ドア
電話をしても、蒼くんが出てくれないのなら待ち伏せしよう。
彼の家に向かったが、ドアには鍵がかかっていた。途方に暮れて僕はそのドアにもたれた。
許してもらえるまで待つつもりだった。
でも、ここまでこんがらがった糸を解くにはどうしたらいいのか検討もつかない。
蒼くんに会いたかった。無性に彼の笑顔を見たい。
次第に日が暮れていく。夜気を感じて腕をこすって暖めた。
膝頭を立てて顔をうずめていると、頭上から声がした。
「春井」
琢也だった。
僕のライバルだった男だ。
「……何…?」
顔だけ上げて睨みつけると、
「お前、何でここにいるんだよ」
とかなり不機嫌な声で琢也が言った。僕は無視を決め込んでいたが、琢也が胸倉をつかんだ。
「来いよ」
「嫌だ…」
ずるずると引きずられ、道路に出た僕にいきなり殴りかかってきた。
こぶしで顔を殴られ、僕は地面に顔を打ち付けた。こすれた頬がひりひりした。
「何するんだ…」
見上げると、琢也は手を振り上げて再びこぶしを握った。僕は目を閉じた。
殴られたい。でも、僕を殴るのは琢也なのか? 僕を殴る権利があるのは、蒼くんだ。彼じゃない。
僕は目を開けると、右ストレートを避けた。
「逃げるなっ」
琢也はかっとなって僕を追いかける。宙に浮いた右手をもう一度振り上げ、僕はカウンターでそれを避けた。そして、彼のみぞおちに膝を入れた。がくっと琢也が腰を折る。
「逃げない。でも、僕を殴るのはお前じゃないんだ」
「俺は……」
琢也がげほげほと言いながら僕を見上げた。
「言ったよな。お前には蒼は渡さないって」
「蒼くんはお前のものじゃない」
「お前がどれほどあいつに迷惑かけているか知っていたか?」
「迷惑?」
思い当たる節はない。首を振ると、彼は歯軋りして言った。
「蒼は黙っていたけど、お前が前に付き合っていた男に襲われた事があるんだぞ」
「え……?」
「知らなかっただろ? 当たり前だ。お前は自分の事しか見えていないもんな」
琢也の言葉に僕は打ちのめされた。
「そ、それで? その時蒼くんは? 大丈夫だったのか?」
「当たり前だ。俺が見張っていたんだから」
「よかった……」
僕はがっくりと膝をついて息を吐いた。
「知らなかった……」
「知らなかったですめばいいな」
ふんっと琢也が鼻で笑った。僕はどんな事をしても蒼くんに会わなくてはいけない。
「蒼くんはどこにいるんだ? 会いたい」
「会わせるかっ」
「僕だって蒼くんが大事なんだ。ずっと好きだったんだ」
「今さらもう遅い」
「遅いなんて思わない。せめて謝りたい。琢也、頼むから蒼くんに会わせてくれ」
「ダメだ」
頑固な男だ。僕はむかむかしながら、琢也に詰め寄った。
「さっきも言ったが、蒼くんはお前のものじゃないっ」
「お前、蒼に会ってどうするつもりだ? 好きだって告白するのか? お前、自分がどれほど嫌われているか知っているか?」
「知っているつもりだ」
「お前は分かっていない、あいつの気持ちを何もっ」
琢也がいろいろ詰ったが、僕は、琢也の胸倉をつかんだ。
「蒼くんはどこだ? お前の家か? 教えろっ」
「知らないな」
琢也がぎりぎりと睨みつけて僕に言う。その時、僕は蒼くんの部屋のカーテンが揺れるのを見た。
「あっ」
僕は声を上げると琢也の腕を振り払い、階段を駆け上がって部屋のドアを叩いた。