空の宇珠 海の渦 外伝 -風の音色- その六
あれから三日が過ていた。
前鬼と後鬼からの連絡はまだ無い。
その間、真魚たちは華音の家で暮らしていた。
ちりぃん、ちりぃん!
鈴が鳴った。
瓢箪に付けていた鈴だ。
「どうやら目星はついたらしいな…」
前鬼と後鬼からの合図だ。
「詳しいことは分からぬが、この様子だと間違いないだろう」
鈴の音だけでそう判断した。
「嵐、ちょっと出かけるか?」
「どこに行くのだ?」
「誰かのおかげでそろそろ食料も尽きる…」
「く、食い物か!」
嵐の態度が一変する。
「華音も一緒だ」
「えっ、私も行くの?」
「そうだ」
「でも、私…」
華音は尻込みする。
「大丈夫だ、俺たちがいる」
真魚の言葉が、華音を包む。
「俺の本当の姿を見せてやる!」
嵐が華音の背中を押す。
「でも…」
「いいから来い!」
嵐が誘いながら、家の外に出た。
「いくぞ…」
真魚が華音の手を引いた。
午後の光がまぶしい。
「これをかぶっておけ」
真魚はいつの間にか金色の布を出していた。
華音はそれで身体を覆った。
「行くぞ!」
嵐がそう言うと身体が輝いた。
同時に広がる波動。
「わぁ!」
華音にはそれが音に聞こえる。
更にからだが輝く。
そして大きくなる。
「なんて美しい音色なの!」
「そして…温かい…」
華音は嵐の光を聴いていた。
その生命の輝きを感じていた。
「すごい!本当に神様だったんだ…」
華音は震えている。
恐怖ではない。
感動で身体が震えているのだ。
嵐の波動が、華音を包み込む。
「どうだ!」
嵐の疑いは晴れた。
「乗れ!」
嵐がそう言って背中を下げた。
「いいの?」
華音はときめく心を抑えている。
「さあ!」
真魚が抱えて嵐の背中に乗せた。
そして、その後ろに自分も乗った。
「いい物を見せてやる…」
嵐が立ち上がりそう言った。
その瞬間には、飛んでいた。
「わぁ!」
華音は思わず嵐にしがみついた。
嵐は木々を巧みに避けながら、森を抜けた。
華音の手に力が入る。
「島が…」
あっという間に島が小さくなった。
さらに空高く上る。
「この辺りで良かろう」
嵐はそう言って止まった。
「これが…」
華音は言葉が出ない。
丸かった。
丸いものの上に生きている。
それが理解出来ない。
遠くに見える大地。
「こんなに大きい…」
いろいろな感情が、華音の心を混乱させた。
「華音、音を聞いて見ろ」
真魚が言った。
華音はその言葉で自分を取り戻した。
目を閉じる…
心を研ぎ澄ます…
「あっ…」
その瞬間、華音の瞳から一筋の涙が流れた。
「生きている…」
華音は震えている。
「こんなに…こんなに…」
感動で震えている。
今まで感じた事がない感覚。
聞いた事がない旋律。
この星と大地と、全ての生命が奏でている。
真魚はこの波動を感じている。
嵐も一緒に感じている。
華音は手を握りしめていた。
歯を食いしばって泣いていた。
こみ上げる感情を抑えきれない。
哀しいのではない。
うれしいのだ。
全ての生命の唄を、華音は聞いていた。
華音は嵐に抱きついた。
「ありがとう、嵐…」
華音はそう言って、顔を嵐に押しつけた。
「俺で涙を拭くな…」
嵐はそう言ったが満更でもない。
「生命は、ただそれだけで美しいのだ」
真魚が言った。
「それは、華音も同じだ…」
その言葉が、華音を優しく包み込んでいく。
「ありがとう、真魚!」
華音は生命に包まれていた。
華音の中に何かが芽生え始めていた。
母が死んだ時、自分の人生も終わったと思った。
だが、母が教えてくれた口笛のおかげで、真魚達に出会えた。
そして、こんな体験をすることができた。
ときめいている!
心が振動している!
「私は今、生きている!」
華音の心がそう言った。
「次の音が、私の未来!」
「それが、私の想い!」
もう悲しまない。
華音はそう決心した。
「それが、私の輝きだから…」
真魚と嵐の波動が、華音を包み込んでいた。
華音は嵐の背中で光を見つけた。
「なぁ、真魚…」
「何だ」
「ここからだと都もそう遠くないぞ」
嵐が笑っている。
「妙案だな」
真魚が笑みを浮かべた。
「そろそろ行くぞ!」
そう言うと嵐が飛んだ。
「きゃぁ!」
その速度に華音は悲鳴を上げた。
「すまぬ、ちょっと力が入った」
嵐は華音に詫びた。
「いいの!」
華音は楽しくて、たまらなかった。
続く…