一目ぼれ
僕の好きな人はすごく可愛い。
その人は男で、名前を秋山蒼という。
蒼くんと出会ったのは、僕が大学二年生になって、最初の授業の日だった。
その日はよく晴れていて暖かく授業なんか出ないで、誰かと一緒に昼過ぎまで寝ていたい、そんな気持ちにさせる日だった。
僕は春井康平と言う。
ゲイでエロい事を考えるのが楽しくて、妄想で生きている変態である。
ここまで自分を卑下するのも何だが、事実なので仕方がない。
運のいい事に僕は外見だけはまともだった。身長が百八十センチもあったし、容貌は、母が美人と称される顔をしていたので、目は切れ長、鼻もわりと高くて、それだけで男を引っ掛けるには充分だった。
大学二年に上がり新鮮な気持ちいっぱいで、一年に可愛い男はいるかなとキョロキョロしていた僕の隣に蒼くんは座っていた。
最初は、ただ、可愛い子だな、と思った。
まじめそうで、撫で肩のほっそりした体型だった。睫が長くて綺麗な二重瞼の目をしている。横顔は鼻筋が通っていて、肌の色が白くて男にしては細い喉もそそられる。
短めに切った柔らかそうな髪。見ていると思わず触れたくなってしまった。でも、すぐには手を出せない事に気付いた。
なぜなら、彼の視線の先は、隣に座っている如月琢也に向けられていたからだ。
如月琢也。僕でも知っている。
女好き。僕よりずっと男前。
へえ…。
この子、琢也が好みなんだ。
ふうん…。
がっかりしたと同時、僕は恋をしてしまった。
彼の事をもっと、知りたい。
僕は友達になると決めた。
即座に決めて、隣に座る彼に声をかけた。
「ねえ」
「え?」
想像していた通り、彼の声は柔らかく心地よかった。
「僕は春井康平。君は?」
「お、俺は秋山蒼です」
面喰いながらも敬語で答えてくれる。すると、彼は、隣に座る如月琢也の肩を叩いた。
「琢也、おいってば」
琢也が、ん? と顔を向ける。
「こっちは高校からの友達で、如月琢也」
聞いてもいないのに彼まで紹介してくれる。
「よろしく」
僕は頭を下げた。
蒼くんが笑うと、琢也が眉をひそめた。琢也はさすがモテるだけあって上背もあって、凛々しい顏をしていた。
琢也がじっと僕を見つめている。こいつは男も虜にできるタイプだな、と思った。その時、教師が入ってきた。それ以上、話はできず、僕は仕方なしに教壇に顔を向けた。
入ってきたのは若い教師だったが、僕のタイプじゃない。彼はもたもたとマイクにスイッチを入れて、初めてで緊張しています、という自己紹介をした。
授業が始まったとたん、琢也はごそごそと携帯電話を引っ張りだした。蒼くんがそれを見てため息をついた。
「どうしたの?」
「え?」
蒼くんは目をぱちぱちさせて苦笑した。
「女の子と約束だと思う」
「ふうん。もてるんだ。うらやましいね」
「うん……」
蒼くんはそう言って口をつぐんだ。僕も前を向いて授業に集中した。
長い一時間半が終わった。隣を見ると、蒼くんはぐったりとした顔をしていた。
「大丈夫?」
「あ。うん」
にこっと笑いながら教科書をカバンにしまう。
「先生ったら緊張しすぎだよね」
「疲れたね」
同意すると笑い返してくれた。素直だ。ますますのめり込みそうになる。すると、横から琢也の鋭い声がした。
「蒼、次どこ」
「え? ああ、経営学だよ」
「俺とは別か……」
琢也はぶつぶつ言って立ち上がった。
「じゃあ、昼は一緒に食おうぜ」
「うん、後でね」
蒼くんの返事に琢也は満足そうな顔をして、僕を一瞥した。それは強い牽制に取れた。
僕がうっすら笑みを浮かべると、彼は目を逸らして教室から出て行った。蒼くんはその姿を見つめていた。
「僕も経営学だ。一緒に行こう」
声をかけると、蒼くんはハッとして僕を見る。
「うん」
笑顔で答える。
この笑顔が、僕だけのものだったらいいのに。