空の宇珠 海の渦 外伝 -風の音色- その九
長い階段の先に神殿が見えた。
扉は開かれている。
そこに広間が創られていた。
窓はなく薄暗い。
燈台の明かりが灯っている。
その薄暗い空間の奥に、祭壇が据えられている。
その先に神が祀られている部屋が控えている。
そこは、普段は入ることが許されない神の間である。
祭壇を奥にして、左側に宮司と禰宜、右側に神楽を奉納する者達が並ぶ。
真魚と華音はその一番後ろに並んだ。
華音は布で顔を隠したままだ。
先ず、宮司が穢れを払う。
そして、祝詞を上げる。
華音は笑いそうになるのを堪えていた。
「かしこみ、かしこみ、も~~~す~~~」
この時はもうだめだと思った。
その時、真魚が立ち上がった。
そのおかげで、華音は耐えることが出来た。
真魚は祭壇に向い一礼し、何かを置いた。
それは一握りほどある水晶玉であった。
木の台座の上に置かれている。
そのまま、後ろに下がった。
祭壇の向かい側に真魚と華音が座った。
その少し前に四人の巫女が座る。
巫女は舞をするための鈴を持っていた。
数人の禰宜がざわつく。
宮司は何が起こっても動じない。
覚悟は出来ているようだ。
華音が緊張する。
真魚は五鈷鈴を出した。
そして、目を瞑った。
手刀印を組むと光の輪を発動させた。
ざわつく波動に、敵意を感じる。
真魚は気にすることなく五鈷鈴を鳴らした。
ちりぃ~~~~ん
ちりぃ~~~~ん
音の波が広がっていく。
その波動が清浄な場を形成していく。
音に呼応するように、真魚の光が発動する。
華音は手を組んだ。
そして、祈りを捧げるように、その手を口に当てた。
それが合図だった。
真魚の光の輪が回り始めた。
溢れる生命の力。
華音が息を吸う。
華音が心を繋ぐ。
光が華音を包む。
組んだ手の中に神の笛が現れた。
真魚以外、他の者には見えない。
真魚と華音の光が同調する。
華音が神の笛を奏でる。
その手から音が溢れ出す。
「おお…」
声が上がる。
誰も聞いた事がない旋律。
それだけではない。
美しく切ない。
伸びやかで雄大。
それは聞く者にとって様々に変化する。
華音が奏でる旋律が、人の心を震わせる。
そして、人の心を変えていく。
真魚の身体が輝き始める。
真魚の生命がその空間を埋める。
気がつくと巫女が踊っている。
華音が奏でる旋律に合わせ舞っている。
一人一人が自分を表現している。
だが、不自然には感じない。
むしろそれは美しい。
決められた動きは一つとしてない。
戯れる蝶のように舞っている。
それは完全な自己表現であった。
華音が奏でる旋律と巫女の舞。
そして、真魚の生命が、見事な調和を見せている。
雪の様に舞い降りる光の粒。
生命の光がやさしく包み込んでいる。
そして、その光が舞い上がる。
螺旋を描きながら天に舞い上がる。
しゃん、しゃん!
しゃん、しゃん!
巫女が鳴らす鈴の音が聞こえる。
水晶の上に光が集まる。
金色の光の輪が天井に浮いている。
それは天界とこの世を結ぶ扉である。
そして、光の輪が割れる。
扉が開く。
天井が光で満たされる。
その瞬間、光で何も見えなくなる。
光によって浄化され、場と空間が一体化する。
皆は何が起こったのかは理解出来ない。
真魚と華音だけが動じない。
光の幕が下りてくる。
水晶が輝く。
まばゆい光を放っている。
華音の手の中の神の笛が輝きを増す。
華音の音が止む。
ちりぃ~~~~ん
真魚が五鈷鈴を鳴らして目を開けた。
そこには圧倒的な光が存在した。
それは生命であり力であった。
完全な存在であった。
もう疑う者は誰もいない。
『気に入ったぞ』
声ではない。
光が全てを伝えている。
『その笛を、それほど使いこなせる者はいまい』
「ありがとうございます」
華音はそれだけ言うのが精一杯であった。
神であった。
『姫も一緒か…』
『その笛の音を聞きたくてな…』
『相変わらず素直ではないの…』
その神が笑っている。
『この男が例の男か…』
『なるほど、人にしては大きすぎるな…』
神はそう言った。
「大国主の神よ」
真魚はその神を大国主と言った。
『なんだ』
「華音には父がいます」
『ははは…』
『面白い男だ…』
『私の笛を持つものよ、もう一つ奏でてもらえぬか』
「はい」
華音は手を組んだ。
神の笛が輝いている。
祈りを捧げるように神に向かって吹いた。
切ない旋律であった。
美しい旋律であった。
皆が泣いている。
神の心に触れたからだ。
その音は清流のように穢れなく流れ、消えていく。
華音は既に気づいている。
すすり泣く声の中に違う波動が存在する。
華音の閉じた瞳から一筋の涙が流れていた。
『見事だ』
『これからも楽しませてくれ』
神の波動は全てを包み込む。
「はい…」
華音は返事をした。
『この約定はここにいる皆が覚えておる』
大国主の神はそう言った。
『その男、なかなか面白い』
『楽しみだ』
水晶の中に、その生命の波動を残して行った。
続く…