爆弾発言
部屋に戻ると鍵が開いているので僕はギョッとした。
「どうした?」
蒼くんが首を傾げている。僕は泥棒でも入ったのだろうかとびくびくしながらドアを開けた。見ると玄関に男物の靴が並べてある。それを見てぎくっとした。
「康平?」
蒼くんが僕の腕を引いた。僕は冷や汗をかきながら、そっとドアを閉めた。
「何だよ……」
「えっと僕の部屋、ゴキブリが出るんだ。さっき見えた」
「えっ?」
蒼くんが顔をしかめた。
「汚いな。俺、ゴキブリ嫌い」
「だよね、ごめんね」
僕の方から誘ったのに、蒼くんは仕方なく息をついて、
「だったら俺んち行く? ここからなら近いし、最初から家に戻るつもりだったんだ」
とぶっきらぼうだが優しい口調で言った。
「行きたい」
僕が笑うと、蒼くんも笑顔になった。
また彼の家に行けるのだと思うと胸が高鳴った。
僕の家にいた人物は、恐らく僕が戻るまで居座るつもりだと思う。
部屋にいたのは寝るだけの友達。
一年の時、はしゃぎすぎて手当たり次第に男に手を出した。その時の誰かが勝手に合鍵を作って家の中に入ったらしい。
僕は授業中、携帯電話の電源を切っていた事を思い出して、慌てて電源を入れた。すると、すぐさまその男からのメールが入ってきた。内容は呆れるほど淡白に書いてある。
蒼くんに恋をしてからというもの、誓っていい。誰とも寝ていない。
僕はメールを削除して、何食わぬ顔で蒼くんを見た。
前を歩いている彼は、僕がそんな事をしているなんて想像もしないだろう。
ぱっと振り向いて可愛い笑顔を振りまいた。
「授業中お腹減るかも知れないから何か食べる?」
とあどけない顔で聞いてくる。
「うん」
僕はほほ笑みながら、優しいなあとしみじみ思った。
「今夜どうする?」
「え?」
突然、話を振られて僕はドキッとした。うなじを見ていた事がばれたのだろうか、と一瞬焦った。
「今夜?」
「夕べは邪魔が入っただろ? 俺……いいよ?」
「ああ、うん……」
歯切れの悪い返事をすると、蒼くんが目を瞠る。僕は構わず歩き続けた。
言い出しっぺは僕なのにすっかり忘れていた。失念とでも言い直そうか。
成り行きとはいえ、彼をこんな形で抱きたいと思う気持ちは失せてしまった。
篤史のおかげでめちゃくちゃだ。
僕がぶつくさ呟くと、蒼くんは足を止めた。
「そんなに俺の相手するの嫌なのか…?」
「え?」
僕は耳を疑ってしまう。
「まさかっ、そんな事あるわけないよ。ただ、蒼くんの事を思ったら、篤史みたいなかっこいい奴の方がうれしいかと思ったんだよ」
「何それ……」
変な事を言っているのだろうか。僕は、せっかくなら綺麗な男と付き合った方が、彼もうれしいだろうと思っただけなのだ。
「篤史よりかっこいい奴なんてそんなにいないから……。困ったな」
一人で悩んでいると、蒼くんはすたすたと歩き出した。
「あ、蒼くん、待って」
「外見がいい事が、そんなに大切なのかよっ」
蒼くんが少し怒った口調で言う。
「それって琢也の事?」
僕がおそるおそる訊ねると、蒼くんは不機嫌に首を振った。
「違う。琢也と別れてから、あいつの事はもう好きじゃない。今は他に好きな人がいる」
「え……」
他に好きな人がいる。爆弾発言だった。
じゃあ、僕はこの半年間何を見てきたのだろう。
困惑しているうちに蒼くんの家に着いていた。
「入れよ」
「あ、お邪魔します」
僕は靴を脱いで部屋に上がる。蒼くんが閉めたドアがばたんと派手な音を立てた。




