれは……」


どんな異変にも気づけるように目を凝らして注意深く辺りを見渡すと、倒れた樹木の先端の方の地面に大きな亀裂が走っていた。

迂回して合流することは厳しい。となれば、季節柄茂ってしまった葉を掻き分けて一直線にこちらに来るしか方法がない。


「小夏、椛。焦らなくていい。辺りはちゃんと見てるからゆっくりこっちに来てくれ」


「うん、了解」


「わ、分かったんだよ」


小夏は比較的冷静だが、椛は見るからに焦っていた。

紅葉も不安を隠しきれない様子で飛び回っている。お前は力で椛のことなら分かるだろ……。


「…………あれ?」


ふと、違和感を覚えた。

そして、その違和感の正体が判明してから生まれた純粋な疑問。どうして紅葉の力が、木が倒れて椛に危険が迫っていたことを察知出来なかったのだろう。

限定的な紅葉の力だが、限定的だからこそ、外すなんて有り得ないと断言できる正確さを持つはずなのだ。


「……」


椛に当たることがないと確定していた?

さっきまで全ての危機が椛に直結していたのに、どうしていきなりこんな事が起こり得る?

具体的なことは分からない。だが、もしかすると……俺の予想が正しければ……


「……お兄ちゃん?」


俺が地面に落ちていた石をおもむろに拾い上げると、ずっと俺の方を見ながら足を動かしていた小夏がすぐに気づいてくれた。

何をしようとしているのか理解できない――そう言いたげな小夏から、まだ俺の異変に気づいていない椛の方へ視線を移す。


「……あ」


そこで小夏も気づいたのだろう――




――つまり、それはもう、椛にとって危機ではなかった――。




――紅葉の力が働いていなかったことに。

そして、俺が今から椛に対して何をしようとしているのか。


しかし、小夏は止めようとはしない。止める理由が無い。俺と小夏の思考が同じだとしたら、今からする行為は大きな意味を持つのだから。


「――――っ!!」


腕を大きく振り上げて投擲の構えを取ったその瞬間、紅葉が過剰な反応を見せた。しかし、紅葉は俺の方を見てそんな反応をしたわけではない。あくまでもその視線は、常に椛を捉えていた。


「……ふっ、ははっ」


自然と笑いが込み上げてくる。手から力が抜け、握りしめていた石がコロンと地面に転がった。


「……修平、くん?」


俺が本気で行おうとした事には紅葉の力が働き、世界がしたことには働かなかった。それはつまり、俺の仮説通り、椛の危機ではなかったということ。

世界が何か仕掛けてくるたびに紅葉はそれを察知していたのに何も反応がなく、俺が本気で投げつけようとした石にだけは力が働いた。これまでの状況を考えてみれば、世界が起こす事は危機になり得ない――安直ではあるが、その結論に至ることができる。


「終わったんだよ、巡。全部終わったんだ」


「え?」


「既に乗り越えたんだよ、俺たちは運命を」


ああ、そうだ。俺たちは運命の日を乗り越えたんだ。世界に抗うことが出来たのだ。


「修平、それはどういう――」


理由を訪ねようとした葵雪が止まる。

巡もハッとして刹那的に俺を見た。


そう、たったこれだけ――みんなと力を合わせて運命の日を乗り越えようと決め、そしてそれを実行した。たったそれだけ――たったのこれだけで乗り越えてしまったのだ。あまりにも拍子抜け、あまりにも滑稽。B級映画ですら没になるような安易なシナリオ。

初めからみんなで運命に抗おうとしていれば、途方にもないこの時間を、巡が俺たちの死で苦しむ時間を無くしてあげることが出来た。


「本当に……終わったの……? みんなもう、死ななくてもいいの……?」


今にも泣きそうな顔で巡は訊ねてくる。

地響きは鳴り止み、風の音すらも消えていた。静寂の中で巡の声だけが聞こえていた。


誰も何も言わない、語らない、動けない。

あまりにも現実味が無くて、でもこれが現実で、何をどう表現したらいいのか分からない。呆気ない幕引きすぎたのだ。これからもっと過酷な何かが起きるのではないかと恐怖すら覚えてしまう。






「――いいえ、これで全て終わりですよ」






辺りが静まり返っていたからこそ、その凛響くように透き通った声は、頭に直接響いてくると錯覚してしまうほど鮮明に耳に入ってくる。

その瞬間、熱くなっていた体が一瞬で冷えきったのが自分でも分かった。心に氷水を流し込まれたかのように、体が、心が、凍りついていく。

振り向かずとも分かる。何食わぬ顔で、何事も無かったかのように声の主――神楽さんは笑っているのだろう。


「あ、あなたは……誰、ですか。全て終わりってどういうことですか」


突然現れた神楽さんに、巡は震える声で訊ねる。


「――けど、修平さん。所詮あなた達のシナリオなんて、この物語の一片に過ぎません。このシナリオだけでは物語は完結しないのです」


しかし、神楽さんは巡の言葉なんてまるで聞こえていない様子で饒舌に喋りながら俺に向かって足を進める。


「さぁ、あとは私が視た(・・)通り、あなた達が星を見ればこのシナリオはおしまいです。長い長い巡さんの夢物語が幕を閉じ、そしてその暁には――次のシナリオが幕を開ける」


傍から見れば今の神楽さんはただのキチガイだ。現実と妄想がごっちゃになって、意味不明な発言をしているだけの哀れな女性。

けど、俺だけは――ここにいるみんなが理解出来なくても、ただ一人、俺だけは神楽さんの言葉の意味が理解出来てしまう。嫌というほど分かっている。


「さぁ、修平さん。このシナリオに題名(タイトル)は付けましょう。物語は題名(タイトル)があってこそ、物語になるのですから!!」


もう興奮を抑えきれないのか声が上擦っていた。

そして笑う。嗤う。愉しそうに嗤うのだ。まるで世界が自分中心に回っていると確信している神のように。


……いや、違う。ように(・・・)ではない。

神なのだ。神楽さんはこの世界の――この物語の神なのだ。


「――ああ、なら名付けよう」


だから俺はそれに応える。

この結末に辿り着けたのはあなたのおかげだ、神楽さん。神であるあなたが俺たちを導いてくれた。


「このシナリオの――俺たちの物語の題名(タイトル)は――風巡丘で始まった無限に繰り返した(じかん)。そして運命に抗って手に入れた命を冠して――」


そのまま口にしようとしてふと思い留まる。

……ああそうだ。これはあくまでも最初のシナリオなのだ。俺たちの物語が幕を閉じただけで、まだ物語は続いている。


だから、この物語の題名(タイトル)は――











「――――第一章『Life 刻の吹く丘にて』――――だ」











to be continued

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