四話
「ナイト、って......。あの、剣を振り回して戦うやつか?」
「剣を使って戦う事が、ナイトであるわけではないのです。ナイトとは、姫をどのような状況でも愛し、敬い、何よりも優先して守る男性の事を示すのです。剣で戦うだけならば誰だってできるのです」
ニーナはかなりのファンタジー脳らしい。夢見る少女ってやつだろうか。
いやでも顔はマジっぽい。冗談で言っているようには見えなかった。
「......なあニーナ。ちょっと良いか?」
「どうしたのです」
もしかすると、と思ったから、とりあえず訊いてみる。
「どこ生まれだ?」
「ガリアなのです__ええと、西フランクなのです」
わかりやすく言い直したつもりなのだろうが、それでも充分難しい。
俺が元中二病の人間じゃなかったら、その地名はわからなかった。
ガリア、つまり現代のフランスだ。
西フランクとは昔のフランスの王国の名前で、栄えたのが九世紀あたりだったはず。
去年が中二病の盛りだった俺にとってはもはや基本の情報である。
「んで、ニーナ。お前はそこのお姫様なわけだな」
「そうなのです! よくわかりました、です!」
嬉しそうにぴょこぴょこと跳び跳ねるニーナ。
こんなやつがひとつの王国の姫様なわけである。
国民もさぞ恐ろしかった事だろう。
何をしでかすかわからない上司ほど怖いものがないのと同じようにだ。
......いやでも、肝心の事がわかっていない。
俺に向けられた手の甲の意味があまり理解できていなかった。
表情から察したのか、ニーナが声を出す。
「これはナイトが姫に忠誠を誓う、いわば儀式のようなものなのですよ。わたしの手の甲にキスをして、名前を呼んでから、服従の誓いを唱えるのです」
「......服従の誓いって何?」
何かとても嫌な予感がしたので訊いてみる。
服従という単語に秘められた意味はどういうものなのか。
まさか完全服従じゃあるまいか。
ニーナが俺の疑問に答えた。
「何があっても、わたしを優先する事を約束する誓いなのです。そんな事も知らないのですか? ダイゴは変わった方ですね」
変わった方って......。
ほとんど半信半疑だけど、これだけの事をあっさりと言うんだから、本当にニーナは王国の姫様なのかもしれなかった。
九世紀と二十一世紀の人間が出会う事は、もはやおかしくとも何ともない気がする。
なぜなら、こんなわけのわからない暗闇にいるのだから、それくらいあっても変じゃない。
ニーナの発言にふりまわされて少々疲れた頭にかつを入れる。
彼女は俺が服従の誓いを唱える事を待っているようだった。
だけど。
「服従の誓いは、結べないな」
「......?」
俺の言葉の意味をじっくりと考えるように、首をかしげる。
「どうした?」
「結べないとは、どういう意味なのですか?」
「ニーナに服従しないって事だけど」
「ダイゴの言っている事が、あんまりよくわからないのです」
__あ。
そりゃそうだ。
ニーナは拒否される事を知らない。彼女は王国の姫様なのだ。
自分の願いは何でも叶うと思っているのだろう。
どうやってこの考え方の違いを伝えようかと悩んでいたら、ニーナの目尻にひと粒の涙が浮かんだ。
まさかと思った瞬間、ニーナが崩れ落ちて、びっくりするくらいに大きな声で泣き出した。
同年代の女の子が号泣する姿は、見ていてかなり心苦しい。
「ちょっと、おい」
「ダイゴはひどいのですぅうわああああああああああん!」
ニーナはだだをこねる子供のように足をじたばたさせている。
俺の言葉の意味を理解したのだろうけど、これどうすれば良いんだろう。
「なあ__」
「うわああああああああああああああああん!」
「いや、えっと」
ニーナの白い手が伸びてきて、爪が俺の顔を引っ掻いた。
......さすがにヤバい気がしてきた。
「うわあああああああああああああああ__!!」
「わかった!! わかったよ!!」
「__え?」
目をぱちくりとさせるニーナ。
「......ナイトになってほしいんだろ? だから泣くなよ、な?」
「ほんとなのですか?」
「お、おう」
あまりにうるうるした目だったから少し気圧される。
だけど、それから発された言葉は、今までの疲れたような気分を全て払拭した。
「ありがとうなのです、ダイゴ!!」
まばゆいくらいの笑顔で、ニーナが抱きついてくる。
彼女のアレが俺の膝に押しつけられる。......デカすぎだろう。
このままだと俺がぶっ倒れてしまいそうだった。
さりげなく肩を押して、突き放さない程度にニーナを座らせる。
ニーナが手を差し出してきた。
針金のように細いそれをつかみ、しかし予想外の柔らかさにドキッとした。
「どうしたのですか?」
「いや、何でもないよ」
どくどくと脈打つ心臓に無視をして、ニーナの手の甲に唇を近づけた。
触れると、ほんのりと暖かい感触が伝わってくる__俺の頬が上気する。
顔を上げると嬉しそうなニーナと目があった。
とたんに恥ずかしくなり、気がつけば目をそらしていた。
「ええ__。本旗大吾はニーナ・アルベットの騎士になることを誓う。......こんなんで良いのか?」
「言ったという事実が大切なだけなのです。忠誠を誓う言葉なら何でも良いのですよ」
服従の誓いとやらも、名前とは裏腹に案外適当なものらしくて、少し笑う。
それにつられてニーナも笑ってくれたようで、俺はかなり良い気分だった。