第12話『川辺で遊ぼう! 後編』
新緑の世界を俺たちは歩いていた。木々の隙間から射し込む太陽光は光の絨毯となって俺たちの進む道を示しているようだった。
「水着に運動靴って酢豚に入ってるパイナップル並に邪道だよね」
ところどころ行く手を阻んでくる枝やら草やらをかき分けながら小夏はボヤく。
森には危険が多くちょっとしたことが怪我に繋がる。安全面を考慮してサンダルから運動靴に履き替え、上にはTシャツを着ているのだ。
「邪道と言えば水ノ瀬さん。目玉焼きには何をかけて食べますか?」
「おい待て小夏。内部崩壊を起こしかねない質問はやめろ」
「あいたぁ!?」
水鉄砲の持ち手の部分で小夏の頭を叩く。水が入っている分重みが増していて想像しているよりも鈍い音が響いたが俺は悪くない。叩かれた部分を両手で抑え、涙目になって俺を睨みつける小夏。そんな目で見ても絶対に謝らないからな。
「ところで修平。あたし達は今どこに向かって歩いてるの?」
「目的地は特にないんだなぁこれが」
ゲーム開始まで残り三分を切っていた。俺が今していることはただ一つ。開始時間までになるべくこの辺りの地形を覚えておくためだったりする。
生まれも育ちも虹ヶ丘町のひより達にとってはこの川辺周辺は庭のようなものだろう。だが俺と小夏にとっては未知の領域であることは間違いない。こういう戦いにおいて地形の把握というのは最重要事項と言える。
「小夏、マッピング出来てるか?」
「うん。この周辺は一通り終わったよ。残りの範囲はゲームが始まってからでも間に合うと思う」
真剣な表情でマップ作成アプリと睨めっこしている小夏は顔を上げずに答える。
「了解。高低差もきちんと測ってるか?」
「抜かりないよ。いざという時の脱出経路と集合地点をメッセージに送っておいたから確認しておいて」
「これか。……なるほど。良く考えてあるな。でもどうせならこの経路はこっちを経由した方がいいんじゃないか?」
「確かに。修正して送り直すね」
「……あんた達どこまで本気なのよ」
葵雪の戸惑った声に俺たちは同時に振り返り口を揃えて言い放つ。
「「どこまでも」」
冷酷に放たれたその言葉は矢となって葵雪に突き刺さる。たらりと、葵雪の額から汗が垂れ落ちた。ぽつんと落ちた雫は地面にぶつかり土の中へ溶け込んでいく。
「……今、心の底からあんた達が敵じゃなくて良かったって思ってるわ」
葵雪は笑っていた。けどその笑いは砂漠よりも乾いたカラカラとした笑い声だった。
「――ゲーム開始だよ。お兄ちゃん、水ノ瀬さん」
葵雪の笑い声がピタリと止まり、俺は気を引き締める。もうこの森はただの森ではない。今この瞬間、戦場へと姿を変えた。
「それで? あたし達はどう動くの?」
「ひよりの性格からみて……おそらく最初の勝利条件を満たそうとするだろうな」
リーダーの紙風船を壊す。真っ直ぐなあいつの性格から考えてちまちまとした動きはしてこないと踏んでいる。
「確かに花澤さんは活発的なところがあるからその条件を満たしてきそうだね。このゲームは団体行動が必須。全員でまとめて掛かってくる」
「なら、あたし達はひより達を全員で迎え撃つ形で行くってこと?」
「いや、それは考えが安直すぎる」
俺は首を振って葵雪の意見を否定する。すると当然、葵雪は意味が分からないと言うように首を傾げた。
「全員で迎え撃つのは確かに効果的かもしれないがお互いにリスクが高い。全員まとめて掛かってくるだろうとは言ったが何も正面突破してくると言ったわけじゃない」
あいつもそこまで馬鹿じゃない。真っ向から俺たちに立ち向かって勝てるなんて甘いことは考えていないはずだ。
「こちらに感づかれないように近づいて隙があれば狙ってくる」
「じゃあ何? あたし達はひより達の接近に気を付けて瞬間的に判断しろってこと?」
「まぁ待て。とりあえず俺の話を最後まで聞いてくれるとありがたい」
言葉で制し、俺は小夏と葵雪を見据える。二人共真剣な顔付きで俺を見つめ返したところで俺の案を伝える。
「俺たちは全員一緒じゃなくて二人一組とソロに分かれて行動しようと思う」
「ええ? どうしてよ」
俺の言葉はそれなりに衝撃的だったらしく葵雪は本日何度目か分からない戸惑いの表情を浮かべる。小夏は最初は驚きはしたものの、すぐに俺の意図に気づいたらしくぽんと手を打った。
「囮作戦?」
「正解。そして囮は葵雪にやってもらう」
「あたし!? いやいや、そんな大役あたしには無理だって」
無理無理と両手をぶんぶん振る葵雪。珍しい葵雪の困り顔をもう少し眺めていたい気持ちがあったが、無駄な時間を使っているうちにひより達に攻められても困るものがある。ここは手短に作戦を話して実行してもらうことにしよう。
「いいか葵雪、時間が無いからよく聞いてくれ。この中でお前は一番体力が無いからお荷物なんだ」
「ぶっ殺すわよ」
飛んできたグーパンを片手で受け止め、俺はそのまま言葉を続ける。
「だが俺はお荷物だからと言って仲間を蔑ろにする気はない。何故ならお荷物はお荷物なりに役に立つ作戦があるから――痛い痛い。脛蹴るな痛い」
「ちょっと小夏っ!! このクソ兄貴どうにかしなさいよ!!」
「いやでも実際、水ノ瀬さんはお荷物だと思いますからここは耐えてください。耐え抜いたその先には私たちの勝利が待っています」
慰めているのか煽っているのか分からなかった。まぁ小夏ことだから俺に便乗して煽っているのだろう。こみ上げてくる衝動をグッと飲み込んだ葵雪は低い声で唸る。地獄の底から響いてくるような冷たい声色だった。
「あんた達……この戦いが終わったら覚えてなさいよ……」
怒りと殺意の込められた言葉は森をざわつかせる。何か恐ろしいものを感じ取った鳥たちはバタバタと飛び立ち、木の上でこちらを見ていたリスは食べかけの木の実を放り出してまで逃げ出していた。
「それで? あたしに何をやらせようって言うのよ」
苛立ちを隠さずに葵雪は俺を睨む。刃物のように鋭い視線を真っ向から受けても尚、俺は笑顔を崩さずに自分を貫いていた。
「なに、簡単なことだよ」
俺は得意気に鼻を鳴らし、またしても葵雪を困惑させる言葉を告げた。
「椛たちに紙風船を壊してもらってこい」
※
Another view ひより
「いいですか、皆さん。おそらく修平さん達はひより達を待ち伏せしているはずです。周囲を警戒しつつ、発見次第全員で畳み掛けますよ!」
ひより達は椛さんを守る形で森の中を進んでいます。今のところ修平さん達の気配はありませんが、いつ襲い掛かってくるか分からないから一瞬ですら気が抜けません。
「ねね〜、ひよりちゃんひよりちゃん」
椛さんが小声で話しかけてきます。ひよりは警戒を怠らないように注意しつつ椛さんの言葉に耳を傾けることにしました。
「どうかしましたか?」
「修平くんってそこまで単純じゃないと思うんだよ〜」
「私もそう思うなぁ」
巡さんも小声で会話に参加してくる。
「ひよりちゃんが予想している通り修平くん達は待ち伏せしている可能性が高いよね? となるとだよ。修平くん達も私たちが来ることを予想しているってこと」
「? そりゃそうでしょうね。ですからこうして警戒しつつ進撃してるわけですし」
「んと、私が言いたいのはね、修平くん達の行動が私たちにはお見通しのように、私たちの行動は修平くん達にお見通しってこと。お互いがお互いの動き方をある程度予測しているのであれば当然裏をかこうとする。修平くんなら尚更ね」
合点がいった。そして修平さん達がひより達の裏をかこうとしているのなら、向こうが取る行動は一つしかない……。
「……っ」
結論に至ったひよりの耳にガサッと草木をかき分けるような音が届いた。ひより達の進んでいる道は土の地面。だからこの音はひより達のものじゃない……!!
「皆さん!! 横に跳んでっ!!」
「……っ」
ひよりの声に二人共同時に跳ぶ。次の瞬間、ちょうど椛さんの頭があった位置を水の一閃が駆け抜けた。振り返る時間すら無駄になる。ひよりは弾道から相手の位置を特定して撃つ。
「おっと……危ない危ない。こっち見ないで撃った癖に的確ね」
声からして襲撃者は葵雪さんですね……。ひよりの狙い自体は外れていなかったけど、直撃は回避されましたか。なら……っ。
「巡さんっ!! 椛さんをお願いします!!」
「分かってるよ!!」
このゲームはリーダーの紙風船を壊されたら終わり。巡さんは葵雪さん以外からの追撃に備えて椛さんを守りに行く。
「覚悟してくださいね……葵雪さんっ!!」
地面を蹴ってひよりは駆け出す。
葵雪さんは今、木の後ろに隠れている。今顔を出せばひよりに狙い撃ちされるし、かと言って出会い頭の運にかけるのもリスクが高い。だから葵雪さんの意識を別の場所に移す……!!
「――せいっ」
木の向こうに飛び出すその瞬間、ひよりは予め拾っておいた石を飛び出す側とは反対側に投げ込んだ。フルスイングで投擲された石は気の幹に当たると同時にかこーんと大きな音を鳴らし、張り詰めていた葵雪さんの意識を必然的に音のした方向へ向けられる。
「――ふふっ。そんな古典的な手にあたしが引っ掛かると思っているの?」
けど甘かった。ひよりの行動は完全に葵雪さんに読まれていました。
ひよりが飛び出すと同時に直線状の水が放たれる。絶対に避けられないタイミングでした。そう――ひよりがそこにいたら絶対に避けられなかった。
「っ……!?」
葵雪さんのくぐもった声が響く。
無理もないです。誰もいない空間に向かって撃ってしまったのですから。さて、ひよりの役割はここまでです。あとは任せましたよ――
「――椛さん!!」
「了解だよ〜」
気の抜けた返事と共に椛さんが葵雪さんの背後に飛び出す。
普段の葵雪さんならば咄嗟のこの状況にも対応できたかもしれない。でも、今の葵雪さんにはこれを返せるほどの対応力はない!!
「え〜い」
そしてそのまま葵雪さんの紙風船を的確に撃ち抜いた。
「なっ!?」
「ふふふ〜。わたし達の作戦勝ちだね、葵雪ちゃん」
ほんわかとした笑顔を浮かべながら椛さんは葵雪さんの敗北を宣言する。
「ひよりちゃんは囮で本命はわたしでした〜。葵雪ちゃんがこの程度のトラップに引っ掛からないのなんて予想済みだからね〜」
がっくりと肩を落とす葵雪さん。そう、ひより達の作戦は最初っから騙し討ちでした。
ひよりは意気揚々と葵雪さんの前に姿を出し、どういうこと? と、語りかけてくる顔を見据えて説明を始めます。
「葵雪さんは椛さんを狙って撃ったあとすぐに木の影に隠れました。ひよりは修平さん達の強襲に警戒して巡さんに椛さんの防衛を任せるように言いましたが、それは葵雪さんの誤解を産むためのブラフ」
初めからこの作戦は嘘で固められていた。木の後ろに隠れた葵雪さんには屈強なる嘘の壁を見ることも壊すこともできない。
「こう言えば巡さんは椛さんのところへ行き、ひよりとの一騎討ちになると錯覚する。そして一騎討ちになると分かれば木に隠れている葵雪さんはどちらからひよりが出てくるか分かりません。同時に、下手に飛び出せば相討ちだってあり得る。それを回避する為に罠を仕掛けてくる――葵雪さんはそう思ったはずです」
それすらも壁を強くする為のトラップ。積み上げてきた嘘は葵雪さんの思考を凌駕する事実となって敗北を叩きつける。
「だからこそひよりは石を投げました。葵雪さんの意識をひよりに引きつけるために。そして本命である椛さんを葵雪さんの背後に回すために。あとはひよりは木の影から飛び出す瞬間に止まり、反対側に飛び出した椛さんに討ち取ってもらえばいい」
ふぅ。と、一息ついてにっこりと笑い、地べたに座る葵雪さんに手を差し伸べる。葵雪さんはひよりの手と顔を交互に見つめ、やがて諦めたように手を掴みます。
そのまま引っ張りあげて手を離す。葵雪さんは水着についた土をぱっぱっと払いながら盛大にため息を吐き、そのまま俯いてしまいました。
「はぁぁ……。あたしの負けよ、ひより」
俯いているせいで葵雪さんが今どんな表情をしているのか分からない。
「やっぱりあたし一人でそっちのチーム全員を倒すなんて無理があったわね。チームワークが大切。良く分かったわ」
葵雪さんが顔を上げる。悔しさが滲み、自分の浅はかさを実感した表情をしている――そう思っていたひよりの期待は裏切られた。
「……え?」
葵雪さんは笑っていました。それは先ほどまでひより達が浮かべていた勝利を確信した時の顔と全く同じ。
ぞわりと悪寒のようなものが背筋を駆け抜け、余裕ぶっていた心臓が跳ね上がりました。適度に動いて温まっていたはずの身体は、冷たいプールに放り込まれたように体温を急速に失っていく。
ヤバい――。
獲物を捉えた獣のような鋭い眼光を覗き込んで自分たちがどれだけ危険な状況であるのか分かりました。けど、分かった時にはもう遅かった。
「だからこそ――」
歪な笑顔と共に葵雪さんは淡々と告げた。
「――あたし達の勝ちよ」
その瞬間、真上から降ってきた水によって、ひより達はの紙風船は物の見事に壊されてしまったのだった。
※
「――ひより。お前の作戦は悪くはなかった。でも残念。相手が悪かったな」
「花澤さんの敗因は私たちを甘く見ていたことだね」
小夏と共に身を潜めていた木の上から飛び降りる。葵雪の左右に音もなく綺麗に着地した俺たちは悔しそうに唇を噛んでいるひよりと未だ呆然としている椛、それからクスクスと笑っている巡に向かって手を伸ばす。
「俺たち兄妹に勝てると思ったらー」
「大間違い!」
「あたしもいるわよ!!」
びしょ濡れになった三人に小夏と葵雪、揃ってVサインをした。ついでに子ども向け番組に登場するヒーローのような決めポーズをしたかったが、俺たちはそこまで子どもじゃない。手を下ろし、代わりに腰に手を当てて高笑いする俺と小夏。これぞ勝者の余裕――特権とも言う。
「いやはや、まさか私たちの罠にまんまと引っ掛かってくれるとは。花澤さんもまだまだだねー」
ぶっ格好極まりない紙風船を取り外して小夏は手のひらで握り潰す。パンっと軽い破裂音が響き、呆然としていた椛が我に返った。
「ど、どういうことなの〜……」
「簡単なことですよ、小此木さん。水ノ瀬さんはソロで突っ走った馬鹿じゃなくて、囮兼、誘導役だっただけです」
「葵雪を倒すためにそっちがわざわざソロになる必要もない。三人いるなら三人で突っ込んだ方が安全だしな。そしてそれこそ、俺たちが望んでいた行動だった」
「あたしは最初の不意打ちで倒せたらいいなぁ程度。本命は木の上に隠れている修平と小夏の元へ誘導することだったのよ」
「水ノ瀬さんを倒せば後は私かお兄ちゃんの襲撃に備えるために必然的に互いの距離が近づきますよね。そうなったら木の上で待機している私たちは無防備な頭に向かって水を落とせばいいだけです。以上」
これで幕引きだよと言うように小夏は優雅に一礼する。顔を上げた小夏はアイドル顔負けの満面の笑みを浮かべており、ひよりは悔しそうに地団駄を踏む。
「一本取られたー!! 悔しーっ!! 次は絶対に負けませんからね!!」
本当に悔しいのだろう。目尻には涙が浮かんでおり、ひよりはそれを誤魔化すかのようにわーきゃー叫んでいた。こういう子どもっぽいところがひよりの良いところだよなぁと思いながら、俺はひよりの頭にぽんと手を乗せる。
「ほえ?」
「そーれ、わしゃわしゃわしゃー」
「ちょーっ!? 何するんですか修平さん!! ああ……破裂した紙風船の破片が髪に絡まってる……。なんてことしてくれるんですか!!」
一瞬でボサボサになった髪を一生懸命手ぐし直しながらひよりは叫ぶ。髪に指を通す度にポロポロと落ちていく紙の破片。それは地面に落ちると同時に濡れた土に染み込んで見えなくなってしまった。
「お兄ちゃんなりに花澤さんのこと慰めているんだよ。感謝しなよ?」
「嬉しいようで嬉しくないですよ!!」
「俺の優しさを受け取れぇ!!」
「やーめーてー!! 髪の毛ぐちゃぐちゃにしないでくださいー!!」
「ふふっ。修平くんとひよりちゃんは仲良しさんだね。私も混ぜてもらおうかな?」
そう言いながらも巡はひよりを助けるわけでも、俺に加勢することもなく、ただ笑顔のままで微笑ましそうに見ているだけだった。
「……?」
その時微かに巡の口元が動く。ひよりの叫び声と周りの笑い声のせいで内容までは聞き取れなかったが、唇の動きから一部分だけ読み取ることができた。
「……続きますように?」
何が続くことを巡は願っているのだろうか。その真意は笑顔という壁に阻まれて踏み込むことができなかった。
to be continued




