空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その五
鍛冶場は、山を少し下った所にあった。
側に小川が流れていた。
鍛冶場の横には住まいが見える。
木の骨組みに板を張り付けた、粗末なものであった。
「おい親父!客を連れて来たぞ!」
我夢はそう言って、鍛冶場を覗いた。
育ての親であることは、そのやりとりでわかる。
「客だと?これは珍しい…」
中から蓬髪の男が現れた。
髭を蓄えている。
歳はかなり上であることは見て取れる。
「はて?何処かでお目にかかりましたかな…」
鉄斎と呼ばれるその男は、真魚を見てそう言った。
「これを…」
真魚はそう言って、一振りの刀を出した。
いつ出したのか誰も気づかない。
「なぜこれを…あなたが…」
刀には覚えがあるらしい。
「おおっ!その棒は!」
突然鉄斎が声を上げた。
刀より先に、真魚の棒に心を奪われた。
「見事だ!」
鉄斎が感動している。
見る者にとってはただの棒だ。
だが、この棒には職人を唸らす何かが存在しているようだ。
「すこし見せてもらえぬか!」
鉄斎が目を輝かせて真魚に言った。
「それは良いが、持ち上げようとは思わない事だ…」
真魚は棒の上を持って地面に立てた。
「これは…見事だ…」
鉄斎は、食い入るように棒を見ている。
「触ってもよいか?」
そう言う前に、鉄斎は棒に触れている。
「どうすれば…このようなものが出来るだ…」
「全く…想像がつかぬ…」
鉄斎は感心していた。
「ああ!」
彩音がそう言って、鉄斎の肩を押した。
「そうじゃったな…儂に何か」
鉄斎は棒を見ながら真魚に聞いた。
「刀を一振りこしらえていただきたい…」
「それだけかな?」
真魚が全てを言う前に、鉄斎は気づいていた。
「この鉄で…」
真魚はそう言って懐から鉄の塊を出した。
「ほう、珍しいものですな…」
鉄斎はその鉄を手に取って見ている。
「あなた様のお名前は?」
鉄を眺めながらそう聞いた。
「佐伯真魚と言います…」
「佐伯氏の…」
鉄斎は少し考えていた。
「わかりました」
「この子達が連れてきたというのも、何かのご縁でございましょう」
鉄斎は快く引き受けた。
「珍しいな、親父が仕事を引き受けるとは…」
我夢が何かを言おうとしている。
「あの棒を見せてもらったことが奇蹟じゃ!」
「それだけで、十分元が取れる」
鉄斎は興奮していた。
「しかも、見たことがない鉄で刀を作れるのじゃ!」
「あは!」
彩音が笑っている。
「何もないですが、ゆっくりしていってください!」
「そうすればいい…」
鉄斎の言葉に、我夢が乗ってきた。
「その偉そうな口の利き方はなんじゃ!」
鉄斎が我夢を窘める。
「このお方は、お前より百倍強いぞ!」
鉄斎が見抜いている。
「奇妙な術も使うしな…」
「あの棒を見れば、わかることじゃ…」
我夢よりも鉄斎の方が、一枚上手である。
「しかし、だな…」
「なんだ!」
我夢が鉄斎の意味深な態度を嫌う。
「何でも無い…」
鉄斎が口を紡ぐ。
彩音が不安げに見ている。
真魚達を気にしているようである。
「しばらくはこの辺りにいる、心配するな」
「あはっ!」
彩音がそれを聞いて笑っている。
「この彩音が心を許すとは、一体何があったのじゃ…」
鉄斎は、真魚の存在が不思議でならなかった。
続く…