三話
「自己紹介をしようじゃないか」
「急にどうしたのですか?」
「する事もないし、何かしようって思ってさ」
「そうですね............。確かに悪くないのです」
少女の立ち上がる音が聞こえた。彼女の衣服の擦れる音が、声と共に静寂を破る。
「わたしは、ニーナ・アルベットなのです。ニーナと呼んでください」
名前が横文字だとは予想外だった。これだけ流暢に日本語を話すのに日本人じゃないとは。多少語尾がおかしいのはニーナが外国人だからだろう。
「俺の名前は本旗大吾だ。大吾って呼んでくれても良いけど......。まあそういうわけにもいかないだろうな。初対面なわけだし」
「いいえ、ダイゴ。そんなことはないのですよ」
カタカナ発音で下の名前を呼ばれると、少し気恥ずかしくなった。
このフレンドリーさは、さすが外国人といったところだろう。
下手をすればハグくらいなら求めてきそうだった。
まわりが暗闇で良かった。そんな事をされたら赤面して何の対応も出来なくなってしまう。
「じゃあ、ニーナ。よろしくな」
「はい。こちらこそよろしくなのです」
とたんにニーナのおとなしい吐息が聞こえるようになった。
それこそ目の前にいるのではないかと思うくらいだった。
暖かい吐息が俺の顔をなでつける。
鼻先がくすぐられて少しむずがゆかった。
......ほんとに目の前にいるんじゃないだろうか。
だけどそれなら、いくら暗闇だとはいえニーナが見えるはずだ。
そんな疑問を解消するように__周囲が明るくなる。
暗闇が真っ白の空間に塗り替えられるようだった。
徐々に視界の両端から、白色の空間がおしよせてくる。
視界の中心に近づいてきたところで、きらびやかなドレスの端が見えた。
ゆっくりとその姿を露にしていくニーナ。
現れた少女は、今まで見たこともないくらいに美しく可憐だった。
「お前が__ニーナなのか?」
「はい。そうなのです」
薄い桃色のショートヘアの似合う、可愛らしく愛嬌のある端正な顔つき。コバルトブルーの瞳はどこを見ているかもわからないくらいにくりくりとせわしなく動いている。簡素な白地のドレスはいっけん寂しそうにも見えるが、それが逆に彼女本来の良さを全面に押し出していた。
ニーナは生まれたての赤子を連想させるような、本当に守ってやりたくなるような少女だった。
ぐい、とニーナの顔が近づいてくる。
俺の顔を品定めするようにじろじろと見てきた。
......俺はあんまりかっこよくないという自信がある。
顔つきこそ平凡だが、父親が言うには俺は目が死んでいるらしい。
ニーナと俺はさしずめ月と腐った魚だろう。
だけどニーナは俺を認めてくれたようだ。
無言で手のひらを差し出してくる。
手の甲が上に向いていた。握手がしにくいのだが、外国の握手はこうなのだろうか?
下から手のひらを重ねあわせた。
すると疑問の目を向けられる。こうじゃないだろう、というものだ。
「どうしたんだ?」
「握手は、対等な立場の人間とするものなのです」
「そうなのか?」
「そうなのですよ」
ニーナが再び手の甲を上に向けて俺に差し出してくる。
「あなたはわたしの騎士になるのですよ、ダイゴ」