空の宇珠 海の渦 外伝 -風の音色- その十一
夕焼けが美しい。
華音は不思議な感覚であった。
飛んでいる。
嵐に乗って飛んでいる。
「嵐、あなたって本当にすごい!」
華音は感動している。
「俺は神だぞ!」
嵐のその言葉に、真魚が笑っている。
島が見えた。
美しい。
生命が輝いている。
華音はそれを感じている。
華音は、一度島に帰ることにした。
母との思い出の品を取りに来た。
一つだけでいい。
それはもう決めてある。
それともう一つ。
もう一度、嵐に乗りたかった。
それが願いであった。
嵐が高度を下げた。
「きゃっ!」
華音は楽しくてたまらない。
海ぎりぎりまで下降する。
水面近くをものすごい速さで飛んだ。
水しぶきが舞い上がる。
着物が濡れた。
「調子に乗りすぎだ!」
真魚が窘める。
「華音は楽しんでいるではないか!」
それは事実だ。
一気に島の上まで飛んだ。
「島が豆粒のように小さくなった」
「華音は嵐にしがみついていた」
「ありがとう、嵐!」
華音は嵐にそう言った。
その声が揺れている。
「俺で涙を拭くな!」
嵐が笑っている。
「もう会えないの…」
華音が淋しそうに言う。
「俺の毛を持っていろ」
「嵐の毛を…」
華音は嵐の毛を抜いた。
「何かあればそれに心を繋げ」
嵐がそう言った。
「心を繋ぐ…」
「いつでも、飛んできてやる!」
嵐はそう言った。
「わかった!」
華音はうれしかった。
「俺たちは華音の味方だ…」
真魚が華音の頭を撫でる。
「何があってもだ!」
空の上から沈みゆく夕日を見ていた。
「ありがとう!」
「人とは違う姿だけど…」
「私、生まれてきてよかった!」
華音がそう言った。
「そうか…」
真魚がその言葉を聞いている。
「真魚と嵐に会えた!」
「きっと、母が繋いでくれたのね…」
「母の笛の音が…」
そう言うと華音は手を組んだ。
そして心を繋いだ。
組んだ手から美しい音色が始まる。
神の笛を奏でている。
夕焼けがその旋律を彩る。
その波動が広がっていく。
その旋律は華音の想い。
そして、それは母の心。
「慈悲深い神の旋律だ…」
真魚がそう言った。
「何の事だ?」
嵐が真魚に聞く。
「初めからそのつもりだったのだ…」
「大国主の神は…」
真魚は目を瞑って、華音の笛を聞いている。
「満更、嘘でもなさそうだな…」
嵐がそう言った。
「何の事だ?」
珍しく真魚が聞いた。
「その昔、兎を助けたと言う話だ…」
嵐がそう言って笑っている。
「かも知れぬな…」
真魚がそう言って笑みを浮かべた。
真魚は神に感謝していた。
華音が奏でる笛の音色に、その心を乗せた。
「そろそろ行かぬとな…」
別れが惜しいのは嵐も同じだ。
「父が心配するぞ!」
「うん!」
華音が笑顔でそう答えた。
その声の波動は未来へと続いていた。
風の音色 - 完 -