空の宇珠 海の渦 外伝 -風の音色- その八
桜の花びらが舞っていた。
花が風になって飛んでいく。
神社の境内の中を歩いている。
一の鳥居をくぐった所だ。
春の大祭であった。
神楽が奉納される。
華音がその神楽を演奏する。
当然、真魚が仕組んだものだ。
華音は朝早く起きて泉の水で身を清めた。
それから新しい着物に着替えた。
巫女のような服だ。
真魚もいつもの服ではない。
儀礼用の白い服を着ていた。
狩衣の様であるが白い。
「いつもの着物と言うわけにはいかぬからな」
真魚は慣れぬ着物に窮屈そうであった。
そのまま嵐の背中に乗り飛んできた。
「これは、やり過ぎではないのか?」
嵐が華音を心配している。
「人前で吹くのはなぁ…」
「都でも吹いたではないか」
「そうか!このための練習か!」
嵐の心配より先に真魚が手を回していた。
「多少は緊張するけど…」
確かに華音は緊張している。
「でも、やってみたい!」
「そう言うことだ…」
真魚が笑っている。
「華音がそう言うなら俺は文句はない」
嵐の腹も決まったようだ。
「だが、奴らどうやって段取りしたのだ?」
嵐は前鬼と後鬼の仕事が気になる。
「馬鹿の一つ覚えが、いつまでも通用するとは思えんしな…」
しかし、それが今回は通じた様だ。
「で、奴らはどこじゃ?」
前鬼と後鬼の行方が気になっていた。
「鬼さん達は近くにいるわ…」
華音がそう言った。
「分かるのか、華音?」
嵐が驚いている。
嵐には分からものが、この娘には分かると言うことだ。
「真魚も分かるのか?」
嵐は一応聞いて見た。
「俺は鈴を持っているからな」
真魚はそう言ってごまかした。
「俺だけか!」
嵐は少し落ち込んでいた。
「その方が面白いではないか…」
真魚はそう言って笑っている。
「私は嵐みたいに飛べないし、食べられないし…」
華音が笑った。
「それで、褒めたつもりか…」
嵐はそう言ったが、華音の心がうれしい。
そうしている内に、目的の場所に着いた。
「宮司の使いでまいりました、こちらからどうぞ…」
そこには禰宜と思われる者が待っていた。
真魚達はその後ろをついて行った。
そして、とある部屋に通された。
残念ながら嵐は外で待つことになった。
そこは祭祀に関わる者達の控えの場になっていた。
「宮司がこのことは内密にとおっしゃられていました…」
「全てこちらでやらしてもらうが…」
「ご了承なさっております」
「それならばいい…」
そのままその男はこの場を去った。
前鬼と後鬼の根回しが相当効いているようだ。
「宮司が神を畏れるとはな…」
真魚の口元に笑みが浮かぶ。
「神は恐ろしくないの?」
華音はその言葉を疑問に感じた。
「華音は嵐が怖いか?」
真魚が聞いた。
「そんなことない」
「同じ事だ」
真魚が笑っている。
「どんな力でも使い方次第だ」
「創造にも破壊にも変わる」
「それが神というものだ」
華音は真魚の話をじっと聞いている。
「人の心も、同じようなものね…」
華音がつぶやいた。
「この世界を彩るための音がある…」
「母はそう教えてくれた」
「この世界を創造している心が存在するのね…」
母の心は華音の中で生きている。
「そうだ、何が正しいのかは、自分で決める以外にない…」
「良きに転ぶか、悪しきに転ぶかはその心次第だ…」
真魚は遠き彼方を見ている様であった。
先ほどの男が近づいて来た。
「こちらからご案内いたします…」
その男の後ろをついて、祭祀が行われる場所に向かった。
何十人もの列の最後の方を歩いた。
「まさかあそこなの?」
はるか高きに処にそれはあった。
長い階段が空に上っていくようだ。
三本の束ねられた太い柱九本で支えられている。
その上に神殿があった。
「また、たいそうなものを創り上げたものだ…」
真魚は笑っている。
「神のために創ったのではあるまい…」
真魚はそう感じていた。
神は空にいるわけではない。
その空に向かってこれだけのものを創ったのだ。
誰のためか?
それは権力を持つものの為だ。
その権力を見せつけるためだ。
誰に…
そこに生きる人々に…
神が降りるにふさわしい場所は、清浄な空間と場である。
見かけや器は関係ない。
「何だか緊張する…」
華音が真魚に言った。
「心配するな、どうにかなる…」
真魚の言葉が華音には頼もしく感じる。
「あれ、鬼さん?」
華音が気づいた。
「奴らには場を清めてもらっている」
真魚が言った。
「だから変わったんだ…」
華音がその音に気づいていた。
「あと一人」
真魚がつぶやいた。
「何?」
「いや、こちらの話だ…」
真魚はその言葉を濁した。
続く…